戦う浪人生の育て方~20時間勉強と修行ができますか?~ 

久木 光弘

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第5章 俺、頭悪い・・・・

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 まさしく悪循環。生活費を稼ぎながら勉強を並行して行うのは至難の技だ。所長は手にした英語辞書を閉じて、仁に話しかけた。
「俺は英語ペラペラなんだが、信じるか?」
「ハッハッハ、日本神話の神様が英語喋れるとか冗談にもなりませんよね?」
「いや、マジマジ。神様って、超頭いいんだぜ?すぐに覚えられるし、忘れない。理解力もハンパねぇし。仕事で外人の警護した時に勉強したんだ」
「日本神道の神様が、外人の警護・・・・・・・違和感が凄いですね。でも、頭がいいのは羨ましいです。俺は中々覚えられないし、すぐに忘れます。理解力も低いです。予備校の先生が呆れる位ですし」
「・・・・・・・・教えてやろうか?英語」
 仁の自虐に、所長はとても哀れんだ目をして優しく言ってくれた。
「本当ですか!?お願いします!!英語は特に苦手なんです」
「おう、神様に任せとけ!」
 所長はサムズアップして爽やかに請け負った。
 それから2時間ほど。
「・・・・・・・・・・うむ、まぁこんなものかな?」
「ありがとうございます。今まで教えて頂いた中でも一番分かりやすかったです」
「そうか、力になれてよかったが・・・・・・・仁君よ、今のままではちょっと厳しいぞ?」
「えっ?」
「文法とか以前に英語ってのはある程度単語の意味を覚えていないと話にならん。今の教えた感じだと、単語の覚えが少なすぎる」
「うぅぅぅぅ、マズイですかね?」
唸り声を上げる仁を呆れたように見る所長。
「かなりマズイ。仁君には基礎学力が圧倒的に足らんように思えるな。苦手とかいう以前の問題だな。他の教科は分からんが、英語がこれでは他も予想がつく。これで大学受験とか、受験料の無駄だぞ」
 所長も中々口が悪い。あぁ、結局は鞘火さんたちと同類なのだなぁっと仁は納得してしていた。
「予備校とかは大学受験に向けて勉強する場所だろうからな、今の仁君のレベルだと先生に呆れられてもしょうがないかもな」
「やっぱり、俺には大学なんて無理なのかなぁ・・・・・・」
 机に突っ伏して頭を抱える仁。そんな仁に所長が慰めるように言う。
「イヤ、今の短かい時間だけではなんとも言えないが、頭は悪くないと思うぞ?むしろ理解力はある方かもしれん。点数が伸びない原因は、基礎学習が足りない、だな。こればっかりはある程度時間が必要になる」
「今までは勉強自体あまり必要では無かったので。数式や英語なんて農業にはいりませんし」
「まぁ、だろうな。しかし、これでは来年の受験も難しいだろう。今の環境では圧倒的に勉強をする時間が足りんからな」
「一体、俺はどうすればいいんでしょうか?」
 縋るように所長を見上げる仁。
「最大限勉強をする時間をとりつつ最低限生活できる収入を得る、という事だよな。更に言えば、受験テクニックを磨きつつ基礎学習も行っていく」
 所長は困ったように頬をかきながら考え込んだ。
「15時間勉強して、9時間仕事する?」
「寝る暇ないじゃないですか!なんとか妙案はありませんか?神様だったらなんとかして下さいよ!」
「そう言われてもなぁ・・・・・・・」
 所長の腕に縋り付く仁。かなり必死だ。
「何をしているのですか?お二人共」
「鍔木じゃないか、どうした?」
 振り向いた先にはドアから部屋を覗き込むようして鍔木が顔を出していた。
「約束していた仕事の打ち合わせを、と所長を探していたら、こちらから声が聞こえてきまして」
「そうだったな。スマン、忘れてた」
「忘れないで下さい」
 呆れた顔をして言う鍔木は、そのまま部屋の中に入ってきた。机に広げられている参考書を見て、仁に話かける。
「色々あったというのに、勉強ですか。感心ですね」
「所長に英語を見てもらっていたんです。凄く分かりやすくて助かりました」
 鍔木の視線は所長の腕を掴む仁の手に向いていた。
「それで、何故に仁殿は所長の腕を掴んでいるのですか?勉強を教えてもらうのには必要ないのでは?」
「それなんだが・・・・・・・・」
 所長が先程までの経緯を鍔木に説明した。
「確かに、仁殿の今の状況では勉強に集中するのは難しいでしょうね」
「・・・・・何かいい方法はありませんかね?」
 三人して頭をひねっている所へ

バァン

大きな音と共に急に部屋の扉が勢いよく開かれた。
「そんな、悩める少年に朗報だ!」
「うわっ、なんですか!って、鞘火さん!」
 大きな声を出しながら、部屋に入ってきたのは鞘火だった。
「・・・・・・・・・何をしているんですか?」
「少年の様子でも見ようかと思って部屋の前まできたら面白そうな話が聞こえてきたから盗み聞いていた」
「何で盗み聞きなんですか!まぁ、聞いてもらっても構わない話でしたけど」
「それでは面白くないではないか。少年を驚かせようと思って足音を忍ばせて来たのに。少年の驚き顔を見れて満足している」
「無駄なサプライズは止めてもらえませんか」
「嫌だね」
 あっさりという鞘火。部屋にいる三人は呆れた顔で黙ってしまった。
「それで、いい方法とは何なのですか?」
呆れ状態から最初に気を取り直したのは鍔木だった。鞘火はゆっくりと腕を組み、勿体つけるように話だした。
「フッフッフ、それはだな・・・・・・・少年がここに住めばいいのだ!」
 ドヤ顔でいう鞘火。その提案に三人とも首を傾げた。
「何を言っているんだ?お前は」
 所長が呆れ声で鞘火に言う。
「まぁ、聞け。先程盗み聞きした話では、少年は金がないので仕事をしないといけない。しかし、仕事をすると時間がなくなり勉強できない。時間が無いので勉強できないくせに基礎学力が足りない。更には予備校の教師に呆れられるほどの残念脳の少年には専用の勉強プランが必要。これ以上無い程、受験生には最悪の環境だな。ついでに命も狙われているというおまけ付き、ときた」
 間違っていないだろう?と視線で仁に語りかける鞘火。
「現状を再認識されられると更にヘコミますね・・・・・・」
仁は釈然としないものは感じたが、事実なので頷いた。
「そこで私は考えた。少年が『神威探偵事務所』で働くことを前提としてだが・・・・・・少年は支出を抑えるために下宿を引き払いここに住む。下宿をする事によって通勤時間も必要ない。更に、掃除・洗濯・食事と見てくれるスーパーババァの水緒がいるから家事をする必要がなくなる。家事に時間を取られないで済むのは結構大きいと思うぞ。仕事と勉強に集中できる」
「ババァって言うと水緒に怒られるぞ?」
 所長の言葉を無視して鞘火は続ける
「少年の役に立たない予備校は止めてしまえ。代わりに私達が家庭教師をしてやろう。所長に英語を習っていたように、他の教科も私達で分担して教えてやる。少年専用のカリキュラムを作成してやるぞ?私達は性格的な向き不向きがあるが、少し勉強をすればどこの大学にでも合格できるほど高性能だ。なにせ神様だからな。少年一人の面倒を見るなど朝飯前。少年の仕事と勉強の進み具合に合わせてカリキュラムを都度変更していけるという利点もある。なにせ、そういう細かいことをスケジューリングするのが大好きな人間がここにはいるからな」
 鞘火が鍔木と視線を合わせた。
「まぁ、否定はしませんね。得意分野です」
「勿論、家庭教師代を払えなどとケチ臭い事は言わない?大学合格を目指す少年にとっては破格以上の夢のような環境じゃあないか。ウチで働けば、生活費はほとんどかからないから大学資金も貯まり放題。どうだ、私の案は!」
「鞘火さんには珍しく、かなり的を射ているのではないでしょうか」
「確かに、それはいい案かもな。鞘火にしては珍しく」
「うるさいな、お前ら2人は。ついでに言うと、ここに住めば命の危険も回避できる。なんせ、私たちの根城だからな」
 鍔木と所長も鞘火の提案を支持した。難しい顔をしているのは仁だけだ。
「私達が求める対価は一つだけ。『ご主人様』になってもらう事だ。少年には造作もないことだな」
 鞘火はとてもいい笑顔で仁に話かける。
「おやおやぁ?決めかねているのかね?経済的にも助かる上に、美人のお姉さんのボディーガードと家庭教師付きなんだぞ?」
 鞘火は更に仁に近寄り、肩を組んで顔を近づけた。鞘火は凄い美人なので傍から見ているとそれはそれは色っぽいのだが、仁にとっては詐欺師のように感じる笑顔だった。
そんな二人の様子に、苦笑気味に所長が口を挟む。
「おいおい、鞘火。青少年をあまり刺激するなよ。それに、先の話も含めて仁君には考える時間が必要だろう。今日は勉強もそこそこにして休んだらどうだ?我々は答えを急いでいるわけではないからな。身の危険もあるし、何日かここで過ごしてもらった方がいいだろうし」
 鞘火を引き離して、所長も仁の肩に手を置いて優しく語りかける。
「しかし、仕事にしても勉強にしても早く始めるに越したことはないのは確かですよ、仁殿」
 対照的にやや突き放したように言うのは鍔木だ。悪意がないのはわかるが、話し方が平坦なせいで冷たい印象をうける。
「フフン、私は少年の色好い返事を待っているよ」
 鞘火はそう言って、機嫌良く部屋を出て行った。
「今日はゆっくり休むといい。考えるのは明日でも遅くはないぞ」
「お邪魔しました、仁殿」
 それに続くように所長と鍔木も部屋を出て行く。
 仁は出て行く三人に頭を下げ、ベットに体を投げ出した。勉強をした後に鞘火達と話をしていたお陰でかなり遅い時間になっている。仁は、瞼が重くなっているのを感じた。
 先程の鞘火の話を頭に思い浮かべ、本当は考えるまでも無い、と自覚しつつ意識をゆっくりと手放していった。
 そして、熟睡した次の日の朝には『神威探偵事務所』で働くこと決意するのだった。
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