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第2章 俺、死にかけてる?
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仁を守る木の裏から一人の女性が歩み出てきた。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえていますよ」
背の高さは仁と同じ160センチ程度か。年の頃は二十歳かそれ以下だろう、正確なところはわからない。美しい黒髪を男のように結いあげ、シニヨンキャップみたいな布でまとめている。かわいいいというより、凛々しいというのが相応しいだろうか。凛々しいというのなら鞘火もそうだが、この娘の場合はもっと中世的な美しさだった。鞘火の場合はその長身と見事なプロポーションもあって、女性を感じさせる。少しつり目がちなその瞳は、彼女の気丈さを窺わせる力強い輝きに彩られている。
現れた女性は、仁を守る木に手を添えて、≪飄鬼≫に対して強い視線を向けた。
「この少年に手を出すことは許しません」
「今度は木行の使い手ですか・・・・・・・・」
≪飄鬼≫はギリギリと音が聞こえてきそうなほど歯を軋らせている。二度に渡りすんでの所で邪魔をされたのがよほど腹に据えかねたのだろう。
「流石に二人を相手に目的を達するのは難しそうですね・・・・・」
更に仁を守る人間がもう一人増えたことにも苛立っているようだ。
「これ程の獲物を前にして退かなければならないとは、口惜しいですが・・・・・・引き際も肝心ですからね」
≪飄鬼≫はそう言いながら、仁達からは視線を外さずに距離を取り始めた。やはりこの鬼は頭がいい。このままでは仁を手に入れるどころか自分の身も危ういと感じて引き際を図っている。
「食事を邪魔された恨みは必ず晴らさせて頂きますよ」
一定の距離まで離れた途端、≪飄鬼≫は捨て台詞を放ち背中を向けた。そのまま速度をあげてその場を離れようとする。
「そんなウマイ話があるか。落とし前をつけてもらうのはこちらの方だ」
≪飄鬼≫がトップスピードに乗る寸前に、前からもの凄い速度でスーツの女が迫ってきた。その速度を落とさないまま、セリフと共に≪飄鬼≫の顔面に勢いのいいストレートを入れる。
「ガハァ!」
逃げの態勢を取っていた≪飄鬼≫はそのパンチをまともに食らい、吹っ飛ばされてしまった。しかし、スグに態勢を整えて起き上がり、攻撃を加えてきた女に目を向ける。
「・・・・・・・・貴様もこいつらの仲間か」
≪飄鬼≫の背中からは黒い瘴気が揺らいでいる。怒りのあまりに体から瘴気が漏れ出てきたのだ。しかし、そんな≪飄鬼≫の様子を意にも介さず、女はボリュームのある胸の前で腕を組んで≪飄鬼≫を睥睨していた。
「貴様が遊んでくれた少年は私の所有物でな。私は自分のものに手を出されて黙っている程お人好しではない。この場で焼き尽くしてやる」
突如として現れ、≪飄鬼≫に攻撃を加えた女は、仁をバイトに誘った鞘火だった。ちなみに、仁は雇用契約を結んでいないので鞘火の所有物ではない。
鞘火は怒りを含んだ口調と共に、その両手に炎を生み出した。その炎は通常の火とは違い、青白い色をしている。
「グルァァァ!!」
≪飄鬼≫の体から立ち上る瘴気の量が増えた。鞘火の言葉には何も返さずに、いきなり鞘火に向かって襲いかかってきた。先ほど男に対して行なったのと同じように素早い動きとランダムなステップで鞘火に迫る。
「無駄な事をする」
鞘火には≪飄鬼≫の動きが見えているようだ。迎撃を行うのではなく、自ら前に出る。その動きは決して早いものではなかったが、≪飄鬼≫の動きを捉えていた。炎を宿すその拳で≪飄鬼≫の腹部を狙っている。体の中心線を狙ったスピードのあるショートアッパーだ。
しかし、鞘火の拳は空を切った。≪飄鬼≫が鞘火の拳を見切り、体を捻って避けたからだ。その筋肉質な巨躯からは信じられないほどの柔軟性だ。鞘火の拳が空を切った時、≪飄鬼≫の顔に喜悦が走ったように見えたのは気のせいではないだろう。アッパーを振り切って体が伸び、無防備になっている腹部へ鋭い鈎爪を突き立てようした。
「何を勝ち誇ったような顔をしているのだ?この鬼は」
しかし、鞘火はまったく慌てていなかった。逆に鬼を嘲るように言う。
「ギャッ!」
≪飄鬼≫が鈎爪を突き刺そうとした瞬間、≪飄鬼≫の横面に礫のようなものが飛んできた。攻撃を加えようとしていた≪飄鬼≫はそれを避けることはできず、まともに食らってしまう。ダメージは大きくないが、不意をつかれたせいで逆に態勢を崩されてしまった。
「今の攻撃は注意をこちらにむけるだけの囮だよ。お前と違って仲間がいるからな」
「オノレ・・・・・・人間風情が群れおって!」
鞘火は態勢の崩れた≪飄鬼≫にトドメを刺そうと右拳に宿る炎を大きくした。
「確実に滅殺できるように、特大のをくれてやる。ありがたく思え」
≪飄鬼≫は鞘火が攻撃を放とうとしている事を感じて、距離を取ろうとしたが足が動かない。≪飄鬼≫の足首に地面から飛び出した木の根が巻きついていた。
「これは!」
「言っただろうが、仲間がいると。ご自慢の速い足も役立たずだ」
鞘火は≪飄鬼≫に向かって大きく踏み出し、右のストレートを放った。
「『焔滅華!』」
≪飄鬼≫は自由になる上半身を大きく横に倒れ込ませ、鞘火の攻撃を避けようとした。しかし、その巨躯が災いし完全には避けきれない。鞘火の拳は≪飄鬼≫の左上腕にヒットする。
「グワァァァァァ」
攻撃を受けた≪飄鬼≫はその拳の勢いに負けて足の木の根を引きちぎりながら後ろに吹っ飛ばされた。鞘火の拳がヒットした箇所から大きく青い炎が吹き出した。炎の勢いは大きく、火勢はすぐに≪飄鬼≫の肩口に上がってくる。
「私の炎は貴様を滅するまで消えることはないぞ?今まで人に仇をなしてきた事を後悔しながら焼き尽くされるがいい」
炎の勢いが止まらない事をみた≪飄鬼≫は炎が体に移る前に、右手の鈎爪で左肩口から左腕を切断した。切断された腕が飄鬼の足元へ落ちる。切断された肩口からは青い血が噴き出した。
切断された腕の炎は更に勢いを増し、一瞬で足元に落ちた腕を焼き尽くした。
「イタイ、イタイ、イタイ、イタイィッィィィィ」
自ら切断した肩口を抑えつつ、≪飄鬼≫は地面に膝をついて絶叫している。鞘火は≪飄鬼≫の様子を冷ややかな目で見ていた。
「チッ、もう一発くれてやるか」
鞘火はそう言って、再度右の拳に炎を生み出した。≪飄鬼≫は地面に両膝をついたまま、顔を俯かせ悪態をついていた。元は自分の腕であった灰を握り締めている。
「クソ、クソ、クソ。人間風情が、人間風情がァァァァァァ」
≪飄鬼≫は鬼の形相を更に険しくし、憤怒の表情で鞘火を睨みつけた。
炎が体に移ることはなかったが、勢いよく吹き上げていた炎は≪飄鬼≫の左半身を炙っていた。顔面と脇腹の左半分が焼けただれている。
「この痛み、決して忘れん!私の右腕の代償は受けてもらうぞ!」
「腕は自分で切り落としたのだろうが?馬鹿か貴様は」
鞘火は止めをさそうと、≪飄鬼≫に向かって一歩踏み出した。
「この傷はキサマらを食らって癒してくれる、火行の女!貴様は犯し抜いてから手足をもぎ取り、生きながら臓腑を食らってやるわ!」
勢いよく立ち上がながら呪いの言葉を紡ぐ≪飄鬼≫。しかし、鞘火はそんな言葉はどこ吹く風と歩みを止めない。
「この場を見逃してもらえるような言い方だな?次があると思うのか?」
拳を固めて、駆け出そうとする鞘火。
「カハァァァァァァ」
≪飄鬼≫は鞘火が駆け出す前に、気合を発して全身から黒い霧を爆発的に生み出した。
「チッ、瘴気か」
瘴気とは妖怪が生み出す邪なる空気だ。吸い込んだりすると体に様々な異常をきたしてしまう。黒々とした霧の中から≪飄鬼≫の声が聞こえてくる。
「ククク、邪鬼を引き連れ、百鬼をなして貴様らに復讐してくれるわ!その少年は必ず頂きにくるからな!」
鞘火は濃い瘴気の壁に阻まれて、歩みを止められてしまう。瘴気が薄まった時には≪飄鬼≫の姿はそこから消えていた。
「逃がしたのか?」
「あぁ、逃げられた。かなり手強い鬼みたいだ。私の『浄炎』は対象を焼き尽くすまで消えないからな、腕を切断したのはいい判断と言えるだろう・・・・・・もどかしいな、本来であれば一瞬で焼き尽くしてやれたものを」
土槍に囲まれていた男が、不機嫌さを露にする鞘火に近づいてきた。
「それにしても・・・・お前は本当に戦闘センスがないな?自分の術で囲まれて身動きが取れなくなるとは、馬鹿以外の何者でもない」
鞘火は近づいてきた男に対して溜息をつきながら言う。
「むぅ、面目ない。しかし、『土龍槍』から出てくるの大変だったんだぞ?めっちゃ硬いから俺の土行でも中々崩れないんだ、コレが。自分の術ながら感心したね」
「弱いわけではないのに、あんな闘い方では力の無駄使いです。今の私達は本来の力を出せないのですから」
仁の傍を離れようとしない女性も、男に対して文句を言った。
「二人で責めないでくれよ。主役が来るまでの時間稼ぎだったと思えばいいだろ?それに、ちゃんと援護したじゃないか!ナイスアシストだったろ?」
「私が間に合ったからよかっただけの結果論だな。少年が連れ去られていたら焼き殺していたぞ?」
言い訳がましくいう男の言葉をバッサリ切り捨てて、鞘火は未だ意識を失ったままの仁に近づいた。
「少年の怪我はどうだ?鍔木」
「命に別状はないと思う。でも、背中を強く打ち付けられたみたいです。血を吐いていたようですので、内臓も痛めているのではないかと」
「ふむ、早く水緒に見てもらったほうがいいようだな」
「そうね。今日の仕事は切り上げて事務所に引き上げましょう」
「おーい、所長を放っておいて話をすすめるなよ」
女性二人が冷たい目をして所長を見た。
「・・・・・・・では、少年を事務所まで運んでくれるか?役立たず所長」
「アシストしただけの所長、力仕事をよろしくお願いします」
「はいはい、分かりましたよ。ホント冷たいよね、お前ら」
そんな二人の心温まるセリフに、所長は肩をすくめてから仁を背中に背負った。
鞘火は所長に背負われている仁の顔を覗き込み、笑みを浮かべて言った。
「命を救ってやった借りはでかいぞ?これからはこき使わせてもらうからな」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえていますよ」
背の高さは仁と同じ160センチ程度か。年の頃は二十歳かそれ以下だろう、正確なところはわからない。美しい黒髪を男のように結いあげ、シニヨンキャップみたいな布でまとめている。かわいいいというより、凛々しいというのが相応しいだろうか。凛々しいというのなら鞘火もそうだが、この娘の場合はもっと中世的な美しさだった。鞘火の場合はその長身と見事なプロポーションもあって、女性を感じさせる。少しつり目がちなその瞳は、彼女の気丈さを窺わせる力強い輝きに彩られている。
現れた女性は、仁を守る木に手を添えて、≪飄鬼≫に対して強い視線を向けた。
「この少年に手を出すことは許しません」
「今度は木行の使い手ですか・・・・・・・・」
≪飄鬼≫はギリギリと音が聞こえてきそうなほど歯を軋らせている。二度に渡りすんでの所で邪魔をされたのがよほど腹に据えかねたのだろう。
「流石に二人を相手に目的を達するのは難しそうですね・・・・・」
更に仁を守る人間がもう一人増えたことにも苛立っているようだ。
「これ程の獲物を前にして退かなければならないとは、口惜しいですが・・・・・・引き際も肝心ですからね」
≪飄鬼≫はそう言いながら、仁達からは視線を外さずに距離を取り始めた。やはりこの鬼は頭がいい。このままでは仁を手に入れるどころか自分の身も危ういと感じて引き際を図っている。
「食事を邪魔された恨みは必ず晴らさせて頂きますよ」
一定の距離まで離れた途端、≪飄鬼≫は捨て台詞を放ち背中を向けた。そのまま速度をあげてその場を離れようとする。
「そんなウマイ話があるか。落とし前をつけてもらうのはこちらの方だ」
≪飄鬼≫がトップスピードに乗る寸前に、前からもの凄い速度でスーツの女が迫ってきた。その速度を落とさないまま、セリフと共に≪飄鬼≫の顔面に勢いのいいストレートを入れる。
「ガハァ!」
逃げの態勢を取っていた≪飄鬼≫はそのパンチをまともに食らい、吹っ飛ばされてしまった。しかし、スグに態勢を整えて起き上がり、攻撃を加えてきた女に目を向ける。
「・・・・・・・・貴様もこいつらの仲間か」
≪飄鬼≫の背中からは黒い瘴気が揺らいでいる。怒りのあまりに体から瘴気が漏れ出てきたのだ。しかし、そんな≪飄鬼≫の様子を意にも介さず、女はボリュームのある胸の前で腕を組んで≪飄鬼≫を睥睨していた。
「貴様が遊んでくれた少年は私の所有物でな。私は自分のものに手を出されて黙っている程お人好しではない。この場で焼き尽くしてやる」
突如として現れ、≪飄鬼≫に攻撃を加えた女は、仁をバイトに誘った鞘火だった。ちなみに、仁は雇用契約を結んでいないので鞘火の所有物ではない。
鞘火は怒りを含んだ口調と共に、その両手に炎を生み出した。その炎は通常の火とは違い、青白い色をしている。
「グルァァァ!!」
≪飄鬼≫の体から立ち上る瘴気の量が増えた。鞘火の言葉には何も返さずに、いきなり鞘火に向かって襲いかかってきた。先ほど男に対して行なったのと同じように素早い動きとランダムなステップで鞘火に迫る。
「無駄な事をする」
鞘火には≪飄鬼≫の動きが見えているようだ。迎撃を行うのではなく、自ら前に出る。その動きは決して早いものではなかったが、≪飄鬼≫の動きを捉えていた。炎を宿すその拳で≪飄鬼≫の腹部を狙っている。体の中心線を狙ったスピードのあるショートアッパーだ。
しかし、鞘火の拳は空を切った。≪飄鬼≫が鞘火の拳を見切り、体を捻って避けたからだ。その筋肉質な巨躯からは信じられないほどの柔軟性だ。鞘火の拳が空を切った時、≪飄鬼≫の顔に喜悦が走ったように見えたのは気のせいではないだろう。アッパーを振り切って体が伸び、無防備になっている腹部へ鋭い鈎爪を突き立てようした。
「何を勝ち誇ったような顔をしているのだ?この鬼は」
しかし、鞘火はまったく慌てていなかった。逆に鬼を嘲るように言う。
「ギャッ!」
≪飄鬼≫が鈎爪を突き刺そうとした瞬間、≪飄鬼≫の横面に礫のようなものが飛んできた。攻撃を加えようとしていた≪飄鬼≫はそれを避けることはできず、まともに食らってしまう。ダメージは大きくないが、不意をつかれたせいで逆に態勢を崩されてしまった。
「今の攻撃は注意をこちらにむけるだけの囮だよ。お前と違って仲間がいるからな」
「オノレ・・・・・・人間風情が群れおって!」
鞘火は態勢の崩れた≪飄鬼≫にトドメを刺そうと右拳に宿る炎を大きくした。
「確実に滅殺できるように、特大のをくれてやる。ありがたく思え」
≪飄鬼≫は鞘火が攻撃を放とうとしている事を感じて、距離を取ろうとしたが足が動かない。≪飄鬼≫の足首に地面から飛び出した木の根が巻きついていた。
「これは!」
「言っただろうが、仲間がいると。ご自慢の速い足も役立たずだ」
鞘火は≪飄鬼≫に向かって大きく踏み出し、右のストレートを放った。
「『焔滅華!』」
≪飄鬼≫は自由になる上半身を大きく横に倒れ込ませ、鞘火の攻撃を避けようとした。しかし、その巨躯が災いし完全には避けきれない。鞘火の拳は≪飄鬼≫の左上腕にヒットする。
「グワァァァァァ」
攻撃を受けた≪飄鬼≫はその拳の勢いに負けて足の木の根を引きちぎりながら後ろに吹っ飛ばされた。鞘火の拳がヒットした箇所から大きく青い炎が吹き出した。炎の勢いは大きく、火勢はすぐに≪飄鬼≫の肩口に上がってくる。
「私の炎は貴様を滅するまで消えることはないぞ?今まで人に仇をなしてきた事を後悔しながら焼き尽くされるがいい」
炎の勢いが止まらない事をみた≪飄鬼≫は炎が体に移る前に、右手の鈎爪で左肩口から左腕を切断した。切断された腕が飄鬼の足元へ落ちる。切断された肩口からは青い血が噴き出した。
切断された腕の炎は更に勢いを増し、一瞬で足元に落ちた腕を焼き尽くした。
「イタイ、イタイ、イタイ、イタイィッィィィィ」
自ら切断した肩口を抑えつつ、≪飄鬼≫は地面に膝をついて絶叫している。鞘火は≪飄鬼≫の様子を冷ややかな目で見ていた。
「チッ、もう一発くれてやるか」
鞘火はそう言って、再度右の拳に炎を生み出した。≪飄鬼≫は地面に両膝をついたまま、顔を俯かせ悪態をついていた。元は自分の腕であった灰を握り締めている。
「クソ、クソ、クソ。人間風情が、人間風情がァァァァァァ」
≪飄鬼≫は鬼の形相を更に険しくし、憤怒の表情で鞘火を睨みつけた。
炎が体に移ることはなかったが、勢いよく吹き上げていた炎は≪飄鬼≫の左半身を炙っていた。顔面と脇腹の左半分が焼けただれている。
「この痛み、決して忘れん!私の右腕の代償は受けてもらうぞ!」
「腕は自分で切り落としたのだろうが?馬鹿か貴様は」
鞘火は止めをさそうと、≪飄鬼≫に向かって一歩踏み出した。
「この傷はキサマらを食らって癒してくれる、火行の女!貴様は犯し抜いてから手足をもぎ取り、生きながら臓腑を食らってやるわ!」
勢いよく立ち上がながら呪いの言葉を紡ぐ≪飄鬼≫。しかし、鞘火はそんな言葉はどこ吹く風と歩みを止めない。
「この場を見逃してもらえるような言い方だな?次があると思うのか?」
拳を固めて、駆け出そうとする鞘火。
「カハァァァァァァ」
≪飄鬼≫は鞘火が駆け出す前に、気合を発して全身から黒い霧を爆発的に生み出した。
「チッ、瘴気か」
瘴気とは妖怪が生み出す邪なる空気だ。吸い込んだりすると体に様々な異常をきたしてしまう。黒々とした霧の中から≪飄鬼≫の声が聞こえてくる。
「ククク、邪鬼を引き連れ、百鬼をなして貴様らに復讐してくれるわ!その少年は必ず頂きにくるからな!」
鞘火は濃い瘴気の壁に阻まれて、歩みを止められてしまう。瘴気が薄まった時には≪飄鬼≫の姿はそこから消えていた。
「逃がしたのか?」
「あぁ、逃げられた。かなり手強い鬼みたいだ。私の『浄炎』は対象を焼き尽くすまで消えないからな、腕を切断したのはいい判断と言えるだろう・・・・・・もどかしいな、本来であれば一瞬で焼き尽くしてやれたものを」
土槍に囲まれていた男が、不機嫌さを露にする鞘火に近づいてきた。
「それにしても・・・・お前は本当に戦闘センスがないな?自分の術で囲まれて身動きが取れなくなるとは、馬鹿以外の何者でもない」
鞘火は近づいてきた男に対して溜息をつきながら言う。
「むぅ、面目ない。しかし、『土龍槍』から出てくるの大変だったんだぞ?めっちゃ硬いから俺の土行でも中々崩れないんだ、コレが。自分の術ながら感心したね」
「弱いわけではないのに、あんな闘い方では力の無駄使いです。今の私達は本来の力を出せないのですから」
仁の傍を離れようとしない女性も、男に対して文句を言った。
「二人で責めないでくれよ。主役が来るまでの時間稼ぎだったと思えばいいだろ?それに、ちゃんと援護したじゃないか!ナイスアシストだったろ?」
「私が間に合ったからよかっただけの結果論だな。少年が連れ去られていたら焼き殺していたぞ?」
言い訳がましくいう男の言葉をバッサリ切り捨てて、鞘火は未だ意識を失ったままの仁に近づいた。
「少年の怪我はどうだ?鍔木」
「命に別状はないと思う。でも、背中を強く打ち付けられたみたいです。血を吐いていたようですので、内臓も痛めているのではないかと」
「ふむ、早く水緒に見てもらったほうがいいようだな」
「そうね。今日の仕事は切り上げて事務所に引き上げましょう」
「おーい、所長を放っておいて話をすすめるなよ」
女性二人が冷たい目をして所長を見た。
「・・・・・・・では、少年を事務所まで運んでくれるか?役立たず所長」
「アシストしただけの所長、力仕事をよろしくお願いします」
「はいはい、分かりましたよ。ホント冷たいよね、お前ら」
そんな二人の心温まるセリフに、所長は肩をすくめてから仁を背中に背負った。
鞘火は所長に背負われている仁の顔を覗き込み、笑みを浮かべて言った。
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