流浪の魔導師

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1章 ラスカ修行編

15. 要請

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「魔法とはイメージだ。どれだけ鮮明にイメージ出来るかで、効果の程は大きく変わってくる」



 いよいよ今日から魔法の修行だ。魔弾ではなく、魔法だ。

 ここはレイシィの家の地下。彼女の研究所兼、実験場だ。さすがに魔法の修行を屋外でやるのは周りに迷惑。そこでこの場所に連れてこられた。
 それにしても、この家にこんな場所があるとは全然知らなかった。地下には食糧庫と倉庫があるのだが、その倉庫の奥にこの場所があった。ただの壁だと思っていた所にレイシィが手をかざしたら、スゥ~とドアが現れたのだ。これには驚いた。魔法でドアを隠していたそうだ。これはスゴい、いくらでも隠し部屋が作れるぞ、と思ったが、魔法に長けた者ならすぐに見破れる程度のものだそうだ。うん、今の所俺は魔法のど素人だからな。

 部屋の広さは三十畳くらいだろうか? 壁、床、天井の全てが石造りで頑丈そうだ。右側にはずらりと本棚が並んでおり、手前にはテーブルが。左側にはドアがあり奥にもう一つ部屋があるそうだ。だがその部屋には絶対に入るなと言われた。死ぬぞ、と。

 何? 死ぬような物が中にある訳? 死にたくないので入らないでおく。

 正面の壁は全体的に黒ずんでいる。近付いて見てみるとどうやら焼け焦げているようだ。なるほど、この正面の壁に向けて魔法を放ち、実験なり練習なりをしてるんだな。

「よし、じゃあ始めよう。まずは燃やそうか」

 やっぱり燃やすんだね。

「手のひらに魔弾を出す。魔弾は燃料だ、良く燃える。その魔弾に火を点ける。何でも良いぞ、ろうそくでも何でも。火種をイメージして魔弾に火を点けるんだ」

 じゃあライターだ。ライターで魔弾に火を点けるイメージを頭の中に思い浮かべる。するとボッ、と魔弾が燃え上がった。

「おめでとう、これが魔法だ」

 おぉぉ、なんかスゴい……

「じゃあ、その火球を壁にぶつけてみろ。出来る限り速くだ」

 シュッ……バン! 

 言われた通りに火球を壁にぶつけた。

「よし、では次、魔弾のまま射出しゃしゅつし壁にぶつかった時に燃やすんだ。壁にぶつかった魔弾がぶわっと燃え上がるイメージだ」

 そう、これが疑問だったんだ。俺がイメージする魔法はまさに火の玉が飛んで行く、って感じのものだ。ファイヤーボール! って感じ。ゲームとかでそういうのあるでしょ? なぜ火球を飛ばすのではダメなのか? レイシィに聞いた所、答えは単純つ納得のものだった。

 飛んで来るものの効果が分かれば対処されやすくなる。

 確かにその通り。

 飛んで来るものが火球と分かるのなら、いかようにも対応出来るだろう。仮に当たってしまっても、どのような効果が発現するのか容易に想像出来る。燃えるんだな、と。
 魔弾のまま飛んで行き、どんな効果の魔法なのか分からないようにした方がいいに決まっている。

 俺は魔弾を壁にぶつけて燃焼させる練習をした。炎の燃え広がり方も色々ある。炎が出てもすぐに消えてしまうのでは意味がない。消えずに燃え広がる、もっと言えば消えずにすぐに燃え広がる炎がいい。ガソリンを水風船に入れ、ぶつけてガソリンが飛び散ったタイミングで着火、というイメージを意識して練習を続けた。

「ん、大丈夫そうだな。あとはお前一人でやれ。そうだな……週に一回、どの程度出来るようになったか確認させてもらう。疑問や質問があったらその都度聞いてくれ」

 驚いた事に、ここにきてレイシィの放任宣言が飛び出した。

 理由を聞くとここから先はほとんど俺一人の作業なんだそうだ。いかにイメージし、いかにそれを具現化ぐげんかするか。一人で考え、一人で実行。ひたすらトライ&エラーを繰り返して形にしていくしかない。
 しかしこれは中々楽しそうな作業だ。自分のイメージを具現化ぐげんかするという事は、自分だけの魔法を作り出すという事だ。
 もちろん効果やその形が決まっている魔法もある。翻訳魔法などはまさにそれだ。そういった魔法は大概たいがい術式があり、呪文の詠唱が必要だそうだ。
 ただ大抵たいていの攻撃用魔法は魔弾にその効果を直接施す為呪文の詠唱は不要、ゆえにオリジナル色が強くなる。

 この日から俺は日中のほとんどを地下に潜り、魔法の開発と練習にのめり込む事になる。


 ◇◇◇


 その日は二人でラスカの街に買い出しに来ていた。中央広場には沢山の屋台が出ておりそこで昼飯を食べていると、

「レイシィ様ではありませんか!」

 と、突然レイシィを呼ぶ声。声のした方を見ると立派な馬車が止まっており、中から男が一人降りてきた。四十代くらいか? スラッとした長身で落ち着きのある雰囲気。なんか出来る男、って感じだ。

「んげ……何であんたがここにいるんだ?」

 その男を見るとレイシィは眉間にシワを寄せ顔をしかめた。

「今、んげ……と仰いましたか? あぁ、やはりあの噂は本当だったのですね……」

「何だよ、噂って?」

「レイシィ様は私を嫌っておいでだと……」

「あ~……いや、別にそういう訳じゃないんだが……」

 しどろもどろのレイシィ。

「では、どういう訳でしょう?」

 問い詰める男。

「どういう訳って……」

「否定されないのですね……やはり噂通り……」

「いやいや、噂だろ、ただの噂!」

「ですよね。で、こちらの方は?」

 ニコッ、と笑い話を変える男。どうやらレイシィをからかっていたようだ。「はぁ~」とため息をつき、渋い顔でレイシィは俺を紹介した。

「弟子のコウだ。」

「弟子!? 弟子ですと? これは驚きました、あのレイシィ様がお弟子をとられるとは……」

「ラムズにも同じような事を言われたよ」

「それはそうでしょう、あの狂……」

 レイシィに睨まれ男は口を閉じた。

「え~……初めまして、お弟子様。私はオルスニアの宰相さいしょうを務めております、シーズ・ライカールと申します」

「あ、どうも、コウ・サエグサです」

「いやしかし、こんな所でレイシィ様と出会えるとは、まさにエリテマ神のお導きです。実はご相談がございまして……」

 レイシィはあからさまに嫌な顔をする。

「そんな顔をなさらないで下さい! 本当に困っているのですよ」

「分かったよ、なんだ?」

「実は今、地方巡回中でして……今回ラスカには立ち寄る予定ではなかったのですが、ここより北のエルビで嫌な話を聞きましてね。なんでも、最近この地方で盗賊の被害が急増しているとか」

「ああ、私も聞いている。実際に襲われもしたしな。しかし、ラスカだけじゃなかったのか」

 こないだの盗賊か。果たしてあれは襲われたのか、襲ったのか……

「レイシィ様に仕掛けるとは……命知らずですね。北のエルビ、東のジャルマス、で、ここラスカ。この三つの街周辺で被害が増えています。すでに捕らえた盗賊達からはとんでもない連中がこの近辺に潜伏している、との情報も得ておりまして。その対応を領主と協議する為に急遽きゅうきょジャルマスとラスカにも立ち寄った次第です。で、この三つの街合同で討伐隊を編成しようとの話になりました。そこでぜひ、レイシィ様にもお力添えいただけないかと」

「とんでもない連中って?」

「それはまだ何とも……これから調査を行って人員を選抜します」

「ん、分かった、協力しよう」

「ああ、良かった。それでは段取りが決まり次第ご連絡いたします」

「そうだ、ラムズにも声掛けておけ。あいつ暇してるみたいだから、きっとすぐに来るぞ」

「おお、それはいい。ぜひそうさせていただきます。レイシィ様にラムズ殿……ふふ、これは盗賊が気の毒ですね」

 シーズはレイシィに礼を言い、馬車に乗り去っていった。

「お師匠、あの人苦手なのか?」

「苦手と言うか、何と言うか……なんか合わないんだよ。何やるにしてもあっちにこっちにお伺い立てて、外堀埋めてから動くタイプでな。さっさとやっちまえばいいのにって」

「政治家だったら根回しするのは当然だろ」

 レイシィは驚いた顔をして俺を見る。

「お前の口から根回しなんて言葉、出てくるとは思わなかった……」

「お師匠、俺の事バカだと思ってる?」

 サッ、と横を向くレイシィ。おい、お師匠よ、こっち見ろ。

「でもまぁ、ちょっと早いがいいだろう、お前も参加させる」

「へ? 俺も!?」

「本番までには仕上げてやる。模擬戦やるぞ。今まで壁にしか魔法放ってなかっただろ? 実戦形式の修行だ。それに、なんか色々私に隠してる魔法もあるようだし、実践で使えるもんかどうか確認してやる」

 う……バレてたか。

 魔法の修行を始めて以降、地下にこもって頭に浮かんだ魔法を片っ端から試している。で、使えそうなものを選んで練習しているのだ。レイシィにはまだ見せていない魔法もある。俺もちょうど自分の発想、いや、俺の世界の発想がこの世界で通用するのか確認したかったんだ。

「この世界の不文律ふぶんりつを体験する、良い機会にもなるな」

「不文律って?」

「弱肉強食!」

 ……物騒な不文律ふぶんりつだ。
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