20 / 298
1章 ラスカ修行編
20. 毒使いの最期
しおりを挟む
洞窟の中にはいくつかの部屋があった。レイシィはその一つ一つを慎重に確認する。途中、発見したのは十人程の盗賊の死体。魂を与えた盗賊二人も混じっている。彼らの身体は酷く損傷していた。洞窟内にいた盗賊の反撃を受けたのだろう。しかし操魂術を掛けられた者は痛みを感じない。もっと言えば、心臓は止まったままだ。蘇生した訳ではないので殺す事は出来ない。術の効果が切れるまで待つしかないのだ。動きを止めたければ脚を切り落とすしかない。味方である騎士やハンディルの姿はなさそうだ。ここに乗り込んだのは自分が最初なのだろう。
(しかし随分とデカい盗賊団なんだな。ウォーディは五十人以上と言っていたが、それどころの話じゃないぞ……)
一番奥の部屋。入り口にドアはない。壁づたいにゆっくりと入り口に近付くと部屋の中に気配を感じる。人がいる、敵だ。
スッ、と入り口の前に立つレイシィ。部屋の中には二人の男。一人は手前に、もう一人はそのすぐ背後に身を隠すように立っている。
「女ぁ……お前か? 俺の部下にえげつねぇ魔法を掛けやがったのは。死体を操ろうなんて、どんな教育受けてきたんだ? 死者への冒涜、とんでもねぇ外道だなぁ?」
話し出す奥の男。左のまぶたには大きな傷痕があり目が潰れている。間違いない、この男が盗賊団毒盛りの頭目、バスだ。
「ハッ、毒使いにそんな事を言われる筋合いはないと思うがな。似たようなものだと思わないか?」
話しながら、レイシィは手前に立っている男の異変に気付いた。皮膚が青紫に変色し、目は虚ろで呼吸が浅く早い。身体は小刻みに震えている。背後に立つバスに襟首を掴まれてようやく立っている状態だ。
「うぅ……うえぉぉぉ……」
男は嘔吐した。レイシィは思わず顔をしかめる。嘔吐したからではない。この男のこの症状、毒による中毒症状だ。しかもこれは……
「……前言撤回だ。仲間に毒を盛って盾に使うなど、私以上の外道だな。いや、毒を撒き散らす……毒の種って所か?」
「こいつは驚いた、知ってるとは思わなかったな。じゃあ、この後の俺の行動も……分かるだろ!!」
ドン、とバスは盾にしていた男の背中を思い切り蹴り飛ばす。そしてすぐ背後にある狭い通路に飛び込んだ。蹴られた男は倒れ込むようにレイシィに向かって来る。
「チィッ!」
レイシィは咄嗟に魔弾を放った。男に当たった魔弾はボッ、と大きな炎を上げる。さらにレイシィは部屋の中に数発の魔弾を放つ。それらの魔弾も着弾すると激しく炎を燃え上がらせた。そしてレイシィはすぐに洞窟の入り口へ走る。
バスは部下の男に毒を盛った。ただの毒ではない。体内で増殖し全身を毒の塊へと変化させ、血液や体液で周りへ感染する毒だ。下手に接触すれば自身もたちまち毒に侵される。
遥か南方の密林に生息する小さな昆虫が持つこの毒。体内に侵入した後血液と共に全身を駆け巡り、あらゆる部位を汚染しながらその数を増やす。ただし、すぐに死には至らない。しかし、決して致死性が低い訳でもない。長時間苦しみ、やがて多臓器不全で息絶えるのだ。それ故古くから拷問などにも使われていた毒である。こんな毒を使われたら解毒剤欲しさに何でも話してしまうだろう。非常に強力な毒性の為、現在では多くの国がその取り扱いを厳しく規制している。
あらゆる毒を操る毒盛りの頭目でなければ、手に入れる事は困難な代物だ。
洞窟を飛び出したレイシィは入り口に向かい連続で魔弾を放つ。地面や岩山の山肌に着弾する魔弾はボンボン、と音を立て爆発、ガラガラと砕けた石や砂で入り口はほぼ塞がった。当然他の者が中へ入るのを防ぐ為である。それくらい危険な毒なのだ。
(毒盛り、とはよく言ったものだ。あんな毒まで持っているとはな。バスは……恐らく外へ脱出しただろう。よもや取り逃がすとは……)
「くそ……」
思わず口から漏れた。ギリギリと奥歯を噛み締めるレイシィの表情からは悔しさが滲んでいる。
「しょうがない、後は外の連中に任せるか」
ポツリと呟いたレイシィは、再びキャブルのいる東門前へ走る。
◇◇◇
「僅かでも攻撃を受けた者はすぐに治癒師殿の下へ引けぃ! 動けぬ者がいたら手助けしてやるのだ!」
ラムズは周囲に注意を促す。南門攻撃部隊にも毒による被害が出始めていた。
「案の定、ではあるが……しかし相当強力な毒であるな。即効性があり一発で動けなくなってしまう。こうなると魔導師の重要性がさらに増す。分かっておるな、コウ?」
「あぁラムズ、分かってるよ」
そう、この状況下では敵に接近せずに攻撃出来る魔導師が要になる。逆に言えば、絶対に魔導師が倒れてはいけない状況でもある。俺の他に数人いる魔導師達は、騎士団の壁に守られながら魔弾を飛ばしている。
ビュン……
「ぅぐっ」
どこからか飛んで来た矢が、一人の魔導師の腕に突き刺さる。
ビュンビュン……
続けざまに矢が飛んで来る。さらに二人、矢を受けた魔導師がその場にうずくまる。矢によるダメージではない、小刻みに震えながら嘔吐する彼らは毒に侵されたのだ。
「上! あそこである!」
ラムズが指差す先には岩山の山肌に組まれた足場。三人程の盗賊が弓を構えていた。俺はすぐさま魔弾を放つ。少し距離があるが問題ない。魔弾は散弾となりバリバリと足場を破壊、盗賊達は落下した。
「おらぁ!」
「ぬ……!」
ガイン!
突然鳴り響く大きな金属音。見るとラムズが盗賊の攻撃を防いでいた。上に気を取られ接近を許してしまったのだ。そして二撃目。
ガイン!
ラムズはこれも防ぐ。長く幅広の剣を振り回す盗賊は、ラムズと同じくらいの大きな男だ。
(こやつ……!)
一撃目の攻撃を受け、ラムズはすぐに気付いた。そして二撃目で確信した。
「お主、元軍人であるな? 剣筋が素人のそれではない」
「そう言うあんたもそうだろう? ハルバードなんて得物、それこそ素人には扱えねぇし、見た感じその歳じゃあ現役って事はねぇな」
(軍人崩れ、しかもそこそこやる。厄介であるな……!)
「ぬぅぅん!」
今度はラムズから仕掛ける。ぐるりとハルバードを回すと斧頭を頭上へ振り上げ、ブゥンと物凄い勢いで斬り下ろす。盗賊はそれを右へかわすと、一気に間合いを詰め再びラムズに斬り掛かる。が、ラムズはその攻撃をハルバードの柄の部分で防ぎ、ぐっと力を込め盗賊を押し返す。
元軍人同士の迫力ある立ち回りに目を奪われていると、左からカチャカチャという音が聞こえてくる。パッとそちらを見ると、
「ぐわぁ!!」
壁役の騎士が三人程なぎ払われた。目の前にはこれまたラムズと同じくらい大きな盗賊。盗賊……だよな? これ……
その男はフルプレートの鎧で全身を包み、ラムズの持つ物より二回り程大きな斧頭のハルバードを構えていた。姿だけ見ると完全に騎士、といった出で立ちだ。そしてガチャガチャと音をさせながらこちらに向かい歩み寄ってくる。
どうする? この装備だと魔弾は効きそうにない。燃やすか? いや、あれを……試してみるか……?
そう考えた次の瞬間にはすでに下準備は出来ていた。極小の魔弾。判別出来ないくらい小さく、込めた魔力もほんの僅か。それを決して気付かれる事なく対象に当てる。これから放つ魔法はこれを行わないとどこへ飛んで行くか分からないのだ。この極小の魔弾は言わばナビ。魔法が対象へ飛んで行く為の道標だ。
自分の魔力同士は引かれ合う。
これは魔力の特性の一つだ。設置型魔法、というものがあるそうだ。地面や壁等に魔法の効果を施す、言わば罠だ。その設置型魔法を起動させるには設置者の魔力が必要になる。大抵の場合は設置者がその魔法に魔弾をぶつける事で起動させる。その際、放つ魔弾は正確に狙いを付けなくてもよい。なぜなら自分の魔力同士は引かれ合うからだ。適当に放っても、吸い込まれるように自身が設置した魔法に飛んで行くのだ。
これから放つ魔法はこの特性を利用している。極小の魔弾をぶつけるのは俺の魔力を付着させる必要があるから。そしてすでに自身がマーキングされている事に、当然盗賊は気付いていない。右手を前に出し盗賊へ向ける。次の瞬間、
バーーーーン!!
乾いたような轟音と激しい光。ガシャン、と盗賊はその場に崩れた。身体からは黒い煙が立ち上る。
(よし、成功!)
放った魔法は雷だ。本来雷の魔法は、放出した所でどこへ飛んで行くか分からず制御が出来ない、ろくに使えない魔法なのだそうだ。だったら魔力の特性を利用し雷の到達するポイントを定めてやればいい。事前に自身の魔力を対象に付着させてやれば、そこへ向かい雷が飛んで行くのではないか、そう考えてずっと練習してきたのだ。これを初めてレイシィに見せた時は、魔散弾以上に驚いていた。魔法はイメージ、発想が重要だ。そう叩き込まれてきて、見事それを実践出来た訳だ。この世界の魔導師達の発想を超える事が出来たのだ。が……
なんか……やけに静かだ。周りを見回すと、敵も味方もこちらを見ながらポカンとしている。
「ラムズ?」
「ん? おお……うむ!」
俺に声を掛けられたラムズはハッ、と我に返り大きな声で話し出した。
「聞けぃ、盗賊どもよ! 大勢はすでに決しておる! 直ちに武器を捨て投降せよ! さもなくば、今のあの光がその身を焼き焦がすと心得よ!!」
砦中に響き渡るようなラムズの降伏勧告。一瞬の間の後、ラムズと相対していた盗賊はチッ……と小さく舌打ちをすると、その大きな剣をガチャンと地面へ投げ捨てた。それを見た他の盗賊達も次々と武器を捨て降伏する。
「よし! 捕縛せよ!」
ラムズの号令で投降した盗賊達は拘束されて行く。
「コウ! 見事である! コウのお陰で片が付いたぞ。しかし、あの魔法は一体……」
「ああ、あれは雷だよ」
「雷……長く騎士をやってきたが初めて見たな」
「それより、頭目はどうなったんだろ? 仕留めたって報告は?」
「いや、聞いておらん……すでに脱出したであろうな。この中におってもいずれ捕らえられるだろう事は明白。余程の馬鹿ではない限り……の。」
「だよね……外見てくるよ」
「うむ、そうだな。皆の者! 頭目の所在が不明である! すでに脱出したと思われる故、手の空いている者は砦の外を探索せよ! コウ、気を付けるのだぞ?」
「ああ、分かってるよ」
◇◇◇
「えぇい、クソッ……」
ひょろ長い奇岩が立ち並ぶとある一画、不自然に地面に盛られている枯れ草を掻き分けて、男はゆっくりと顔を覗かせた。
「アハハハ、やっぱりここだったぁ!」
不意に後頭部から聞こえてくる無邪気な声。男はグッ、と後ろを見る。
「その左目、キミがバスだね? ボクはヨーク、ハンディルだよ。あ、ほらほら、早く外に出て、ね?」
バスは警戒しながら穴から這い出る。その間、ヨークはニコニコしながらそれを眺めていた。
「てめぇ、あいつらの仲間か?」
「うん、そうだねぇ。キミの盗賊団を潰しに来た一人だよ。多分キミ、逃げ出すと思ってさ、早々に砦を出て周りを探索してたんだよ。そしたらさ、こんな不自然な場所を見つけてねぇ。だってこんな場所に枯れ草なんておかしいでしょ? そもそも草なんて生えてない訳だし。そしたら大当たりだったね。脱出路はもう少し上手く偽装しないといけないよ?」
「ご忠告、ありがとうよ。で、どうするんだ? このまま俺を逃がしてくれれば……」
シュ……
バスが話終える前に、ヨークは腰に提げていた剣を抜き振り抜いた。
ドン……
とバスの首が地面に落ち、身体は仰向けに倒れた。
「イヤだなぁ、これでもハンディルの端くれだよ? お仕事に対しては誠実なんだよね……あ~、まぁ……状況にもよるけど……ま、キミにはなんの魅力も感じなかった、って事で」
「ヨーク!!」
剣を納めようとしたヨークは、突然名を呼ばれビクッ、とした。
「なんだ、ディストンじゃないか、脅かさないでよ」
「なんだ、じゃない! また勝手に――」
砦を出て取り敢えず西に進んだ俺は、少し先にほんのりと光る魔法石の灯りを確認した。バスか? 慎重に……いや、逃げられたら面倒だ。一気に仕留めないと。そう思い走り出す。すると、
「あれ……コウじゃないか、お~い!」
そう言って手を振る男の姿。あれは……ヨークだ。作戦前にエルビでなんかよく分からない事を言っていた男……
近付くと横にはもう一人男が立っており、地面には首のない死体。首は……すぐそばに転がっていた。その首は左目が潰れている、これはバスだ。盗賊団毒盛りの頭目、確実に仕留めろと言われていた男。当然すでに死んでいる。が、首だけのバスと目があったような気がして、俺は思わず顔をしかめた。
「これ、ヨークが?」
「うん、そうだよ。絶対逃げ出すと思ってさ、怪しそうな所を見つけてそこで待ってたら、案の定ひょこっと顔出してさ」
嬉しそうなヨークが指差す先には地面空いた穴。砦の中からこの穴までトンネルでも繋がっているのだろう。
「さてさて、これでお仕事は終わり。早くエルビに帰って乾杯しようよ!」
あっけらかんと話すヨークは、グッと無造作にバスの髪を掴んで首を持ち上げた。そしてそのままブラブラとさせながら砦へと向かい歩き出す。首からはポタポタと血が滴っている。
「おい、待てヨーク! 全くいつもいつも……コウと言ったか? 済まなかったな」
ヨークと一緒にいた男が話し掛けてきた。腰にはやたら長い剣を提げている。
「いや、別になんとも……」
「そうか、だったらいい。あいついつもあんな感じだから、何か失礼な言動があったかと思ってな。俺はディストン、あいつと同じハンディルだ。今後また何かで一緒になるかも知れない。よろしくな」
「ああ、よろしく」
「さて、じゃあ俺達も行こう。今日は旨い酒が飲めそうだ。とは言え、エルビに着く頃には日が昇っているかもな」
(しかし随分とデカい盗賊団なんだな。ウォーディは五十人以上と言っていたが、それどころの話じゃないぞ……)
一番奥の部屋。入り口にドアはない。壁づたいにゆっくりと入り口に近付くと部屋の中に気配を感じる。人がいる、敵だ。
スッ、と入り口の前に立つレイシィ。部屋の中には二人の男。一人は手前に、もう一人はそのすぐ背後に身を隠すように立っている。
「女ぁ……お前か? 俺の部下にえげつねぇ魔法を掛けやがったのは。死体を操ろうなんて、どんな教育受けてきたんだ? 死者への冒涜、とんでもねぇ外道だなぁ?」
話し出す奥の男。左のまぶたには大きな傷痕があり目が潰れている。間違いない、この男が盗賊団毒盛りの頭目、バスだ。
「ハッ、毒使いにそんな事を言われる筋合いはないと思うがな。似たようなものだと思わないか?」
話しながら、レイシィは手前に立っている男の異変に気付いた。皮膚が青紫に変色し、目は虚ろで呼吸が浅く早い。身体は小刻みに震えている。背後に立つバスに襟首を掴まれてようやく立っている状態だ。
「うぅ……うえぉぉぉ……」
男は嘔吐した。レイシィは思わず顔をしかめる。嘔吐したからではない。この男のこの症状、毒による中毒症状だ。しかもこれは……
「……前言撤回だ。仲間に毒を盛って盾に使うなど、私以上の外道だな。いや、毒を撒き散らす……毒の種って所か?」
「こいつは驚いた、知ってるとは思わなかったな。じゃあ、この後の俺の行動も……分かるだろ!!」
ドン、とバスは盾にしていた男の背中を思い切り蹴り飛ばす。そしてすぐ背後にある狭い通路に飛び込んだ。蹴られた男は倒れ込むようにレイシィに向かって来る。
「チィッ!」
レイシィは咄嗟に魔弾を放った。男に当たった魔弾はボッ、と大きな炎を上げる。さらにレイシィは部屋の中に数発の魔弾を放つ。それらの魔弾も着弾すると激しく炎を燃え上がらせた。そしてレイシィはすぐに洞窟の入り口へ走る。
バスは部下の男に毒を盛った。ただの毒ではない。体内で増殖し全身を毒の塊へと変化させ、血液や体液で周りへ感染する毒だ。下手に接触すれば自身もたちまち毒に侵される。
遥か南方の密林に生息する小さな昆虫が持つこの毒。体内に侵入した後血液と共に全身を駆け巡り、あらゆる部位を汚染しながらその数を増やす。ただし、すぐに死には至らない。しかし、決して致死性が低い訳でもない。長時間苦しみ、やがて多臓器不全で息絶えるのだ。それ故古くから拷問などにも使われていた毒である。こんな毒を使われたら解毒剤欲しさに何でも話してしまうだろう。非常に強力な毒性の為、現在では多くの国がその取り扱いを厳しく規制している。
あらゆる毒を操る毒盛りの頭目でなければ、手に入れる事は困難な代物だ。
洞窟を飛び出したレイシィは入り口に向かい連続で魔弾を放つ。地面や岩山の山肌に着弾する魔弾はボンボン、と音を立て爆発、ガラガラと砕けた石や砂で入り口はほぼ塞がった。当然他の者が中へ入るのを防ぐ為である。それくらい危険な毒なのだ。
(毒盛り、とはよく言ったものだ。あんな毒まで持っているとはな。バスは……恐らく外へ脱出しただろう。よもや取り逃がすとは……)
「くそ……」
思わず口から漏れた。ギリギリと奥歯を噛み締めるレイシィの表情からは悔しさが滲んでいる。
「しょうがない、後は外の連中に任せるか」
ポツリと呟いたレイシィは、再びキャブルのいる東門前へ走る。
◇◇◇
「僅かでも攻撃を受けた者はすぐに治癒師殿の下へ引けぃ! 動けぬ者がいたら手助けしてやるのだ!」
ラムズは周囲に注意を促す。南門攻撃部隊にも毒による被害が出始めていた。
「案の定、ではあるが……しかし相当強力な毒であるな。即効性があり一発で動けなくなってしまう。こうなると魔導師の重要性がさらに増す。分かっておるな、コウ?」
「あぁラムズ、分かってるよ」
そう、この状況下では敵に接近せずに攻撃出来る魔導師が要になる。逆に言えば、絶対に魔導師が倒れてはいけない状況でもある。俺の他に数人いる魔導師達は、騎士団の壁に守られながら魔弾を飛ばしている。
ビュン……
「ぅぐっ」
どこからか飛んで来た矢が、一人の魔導師の腕に突き刺さる。
ビュンビュン……
続けざまに矢が飛んで来る。さらに二人、矢を受けた魔導師がその場にうずくまる。矢によるダメージではない、小刻みに震えながら嘔吐する彼らは毒に侵されたのだ。
「上! あそこである!」
ラムズが指差す先には岩山の山肌に組まれた足場。三人程の盗賊が弓を構えていた。俺はすぐさま魔弾を放つ。少し距離があるが問題ない。魔弾は散弾となりバリバリと足場を破壊、盗賊達は落下した。
「おらぁ!」
「ぬ……!」
ガイン!
突然鳴り響く大きな金属音。見るとラムズが盗賊の攻撃を防いでいた。上に気を取られ接近を許してしまったのだ。そして二撃目。
ガイン!
ラムズはこれも防ぐ。長く幅広の剣を振り回す盗賊は、ラムズと同じくらいの大きな男だ。
(こやつ……!)
一撃目の攻撃を受け、ラムズはすぐに気付いた。そして二撃目で確信した。
「お主、元軍人であるな? 剣筋が素人のそれではない」
「そう言うあんたもそうだろう? ハルバードなんて得物、それこそ素人には扱えねぇし、見た感じその歳じゃあ現役って事はねぇな」
(軍人崩れ、しかもそこそこやる。厄介であるな……!)
「ぬぅぅん!」
今度はラムズから仕掛ける。ぐるりとハルバードを回すと斧頭を頭上へ振り上げ、ブゥンと物凄い勢いで斬り下ろす。盗賊はそれを右へかわすと、一気に間合いを詰め再びラムズに斬り掛かる。が、ラムズはその攻撃をハルバードの柄の部分で防ぎ、ぐっと力を込め盗賊を押し返す。
元軍人同士の迫力ある立ち回りに目を奪われていると、左からカチャカチャという音が聞こえてくる。パッとそちらを見ると、
「ぐわぁ!!」
壁役の騎士が三人程なぎ払われた。目の前にはこれまたラムズと同じくらい大きな盗賊。盗賊……だよな? これ……
その男はフルプレートの鎧で全身を包み、ラムズの持つ物より二回り程大きな斧頭のハルバードを構えていた。姿だけ見ると完全に騎士、といった出で立ちだ。そしてガチャガチャと音をさせながらこちらに向かい歩み寄ってくる。
どうする? この装備だと魔弾は効きそうにない。燃やすか? いや、あれを……試してみるか……?
そう考えた次の瞬間にはすでに下準備は出来ていた。極小の魔弾。判別出来ないくらい小さく、込めた魔力もほんの僅か。それを決して気付かれる事なく対象に当てる。これから放つ魔法はこれを行わないとどこへ飛んで行くか分からないのだ。この極小の魔弾は言わばナビ。魔法が対象へ飛んで行く為の道標だ。
自分の魔力同士は引かれ合う。
これは魔力の特性の一つだ。設置型魔法、というものがあるそうだ。地面や壁等に魔法の効果を施す、言わば罠だ。その設置型魔法を起動させるには設置者の魔力が必要になる。大抵の場合は設置者がその魔法に魔弾をぶつける事で起動させる。その際、放つ魔弾は正確に狙いを付けなくてもよい。なぜなら自分の魔力同士は引かれ合うからだ。適当に放っても、吸い込まれるように自身が設置した魔法に飛んで行くのだ。
これから放つ魔法はこの特性を利用している。極小の魔弾をぶつけるのは俺の魔力を付着させる必要があるから。そしてすでに自身がマーキングされている事に、当然盗賊は気付いていない。右手を前に出し盗賊へ向ける。次の瞬間、
バーーーーン!!
乾いたような轟音と激しい光。ガシャン、と盗賊はその場に崩れた。身体からは黒い煙が立ち上る。
(よし、成功!)
放った魔法は雷だ。本来雷の魔法は、放出した所でどこへ飛んで行くか分からず制御が出来ない、ろくに使えない魔法なのだそうだ。だったら魔力の特性を利用し雷の到達するポイントを定めてやればいい。事前に自身の魔力を対象に付着させてやれば、そこへ向かい雷が飛んで行くのではないか、そう考えてずっと練習してきたのだ。これを初めてレイシィに見せた時は、魔散弾以上に驚いていた。魔法はイメージ、発想が重要だ。そう叩き込まれてきて、見事それを実践出来た訳だ。この世界の魔導師達の発想を超える事が出来たのだ。が……
なんか……やけに静かだ。周りを見回すと、敵も味方もこちらを見ながらポカンとしている。
「ラムズ?」
「ん? おお……うむ!」
俺に声を掛けられたラムズはハッ、と我に返り大きな声で話し出した。
「聞けぃ、盗賊どもよ! 大勢はすでに決しておる! 直ちに武器を捨て投降せよ! さもなくば、今のあの光がその身を焼き焦がすと心得よ!!」
砦中に響き渡るようなラムズの降伏勧告。一瞬の間の後、ラムズと相対していた盗賊はチッ……と小さく舌打ちをすると、その大きな剣をガチャンと地面へ投げ捨てた。それを見た他の盗賊達も次々と武器を捨て降伏する。
「よし! 捕縛せよ!」
ラムズの号令で投降した盗賊達は拘束されて行く。
「コウ! 見事である! コウのお陰で片が付いたぞ。しかし、あの魔法は一体……」
「ああ、あれは雷だよ」
「雷……長く騎士をやってきたが初めて見たな」
「それより、頭目はどうなったんだろ? 仕留めたって報告は?」
「いや、聞いておらん……すでに脱出したであろうな。この中におってもいずれ捕らえられるだろう事は明白。余程の馬鹿ではない限り……の。」
「だよね……外見てくるよ」
「うむ、そうだな。皆の者! 頭目の所在が不明である! すでに脱出したと思われる故、手の空いている者は砦の外を探索せよ! コウ、気を付けるのだぞ?」
「ああ、分かってるよ」
◇◇◇
「えぇい、クソッ……」
ひょろ長い奇岩が立ち並ぶとある一画、不自然に地面に盛られている枯れ草を掻き分けて、男はゆっくりと顔を覗かせた。
「アハハハ、やっぱりここだったぁ!」
不意に後頭部から聞こえてくる無邪気な声。男はグッ、と後ろを見る。
「その左目、キミがバスだね? ボクはヨーク、ハンディルだよ。あ、ほらほら、早く外に出て、ね?」
バスは警戒しながら穴から這い出る。その間、ヨークはニコニコしながらそれを眺めていた。
「てめぇ、あいつらの仲間か?」
「うん、そうだねぇ。キミの盗賊団を潰しに来た一人だよ。多分キミ、逃げ出すと思ってさ、早々に砦を出て周りを探索してたんだよ。そしたらさ、こんな不自然な場所を見つけてねぇ。だってこんな場所に枯れ草なんておかしいでしょ? そもそも草なんて生えてない訳だし。そしたら大当たりだったね。脱出路はもう少し上手く偽装しないといけないよ?」
「ご忠告、ありがとうよ。で、どうするんだ? このまま俺を逃がしてくれれば……」
シュ……
バスが話終える前に、ヨークは腰に提げていた剣を抜き振り抜いた。
ドン……
とバスの首が地面に落ち、身体は仰向けに倒れた。
「イヤだなぁ、これでもハンディルの端くれだよ? お仕事に対しては誠実なんだよね……あ~、まぁ……状況にもよるけど……ま、キミにはなんの魅力も感じなかった、って事で」
「ヨーク!!」
剣を納めようとしたヨークは、突然名を呼ばれビクッ、とした。
「なんだ、ディストンじゃないか、脅かさないでよ」
「なんだ、じゃない! また勝手に――」
砦を出て取り敢えず西に進んだ俺は、少し先にほんのりと光る魔法石の灯りを確認した。バスか? 慎重に……いや、逃げられたら面倒だ。一気に仕留めないと。そう思い走り出す。すると、
「あれ……コウじゃないか、お~い!」
そう言って手を振る男の姿。あれは……ヨークだ。作戦前にエルビでなんかよく分からない事を言っていた男……
近付くと横にはもう一人男が立っており、地面には首のない死体。首は……すぐそばに転がっていた。その首は左目が潰れている、これはバスだ。盗賊団毒盛りの頭目、確実に仕留めろと言われていた男。当然すでに死んでいる。が、首だけのバスと目があったような気がして、俺は思わず顔をしかめた。
「これ、ヨークが?」
「うん、そうだよ。絶対逃げ出すと思ってさ、怪しそうな所を見つけてそこで待ってたら、案の定ひょこっと顔出してさ」
嬉しそうなヨークが指差す先には地面空いた穴。砦の中からこの穴までトンネルでも繋がっているのだろう。
「さてさて、これでお仕事は終わり。早くエルビに帰って乾杯しようよ!」
あっけらかんと話すヨークは、グッと無造作にバスの髪を掴んで首を持ち上げた。そしてそのままブラブラとさせながら砦へと向かい歩き出す。首からはポタポタと血が滴っている。
「おい、待てヨーク! 全くいつもいつも……コウと言ったか? 済まなかったな」
ヨークと一緒にいた男が話し掛けてきた。腰にはやたら長い剣を提げている。
「いや、別になんとも……」
「そうか、だったらいい。あいついつもあんな感じだから、何か失礼な言動があったかと思ってな。俺はディストン、あいつと同じハンディルだ。今後また何かで一緒になるかも知れない。よろしくな」
「ああ、よろしく」
「さて、じゃあ俺達も行こう。今日は旨い酒が飲めそうだ。とは言え、エルビに着く頃には日が昇っているかもな」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる