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第7章 俺、働いてる
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目には濃い隈をつくり、足元はフラフラと頼りなく、肩を落として歩く人影。
「うぅ、死ねる・・・・・・・」
生ける屍と化しているのは試験帰りの仁であった。
事務所の面々は全員スパルタだ。何かにつけて修行に繋げようとするし、勉強させようとする。勉強に関しては、仁から望んでいる事なので頑張ろうと思う。タダで家庭教師をしてくれて、仁の学力に対応した専用カリキュラムまで組んでくれているのだから、勉強をするに当たってこれ以上の環境はない。
しかし、仕事に関してはそうとは言えない。特に鞘火と所長はすぐにサボろうとする。こちらが働いているのに所長が働きもせずに遊んでいる姿を見せられると腹も立つ。
墓地で木霊鬼と戦ったのは一週間前。墓地の惨状を戻すのには2時間近くがかかった。1時間で終わると予想していたのが、倍近くかかったのは所長が遊んでいて手伝ってくれなかったからだ。
「何度殴りかかろうかと思った事か」
仁は地面を均すために必要以上に土行を使用して霊力を消耗し、細かい片付けの為に動き回ったのでかなり体力も使った。
「お前は霊力は大きいが、それを細かくコントロールするのが下手くそだ。だから、必要以上に霊力を使って疲れるんだ。これを機会に細かいコントロールも覚えていけ、義弟よ」
義兄を自称する男は、そう言うとまったく手伝ってくれなかった。
「ハッハッハ、疲れるのは修行の足りない証拠だ」
帰り際の所長の言葉だ。
疲れきっていた仁は文句の一つも言えずにそのまま模試の会場へ向かった。疲労困憊していたせいで頭も回らず、集中力も落ち放題。お世辞にもいい出来とは言えなかった。今日、その結果が事務所に届いているはずである。既に鍔木には見られているだろう。
模試の成績が悪いと、鞘火か鍔木から折檻(更なる修行と睡眠時間の短縮)が待っている。最初の頃はちゃんと6時間の睡眠時間があったのだが、事務所で働き始めてから3ヶ月で睡眠時間がどんどん減っていったのだ。
「残念脳な少年は、寝ている暇などないだろう?」
最初の模試の結果が出た時に、睡眠時間を削って勉強時間に充てると言い渡してきた鞘火の皮肉だ。言い返せるような成績ではないのが悔やまれるが、大学受験の為には本当に寝る間を惜しんで勉強しなければならないことは仁にも分かっている。分かってはいるが、模試の成績の事を思うと気分が沈み込んでいくのはしょうがない。今日の模試も手応えを感じることはできなかった。事務所へ戻る足取りも重くなろうと言うものだ。
「戻ったら、夕食まではなにも予定はなかったよなぁ。少しでも寝とかないと後が辛いかな。そろそろ外で仕事させられそうだし」
仁の睡眠時間は平均3時間。これでは普通は持たないが、水緒の怪しげな滋養強壮の秘薬と霊能による回復で、3時間の睡眠でも熟睡したのと同じ効果を得られる。激しいトレーニングによる筋肉痛は最小限に抑えられ、霊力の回復も早く、脳の動きも活発になり勉強の役にも立つという。まさしく神様の化身に相応しい反則技だ。
「鎌倉時代には権力者がこぞって手に入れようとした秘薬です。原料は秘密ですが」
最初にその説明を受けた時には怪しさ満点の薬だったが、一度使用してみると確かに次の日に残る疲れがまったくと言っていいほどなくなっていたのだ。味は酷いものだが、効果が凄いので服用している。原料を聞いた事もあるのだが、世の中には知らないことの方が幸せな事もあると諭されてしまった。
しかし、体は回復できても疲れた精神はそうもいかない。仁の最近の趣味は癒しグッズ集めである。
1日12時間以上の勉強と、6時間近くの修行。食事の時間と休憩の時間以外は勉強も修行もマンツーマンで誰かが仁を鍛えている。監視されているともいう。
しかし、それでも基礎学力は足りていない。勉強時間はこれでも足りない程だという。
「本当なら、修行の時間と勉強の時間を逆にしたいのですが、仁様の大学受験を優先するというのが雇用時の約束ですので」
仁のスケジューリングを一手に引き受ける鍔木はそんな事を言っていた。
神威探偵事務所に入って3ヶ月。その間、1日も休むこともなく仁の頑張りは続いていた。
仁の1日のスケジュールは次のような流れになる。
意外と朝は遅く9時に起床。寝るのは朝の6時だが。12時頃まで修行を行い、食事休憩。その後は勉強に入り、夕食の時間である夜7時まで軽い休憩を挟みつつ行われる。夕食の後も深夜まで勉強を行い。深夜2時くらいには修行か仕事になる。
修行の場合は、その日に勉強をした中で暗記を行わなければならない事等を復唱しながらの基礎体力訓練。その後は担当をするメンバーの五行の技を身に付ける事が主になる。仕事の場合はそのまま外出して、移動時間には勉強の復習をさせられる。修行には教師役だった者がそのまま教官となることが多い。勉強の復習をするには教えた者がする事が一番効果的だからだ。
「昔は試験の日はキライだったんだけどなぁ。今は試験が待ち遠しいや」
予備校には通っていないが、全国統一模試等がある場合には受けに行く。模試を受ける日の勉強は夕食後からとなっているので、予備校から早く帰ってこれた日は夕食まで寝ているのか、癒しグッズを買いに行くことが多い。仁の唯一の自由時間と言っていいだろう。
本日の担当は鞘火。勉強での担当教科は国語と社会(主に日本史)。修行での担当強化は戦闘技術。鞘火教える戦闘技術は霊能力を使って闘う事を前提としている。他の面々の修行の進行に合わせ、習い覚えた技を組み込んで技術を向上させていく。
「今日の夜は仕事に出るぞ」
外出するのはおよそ1週間に1回位の頻度である。前回の墓地での仕事から1週間。そろそろ仕事かな、と思っていた仁の予想は当たっていた。
「水緒も行きますぞ」
仁が仕事で外出する時には最低でも憑神が2人護衛につくことを鍔木に義務付けられている。仁が襲われるような事があった時、1人は仁の護衛として、もう1人は確実に逃げる為の殿役。もしくは敵を殲滅する為だ、という風に仁は説明されていた。前回のように3人の場合もあるが、それはその時の状況次第と言われている。仁は前回所長が付いてきていることは知らなかった。たまたま暇になった所長が勝手に現場に付いてきたというのは後から知ったことだ。
「この3人で行動すると、前回のイヤな思い出が甦ります」
前回は死にかけているのに助けてくれなかった。特に水緒と鞘火のペアの時は、仁を窮地に陥れることを趣味にでもしているかのように、危険な事をさせようとする。できれば、所長か鍔木かに付いてきてもらいたかったというのが仁の本音であるのは秘密だ。
「何だと、少年。私達は心を鬼にして少年を鍛え上げようとしているのに」
「そうですぞ、仁様。私達を信じられないのですか?」
「・・・・・・・信用していないわけではないんですけどね」
人が来ているのは古物商の倉庫である。倉庫の中の器物が夜中に動き出しているという。周りでも噂になる程なので信憑性は高い。そして、噂になるという事は倉庫の持ち主にとっては看過できない問題だった。妙な噂がたてば商売に直結してしまう。それが古いいわく的なものを扱うとなればなおさらだ。
「今日の目的は調査だ」
倉庫のドアの前で鞘火が言う。仁はその横で話を聞いていた。今回も事前情報は何も与えられていない。現場でいきなりの説明が始めるのがいつもの鞘火のやり方だ。これまでも何度か同じパターンで文句を言ったら毎回力技(アイアンクロー)で説得されてしまうので、既に文句を言う気にもならない仁であった。
「噂の倉庫で本当にそんな事が起きているのかどうか。本当ならば速やかにそれに対処するように、ということだ」
「対処というと、壊してもいいということでしょうか?今回の相手は器物なんですよね」
「依頼主からは、商品だからなるべく傷つけないように言われてはいるが、それもやむなしという許可は貰っている。まぁ、できる範囲でやっていくか」
「なんだか嬉しそうですね」
鞘火は五行の中の火行を司っている。それ故かはわからないが、好戦的な性格をしている。闘う事に喜びを見出す人間だ。
「ホッホッホ、今回は怪我なく済めばよろしいですなぁ」
水緒はいつものようにニコヤカな笑顔を浮かべている。どんな時にも笑顔を絶やさないが、笑顔の裏では何を考えているのか分からない。
「さてさて、今回はどんな奴がでるかな?」
「うぅ、死ねる・・・・・・・」
生ける屍と化しているのは試験帰りの仁であった。
事務所の面々は全員スパルタだ。何かにつけて修行に繋げようとするし、勉強させようとする。勉強に関しては、仁から望んでいる事なので頑張ろうと思う。タダで家庭教師をしてくれて、仁の学力に対応した専用カリキュラムまで組んでくれているのだから、勉強をするに当たってこれ以上の環境はない。
しかし、仕事に関してはそうとは言えない。特に鞘火と所長はすぐにサボろうとする。こちらが働いているのに所長が働きもせずに遊んでいる姿を見せられると腹も立つ。
墓地で木霊鬼と戦ったのは一週間前。墓地の惨状を戻すのには2時間近くがかかった。1時間で終わると予想していたのが、倍近くかかったのは所長が遊んでいて手伝ってくれなかったからだ。
「何度殴りかかろうかと思った事か」
仁は地面を均すために必要以上に土行を使用して霊力を消耗し、細かい片付けの為に動き回ったのでかなり体力も使った。
「お前は霊力は大きいが、それを細かくコントロールするのが下手くそだ。だから、必要以上に霊力を使って疲れるんだ。これを機会に細かいコントロールも覚えていけ、義弟よ」
義兄を自称する男は、そう言うとまったく手伝ってくれなかった。
「ハッハッハ、疲れるのは修行の足りない証拠だ」
帰り際の所長の言葉だ。
疲れきっていた仁は文句の一つも言えずにそのまま模試の会場へ向かった。疲労困憊していたせいで頭も回らず、集中力も落ち放題。お世辞にもいい出来とは言えなかった。今日、その結果が事務所に届いているはずである。既に鍔木には見られているだろう。
模試の成績が悪いと、鞘火か鍔木から折檻(更なる修行と睡眠時間の短縮)が待っている。最初の頃はちゃんと6時間の睡眠時間があったのだが、事務所で働き始めてから3ヶ月で睡眠時間がどんどん減っていったのだ。
「残念脳な少年は、寝ている暇などないだろう?」
最初の模試の結果が出た時に、睡眠時間を削って勉強時間に充てると言い渡してきた鞘火の皮肉だ。言い返せるような成績ではないのが悔やまれるが、大学受験の為には本当に寝る間を惜しんで勉強しなければならないことは仁にも分かっている。分かってはいるが、模試の成績の事を思うと気分が沈み込んでいくのはしょうがない。今日の模試も手応えを感じることはできなかった。事務所へ戻る足取りも重くなろうと言うものだ。
「戻ったら、夕食まではなにも予定はなかったよなぁ。少しでも寝とかないと後が辛いかな。そろそろ外で仕事させられそうだし」
仁の睡眠時間は平均3時間。これでは普通は持たないが、水緒の怪しげな滋養強壮の秘薬と霊能による回復で、3時間の睡眠でも熟睡したのと同じ効果を得られる。激しいトレーニングによる筋肉痛は最小限に抑えられ、霊力の回復も早く、脳の動きも活発になり勉強の役にも立つという。まさしく神様の化身に相応しい反則技だ。
「鎌倉時代には権力者がこぞって手に入れようとした秘薬です。原料は秘密ですが」
最初にその説明を受けた時には怪しさ満点の薬だったが、一度使用してみると確かに次の日に残る疲れがまったくと言っていいほどなくなっていたのだ。味は酷いものだが、効果が凄いので服用している。原料を聞いた事もあるのだが、世の中には知らないことの方が幸せな事もあると諭されてしまった。
しかし、体は回復できても疲れた精神はそうもいかない。仁の最近の趣味は癒しグッズ集めである。
1日12時間以上の勉強と、6時間近くの修行。食事の時間と休憩の時間以外は勉強も修行もマンツーマンで誰かが仁を鍛えている。監視されているともいう。
しかし、それでも基礎学力は足りていない。勉強時間はこれでも足りない程だという。
「本当なら、修行の時間と勉強の時間を逆にしたいのですが、仁様の大学受験を優先するというのが雇用時の約束ですので」
仁のスケジューリングを一手に引き受ける鍔木はそんな事を言っていた。
神威探偵事務所に入って3ヶ月。その間、1日も休むこともなく仁の頑張りは続いていた。
仁の1日のスケジュールは次のような流れになる。
意外と朝は遅く9時に起床。寝るのは朝の6時だが。12時頃まで修行を行い、食事休憩。その後は勉強に入り、夕食の時間である夜7時まで軽い休憩を挟みつつ行われる。夕食の後も深夜まで勉強を行い。深夜2時くらいには修行か仕事になる。
修行の場合は、その日に勉強をした中で暗記を行わなければならない事等を復唱しながらの基礎体力訓練。その後は担当をするメンバーの五行の技を身に付ける事が主になる。仕事の場合はそのまま外出して、移動時間には勉強の復習をさせられる。修行には教師役だった者がそのまま教官となることが多い。勉強の復習をするには教えた者がする事が一番効果的だからだ。
「昔は試験の日はキライだったんだけどなぁ。今は試験が待ち遠しいや」
予備校には通っていないが、全国統一模試等がある場合には受けに行く。模試を受ける日の勉強は夕食後からとなっているので、予備校から早く帰ってこれた日は夕食まで寝ているのか、癒しグッズを買いに行くことが多い。仁の唯一の自由時間と言っていいだろう。
本日の担当は鞘火。勉強での担当教科は国語と社会(主に日本史)。修行での担当強化は戦闘技術。鞘火教える戦闘技術は霊能力を使って闘う事を前提としている。他の面々の修行の進行に合わせ、習い覚えた技を組み込んで技術を向上させていく。
「今日の夜は仕事に出るぞ」
外出するのはおよそ1週間に1回位の頻度である。前回の墓地での仕事から1週間。そろそろ仕事かな、と思っていた仁の予想は当たっていた。
「水緒も行きますぞ」
仁が仕事で外出する時には最低でも憑神が2人護衛につくことを鍔木に義務付けられている。仁が襲われるような事があった時、1人は仁の護衛として、もう1人は確実に逃げる為の殿役。もしくは敵を殲滅する為だ、という風に仁は説明されていた。前回のように3人の場合もあるが、それはその時の状況次第と言われている。仁は前回所長が付いてきていることは知らなかった。たまたま暇になった所長が勝手に現場に付いてきたというのは後から知ったことだ。
「この3人で行動すると、前回のイヤな思い出が甦ります」
前回は死にかけているのに助けてくれなかった。特に水緒と鞘火のペアの時は、仁を窮地に陥れることを趣味にでもしているかのように、危険な事をさせようとする。できれば、所長か鍔木かに付いてきてもらいたかったというのが仁の本音であるのは秘密だ。
「何だと、少年。私達は心を鬼にして少年を鍛え上げようとしているのに」
「そうですぞ、仁様。私達を信じられないのですか?」
「・・・・・・・信用していないわけではないんですけどね」
人が来ているのは古物商の倉庫である。倉庫の中の器物が夜中に動き出しているという。周りでも噂になる程なので信憑性は高い。そして、噂になるという事は倉庫の持ち主にとっては看過できない問題だった。妙な噂がたてば商売に直結してしまう。それが古いいわく的なものを扱うとなればなおさらだ。
「今日の目的は調査だ」
倉庫のドアの前で鞘火が言う。仁はその横で話を聞いていた。今回も事前情報は何も与えられていない。現場でいきなりの説明が始めるのがいつもの鞘火のやり方だ。これまでも何度か同じパターンで文句を言ったら毎回力技(アイアンクロー)で説得されてしまうので、既に文句を言う気にもならない仁であった。
「噂の倉庫で本当にそんな事が起きているのかどうか。本当ならば速やかにそれに対処するように、ということだ」
「対処というと、壊してもいいということでしょうか?今回の相手は器物なんですよね」
「依頼主からは、商品だからなるべく傷つけないように言われてはいるが、それもやむなしという許可は貰っている。まぁ、できる範囲でやっていくか」
「なんだか嬉しそうですね」
鞘火は五行の中の火行を司っている。それ故かはわからないが、好戦的な性格をしている。闘う事に喜びを見出す人間だ。
「ホッホッホ、今回は怪我なく済めばよろしいですなぁ」
水緒はいつものようにニコヤカな笑顔を浮かべている。どんな時にも笑顔を絶やさないが、笑顔の裏では何を考えているのか分からない。
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