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第3章 ソロプレイヤー

第百十三話

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「………」

 視界が暗転し眠りから目覚めたような感覚。
 僕はすぐに状況を理解した。
 やるせない怒りがフツフツとこみ上げて来る。
 強制ログアウトさせられた僕は無言でダイブオンを外した。

「いつまでやってんの?もうご飯なんですけど」

 僕を見下ろすように言ったナオ。
 その手には本体と繋がるコードを手にしていた。
 僕はナオを無視して大きく深呼吸をした。
 怒りを抑えるように………
 怒鳴り声を上げないように歯を食いしばり口を固く結んだ。
 僕は身を起こすとベットから降りた。
 傍らに佇むナオを無視して僕は自室を足早に出て行く。

「ちょっと!」

 ナオがなにか言ってるけど無視だ無視。
 怒りをぶつけないだけありがたく思え。
 そんなことより早く戻らないと………
 僕は下にいる両親の下へ急いだ。



「お、ようやく来たか」
「今日は健ちゃんの好きなハンバーグよ」

 下に降りてきた僕に両親が声をかけてきた。
 苦笑まじりに言う父さんとニコニコ笑う母さん。
 僕は父さんの前に立つと口を開いた。

「ごめん父さん。いまヤバい状況で友達を置いてきちゃったから、すぐインしていい?」

 次に僕は母さんのほうに顔を向けた。

「ごめん母さん。そう言う訳だからご飯はあとで食べるね」
「あらそうなの?大変な時に落ちちゃったのね」
…なら仕方ないな。早く戻ってやれ」
「そうそう、フレは大事にしないとね♪」
「ありがとう…」

 よし、両親の許可はおりた。
 普通の親なら怒るだろうけど、うちの両親はかなりのゲーマーだ。
 こういう時にはある程度の理解を示してくれる。
 あとは速攻でログインするだけだ。
 僕は急いで二階の自室に向かった。

 その途中、二階の自室まで駆け上がろうとしたけれど、階段の半ばで座り込んでいるナオがいた。

 あの、邪魔なんだけど…と思いつつナオを避けて通り抜けよう試みたけど無理だった。
 ていうかうちの家の階段は狭い。こんな所に座り込まれたら普通に通り抜けられない。
 
「ごめん、ちょっと通してくれる?」
「………」

 無言で僕を見上げるナオ。
 …コイツはなにがしたいんだ?
 僕は段々苛立ちを抑えられなくなってきた。
 勝手に回線をぶっこぬかれたのは僕のほうに落ち度はあると頭では理解している。
 それでも、こんな時に抜かなくてもいいじゃないかという気持ちが強い。
 いまもこうして通せんぼしているナオに、僕はマジでキレそうだった。

「…なんでそんなにキレてんの?つうかいつまでもやってるそっちが悪くない?そういう約束でしょ?」
「あぁ!?」

 そんな言い方をされて思わずナオを睨みつけてしまった。

「友達に聞いて知ってるみたいだけど、僕がゲームで賞金首になってるのは知ってるよね?いまプレイヤーに追われてるの。仲間を置いて落ちちゃったからすぐに戻りたいんだ。父さんと母さんの許可はとったから通してくれる?」
「………」

 僕が口早にそう言うとナオは立ち上がり傍に退いた。
 なにか言いたそうな表情かおをしてるけど、いまの僕にはそれを聞いてやる余裕はない。

「ねえ!…どこで襲われてるの?」
「…エルフの街だよ」
「エルフの街?…そこってアルフヘイム?」
「そうだよ」

 ていうかなんでそんなことを聞くんだろう?
 まあどうでもいいか、こうして話す時間も欲しい。
 僕はナオの傍を通り抜けて自室に向かった。



 ダイブオンを装着した僕はログインしたあとのことを考えた。
 とりあえず街中で落ちたから転移門からスタートになるよね。
 恐らく転移門周辺には僕を狩りに来たPCプレイヤーがいるだろう。

 イン早々【隠蔽】でも使うか…?

 そう思ったけど、僕はその考えをすぐに振り払った。
 僕のレベルじゃ遅かれ早かれ見つかる。なら自分自身をにしてPC達を引きつければゼルを追っているPCが僕のほうに来るかもしれない。
 そんなことを考えながら僕は再びログインした。



 ログインすると出てきた転移門の周辺には何人かのPCがいた。
 ちょうどそのうちの一人と目があってしまった。

「おいあれ、ファントムじゃね?」
「えマジ!?」

 僕と目があった剣士風のPCがこちらを指差して、隣にいた同じ剣士風の仲間に言うのが聞こえた。
 ちらほらと辺りにいたPC達が次々と僕に気がついていく。

「なんで門から?」
「んなことどうでもいいだろ」
「相手は一人だ、さっさとやっちまおうぜ」

 周囲が騒がしくなってきた。
 僕はPCの少ない道へ一目散に逃げ出した。
 加速装置!
 サイボーグになった気持ちで僕はダッシュで駆け出した。

「あ、逃げたぞー!」
「追えぇぇぇ!」
「他の仲間にも連絡しろ!」
「待てやコラアアア!」

 振り向くとPC達が追いかけてきていた。
 よしよし、予定通りだ。
 このまま付かず離れずの距離をキープできればいいな。
 僕は走りながら視界の片隅に表示されているMAPとはぐれたゼルの位置を確認。
 メニューを出してMAPを拡大したり縮小したりしながらPT登録されているゼルの現在地を探ろうとした。
 たとえゼルが【隠蔽】を使っていてもPTリーダーの僕には居場所がわかる。
 さっきまで隠れていた場所は、ぶっちゃけ逃げるのに夢中ではっきりと場所がわからない。
 アルフヘイムの広大なMAPをスクロールしながらゼルの反応を探る。
 この反応はNPCだけど、マリアさんかな?
 すごいスピードで動いている四つの反応を見て思った。
 そんなことよりまずはゼルを見つけないと。
 PT登録しているゼルのHPゲージは僕の下に今も表示されている。
 少なくとも無事なのは間違いない。

 いた!

 ここから南東の方角にゼルの反応を確認。
 無事で安堵すると同時にゼルの近くに複数のPCの反応も確認した。
 改めて視界に表示されているゼルのHPゲージを目をやると、ゼルのHPが地味に減っていることに気がついた。
 
 これってまさか戦闘中!?

「ゼルの気がひとつ。ゼルの周りにいる気がひとつ…ふたつ…よっつ」

 一対四か。
 敵のHPは確認できないけどMAPを見た感じ、どうやらゼルは逃げ場のない袋小路に追い込まれているらしい。
 あんなアクロバティックな盗賊のゼルを追い込むほどの相手か…
 僕が囮になって敵を引きつけようと思っていたけど、これは先にゼルを助けに行かないといけない。

「オラが行くまで持ちこたえててくれよ…!」

 なんて呟いた僕は【心眼】を発動させた。

『ファントムのAGIが50%上昇しました!』
『ファントムのDEXが50%上昇しました!』

 AGI敏捷力が50%増しになった僕は全力全開のフルスロットルで走った。

「ハヤッ!?」
「ちょっ、待てコラァァァ!」
「そんな…アジ全振りのあたしが追いつけないなんて…!?」

 あっという間に振り切った僕は右の角を曲がり左の路地に入り「とうっ!」と塀の上によじ登ったりして追いかけるPCのから逃れた。
 そして周りにPCがいないことを確認した僕は【隠蔽】を発動。
 よし、これで僕の反応は消えた。完全に追手を撒いたと思う。
 我ながら素晴らしい逃げ足だ。
 現実リアルで絡んできたヤンキー達の魔の手から何度も逃げ出した俊足は仮想世界バーチャルでも健在だ。
 ていうか、こっちの方が全然速い(笑)
 バフかけたら余裕で金メダル取れるんじゃないかってくらいに速かった。
 今なら0○9といい勝負ができるかもしれない。
 いや、さすがにそれは無理か…www

 さて、隠蔽系のスキルは目の届く範囲にいると看破されたりする。
 こうして目の届く範囲まで離れて隠蔽系のスキルを使えば僕の気配、反応は消える。 
 PCを撒いた僕は視界に映るMAPを頼りにゼルの下へ向かうことにした。
 PCに見つからないようにしなきゃいけないから、最短で真っ直ぐ一直線にとはいかないだろうけど、できるだけ急いでゼルの下へ向かわないと。
 少し距離が遠い。
 僕は焦る心を落ち着かせながら歩を進めた。





「コイツ、強いな…」
「ホントにNPCっすか?」
「動きが読めない…パターン化されてないのか?」
「落ち着け!油断しなきゃ勝てる!このまま追いつめろ!」

 ゼルは両手に短剣を構えてPC四人PTと対峙していた。
 魔法戦士か魔法剣士四人のPT。
 ミスリル系の武器と防具を装備している。見た感じけっこう強化されていると見た。
 恐らく四人ともレベル三十には達しているだろう。

 ゼルは腰を落としていつでもすぐに動けるように身構えていた。
 油断のないその姿に隙など見当たらない。
 PCはそんなゼルを攻めあぐねているようだ。

「不用意に近づくなよ、遠距離から攻撃するんだ」

 愛の戦士が指示を出した。
 こいつがPTリーダーなのだろう。

「つーかファントムの野郎、どこでこんなNPC雇ったんだ?」
「ある意味チートっすよねぇ」
「無駄話すんな!詠唱開始ぃ!」
「はいはい…」
「わかったっすよぉ」

 愛の戦士の指示に渋々従い魔法の詠唱を開始しようとする三人。
 後ろが隙だらけっすよ。
 量産型テンプレ魔法戦士(剣士かな?)の四人の背後から僕は奇襲を仕掛けた。
 剣を手に駆け寄る僕。
 愛の戦士、黄金騎士、バラン、剣神の四人が後ろを振り向いた。
 気配を察したのかほぼ四人同時に振り向いた瞬間、それぞれが驚きの表情を浮かべた。

「ファン…」

 遅い。
 僕の剣が攻撃スキルのエフェクトが灯る。
 狙いはPTリーダーらしきPC。

【斬撃】

 赤いライトエフェクトを煌めかせて袈裟懸けに振り下ろされた剣は、愛の戦士を斬り裂いた。

「くっ…!」

 たたらを踏む愛の戦士。
 斬ったと思ったけど、思った以上に硬くて斬れなかったか。
 でも頭上に浮かぶ愛の戦士のHPゲージが減っている。
 ダメージは与えられたか。
 技後硬直に陥った僕は、ありったけの声で叫んだ。

「ゼル!!!」

 反撃しようとした愛の戦士は後ろを振り向いた。

 「まずい迎撃…」
「漆黒の闇よ、阻みし霧ととなれ【ブラックミスト】!」
「なっ!?」
「「「!?」」」

 辺りが真っ暗になった。
 視界が全く効かない霧が僕達を包み込んでいる。

「なんだこりゃ!?」
「暗闇効果か!?目薬させ!」
「はぁ!?違うだろ、コレは煙幕みたいな魔法だ。目薬は効かねえ!」
「おおぅ真っ暗っすねぇ」

 パニクる敵の中で硬直が解けた僕は次の行動に移る。
 僕の目には薄っすらとだが敵の姿というか、輪郭が見えていた。
 これは【心眼】の効果なのだろうか?それともPTには効果が薄いのだろうか?僕にはわからないけどこれは好機だ。
 誰かはわからないけど兜をしていないPCに向かって僕は剣を振り上げた。
 狙いを定めて剣を振り下ろす。

「っ!?」

 ぼんやりと見える相手のHPゲージが大幅に減少した。
 致命傷、クリティカルか?
 霧がおさまっていくのを感じた僕は追撃をせずに後退。

「クソが…!やりやがったなテメー!」

 頭をおさえて僕を睨みつける黄金騎士。
 どうでもいいけど黄金騎士ならキンキラキンに輝く狼の兜くらい装備しときなよ。
 兜でも装備してればそこまでダメージ受けなかったと思う僕。
 あれ?脳天直撃で剣が食い込んだ手応えがあったのに死ななかった。
 黄金騎士のHPは半分くらい減っているだけ。
 頭って致命傷箇所じゃなかったっけ?と首を傾げる僕。
 
「兄貴、ご無事でしたか!」

 ゼルが僕の隣にやってきた。

「うん。ごめんねゼル」

 短い間だったけどすぐに再会できて良かった。
 あとは………

「この人達をどうにかして

 僕は愛の戦士に視線を向けた。
 どこかで見たことがあると思ったら、この人は幻想大陸解放隊だ。
 前に僕がいたギルド…頭上に浮かぶネームとHPゲージをよく見てみると、ネームの左端にギルドタグが付いている。
 あのマークは間違いないし、僕は愛の戦士このひとを知ってる。
 さすがに顔はもう覚えていないけど、愛の戦士とかいう名前には聞き覚えがあった。
 他の三人は見覚えないし名前も知らないけど、同じギルドタグを付けているところをみると僕が辞めたあとに加入したPCだろう…多分。
 
「なんだ、オレらとやろうっていうのか」
「大した自信っすねぇ、この人そんなに上手いんすか?」
「いや、ギルマスはかってたけど大して強くねーよ」
「いつもビクついてるくせに余計なことして周りに迷惑かける地雷だってオレは聞いたけど」
「ああ、ゴブリン事件のことだろ?」
「うちらのギルメンPKして牢獄入ったけど脱獄したクソだろ?さっさと制裁くわえよーぜ」

 好き勝手言ってくれちゃってまあ………:-<

 僕は剣を正眼に構えた。
 コイツらっていうか、このギルドにはいい加減ムカついてきた。
 ほっとけばいいのにこうして絡んでくる。
 いくら平和主義な僕でもキレるよ?

「お、なんだその目は?」
「かかってきてもいいんすよぉ」
「逃げようとしても無駄だかんな」
「つーか4対2で勝てると思ってんのかね」

 愛の戦士達がそれぞれの得物を構えた。
 一触触発って感じだけど、向こうはこちらを舐めている感じだ。
 ていうか黄金騎士はHPを回復するそぶりすらしていない。
 バカなのかなこの人…?
 まあ、このまままともにやりあっても勝ち目は薄いのは事実。
 なら、僕らが勝てるように立ち回ればいいだけのこと。
 視界の片隅に映る周囲のMAPを見つつ僕は隣のゼルに囁いた。

「僕が……なるから、ゼルは……で……して、さっきみたいに……………して」
「はい、はい、了解しました兄貴」
「おいおい、なにぶつくさ言ってんだよ」
「逃げる相談か?」

 なにかわめいている愛の戦士達を無視して僕とゼルはそれぞれの得物を構えた。
 作戦は伝えた。あとは実行に移すのみ。
 ていうかうまくいくか微妙…ぶっちゃけゼルの力量に丸投げだ。
 まあ、倒すのが無理なら逃げればいいか。倒せれば儲けものみたいな軽い気持ちでいこう。

「そこまでです!」

 あ、来た…!
 MAPを見てて来るのはわかっていた僕は笑みを浮かべた。
 ゼルも彼女の登場に「またかよ…」と苦笑を浮かべていた。

「ファントムさん!お願いですから投降してください!」

 マリアさんの乱入。
 ていうかこの先なにかあるとマリアさんが出てきてきそうな気がする(苦笑)
 これがパターン化されるような状況は避けたいな…と思いながら僕は早速この状況を利用することにした。

「ゼルいくよ!」
「了解です兄貴!」

 僕らはゼルを先頭に駆け出した。



 





 

 
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