流浪の魔導師

麺見

文字の大きさ
上 下
29 / 297
1章 ラスカ修行編

29. シブスト軍事演習場

しおりを挟む
 なんて充実した日々だろうか。

 午前中はラスカに行き東地区の瓦礫撤去作業。午後には家に戻り地下にこもって魔法三昧。気付けばあっという間に夕方。街で買ってきた晩飯を食べたら、棚一面にびっしりと並んでいる本を手に取る。

 もう一度言おう、なんて充実した日々だろうか?


 嘘! 飽きた!!


 レイシィが城に戻ってから半年、俺は毎日このような生活を送っている。毎日だ。そら飽きるわ。という訳で気分を変える為、俺は今とある場所に来ている。

 オルスニア王国、シブスト軍事演習場。

 王都オルスの南西、エイレイ・ヒルマスとの国境付近にある広大なシブストと呼ばれる荒野。現地の古い言葉で、何もない、と名付けられたこの荒野に、オルスニア軍の演習場がある。レイシィの残した手紙にはここを自由に使っていい、と書いてあった。ラスカの瓦礫撤去作業の先が見えてきた為、少し早いがここにやって来たのだ。瓦礫撤去が完了したら区画整理が行われ、復興計画に基づき建物の建築が始まる。そうなると俺が手伝える事は多分なくなるだろう。
 ここではレイシィの家の地下実験場では出来ない事、高威力の魔法や広域攻撃魔法、禁術などを試すつもりだ。

 禁術について少し説明しよう。

 レイシィに「絶対に入るな」と言われていた実験場の奥の部屋。レイシィが残していった課題の中に「ここまでクリアしたら入って良し」との記述があった。そして一ヶ月程前、きっちり課題をこなしてとうとうその部屋入ったのだ。狭い部屋の中には本棚が三つ、びっしりと本が並べられていた。
 正面の本棚の本を一冊手に取ってみる。それはいわゆる魔導書と呼ばれる物だった。術式や呪文の詠唱えいしょうが必要な魔法が記されている本だ。

「入ったら死ぬぞ」とまで言われていた割には、こんなもんか? などと思っていたら、気付いてしまった。

 一番奥の本棚。

 その本棚からは何か異様な雰囲気が出ている。眺めているだけで不快感や嫌悪感が沸き上がってくるのだ。
 試しに一冊手に取る。が、本が開かない。不思議に思いながら隣の本を取る。これも開かない。どうやらこの本棚の本には魔法で鍵が掛かっているようだ。

 この世界では物理的な鍵を見る機会が少ない。大抵何でも魔法でロックしてしまうからだ。ちなみにこのレイシィの家の鍵。漫画に出てくる牢屋の鍵みたいな、鍵のギザギザが一つ二つしかなく、こんなのすぐピッキングできるんじゃ……と思わせるような簡単なものだった。
 魔法の鍵を三重四重と掛けてやると解錠かいじょうは相当困難になる。物理的な鍵の構造を複雑にする事を考えるよりはるかに手間がない。

 見たところ魔導書のロックはせいぜい二重くらいで、時間を掛ければ開けられそうだった。魔法の鍵は以前教えてもらっていて、レイシィがロックしたものなら開けられる。

 ……

 …………

 …………………

 よし、開いた。でも相当時間が掛かった。体感では三十分くらいか? 早速開いてみる。すると突如として猛烈な吐き気に襲われ気分が悪くなった。

(何だ、これ……うぇぇ……)

 どうやらこの本自体に何らかの魔法が施されていて、本を開くと発動するようだ。

(これ、お師匠が掛けた魔法か? 何でこんな嫌らしい魔法を……)

 気持ち悪さを我慢しページをめくると見た事のない文字が並んでおり、行間や余白にはレイシィが書いたと思われる注釈ちゅうしゃくがあった。
 どうやらこの本、相当古い時代の魔法が記された魔導書のようだ。前にレイシィに聞いた事がある。古代魔法、というやつだ。

 この世界、何と過去に一度滅びかけたらしい。

 一千年程前、大陸全土を巨大地震が襲い街という街が壊滅したそうだ。その際大陸西部と中央部をさえぎるように巨大な崖が出来たという。その後わずかに生き残った人々が今のこの世界を作り上げた。古代魔法とは巨大地震が起きる前に使われていた魔法であり、その地震で当時の魔法技術の大半が失われてしまったそうだ。その為現存する魔導書も数が少なく大変貴重らしい。

 視界に入っただけで不快感を覚え、開くためには解錠かいじょうし、開いたら体調が悪くなる。おいそれと中を見れないようになっているこの魔導書、どれだけすごい魔法が記されているのか? 

 確かに、その魔法はすごいものだった。

 簡単に説明すると、死者にかりそめの魂を与え、自由に操る魔法。

 エゲつな……倫理的にどうなんだ……?

 ふと本棚に目をやると、上の方の木枠にレイシィの書いた文字で禁術と記されたラベルが貼ってあった。

 ……なるほど。この本棚の本はどれも、本当にヤバいレベルのものばかりのようだ。禁術という言葉が一般的に認識されているものなのか、それともレイシィがカテゴリー分けするために便宜べんぎ上作った言葉なのかは知らないが、確かにこんな魔導書を簡単に見られるようにしておく訳にはいかない。

 それからかなりの時間を掛けてこの部屋の魔導書を全てチェックした。そして使えそうな魔法や、気になる魔法が記されている魔導書をピックアップしてこの演習場に持ち込んだのだ。

 さてこのシブスト軍事演習場、その名の通り何もないただの荒野だ。一応近くの街から道が繋がっており、入り口らしき所には警備兵の詰所があった。詰所で事情を話すとすでにレイシィから連絡が来ていたようで、恐縮してしまうくらい丁寧な応対をされた。
 まずは食糧の調達。荷馬車を貸すので街まで戻り、食糧と飲み水を入れる樽などをいくつか購入。飲み水は詰所の裏に湧き水があるのでそこを自由に使って良い。何もないとはいえ、一応演習場はざっくりといくつかの区画に別れているそうで、魔法を使うのであれば奥の方の区画を使用してほしい。各区画には士官クラスの兵が寝泊まりする小屋があるので、そこを使用して良い。街から戻ったら、使用する区画まで案内し荷物を下ろすのを手伝うので、声を掛けてほしい。
 と、実に細かな説明をしてくれた。何だかいたれりくせり……まではいかないが、非常に助かる。

 やはりレイシィが宮廷魔導師長だからだろうか? 改めて、お師匠すごいな……

 そしてついさっき、小屋に荷物を運び入れた所だ。小屋にはキッチンや小さな地下食糧庫まであった。食糧庫に買ってきた食材を詰め込み、冷気の魔法石を放り込めば簡易冷蔵庫の完成だ。
 この時点ですでに夕方。今日はこれで終わりだな。本格的な修行は明日からだ。


 ◇◇◇


 夜。

 晩飯を簡単に済まし、時間をもて余す。こんな時の為魔導書以外の本も持ってきている。
 〈用兵学〉上・中・下、〈剣とは〉、〈世界の宗教〉、〈魔具まぐの歴史〉、〈失われた古代の国〉、〈交渉のノウハウ〉、〈知っておきたい社交界のマナー〉、〈一歩先行くサバイバル術〉、〈簡単! 野生の家庭料理〉等々……

 興味があるもの、知っておいた方がいいと思うもの、知らなきゃまずそうなもの、色々持ってきた。俺にはこの世界で生きていく為の知識や常識が圧倒的に不足している。まぁ、ほとんどラスカから出た事がなかった訳だし……幸い時間はたっぷりとある。ゆっくり勉強しよう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...