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第3章 ソロプレイヤー

第五十九話

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 ようやくアイゼン村に帰ってきた…。
 時刻はもうとっくに陽が落ちた午後六時を過ぎたところ。
 もうクタクタだ…。
 今日はもう落ちようかなって思うくらい疲れた…。
 でも、夕飯まであと一時間くらいある。
 最後に鍛治屋に行くとするか。
 鍛治屋は雑貨屋の中にあったから僕らはそこへ向かうことにした。


 ここの雑貨屋はポーションとかの回復アイテムやランプとかツルハシなどの冒険に必要なモノが置いてある。
 ドキドキしながら店に入りキョロキョロ店内を見回すと僕らの他にPCはいなかった。
 NPCはともかくPCを見かけてしまうといつもの人見知りビョーキが起きてしまう。
 見た感じPCはいない。そのことにほっと胸をなでおろす僕。
 高まりつつあった心拍数が治っていくのを感じていた。
 塀の中でNPCと一緒にいたせいなのか今ならアイコンを見なくてもPCとNPCの区別がはっきりとわかる気がする。
 そんなどうでもいいことを考えながら僕はカウンターに座るドワーフのおじさんのもとへ向かった。

「へいらっしゃい」
「すみません、インゴット作ってほしいんですけど」
「はいよ。モノを出してくれるかい?」

 カウンターにメニュー画面のような大きさのウインドウが現れた。

『地金にする素材アイテムを転送してください』

 僕はメニューを開きアイテム欄から【鉄鉱石】を探すと

「あ、二人とも一緒にやるから採った鉄鉱石僕に送って」
「了解です兄貴」
「…了解」

 ゼルとヴァイスもメニューを出した。
 
『パーティーメンバーのゼルから【鉄鉱石】48個が送られてきました』
『受け取りますか?』
『yes』
『no』
 
 僕は【yes】をタップした。
 ゼルのと合わせて七十四個。
 上限九十九だから………

「ごめんヴァイス。25個送ってくれる?」
「…了解」

 ヴァイスから送られてきた【鉄鉱石】を受け取ると、これで上限いっぱいになった。
 僕は九十九個の【鉄鉱石】をカウンターというかドワーフの店員に送る。

「はいよ。鉄鉱石99個で間違いないな?」
「はい」
「しめて49500Gだ」
「ええっ!?」

『所持金が足りません』

 僕が叫ぶとほぼ同時にシステムメッセージが流れた。
 高っ!
 そういえば値段見てなかったよ。
 なに?ひとつ五百Gくらいかかるの!?
 今の所持金は五千Gくらいしかないし全然足りない…!

「ごめん。二人とも今いくらもってる?」
「自分は10000Gあります」
「……3259G」

 三人合わせても一万八千くらいか…。
 無理じゃん:-(
 全財産使っても三十六個しか作れない。
 それだけじゃ足りないよ………:-/

「金がないなら請負えないな」
「ですよね~………」

 非情な宣告を受けた僕はがっくりと肩を落とした。

「あ、えっと…兄貴、元気出してください」
「…ドンマイ」

 ゼルとヴァイスに慰められてしまった…。
 ああ、情けない…。

「まあその、なんだ、すまないな。こっちも商売だからよ。金ができたらまた来いよ」

 ドワーフのおじさんにまで慰められてしまった…。
 その日は泣く泣く宿に戻り一旦解散することにした。
 部屋のベッドにダイブした僕は顔を枕に埋める。
 
(金貯めないとなぁ…。とりあえず明日はアトラス戻ってクエスト完了の報告しとこう)

 偶然発生した特殊連続クエストのひとつをようやくクリアできる。
 
(どうせダマスカスの納品だろうな)

 武器のランク的にまず間違いないだろう。
 冒険者のランクも似たようなものだし。
 僕は仰向けになって手を頭の後ろに組んだ。
 シミひとつない天井を見つめながら考えに耽る。

(確かダマスカスは、鉄鉱石とドワーフの木炭、セレスティアの木の葉を合わせて作るんだっけ。鉄鉱石はある。ドワーフの木炭はこの村の雑貨屋に売ってたし、セレスティアの木の葉ってどこにあるんだ?)

 塀の中で後期の作業のとき、担当看守が素材を持ってきてたから材料はわかる。
 それらを溶鉱炉に入れたら【ダマスカス鋼】が作成できる。
 それで【ウーツブレード】とか【ダマスカスメイル】とか腐るほど作ったしね。
 でもどこで手に入るかはよくわからない。

「はぁ、探さないとな…っとその前に達成報告しに行くか」

 とりあえずまたインしたらにしようと僕は右手をかざしメニューを呼び出した。
 うん?なんかメールきてる。
 受信BOXを開いてみると、差出人はドンペリキング………。
 もうこれ以上関わりたくない僕はメールを開けずにそのまま削除してブロックした。
 そしてそのまま落ちることにした。





 サイド:佐藤直美


「どうパパ、美味しい?」
「うん美味しいよママ♡相変わらずママの料理は美味しいね♪」

 結婚してもう何十年も経つのにこのいちゃつきっぷり。
 いい加減慣れたけど、目の前でいちゃつきながら食べて食卓に甘ったるい空気を垂れ流しにするのはやめてほしい…。
 あたしは無言で里芋の煮っころがしに箸をつける。
 うん!美味しい!
 まあでも…お母さんの料理はガチで美味いからお父さんがベタ惚れするのはしょうがないと思う。
 あたしは横目で隣の席に目をやる。
 兄貴がごはんをかっこんで食べていた。
 
「ごちそうさまでした」

 そう呟いて席を立つ兄貴。
 
(そんなに急いで食べなくてもよくない?)

 アトランティスとかゆうゲームが発売されてから兄貴はずっとゲームをやり続けている。
 さっさと食事をすませてログインする気なんだと思う。
 この前兄貴は胃潰瘍で入院していた。
 ゲームばっかの不摂生な生活と精神的なストレスで胃に穴が空いたって聞いたそれ以降、お母さんは毎日食事を作るようになった。
 それ以前はあたし達がもう高校生だし大きいからとかいう理由で仕事帰りのお父さんとデート三昧する日々を送ってた。
 放任主義にも程があると思うけど、あたし的には気が楽だったし別に気にも止めていなかった。
 兄貴の作るごはんは美味しかったからというのもあったし。
 そ、それはともかく、兄貴が入院したおかげで毎日美味しいごはんにありつけるのは普通に嬉しいけど、もうちょっと兄貴のことを気にかけてほしいかなって思う。
 ホントならゲームは控えろとかちゃんと高校に行けとか厳しく言ってほしい。
 でも両親もゲーム好きで強くはいえないみたいだし、高校もイジメが原因で行かなくなったから、あまり行け行けと言いづらいみたい。
 兄貴は一応、テストの日は登校してるみたいで成績も普通にいいみたい。
 ゲームばっかしてるのに「落ちて暇な時に勉強してる」ってだけで普通に赤点回避できる兄貴が憎らしい…!
 真面目に高校行けばもっと成績とれると思うとすごいもったいないって思う。
 それもこれも兄貴をイジメたアイツらが悪い!
 兄貴はイジメられてないってウソつくしアイツらも兄貴が大人しいからって調子にのってるしマジムカつくんですけど。

 つうか兄貴が入院してる時にアトランティスやってみたんだけど、兄貴の所属してるギルド?とかいうとこでも兄貴はイジメられてた。
 友達の美穂もこのゲームやっててインスタとかにあげたり、話を聞いたしたりしてるうちにあたしも少し興味が湧いて、兄貴のアカウントでゲームをやってみた。
 ガチですごかった…。
 ゲームの世界にホントに入った感じがした。
 VRってすごい!
 あたしは物珍しさが先立って兄貴のアバターで街を練り歩いていた。
 なんか自分の意思で動くけど自分の身体じゃない感じがなんか気持ち悪くて、かなり違和感を感じていたけどチョー面白かった。
 あたしは知らない外国を観光してる気分になってた。
そんな時ドンペリキングとmasatoとかいうチャラいヤツに会った。
 あたしを兄貴だと思ったのか馴れ馴れしく近づいてきて、なんか取ってこいってパシられた。
 その時のあたしはなに言ってるのかわからなかったし、相手の舐めきった態度にムカついて拒否ったら、相手が文句を言ってきた。
 あの時ことを思い出しただけでムカついてしょうがなくなる…!
 あたしのを言われた瞬間、気付いたら殴ってた。
 なんか殴ったヤツの上の浮かぶゲージが減って、あたしの視界に警告する表示とアラームみたいな音が聞こえた。
 視界が塞がれて見づらかったけどあたしは相手の胸ぐらを掴んで何度も何度も顔めがけて殴り続けていた。
 そしたら警察みたいな人が来て、牢屋に入れられてしまった。
 まずったと思ったあたしはそのままログアウトしてしまった。
 
 次の日、お母さんに入院してる兄貴の部屋を聞いて謝って速攻で帰った。
 久し振りに兄貴に悪いと思ったし、あんなにキレた兄貴を見たのは久し振りだった。
 まあ、謝ったしすぐに機嫌直ると思ったあたしはそのまま忘れてしまった。
 ある日、美穂にそのことを面白おかしく話した時にあたしがしたことの意味を知ってしまうまでは。
 アトランティスっていうゲームは現実と同じような罰を受けるみたい。
 暴力事件を犯したプレイヤーは強制的に牢獄って場所で懲役刑に服することになって、課金しないと早く出てこれないと聞いた。
 兄貴は何も言わずに相変わらずゲームの世界に引きこもる生活を送っていた。
 今ならあの世界に引きこもる気持ちは少しだけだけどわかる気がする。
 バイト辞めたからお金なさそうだけど、出てこれたのかな?って少しだけ心配していた。
 聞きたいけど聞けない日々を過ごしたあたしは美穂に訊ねたり色々ネット調べたりしてみた。
 結局わかったことは兄貴は牢獄から出ていないことしかわからなかった。
 あとゴブリンをトレインしたMPKで一部のプレイヤーの間で有名だって聞いたけど、あまりいい印象じゃないみたいだった。

 たしかパクられたとき懲役一年六ヶ月って言ってたのを思い出したあたしは、お詫びを兼ねてバイトすることにした。
 お母さんにバイトすると言ったら「じゃあママが紹介してあげる♪」って紹介された仕事がモデルだった。
 ファミレスかコンビニでバイトを考えてたあたしはお母さんと違ってそういうの好きじゃなかったし、ぶっちゃけ気乗りがしなかったけど「ナオちゃんならすぐに稼げるよ☆」って半ば無理矢理にお母さんが勤めてた事務所に連れてこられた。
 お母さんのマネージャーをやってた柏木っておじさんが「君は売れるよ!」とこっちが引くくらいの勢いで詰め寄ってきたとき思わず殴りそうになった。
 
 お母さんと柏木さんの勢いに押されてモデルのバイトを始めることになったあたしは、兄貴のために我慢することにした。
 最初は普通に色んな服を着て撮影してたけど、そのうちお母さんも混じってメイド服とか巫女服とか水着とか意味不明な衣装を着た撮影になってきた。
 見た目二十歳半ばにしか見えないお母さんの姿はとてもになってたのを覚えてる。
 いつの間にかお母さんに流されて同じを着て撮影する羽目になっていた。

『伝説のレイヤー☆母娘共演!』

 そういう見出しの特集が雑誌に載ったとき、あたしは死にたくなったけど…。
 高校では知らないキモヲタに「写真撮っても良いでありますか?」とか話しかけられたりサインを頼まれたりした。
 生理的にキモくてつい蹴っ飛ばしてしまったけど「もっと蹴ってください!」とか「ご褒美あざーっす!」と言われたとき、あたしは怖くて逃げ出してしまった。
 幸いなことに兄貴がそれを目にしてないのが救いだった。
 
 そんな苦労をしたおかげで初めての給料日で通帳を見たときちょっと多くてビックリした。
 ようやく兄貴にお詫びができたあたしは速攻でバイトを辞めた。
 お母さんは快く快諾してくれたけど柏木さんがゴネて大変だった。
「いつでも連絡してきてね」と言われたけど、もうやらないっつーの。
 
「他にできたし」

 食べ終わったあたしは箸を置いて

「ごちそうさまでした。部屋戻るね」
「はーい。お粗末様でした☆はいパパ、あ~ん♡」
「あーん…っ!美味い!!!美味しすぎるよママ♡」

 食べさせあいっこしている両親を置いといて、あたしは席を立った。
 スマホを取り出したあたしは美穂にメールを送る。
 あたしは歩きスマホをしながら自分の部屋へ戻っていった。
 
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