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1章 ラスカ修行編
23.サプライズ
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「違う! それは向こうだ!」
「ここはもう一杯だ、瓦礫は隣の区画に!」
「おい! 慌てるな、慎重に……ああ、無理に持ち上げるな!」
オークによるラスカ襲撃から一ヶ月。被害にあった東地区の瓦礫の撤去作業が行われている。
火災は東地区全域におよび、瓦礫の量は相当なものになりそうだ。しかし何をするにも、まずはこの瓦礫を撤去し更地にしなければどうしようもない。途方もない作業だ。しかし人員は日に日に増えている。周辺の街や王都はもちろん、オルスニア中から人が集まり作業を手伝ってくれている。当初の予測よりもかなり早く作業が終わるとの見通しだ。
俺も時間の許す限り撤去作業を手伝っている。さすがにこれを無視して魔法の修行、という気にはならない。
レイシィもあちこち飛び回っている。ラスカの領主に会いに行ったり、エルビに行ったりと忙しそうだ。十日程前に城から使いが来て、今は王都に行っている。宮廷魔導師をやめたとはいえレイシィの影響力は大きい、という所か。
◇◇◇
山のように積み上がっている瓦礫を魔法で細かく砕き馬車の荷台へ移す。人が増え作業スピードは上がっているはずだ。が、まったく終わりが見えない。東地区のほとんどが灰になったのだ、その瓦礫の量はハンパではない。
「やっぱりここにいたか、家に行く前に立ち寄って正解だ」
レイシィだ。王都から戻ってきたようだ。
「お師匠、帰ったのか」
「ああ……お前、ちゃんと休んでるか?」
「休んでるよ、大丈夫」
「ん、ならいい。今日はもう終わりだ、帰るぞ」
「え? もう?」
「明日に備える」
「明日? なんかあんの?」
「ああ、お前も連れていく」
「どこに?」
「明日になれば分かる」
なんだ、そりゃ?
◇◇◇
翌日。明日に備える、と言いつつレイシィは家から出ようとしない。何度か「まだか?」と聞いたが、返答は「まだ早い」
夕方。ようやくレイシィが動く。が、出掛ける訳ではない。俺の持っている服を全てリビングに持ってこい、との事。言われた通り持ってくると「上はこれ、下はこれ、ローブは……」とコーディネートされる。どれも俺の持っている服の中では上等なものばかりだ。特にローブなんかは、ベルベットみたいな起毛で裾などに細かな刺繍が入ったおしゃれローブ。以前服を買いに行った時、レイシィに「買っとけ」と言われたものだ。着る機会なんかないだろ? なんて思っていたのだが、まさかその機会が訪れるとは。
着替えてリビングに戻るとレイシィの姿がない。どうやらレイシィも着替えているようだ。しばらく待っているとレイシィが下りてきた。やはり普段着ないようなおしゃれ服で着飾っている。お、軽く化粧までしてるじゃないか、珍しい。何と言うか、出来る女感三割増しって感じだ。しかし俺は知っている。この女、酒で失敗するタイプ、ポンコツドリンカーだと。
「フフ……いいぞ?」
「……?」
「見とれていたろ? いいんだぞ?」
「……何がよ?」
「いいね、とか、キレイだね、とか、抱きたいね、とか……色々あるだろ? 褒めてもいいぞ?」
しゃなり……とそれっぽいポーズをとるレイシィ。何か分からんが腹立ってきた。
「何でもいいがお師匠、呑みすぎるなよ」
「…………」
◇◇◇
着替えはしたが出掛ける事なく再び待機。いくら片付けてもあっという間に元の姿に戻る(当然レイシィが汚す)散らかりきったリビングに着飾った男女。
何だ、これ?
などと思っているとトントン、とノックの音。
「やっと来たな、さぁ行くぞ」
外に出るとそこには執事? 的な感じの男が立っていた。その奥には豪華な馬車。何だ? 迎えか? 何で? どこに? 何も分からないまま馬車に押し込まれる。
動き出した馬車はやがてラスカの街の中へ。南門から入り、中央広場を左に入り……え? 西地区? 西地区って領主公館や貴族の屋敷がいっぱいのセレブ地区だろ? 初めて来た。
広い庭付きの豪邸が建ち並ぶ通りを進む馬車。スゲー家、いくらぐらいするんだろ? すると馬車は一際大きな豪邸の、広い広い庭の中へ入ってゆく。何ここ? どこに連れてこられたの?
すぅ~、と馬車が止まったのは豪邸の立派な玄関前。外から馬車の戸が開かれる。
「着いたぞ」
馬車を降りると玄関前にはズラリと人が並んでいる。役人っぽい感じの人やこの豪邸の使用人か? そして両脇にいるのは……騎士? この鎧、オルスニア騎士団の装備だ。周りを見回すとそこかしこに騎士が立っている。これでもか、と言うくらいの厳重な警備だ。ますますこれ、どこに連れてこられたんだ? 待てよ……でもラスカには騎士団常駐してないよな?
「レイシィ様~! お待ちしていたしておりました~!」
豪邸の中からバタバタと走りながら現れたのは、背の低い小太りの男。レイシィを見るや満面の笑みを浮かべる。
「何だ、わざわざ出迎えなんて……」
「いえいえ、何を仰るレイシィ様! あなた様をお招きするのですから当然、当然でございます~! あぁそれにしても、本日はまた一段とお美しい! 凛々しく、それでいて優雅に咲き誇る大輪の花、いえ、もはや花神……さながら花を司る神のような、神々しいお美しさでございます~!」
「おいおい、いくら何でもそれは言い過ぎだぞ?」
……正気かこのおっさん。世辞にしても限度があるぞ、徒花の間違いだろ? そしてやんわり否定しながらも、まんざらでもない様子の我が師。
お師匠よ、それっぽいポーズをとるんじゃない。
「レイシィ様、ひょっとして……こちらが?」
「ああ、弟子のコウだ」
「おぉぉぉ……あなた様が!」
ガシッと俺の右手を両手で掴むおっさん。突然の事にビクッとした。
「初めましてでございます~! わたくし、このラスカンディ領を治めております、パルド・マノンと申します~!」
治めてるって……領主!?
「あの、領主様……ですか?」
「左様でございます~! わたくし、こう見えて領主なのでございます~!」
両手で掴んだ俺の右手を、上下にブンブン振り回すおっさん。いや、領主。
「レイシィ様とコウ様がおりませんでしたらこの領都ラスカ、一体どうなっていたか……代々受け継いできたラスカがわたくしの代で滅びてしまうなど……あぁ、想像するだけで恐ろしい! 伺っておりますよ、コウ様! 群がるオークを次々となぎ倒し、まさに獅子奮迅のご活躍だったとか! さらにはラスカの復興の為に、今現在もご尽力をいただいて……感謝の言葉もございません! あなた様はラスカを救った英雄、まさに英雄でございます~!」
「いえ、あの……そんな大したもんじゃ……」
「救世主、まさに救世主様でございます~!」
「あ~、はぁ……」
「パルド、そろそろいいか?」
長引きそうだ、と思ったレイシィは玄関を指差す。
「あぁ! これは大変失礼いたしました~! どうぞこちらへ、ささ、こちらへ!」
パルドに案内されたのは応接室。高そうなテーブルに高そうな絵画に高そうな花瓶に……何もかもが高そうだ。
「さ、どうぞ、ささ、お掛け下さい~!」
パルドに促されこれまた高そうなソファーに腰を下ろす。どこまで沈むんだ? ってくらいフカフカだ。
「……は、どちらに……?」
「……避難住民の方を……」
レイシィとパルドは部屋の入り口付近で何やらこそこそと話している。
「さて、さてさて、ワインでもいかがでしょうか? いいのが手に入ったのですよ~!」
パルドの合図でメイドがワインやスモーク肉などの料理を運んできた。
メイド……リアルメイド、初めて見た。さすがにこのクラスになるとメイドなんか雇うんだな……
「何だお前……そういう趣味があったのか?」
リアルメイドを眺めている俺に、レイシィがニヤニヤしながら聞いてきた。
「なっ……違うわ!」
何を言ってるんだ、このレイシィは! まぁ、まるっきり違うって訳でも……
「それではしばしこちらで、ごゆるりとおくつろぎ下さい~」
そう言い残してパルドは部屋を出ていった。
………………
「なぁ、お師匠。ここに何しに来たんだ?」
「お、旨いな、このワイン」
………………
「なぁ、お師匠。いつまでここにいるんだ?」
「お、旨いな、このスモーク肉」
……なるほど。どうあってもここに来た理由を明かさないつもりか。一体何だ? 何を隠してる? サプライズ? もしかしてサプライズ? いやいや、何だサプライズって……そもそも何で俺にサプライズする必要がある?
◇◇◇
どのくらい経ったのか、もう帰りたい……などと考えていたら、コンコン、とドアをノックしてパルドが入ってきた。
「お待たせいたしました。さ、どうぞ……」
「よし、コウ、行くぞ」
「ああ……」
部屋を出て二階へ。
「お師匠、どこ行くんだ?」
「これから王に謁見だ」
「……王……はぁ!? 王!? 王って……はぁ!?」
「わたわたするな、みっともない。ラスカの被害を確認したいと、陛下自ら視察に来ている。
いいか、部屋に入ったら陛下の前まで進み、片膝をついてしゃがんで名乗る。で、お召しにより参上いたしました、と言え。決して頭は上げるな、下を向いたままだ。そうしたら陛下が、顔を上げろ、とか、立て、とか仰るからその通りに……」
「ちょっと待って……王って、王様? え? 何で?」
「先日王都に行った時、陛下がお前に会いたいと仰ってな。ではラスカ視察の折り、連れて参ります、って事になったんだ」
「……そういうの、先に言っておいてもらえないか?」
「ハハハ、サプライズだ」
だからいらんて、そんなサプライズ……
二階の廊下には左右にずらっと騎士が並んでいる。王が来てるんだもん、そら騎士団も来るわなぁ……
二階の奥、突き当たりの部屋の前でレイシィは立ち止まり、コンコンとノックする。
「陛下、コウを連れて参りました」
すると中から、「入って良い」と低い声。
「失礼いたします」
レイシィはドアを開け部屋に入る……あ、俺もか。
部屋の中には壁際にずらっと人が並んでいる。騎士に、執事、お付きの人……
そして、部屋の真ん中に座っている……王。あの人が……いや、あのお方が。なんか威圧感すごいぞ……
レイシィに言われた通り王の前まで進み片膝をつく。
「コウ・サエグサと申します。お召しにより、参上いたしました」
で、よかったっけ?
「立つが良い」
「……は」
「うむ、そなたがコウか。一度会いたいと思っておった。レイシィより仔細聞いておる……不運であったな」
「は……」
巻き込まれてこの世界に来た事を言っているのか……
「そして此度はそなたの尽力により、ラスカの被害が最小限に抑えられたと聞いておる。国を代表し、心から礼を言う」
そう言ってオルスニア王は右手を左胸に当てた。
「な、陛下! そのような事……」
「構わぬ」
王のこの動作に近習が慌てた様子で止めに入る。が、逆に王に制された。右手を左胸に当てるという動作は、この世界において相手に最大限の感謝や敬意を表する、という意味がある。日本で言うところの頭を下げる、といった所だ。当然国のトップが平民に対し行う動作ではない。
「レイシィとコウがおらねば、ラスカの被害は想像もつかぬものになっていたかも知れん。当然の謝意だ」
「は……あ、ありがとうございます。ですが、あの……」
「陛下、そのくらいで……コウが困っておりますゆえ……」
レイシィが笑いながら助けてくれた。
「ふははは、そうか」
ふぅ~、心臓に悪い……しかし各国を渡り歩いたレイシィが、この国に仕えたのも頷ける。懐が深いというか、まさに王の器というか。
「隣室に夕食を用意させている。コックも城から連れて来ておるからな、城で振る舞っているものと同じ料理だ。わしは王都に戻らねばならぬゆえ同席出来ぬが、僅かながらの礼だと思いゆるりと楽しんでくれ」
「今から出立されるのですか?」
レイシィは驚いた。そりゃそうだ、もう日が落ちている。
「政務が溜まっておる。王都まで三日の道程を二日で戻らねばならん」
「それは何とも……くれぐれもお気を付けて……」
「うむ。見送り無用ぞ」
王は部屋を出ようとしたが、ドアの前で立ち止まり振り向いた。
「……コウ、済まぬな……」
そう言い残し、王は部屋を後にした。
「……お師匠、今のは……」
「……夕食を頂こう、せっかく用意してもらったんだしな」
「ああ……」
「ここはもう一杯だ、瓦礫は隣の区画に!」
「おい! 慌てるな、慎重に……ああ、無理に持ち上げるな!」
オークによるラスカ襲撃から一ヶ月。被害にあった東地区の瓦礫の撤去作業が行われている。
火災は東地区全域におよび、瓦礫の量は相当なものになりそうだ。しかし何をするにも、まずはこの瓦礫を撤去し更地にしなければどうしようもない。途方もない作業だ。しかし人員は日に日に増えている。周辺の街や王都はもちろん、オルスニア中から人が集まり作業を手伝ってくれている。当初の予測よりもかなり早く作業が終わるとの見通しだ。
俺も時間の許す限り撤去作業を手伝っている。さすがにこれを無視して魔法の修行、という気にはならない。
レイシィもあちこち飛び回っている。ラスカの領主に会いに行ったり、エルビに行ったりと忙しそうだ。十日程前に城から使いが来て、今は王都に行っている。宮廷魔導師をやめたとはいえレイシィの影響力は大きい、という所か。
◇◇◇
山のように積み上がっている瓦礫を魔法で細かく砕き馬車の荷台へ移す。人が増え作業スピードは上がっているはずだ。が、まったく終わりが見えない。東地区のほとんどが灰になったのだ、その瓦礫の量はハンパではない。
「やっぱりここにいたか、家に行く前に立ち寄って正解だ」
レイシィだ。王都から戻ってきたようだ。
「お師匠、帰ったのか」
「ああ……お前、ちゃんと休んでるか?」
「休んでるよ、大丈夫」
「ん、ならいい。今日はもう終わりだ、帰るぞ」
「え? もう?」
「明日に備える」
「明日? なんかあんの?」
「ああ、お前も連れていく」
「どこに?」
「明日になれば分かる」
なんだ、そりゃ?
◇◇◇
翌日。明日に備える、と言いつつレイシィは家から出ようとしない。何度か「まだか?」と聞いたが、返答は「まだ早い」
夕方。ようやくレイシィが動く。が、出掛ける訳ではない。俺の持っている服を全てリビングに持ってこい、との事。言われた通り持ってくると「上はこれ、下はこれ、ローブは……」とコーディネートされる。どれも俺の持っている服の中では上等なものばかりだ。特にローブなんかは、ベルベットみたいな起毛で裾などに細かな刺繍が入ったおしゃれローブ。以前服を買いに行った時、レイシィに「買っとけ」と言われたものだ。着る機会なんかないだろ? なんて思っていたのだが、まさかその機会が訪れるとは。
着替えてリビングに戻るとレイシィの姿がない。どうやらレイシィも着替えているようだ。しばらく待っているとレイシィが下りてきた。やはり普段着ないようなおしゃれ服で着飾っている。お、軽く化粧までしてるじゃないか、珍しい。何と言うか、出来る女感三割増しって感じだ。しかし俺は知っている。この女、酒で失敗するタイプ、ポンコツドリンカーだと。
「フフ……いいぞ?」
「……?」
「見とれていたろ? いいんだぞ?」
「……何がよ?」
「いいね、とか、キレイだね、とか、抱きたいね、とか……色々あるだろ? 褒めてもいいぞ?」
しゃなり……とそれっぽいポーズをとるレイシィ。何か分からんが腹立ってきた。
「何でもいいがお師匠、呑みすぎるなよ」
「…………」
◇◇◇
着替えはしたが出掛ける事なく再び待機。いくら片付けてもあっという間に元の姿に戻る(当然レイシィが汚す)散らかりきったリビングに着飾った男女。
何だ、これ?
などと思っているとトントン、とノックの音。
「やっと来たな、さぁ行くぞ」
外に出るとそこには執事? 的な感じの男が立っていた。その奥には豪華な馬車。何だ? 迎えか? 何で? どこに? 何も分からないまま馬車に押し込まれる。
動き出した馬車はやがてラスカの街の中へ。南門から入り、中央広場を左に入り……え? 西地区? 西地区って領主公館や貴族の屋敷がいっぱいのセレブ地区だろ? 初めて来た。
広い庭付きの豪邸が建ち並ぶ通りを進む馬車。スゲー家、いくらぐらいするんだろ? すると馬車は一際大きな豪邸の、広い広い庭の中へ入ってゆく。何ここ? どこに連れてこられたの?
すぅ~、と馬車が止まったのは豪邸の立派な玄関前。外から馬車の戸が開かれる。
「着いたぞ」
馬車を降りると玄関前にはズラリと人が並んでいる。役人っぽい感じの人やこの豪邸の使用人か? そして両脇にいるのは……騎士? この鎧、オルスニア騎士団の装備だ。周りを見回すとそこかしこに騎士が立っている。これでもか、と言うくらいの厳重な警備だ。ますますこれ、どこに連れてこられたんだ? 待てよ……でもラスカには騎士団常駐してないよな?
「レイシィ様~! お待ちしていたしておりました~!」
豪邸の中からバタバタと走りながら現れたのは、背の低い小太りの男。レイシィを見るや満面の笑みを浮かべる。
「何だ、わざわざ出迎えなんて……」
「いえいえ、何を仰るレイシィ様! あなた様をお招きするのですから当然、当然でございます~! あぁそれにしても、本日はまた一段とお美しい! 凛々しく、それでいて優雅に咲き誇る大輪の花、いえ、もはや花神……さながら花を司る神のような、神々しいお美しさでございます~!」
「おいおい、いくら何でもそれは言い過ぎだぞ?」
……正気かこのおっさん。世辞にしても限度があるぞ、徒花の間違いだろ? そしてやんわり否定しながらも、まんざらでもない様子の我が師。
お師匠よ、それっぽいポーズをとるんじゃない。
「レイシィ様、ひょっとして……こちらが?」
「ああ、弟子のコウだ」
「おぉぉぉ……あなた様が!」
ガシッと俺の右手を両手で掴むおっさん。突然の事にビクッとした。
「初めましてでございます~! わたくし、このラスカンディ領を治めております、パルド・マノンと申します~!」
治めてるって……領主!?
「あの、領主様……ですか?」
「左様でございます~! わたくし、こう見えて領主なのでございます~!」
両手で掴んだ俺の右手を、上下にブンブン振り回すおっさん。いや、領主。
「レイシィ様とコウ様がおりませんでしたらこの領都ラスカ、一体どうなっていたか……代々受け継いできたラスカがわたくしの代で滅びてしまうなど……あぁ、想像するだけで恐ろしい! 伺っておりますよ、コウ様! 群がるオークを次々となぎ倒し、まさに獅子奮迅のご活躍だったとか! さらにはラスカの復興の為に、今現在もご尽力をいただいて……感謝の言葉もございません! あなた様はラスカを救った英雄、まさに英雄でございます~!」
「いえ、あの……そんな大したもんじゃ……」
「救世主、まさに救世主様でございます~!」
「あ~、はぁ……」
「パルド、そろそろいいか?」
長引きそうだ、と思ったレイシィは玄関を指差す。
「あぁ! これは大変失礼いたしました~! どうぞこちらへ、ささ、こちらへ!」
パルドに案内されたのは応接室。高そうなテーブルに高そうな絵画に高そうな花瓶に……何もかもが高そうだ。
「さ、どうぞ、ささ、お掛け下さい~!」
パルドに促されこれまた高そうなソファーに腰を下ろす。どこまで沈むんだ? ってくらいフカフカだ。
「……は、どちらに……?」
「……避難住民の方を……」
レイシィとパルドは部屋の入り口付近で何やらこそこそと話している。
「さて、さてさて、ワインでもいかがでしょうか? いいのが手に入ったのですよ~!」
パルドの合図でメイドがワインやスモーク肉などの料理を運んできた。
メイド……リアルメイド、初めて見た。さすがにこのクラスになるとメイドなんか雇うんだな……
「何だお前……そういう趣味があったのか?」
リアルメイドを眺めている俺に、レイシィがニヤニヤしながら聞いてきた。
「なっ……違うわ!」
何を言ってるんだ、このレイシィは! まぁ、まるっきり違うって訳でも……
「それではしばしこちらで、ごゆるりとおくつろぎ下さい~」
そう言い残してパルドは部屋を出ていった。
………………
「なぁ、お師匠。ここに何しに来たんだ?」
「お、旨いな、このワイン」
………………
「なぁ、お師匠。いつまでここにいるんだ?」
「お、旨いな、このスモーク肉」
……なるほど。どうあってもここに来た理由を明かさないつもりか。一体何だ? 何を隠してる? サプライズ? もしかしてサプライズ? いやいや、何だサプライズって……そもそも何で俺にサプライズする必要がある?
◇◇◇
どのくらい経ったのか、もう帰りたい……などと考えていたら、コンコン、とドアをノックしてパルドが入ってきた。
「お待たせいたしました。さ、どうぞ……」
「よし、コウ、行くぞ」
「ああ……」
部屋を出て二階へ。
「お師匠、どこ行くんだ?」
「これから王に謁見だ」
「……王……はぁ!? 王!? 王って……はぁ!?」
「わたわたするな、みっともない。ラスカの被害を確認したいと、陛下自ら視察に来ている。
いいか、部屋に入ったら陛下の前まで進み、片膝をついてしゃがんで名乗る。で、お召しにより参上いたしました、と言え。決して頭は上げるな、下を向いたままだ。そうしたら陛下が、顔を上げろ、とか、立て、とか仰るからその通りに……」
「ちょっと待って……王って、王様? え? 何で?」
「先日王都に行った時、陛下がお前に会いたいと仰ってな。ではラスカ視察の折り、連れて参ります、って事になったんだ」
「……そういうの、先に言っておいてもらえないか?」
「ハハハ、サプライズだ」
だからいらんて、そんなサプライズ……
二階の廊下には左右にずらっと騎士が並んでいる。王が来てるんだもん、そら騎士団も来るわなぁ……
二階の奥、突き当たりの部屋の前でレイシィは立ち止まり、コンコンとノックする。
「陛下、コウを連れて参りました」
すると中から、「入って良い」と低い声。
「失礼いたします」
レイシィはドアを開け部屋に入る……あ、俺もか。
部屋の中には壁際にずらっと人が並んでいる。騎士に、執事、お付きの人……
そして、部屋の真ん中に座っている……王。あの人が……いや、あのお方が。なんか威圧感すごいぞ……
レイシィに言われた通り王の前まで進み片膝をつく。
「コウ・サエグサと申します。お召しにより、参上いたしました」
で、よかったっけ?
「立つが良い」
「……は」
「うむ、そなたがコウか。一度会いたいと思っておった。レイシィより仔細聞いておる……不運であったな」
「は……」
巻き込まれてこの世界に来た事を言っているのか……
「そして此度はそなたの尽力により、ラスカの被害が最小限に抑えられたと聞いておる。国を代表し、心から礼を言う」
そう言ってオルスニア王は右手を左胸に当てた。
「な、陛下! そのような事……」
「構わぬ」
王のこの動作に近習が慌てた様子で止めに入る。が、逆に王に制された。右手を左胸に当てるという動作は、この世界において相手に最大限の感謝や敬意を表する、という意味がある。日本で言うところの頭を下げる、といった所だ。当然国のトップが平民に対し行う動作ではない。
「レイシィとコウがおらねば、ラスカの被害は想像もつかぬものになっていたかも知れん。当然の謝意だ」
「は……あ、ありがとうございます。ですが、あの……」
「陛下、そのくらいで……コウが困っておりますゆえ……」
レイシィが笑いながら助けてくれた。
「ふははは、そうか」
ふぅ~、心臓に悪い……しかし各国を渡り歩いたレイシィが、この国に仕えたのも頷ける。懐が深いというか、まさに王の器というか。
「隣室に夕食を用意させている。コックも城から連れて来ておるからな、城で振る舞っているものと同じ料理だ。わしは王都に戻らねばならぬゆえ同席出来ぬが、僅かながらの礼だと思いゆるりと楽しんでくれ」
「今から出立されるのですか?」
レイシィは驚いた。そりゃそうだ、もう日が落ちている。
「政務が溜まっておる。王都まで三日の道程を二日で戻らねばならん」
「それは何とも……くれぐれもお気を付けて……」
「うむ。見送り無用ぞ」
王は部屋を出ようとしたが、ドアの前で立ち止まり振り向いた。
「……コウ、済まぬな……」
そう言い残し、王は部屋を後にした。
「……お師匠、今のは……」
「……夕食を頂こう、せっかく用意してもらったんだしな」
「ああ……」
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