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2章 イゼロン騒乱編
34. 決着
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ゼルは次々と瀕死の仲間達を治療する。その間ゼルは仲間達に「死ぬな!」、「戻ってこい!」と、声をかけ続けていた。そして、見事に全員が回復したのだ。
殺すつもりで放った魔法は、彼らの命には届かなかった。防がれるとは思わなかった。世界は広い、ということか。まだまだだな、もっと修行が必要だ。と思ったのと同時に、普通に相手を殺すつもりでいた自分に今更ながらに気付いて驚いた。元の世界にいた時ならとても考えられない。
俺は変わってしまったのか? 命が軽いこの世界に、染まってしまったのか? それとも、この理不尽な世界で生きていくために、順応したと考えるべきか?
「……マスター、何が……」
ゼルに治療された男達は状況を理解できないでいた。
「ああ。もう終わった」
そう言うとゼルは俺を見る。
「……兄さん、あんた何者だ?」
「………………」
「名前は、コウって言ったか?」
「………………」
「あ~、もう、分かったよ、兄さんでいいや」
個人情報を教えて、面倒くさいことになるのはゴメンだ。
「とにかく、さっき言った通りだ。俺達はもう、おたくらには手を出さない。何もしない」
ゼルのその言葉で驚いたのは、さっきまで倒れていた男達だ。
「マスター! 一体何を……」
「だから、終わったんだよ、もう……分かるだろ? 会頭さんも、騒がせて済まなかった。もう……」
「いやいや、足りないでしょ」
俺はゼルの言葉を遮った。
「は? 足りないって……」
「ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない、でしょ?」
それを聞いたゼルは、慌てたように話す。
「ちょっと待ってくれ、俺達はアルボ商会から依頼を受けたに過ぎない、そもそも連中と俺達とは……」
「人の噂ってのは広まるのが早い。おたくらにとって不本意な噂が、あっという間に街中に溢れるかも知れないな」
こいつらは傭兵だ。自らの力を誇示して食ってる連中は、自分達が負けたなんて噂、絶対に広められたくはないなずだ。
「兄さん……あんた鬼か……?」
ゼルは俺を睨む。
「情けをかけられて命を救われたんだ。そのくらいの約束はできるだろ? それともジョーカーってのは、その程度の力もないのか?」
ゼルは諦めたようにため息をついた。
「ふぅ~、分かったよ……ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない。くそっ、これでいいか!」
「じゃあ、誓約書」
「はぁ? 誓約書ぉ~?」
「こんな大事なこと、口約束だけで済ませられる訳ないでしょ。こちとら商人だよ?」
「あ~、くそっ! 分かったよ! サインでも何でもしてやるから、さっさと持ってこい!」
はい、勝った。
「ユージスさん、お願いします」
「え? あ、はい! すぐに用意します」
ユージスは書類を用意するため、慌てて奥の部屋に走った。とは言え、実はまだ状況をしっかりと把握できていない。何が何だか分からないうちに、話がまとまってしまったように感じていた。しかし、用紙にその内容を記していくのと同時に、実感していくことになる。これで、全て終わるのだと。
◇◇◇
「お待たせしました」
ユージスが書類を持ってきた。同じ内容の誓約書二枚に、ユージスとゼルがそれぞれサインする。
「では、これを……」
ユージスはゼルにその一枚渡す。「チッ」と舌打ちして、ゼルはそれを奪い取るように受け取る。
「帰るぞ」
ゼルは男達を連れて倉庫を出ようとする。が、扉の前で立ち止まり振り返る。俺を、見てるな……しかしすぐに前を向き外に出ていった。
リアンはその一部始終を放心状態で見ていた。
二ヶ月ぶりに会頭が帰って来て、すぐにジョーカーが現れた。護衛と名乗る男はジョーカーを黒焦げにし、その後二度と手は出さないと約束させ、ジョーカーは誓約書を手に帰っていった。頭の整理が追い付かない、何が、どうなったのか……
「あの……会頭……」
「はい、リアン……どうやら、全部終わったみたいですね」
ユージスのその言葉でホッとしたのか、リアンは全身の力が抜けるのを感じ、その場にペタンと座り込んだ。
「ユージスさん、リアンさん、すみません、勝手なことしちゃって……でも、どうしても放っておくなんてできなくて……」
「とんでもない、コウさん! あなたには本当に、感謝しかない! やり方は……まぁ、かなり強引でしたが、でも私達だけでは絶対に無理でした。きっとあのまま、アルボ商会の傘下に入ることになっていたでしょう……」
「誓約書って、どうなんですかね? なんかノリで、だめ押ししとこうかと思ったんですが……」
「はい、あの誓約書がキモなんです。あれさえあれば、何かあった時に裁判所に駆け込めます。ここは商人の街ですから、あの手の書類は非常に重要なんです。どんな内容のものであれ、誓約書や契約書に違反があれば、この街の裁判所は掛け合ってくれるんですよ。商人にとっては契約こそ全て、ですからね」
「じゃあ、あの誓約書はあって良かったんですね」
「というより、なければいけない物、ですね」
おお、よしよし、ナイス俺。
「ところでコウさん、さっきの魔法は……? 私は魔法に詳しくはありませんが、コウさんが使ったあの魔法が、普通じゃないのは分かります。あなたは一体……何者ですか?」
何者、って言われてもなぁ……
「魔導師ですよ、駆け出しですけど」
うん、これしか言いようがないな。
◇◇◇
重苦しい空気が漂っている。誰も、何も話さない。
さっきのあれは一体何だったのか、まるで夢でも見ていたような、そんな感じさえする。だが、間違いなく現実だ。相手の魔法を食らい死にかけた。何より皆、服がボロボロなのだ。これが夢であるはずがない。
敗北。
ゼルのあの発言はまさに敗北を意味していた。あまつさえ誓約書にサインまでするなんて……怒り、悔しさ、不甲斐なさ、色々な感情が混ざり合っている。
「ぷっ……」
?
「ぷふっ……」
え?
「はっはっはっ!」
ゼルは突然笑いだした。
「おい! マスター! 何笑ってんだ!」
「そりゃ笑うだろぉ、ブロス。ここまでキレイにしてやられたのなんて、いつ振りだ? 完敗だよ、完敗。あげくにこんなもんまで書かされて」
ゼルは誓約書をヒラヒラと振る。
「笑ってんじゃねーよ! マスター! もう一回だ、今から戻ってあいつブチ殺そう! こんなの……許される訳ねぇ!」
「ダメだ。何度やっても同じだ、勝てねぇよ。オートシールド効いたブレスレットが、あの兄さんの魔法一発で焼き切れちまったんだ、とんでもねぇ威力だってのは分かるだろ? オートシールド働いて瀕死だった訳だから、次食らったら即死だ。もうブレスレットないしな。それともお前ら、あの魔法自力で防げるのか? 」
「…………」
誰も何も答えない。しかし、ブロスと呼ばれた男は食い下がる。
「でも……じゃあマスターが一対一でやりゃあいいだろ、マスターはあの魔法、防げたんだろ?」
「たまたまだ。嫌な感じがしたから念のためにシールド張ったら、そこに魔法が当たった、ってだけだ。狙って防いだ訳じゃねぇ。それにブレスレットのオートシールドと自分で張ったシールド、シールド二重に張ってんのに左腕潰されたんだ」
「だからって、このままじゃ……」
「認めろ! 負けだ。あの兄さんも言ってたろ? 俺達は情けをかけられ命を救われたんだ。それ以外の何でもない。俺がお前らを治療している間、あの兄さんは何回俺を殺せたと思う? 屈辱だが受け入れろ」
負けたのはしょうがない、それは認める。だがブロスにはどうしても納得のできないことがあった。
「屈辱? だったら……なんであんたずっとニヤニヤしてんだ!」
ゼルは終始ニヤつきながら話していた。ブロスはそれが許せなかった。
「ああ、笑ってたか? まぁしょうがねぇだろ、あんないい人材見つけちまったんだからなぁ!」
「いい人材って……あんた、まさか……」
「おう、あの兄さん、こっちに引き入れる」
ブロスは言葉を失った。引き入れる? 俺達を殺しかけたヤツを?
そして、これにはさすがに他の男達からも、批判の声が上がる。
「ちょっと待ってください、あの魔導師を味方につけるって言うんですか? それはいくら何でも……」
「そうだ、マスター! こっちは殺されかけたんだぞ!」
「だぁ! うるせー!」
ゼルは一喝した。
「冷静で、頭が切れて、度胸もあるし、何より強い。最高じゃねぇか。殺されかけたとか、小せぇこと言うんじゃねぇよ。あの目的のためなら、大した問題じゃねぇだろ? 諜報部から一人借りて、ロイ商会見張らせてくれ。あの兄さんがいなくなっちまったら話できねぇからな」
ああ、ダメだ。とブロスは思った。こうなったらもう、この人の考えは変わらない。全く、困ったボスだ。しょうがない!
「で、アルボ商会はどうすんだ? ロイ商会から手を引いてくれって、お願いでもするつもりか? そんなの聞くような連中じゃねぇぞ?」
「ふっふっふ、心配するな、ブロス君。弱味の一つや二つ、きっちり握っているのだよ。それより服買って帰ろうや。さすがにこれじゃあ、な」
ゼルはボロボロの服を見ながら笑った。
殺すつもりで放った魔法は、彼らの命には届かなかった。防がれるとは思わなかった。世界は広い、ということか。まだまだだな、もっと修行が必要だ。と思ったのと同時に、普通に相手を殺すつもりでいた自分に今更ながらに気付いて驚いた。元の世界にいた時ならとても考えられない。
俺は変わってしまったのか? 命が軽いこの世界に、染まってしまったのか? それとも、この理不尽な世界で生きていくために、順応したと考えるべきか?
「……マスター、何が……」
ゼルに治療された男達は状況を理解できないでいた。
「ああ。もう終わった」
そう言うとゼルは俺を見る。
「……兄さん、あんた何者だ?」
「………………」
「名前は、コウって言ったか?」
「………………」
「あ~、もう、分かったよ、兄さんでいいや」
個人情報を教えて、面倒くさいことになるのはゴメンだ。
「とにかく、さっき言った通りだ。俺達はもう、おたくらには手を出さない。何もしない」
ゼルのその言葉で驚いたのは、さっきまで倒れていた男達だ。
「マスター! 一体何を……」
「だから、終わったんだよ、もう……分かるだろ? 会頭さんも、騒がせて済まなかった。もう……」
「いやいや、足りないでしょ」
俺はゼルの言葉を遮った。
「は? 足りないって……」
「ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない、でしょ?」
それを聞いたゼルは、慌てたように話す。
「ちょっと待ってくれ、俺達はアルボ商会から依頼を受けたに過ぎない、そもそも連中と俺達とは……」
「人の噂ってのは広まるのが早い。おたくらにとって不本意な噂が、あっという間に街中に溢れるかも知れないな」
こいつらは傭兵だ。自らの力を誇示して食ってる連中は、自分達が負けたなんて噂、絶対に広められたくはないなずだ。
「兄さん……あんた鬼か……?」
ゼルは俺を睨む。
「情けをかけられて命を救われたんだ。そのくらいの約束はできるだろ? それともジョーカーってのは、その程度の力もないのか?」
ゼルは諦めたようにため息をついた。
「ふぅ~、分かったよ……ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない。くそっ、これでいいか!」
「じゃあ、誓約書」
「はぁ? 誓約書ぉ~?」
「こんな大事なこと、口約束だけで済ませられる訳ないでしょ。こちとら商人だよ?」
「あ~、くそっ! 分かったよ! サインでも何でもしてやるから、さっさと持ってこい!」
はい、勝った。
「ユージスさん、お願いします」
「え? あ、はい! すぐに用意します」
ユージスは書類を用意するため、慌てて奥の部屋に走った。とは言え、実はまだ状況をしっかりと把握できていない。何が何だか分からないうちに、話がまとまってしまったように感じていた。しかし、用紙にその内容を記していくのと同時に、実感していくことになる。これで、全て終わるのだと。
◇◇◇
「お待たせしました」
ユージスが書類を持ってきた。同じ内容の誓約書二枚に、ユージスとゼルがそれぞれサインする。
「では、これを……」
ユージスはゼルにその一枚渡す。「チッ」と舌打ちして、ゼルはそれを奪い取るように受け取る。
「帰るぞ」
ゼルは男達を連れて倉庫を出ようとする。が、扉の前で立ち止まり振り返る。俺を、見てるな……しかしすぐに前を向き外に出ていった。
リアンはその一部始終を放心状態で見ていた。
二ヶ月ぶりに会頭が帰って来て、すぐにジョーカーが現れた。護衛と名乗る男はジョーカーを黒焦げにし、その後二度と手は出さないと約束させ、ジョーカーは誓約書を手に帰っていった。頭の整理が追い付かない、何が、どうなったのか……
「あの……会頭……」
「はい、リアン……どうやら、全部終わったみたいですね」
ユージスのその言葉でホッとしたのか、リアンは全身の力が抜けるのを感じ、その場にペタンと座り込んだ。
「ユージスさん、リアンさん、すみません、勝手なことしちゃって……でも、どうしても放っておくなんてできなくて……」
「とんでもない、コウさん! あなたには本当に、感謝しかない! やり方は……まぁ、かなり強引でしたが、でも私達だけでは絶対に無理でした。きっとあのまま、アルボ商会の傘下に入ることになっていたでしょう……」
「誓約書って、どうなんですかね? なんかノリで、だめ押ししとこうかと思ったんですが……」
「はい、あの誓約書がキモなんです。あれさえあれば、何かあった時に裁判所に駆け込めます。ここは商人の街ですから、あの手の書類は非常に重要なんです。どんな内容のものであれ、誓約書や契約書に違反があれば、この街の裁判所は掛け合ってくれるんですよ。商人にとっては契約こそ全て、ですからね」
「じゃあ、あの誓約書はあって良かったんですね」
「というより、なければいけない物、ですね」
おお、よしよし、ナイス俺。
「ところでコウさん、さっきの魔法は……? 私は魔法に詳しくはありませんが、コウさんが使ったあの魔法が、普通じゃないのは分かります。あなたは一体……何者ですか?」
何者、って言われてもなぁ……
「魔導師ですよ、駆け出しですけど」
うん、これしか言いようがないな。
◇◇◇
重苦しい空気が漂っている。誰も、何も話さない。
さっきのあれは一体何だったのか、まるで夢でも見ていたような、そんな感じさえする。だが、間違いなく現実だ。相手の魔法を食らい死にかけた。何より皆、服がボロボロなのだ。これが夢であるはずがない。
敗北。
ゼルのあの発言はまさに敗北を意味していた。あまつさえ誓約書にサインまでするなんて……怒り、悔しさ、不甲斐なさ、色々な感情が混ざり合っている。
「ぷっ……」
?
「ぷふっ……」
え?
「はっはっはっ!」
ゼルは突然笑いだした。
「おい! マスター! 何笑ってんだ!」
「そりゃ笑うだろぉ、ブロス。ここまでキレイにしてやられたのなんて、いつ振りだ? 完敗だよ、完敗。あげくにこんなもんまで書かされて」
ゼルは誓約書をヒラヒラと振る。
「笑ってんじゃねーよ! マスター! もう一回だ、今から戻ってあいつブチ殺そう! こんなの……許される訳ねぇ!」
「ダメだ。何度やっても同じだ、勝てねぇよ。オートシールド効いたブレスレットが、あの兄さんの魔法一発で焼き切れちまったんだ、とんでもねぇ威力だってのは分かるだろ? オートシールド働いて瀕死だった訳だから、次食らったら即死だ。もうブレスレットないしな。それともお前ら、あの魔法自力で防げるのか? 」
「…………」
誰も何も答えない。しかし、ブロスと呼ばれた男は食い下がる。
「でも……じゃあマスターが一対一でやりゃあいいだろ、マスターはあの魔法、防げたんだろ?」
「たまたまだ。嫌な感じがしたから念のためにシールド張ったら、そこに魔法が当たった、ってだけだ。狙って防いだ訳じゃねぇ。それにブレスレットのオートシールドと自分で張ったシールド、シールド二重に張ってんのに左腕潰されたんだ」
「だからって、このままじゃ……」
「認めろ! 負けだ。あの兄さんも言ってたろ? 俺達は情けをかけられ命を救われたんだ。それ以外の何でもない。俺がお前らを治療している間、あの兄さんは何回俺を殺せたと思う? 屈辱だが受け入れろ」
負けたのはしょうがない、それは認める。だがブロスにはどうしても納得のできないことがあった。
「屈辱? だったら……なんであんたずっとニヤニヤしてんだ!」
ゼルは終始ニヤつきながら話していた。ブロスはそれが許せなかった。
「ああ、笑ってたか? まぁしょうがねぇだろ、あんないい人材見つけちまったんだからなぁ!」
「いい人材って……あんた、まさか……」
「おう、あの兄さん、こっちに引き入れる」
ブロスは言葉を失った。引き入れる? 俺達を殺しかけたヤツを?
そして、これにはさすがに他の男達からも、批判の声が上がる。
「ちょっと待ってください、あの魔導師を味方につけるって言うんですか? それはいくら何でも……」
「そうだ、マスター! こっちは殺されかけたんだぞ!」
「だぁ! うるせー!」
ゼルは一喝した。
「冷静で、頭が切れて、度胸もあるし、何より強い。最高じゃねぇか。殺されかけたとか、小せぇこと言うんじゃねぇよ。あの目的のためなら、大した問題じゃねぇだろ? 諜報部から一人借りて、ロイ商会見張らせてくれ。あの兄さんがいなくなっちまったら話できねぇからな」
ああ、ダメだ。とブロスは思った。こうなったらもう、この人の考えは変わらない。全く、困ったボスだ。しょうがない!
「で、アルボ商会はどうすんだ? ロイ商会から手を引いてくれって、お願いでもするつもりか? そんなの聞くような連中じゃねぇぞ?」
「ふっふっふ、心配するな、ブロス君。弱味の一つや二つ、きっちり握っているのだよ。それより服買って帰ろうや。さすがにこれじゃあ、な」
ゼルはボロボロの服を見ながら笑った。
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