流浪の魔導師

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1章 ラスカ修行編

22. 命の重さ

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「グゥゥゥ!」

 剣を振り上げるオーク。次の瞬間には雷が直撃し崩れ落ちる。

「グアゥ!」

 その右、今度は斧だ。

(遅い!)

 魔弾を連続射出、ドンドンと腹に当たるがオークはそのまま斧を振り下ろす。

「チッ……」

右にかわしながらマーキング、雷を当てるとようやく倒れた。

(魔弾じゃダメだ……)

 目の前で暴れているオーク達はせいぜい革製の鎧を身に付けている程度、大した装備ではない。魔弾をぶつけると鎧はへこんだり穴が開いたりするが、オーク本体には大きなダメージを与えられない。その巨体から想像出来るように、実に屈強な身体を持っているのだ。一体ずつであれば雷でも良いのだが、複数体が相手となるとマーキングする分わずかながら時間が掛かってしまう。周りを囲まれでもしたらさらに対応が難しくなる。

 ならば……

「グゥゥガゥ!」

 左、まるで打撃武器のような分厚く大きな剣を振り回すオークが二体。シュンシュンと二発の魔弾を放つと、それぞれの胴の真ん中に着弾する。革鎧に穴を開け、さらに体内にまでめり込んだ魔弾。そのまま爆裂の魔法を発動させる。


 ボン


 鈍い音と共に二体のオークはビクン、と小さく身体を揺らしその場に崩れ落ちた。

 魔弾を小さく、そしてギュッと硬く圧縮して射出。その際、魔弾を高速旋回させる。通常の魔弾とは違い回転させた魔弾は、着弾後対象の表面をえぐりながらその内部に侵入しようとする。そう、まるで銃弾のように。
 銃弾を回転させると弾道が安定し直進性を得られる。つまり命中精度が高くなるのだ。しかし魔弾は自分で着弾点をコントロール出来る為、命中精度を求める必要はない。魔弾を回転させる理由は、ドリルのように対象に穴を開けて魔弾を対象の内部に到達させる為だ。
 そして内部に到達した魔弾に爆裂の効果を発動させる。対象を内部から破壊するのだ。

 これはレイシィにも見せていない。自分で考えておきながらなんだが、あまりにえげつない攻撃方法だと思ったからだ。だが効果的つ効率的なのは事実、そしてこの残酷な攻撃方法を、何の躊躇ちゅうちょもせず行っているのも事実。

 相手が人間ではないからか? 違う。

 種族の問題ではない。そもそも侵略者相手に慈悲の心など不要だろう。このオーク達を殺すのに何のためらいも後ろめたさもない。いや、それ以前に手心を加える事など出来やしないのだ。次々と沸き上がるこの怒りは、コントロール出来るようなものではない。赤くて黒い、熱くて冷たく、蒸発したそばから湿ってゆくような、そんな不快な感情……


 ◇◇◇


 周辺を走り回りながら、視界に入ったオークを片っ端から仕留めた。東を確認すると、火の手はすでにいちブロック先まで迫っていた。消火は進んでいるのか? オークを殲滅せんめつ出来ても、これでは街が消えてしまう。

 あ、この通りは……

 不意に気付いてしまった。俺が今立っているこの通り。大通りから三本南のこの通りは良く知っている場所だと。

 この先には衣料品の店がある。俺が持っている服はほとんどあの店で買ったものだ。
 その斜め向かい、パン屋だ。小さい店だが美味しいパンを焼く店だ。俺もレイシィもあの店のパンが好きで、しょっちゅう買いに行っていた。いい加減顔を覚えられ、良くおまけをもらっていたな。
 さらにその奥、魔法石なんかを販売してる魔具まぐ店だ。俺が使う灯り用の火の魔法石を買いに行ったな。魔力の充填じゅうてんなんかもその場ですぐにやってくれた。あそこのオヤジ、えらい無愛想だが腕は良いと評判だった。

 そう、良く知っている場所だ。

 今はもう、炎に飲まれている。

 皆、避難出来たのか? 無事なのか……?


 ◇◇◇


「クソッ! 右だ! 押さえろ!」

「二人じゃムリだぁ! もう一人……」

「待ってろ! 今行く!」

 第一次防衛線。二十体程のオークに相対していた衛兵達は押し込まれていた。第二次防衛線を潰した為、ここを抜かれたらあとは最終防衛線である中央広場しかない。

「誰か! 中央広場に……援軍を!」



 ボン、ボンボンボン……



「な……なん……だ?」

 目の前で暴れていたオーク達が突然バタバタと倒れ始めた。あまりの出来事に呆気あっけに取られる衛兵達。そしてその奥にたたずむ男に気付く。

「あれ……レイシィ様のお弟子さんか! 助かったよ。しかし凄いな、一気にこれだけの数を……」

(ここはもう……大丈夫そうだ……)

「あ……おい! 君! どうした……おい!」

(次だ……次のオークを……)

「行ってしまった……大丈夫か、彼……」

「なぁ、レイシィ様に報告した方が良いんじゃないか? 明らかに様子が……」

「そう……だな。よし、誰か! レイシィ様に報告を!」


 ◇◇◇


 路地から何かが飛び出してきた。俺は反射的にその何かに魔弾を放とうとする。

「わっ! 待て待て! 違う! 味方だ……な?」

(あぁ、衛兵か)

「君、大丈夫……か?」

「……何が?」

「いや、大丈夫ならいいんだが……」

(何が言いたいんだ、この衛兵……)

「レイシィ様が君を探しておられたんだ。オークは大体片付いた、中央広場に戻り少し休め、と」

(そうか……片付いたのか……あ、でも……)

「あの……火災は?」

「消火は進んでいるがまだ燃えている区画がある。オークは片付いたから、我々衛兵隊も消火活動に参加し始めている」

(火は、まだか……)

「じゃあ、火を消さないと……」

 俺は東門に向かい歩き始める。

「あ、おい! 大丈夫なのか? ふぅ……しかし、さすがはレイシィ様の弟子だな……一人で何体倒したのか……」

 衛兵は辺りを見回す。そこには十体程のオークが倒れていた。


 ◇◇◇


 通りの両側には焼け焦げ崩れた家々が並んでいる。いつの間に消されたのか、すぐそこまで迫っていたはずの火の手は消し止められていた。
 しばらく歩くと真っ黒い煙を勢い良く吹き出しながら、真っ赤な炎を踊らせている一画が見えてきた。その周りで魔導衛兵達が、まだ燃えていない建物を魔法で破壊している。

「あの……」

 俺は彼らに近付いて話し掛けた。

「あの、消火は?」

「ああ、水が足りないんですよ。あまりにも火災の範囲が広かった為、水を使い切ってしまって……どこの貯水槽もすでに空なんです。なのでこれ以上燃え広がらないように、周りの建物を壊しているんですよ」

「そうですか……でも、これは……」

「……ええ、燃えてもいない建物を壊すというのは、何と言うか……こくですよね。避難している住人が戻って来てこれを見たら……でも、現状これしか方法がなくて……」

「……分かりました。手伝います」

「それは助かりますが、あの……大丈夫ですか?」

「え……何がですか?」

「いえ、すごくお疲れのような……」

「……大丈夫です。ここでいいですか?」

「ああ……はい」

 俺は爆裂の魔法を使い建物の破壊を始めた。

「あ~、ねぇねぇディストン! あれ、コウじゃない? コウ~!」

 突然名を呼ばれる。声のした方を見ると二十人程の集団が歩いてくる。その先頭には……ヨーク? 毒盛り討伐戦で一緒だったハンディルのヨークだ。隣にはディストンもいる。

「久しぶりだね~、コウ! 手伝いに来たよ! でもオークはもう倒しちゃったんだって? もっと早く来たかったのにさ、みんながモタモタしてるから……コウ、キミ、何だい、それ?」

(……は?)

「ひどい顔じゃないか! ……ちょっと老けた?」

「……顔?」

「キミ、ひょっとしてずっと休まず動いてたのかい? ダメだよ、休みな!」

(休むって……何言ってるんだ)

「……まだ、燃えている」

「ダメだって! ほら……」

 俺の腕を引っ張るヨーク。

「コウ」

 ディストンが割って入ってきた。

「取り敢えずエルビから先発隊が五十人。衛兵、騎士団、ハンディルの混成部隊だ。後からもう五十人来る予定だ。ジャルマスからも来るだろう。王都にも伝令を出してるはずだから、その内王都からも。人は足りる。だから休め」

(そう……か。足りるのか……)

「じゃあ、休んでこようかな……」

「ああ。あとは任せろ」

 俺は中央広場へ向かい歩き出す。

「大丈夫かな、コウ」

「……大丈夫だろ。それより仕事だ。それと、分かってると思うがヨーク。滞在中はくれぐれも……」

「分かってるよ、それ何回目? ボクだってそのくらいの空気は読めるよ。失言はしない!」

「……どうだか」

「さぁさ、始めよう! ラスカの衛兵さん達、何をどうすればいいのかな~?」


 ◇◇◇


 大通りから一本南側の通りを歩く。この辺はすでに消火が終わっている。しかしまだ所々火はくすぶっており、石畳も熱を持っている。

(お師匠……)

 少し先でレイシィが焼け焦げて崩れた建物を眺めていた。近付くとレイシィも俺に気付く。

「コウか。あ……ダメだ、コウ、来るな!」

(何だ?)

 構わず進む。

「コウ!」

(ここは……いばらの庭?)

 そう、この通り。そしてこの場所。ここはいばらの庭。俺とレイシィがよく来ていた店だ。焼け崩れて店の面影は全然ないが、間違いない。いばらの庭だ。

 メイティア……無事に避難出来たのか?

「コウ! ダメだ、止まれ!」

(何を……言ってるんだ?)

 レイシィに近付くと、彼女の足元に何か黒い物体があるのに気付いた。

(これは……人?)

 そうだ、人だ。うつ伏せ……なのか? 下半身は建物の瓦礫に埋まっている。上半身は右腕、左腕……間違いない、これは人だ。焼け焦げて真っ黒になった人……



(な……!)



 俺は気付いてしまった。左腕。手首の辺りに所々すす・・けてはいるが、透明感のある石が連なったブレスレットをしている事を。


 アイバーグ石のブレスレット……


 これは……このは、メイ……


「う……うぁ…………うぁぁぁぁぁぁ!!」


 レイシィの話を聞いて、盗賊討伐に参加して、分かった気になっていた。分かったつもりだった。でも、やっと、本当の意味で理解した。



 この世界の、命は軽い。
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