流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

41. 食文化

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 蜘蛛が嫌い。と言うか、虫が苦手。そういう人は多いだろう。俺もその中の一人だ。
 でも、カブトムシやクワガタムシは平気、むしろカッコいいとさえ思う。特にミヤマクワガタ。あの頭のガキガキした感じが、何とも言えずカッコいい。もちろん普通に触れる。アリやテントウムシ? まぁ、大丈夫。
 では、平気な虫とダメな虫、どこに境目があるのか? 俺が思うに……

「コウ! 何してる! 倒せ!」

 ハッ! デンバの声で我に返った。あまりの衝撃に軽く現実逃避してしまった。

 目の前には、その嫌いな蜘蛛がわさわさ動いている。しかもデカい。軽自動車並みだ。それがわさわさ動いている。うん、気持ち悪い。怖い、より前に、気持ち悪い。

「ちょっとデンバ! どうすればいいの、これ!」

「頭だ」

 そう言うとデンバは一体の蜘蛛の前に立つ。蜘蛛は左右の一番前の足を一本ずつ頭上に振り上げると、突き刺すように振り下ろし、デンバを攻撃する。

「この前足は、危険だ」

 デンバはボクサーのような軽快なステップで、蜘蛛の攻撃をかわす。

「前足は、槍のように鋭く硬い」

 そして蜘蛛の懐(?)に入ると

「フン!!」

 という掛け声と共に蜘蛛の頭に正拳突きを放つ。

 ズチャ!

 デンバの右こぶしが蜘蛛の頭にずっぽりとめり込む。

「う~わ……」

 ビシュ!

 デンバが拳を抜くと、緑色の体液が噴き出す。

「う~わ!」

 蜘蛛は全身をビクビクッと痙攣けいれんさせ絶命した。

「う~わ!!」

「コウ、頭だ。頭は以外と、柔らかい」

「……うん」

 嫌なもん見た……何で緑色なんだ……

「コウ、次々行くぞ」

「……うん」

 デンバの右腕は緑色に染まっている。何で平気なんだ……?

「コウ、どうした?」

「……うん、がんばる……」

「……蜘蛛、嫌いか?」

「あんなの好きなヤツいないでしょ……」

「まぁ、な。でも、やれ」

「……うん、分かってる……」

 しょうがない、頭を切り替えよう。それに俺は魔導師だ。直接殴らなくて良い訳だから、体液をかぶらなくていい。警備隊は押されながらも、半分くらいは倒したようだ。残り半分、さっさと片付けよう。

「あ、コウ、燃やすなよ」

「ん? 何で?」

 全身毛が生えてるから良く燃えそうだけど……

「どうしても、だ」

「分かった。じゃあ火はダメか」

 圧縮、硬化、念のため高速旋回させた魔弾を、次々蜘蛛の頭にぶつけていく。ん、これは楽だ、一撃で倒せる。けど、できるならやりたくはないな。どうしても嫌悪感が先に立ってしまう。

「おぉ……さすがに魔導師は、早い」

 デンバが感心している中、最後の一体を仕留める。

「よし、終わり」

「見事」

「いやいや、取り乱してお恥ずかしい……被害は?」

 デンバは修道士達の様子を確認する。

「大丈夫、重傷者はいない」

「そう。で、あの蜘蛛なに? ぬしって言ってたけど……」

「話は老師に、聞いてこい。俺達は、やることがある」

「やること?」

 デンバと修道士達は倒した蜘蛛の周りに集まり、ナイフやなたで蜘蛛の足を根元から切り落とし始めた。

「え、何してんの?」

「足を、落としてる」

「見りゃ分かるよ。何で?」

「無論、食う」

「……は?」

「旨いぞ、後で食わせてやる」

「はぁ? 食うって……はぁ!?」

 食べるから燃やすなと……

 皆、黙々と蜘蛛の足を切り落としいる。中にはニヤニヤしながら嬉しそうに作業している修道士もいる。そんな旨いのか? 楽しみなのか? 蜘蛛だぞ? 足だぞ? でもまぁ、食文化ってのはそれぞれだからな、安易に否定はできない。タコを食べたり食べなかったり、イナゴや蜂の子を食べる所もあるし。否定する気は一切ないんだが……蜘蛛だぞ?

 ……何か皆楽しそうだし、老師んとこ戻ろう。


 ◇◇◇


 神殿に戻るとさっきよりも人が増えていた。エリテマ神の石像の前は、テーブルや椅子が配置され対策本部のような様相になっていた。その中央にはルビングが座っている。俺の姿を確認したルビングは手招きしながら声を上げる。

「コウ! どうじゃった?」

「殲滅しましたよ。しましたけど……何ですか、あの蜘蛛?」

 ルビングは俺に座るように促し説明を始める。

「ありゃあ、イゼロスパイダーっちゅうてな、ここよりもっと上の、七合目辺りに生息しちょるイゼロンの固有種じゃ。よそじゃあ、あれだけでかくなる蜘蛛はおらん」

「はぁ……にしたって、何で急にこんなことに? それとも、よくあるんですか?」

「何年か置きに数が増えるんじゃ。前回は……三年前じゃったか? あやつらは、寒くなる前に卵を産みよる。一回の産卵で数百個じゃ。んで、卵のまま冬を越して、暖かくなる頃に一斉に孵化する。子蜘蛛は手のひらくらいのサイズじゃ」

 あ~、聞きたくない、手のひらサイズの子蜘蛛、数百匹……

「ただ、子蜘蛛が親の大きさまで育つ確率は相当低いんじゃ」

「子蜘蛛の内に補食されたりするからですか?」

「鳥がな、食うんじゃよ。毎年子蜘蛛が孵化する頃にな、南から渡りがやって来よる。マルターバードっちゅうて、羽広げりゃメチルくらいあるデカい鳥じゃ。いくつもの群れで数えきれんほどのマルターバードが、イゼロンで羽を休めて、その後北を目指す。
 ほんでそのマルターバードはな、イゼロスパイダーの子供をばくばく食うて、栄養を補給する訳じゃ。じゃからイゼロスパイダーの数はある程度抑制される。
 じゃがな、どういう訳かマルターバードがイゼロンに来る数が、少ない年があるんじゃ。渡り鳥だし、移動しない、っちゅうことはないと思うが……ひょっとしたら別ルートで北に向かうのかも知れんのぅ。
 マルターバードの飛来が少ない年は、イゼロスパイダーが増えるっちゅうこっちゃ。ほんで、今年はマルターバードが少なかったと、まぁ、そういうこっちゃな」

「なるほど。どうせならその鳥、去年来た時に蜘蛛全部食ってくれりゃ良かったのに……」

「そりゃあかんぞ、蜘蛛がいなくなりゃ、他のもんが増えよる。草食の獣が増えりゃ、作物に被害が出るし、肉食の獣が増えりゃ、家畜やわしら自身に危険が及ぶ。あの蜘蛛らも、イゼロンの生態系の一部じゃからな。いなくなっちゃあ、あかんのじゃ」

「でも、お気持ちは良く分かりますわ」

 エクシアがお茶を運んできてくれた。

「あの気色の悪い蜘蛛がいなければ、ここでの暮らしはもっと素晴らしいものになりますのに……」

「……同士ですね」

「まぁ、コウさんもお嫌いですか。そうですわね、あんなの好きだって人、いるわけありませんわ。という訳で、わたくしはこの件には一切関わりません。よろしいですわね、老師?」

「わぁっとるわい。毎度のことじゃ」

 じゃあ俺も、って訳にはいかないだろうな。ずるいぞ、エクシアさん……

「ただいまっす」

 メチルがやって来て、ざわめいている神殿内をキョロキョロと見渡す。

「おぉ、何か盛り上がってきたっすね」

「何がじゃ」
「何がだよ」
「何がですか」

「あ~、そっすか、そんなテンションっすか、了解っす」

「んで、どうじゃった?」

「っす、前回同様三百人、きっちり依頼してきたっす。参加希望者は明日中にエス・エリテに集合っす」

「んん、ごくろうさんじゃ。コウ、お主ももちろん参加じゃぞ?」

「何かやるんですか?」

「山狩りじゃ。っちゅうか、蜘蛛狩りじゃな。メチルが朝イチでエリノスに下りてな、ハンディルに依頼出してきた。ハンディル三百に、ウチエス・エリテからも三百出す。何日かかけて、蜘蛛狩り登山じゃ」

 ……全然楽しくないな、その登山遠足。

「今年は食糧も大分確保できそうじゃの」

 !!

 ……もしかして、足?
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