戦う浪人生の育て方~20時間勉強と修行ができますか?~ 

久木 光弘

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第2章 俺、死にかけてる?

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 神威探偵事務所を訪ねてから一週間。
仁はアルバイト帰りの道を歩いていた。初めて鞘火と会ったメインストリートにはいつものような人通りはない。仁は少しでもお金を稼ごうと時間給のいい深夜のバイトをこなしている。時間は朝の5時にさしかかろうとしているところだが、まだ太陽は登っておらず、周りは暗い。 
バイトに入る時間は夕方なので、仕事への入り時間はかなり人が多いのだが、帰る時間はいつも人がいない時間になる。仁は自販機で買った缶コーヒーを片手にベンチに座って一休みしていた。
「はぁ~、毎日毎日バイトばっかりで大丈夫かな?勉強が片手間になってる気がするなぁ。自分で生活をするって大変だ。立ち仕事もダルイし」
 仁のバイトは朝方まで開けているバーテンダーである。
「んっ?誰かいる」
 朝靄の中に影のようなものが見えた。いくら明け方とはいえ、一通りがなくなるということはない。人がいること自体は不思議ではないが立ち止まっている人は少ない。
「こっちを見ている?」
 仁は立ち止まっている人に向けて意識を向けた。その途端に影が人の形を取っていく。
……これはマズイかも・・・・・・・
 完全に人の形を取った影が仁の方に歩いてくる。
「おはようございます」
 近づいてきたのはスーツを着た中年のサラリーマン風の男だった。男は仁と目があったのを確認して挨拶をしながら隣に腰を下ろす。
「・・・・・・・・おはようございます」
 仁は隣に座る男に対して挨拶を返してしまった。
「仕事帰りですか?こんな時間まで働いているとは偉いですね。私も昔は時間を惜しんで働いたものですよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「まだお若いように見えますが、学生さんかな?勉強も大変でしょう」
「・・・・・・・・・・・・・」
 隣に座る男は楽しそうに矢継ぎ早に仁に声をかけてくる。しかし、仁はそれには答えないままだ。
「生きている内は何事にも一生懸命取り組んだ方がいい。私はそう思いますよ」
 仁は背中に走る悪寒を感じた。悪い予感に急かさせるように、ベンチを立とうとする。
「生きている、というだけで財産だ。しかも、若いというのがいい。これは私にとって大変な幸運です」
 席を立った仁は男を背にして歩き出した。少し離れた所まできた時に全力疾走を始める。

 全力で走る仁は後悔に苛まされていた。
 この世あらざる者に対してピントを合わせてしまった自分の迂闊。そして、それに対して認識しているという事実を知られてしまったことだ。現出したものに対して、視線を合わせ返事まで返してしまった。向こうは、仁がそういうものに対しての力を持っているという事を確信したのだろう。しきりに話しかけてきたのがその証拠だ。
……やってしまった。注意していたのに
 全力で走っているというのに気配が遠ざかる感じがしない。仁は走り出してから一度も振り向いていないが、後ろからは常に視線を感じる。背中に見えざるプレッシャーを感じた仁は、バイト帰りの疲れている体に鞭をいれて走り続けている。
……怖い・・・・・
 10分程走り続けただろうか。少し前まで感じていた視線を感じなくなっていた。一度後ろを見て誰もついてきていない事を確認し、仁は足を緩める。
「はぁ、はぁ・・・・キツイ。でも、逃げられたかな?」
 駆け足程度のスピードになった仁は、乱れた息を整えながら前を向き直した。
「うわぁ!」
前を向いた仁の視線には先ほど全力で逃げてきたサラリーマン風の男がいた。仁が疲れてスピードを緩めるのを待っていたかのように。いつの間に先回りしたというのか。
「急に走り出されてどうしたのです?何か恐ろしいモノでもみましたか?」
 男は両手を広げながら仁に近づいてきた。
「このように人とお話ができるのは本当に久しぶりなので、もう少し楽しみたかったのですが・・・・・・・我慢できなくなってきました」
 気色を滲ませる男の声。そこまで言って、男の全身が不自然に隆起してきた。平凡な顔の口が大きく裂けて、額からは角が一本生えてくる。目は切りあがり、虚無をたたえるその視線はボンヤリと仁の方をむいている
「グルルルル・・・・・・・」
 隆起を続ける体の上半身のスーツがはじけ飛び、異様に発達した筋肉が出てきた。下半身の筋肉も盛り上がりスーツの生地が下半身に張り付いているように見える。
「ヒッ・・・・・・・」
 額に角をたたえて、人間離れした巨躯は、まさしく『鬼』の姿だった。 
その人間離れした姿に仁は本能的な恐怖を覚えた。思わず悲鳴を漏らしてしまう。仁の漏れ出た悲鳴を聞いて、鬼が笑った。
 目の前に迫る2メートルを越す巨躯は身長が高い方ではない仁からすれば正しく巨人だ。圧倒的な迫力で仁に恐怖を与える。
「グルル・・・・・・このような姿になってしまいましたが、元は人間なのですよ」
 少しずつ仁に近寄りながら鬼が話しかけてくる。先程とは姿はかけ離れているのに声と口調がそのままなのが更に異様さを増している。
「未練を残して死んでしまいましてね。未練にしがみついている内にこのような人外の姿になってしまったのです」
 恐怖に縛られて動けない仁の目の前に、鬼がやってきた。身をかがめて仁の顔を覗き込む。
「しかし、不便ではありません。霊力を持つ人間を喰らう事により、幾らでも命は伸ばせるし、力も増すのです」
 鬼がしゃべる度に生臭い匂いが口から漂う。恐怖で動けない仁を楽しそうに見ながら鬼は続けた。
「随分長い時間、人間を喰らい続けてきましが・・・・・・最近ではあまり上質な餌に恵まれませんでね。寂しく思っていたのですよ。私はこれでも美食家でね?」
 鬼が人の頭から足先までを舐めるように視線を動かした。
「そんな時に非常に高い霊力を感じたのですよ。私の今まで食らった人間の中でも1・2位を争う程です。しかも、その人間は力の自覚もない只の一般人。まるで、食べてくださいと食卓に並べられているようだ。分かりますか?私の喜びが!」
 突然鬼の大きな声に仁の体が震えた。恐怖に縛られていた体が動くようになった。
「貴方の肝を食べればどれだけの命と力を得られるのでしょう。想像するだけで涎が止まらない!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
 大きく悲鳴を上げて仁が鬼を突き飛ばし、鬼から逃げ出した。仁が動き出すとは思っていなかったのか、鬼は驚いたように立ち尽くしている。
「おやおや、逃げられると思っているのでしょうか?」
 動かなかったのも束の間、のっそりとした動きで一歩を踏み出す鬼。しかし、二歩目には大きく地面に踏み込んで仁に向かって跳躍した。その太い足から生み出される跳躍力は凄まじかった。全速でかけている仁の頭を軽く飛越し、目の前に着地する。助走もなく飛んだとは思えない飛距離だ。
「手を煩わせないで下さいよ。私は待ちきれないのですから・・・・・・・」
 逃げ道を遮られた仁は、足を止めて目の前に現れた鬼を呆然と見上げていた。
鬼は動けない仁の体を、その大きな腕でしたたかに打ち付ける。
「グハァ・・・・・・・・・・」
 鬼の膂力は凄まじかった。3メートル近くは飛ばされただろうか、小柄とはいえ大人の男である仁を、一撃で道端の街路樹まで吹き飛ばす。吹き飛ばされた仁は、背中を街路樹に叩きつけられてズルズルと地面に横たわってしまう。
「いってぇ、マジかよ・・・・・」
 かろうじて意識は失ってはいないが、口から血を流して地面から起き上がれない。痛みで呼吸するのも辛い。
「加減をするのは難しいのですから、逃げないでくださいよ?死んでしまうと味が落ちてしまう・・・・・・・・・しかし、もう起き上がれないかな」
「うぁ」
 地面に横たわる仁に近づく鬼。体がバラバラになりそうな痛みで今にも意識を失いそうな仁だったが、その意思はまだ生きていた。痛みに耐えながら、少しでも鬼から遠ざかろうとなんとか立ち上がった。
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