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第1章 ギルド入会

第二十二話

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 ギルドを旗揚げしたい場合は冒険者組合に行き登録申請をする。
 というわけで、僕達は登録も兼ねてクエストを受けに南西の区画【管理区】にある冒険者組合に向かうことにした。

「そういえば名前のおかしいPCほど強い人多いですよね…」

 朝の満員電車に匹敵する馬車に乗り込んだ僕は、押し潰されそうな圧迫感に耐えながらそんなことを呟いた。
 周りのPC乗客の頭上に浮かんでいる名前を見ていたらふと思ったのだ。
 この人は強そうな名前だ。この人は美味そうな名前だとか。

「なるほど。そう言われてみるとそういうプレイヤーに心当たりが…」

 突然そんなことを言った僕に、隣にいるアーノルドさんは涼し気な表情と声で同意してくれた。
 ていうか、アーノルドさんこの密集状態の中でも平然としている…!
 なんだこのアーノルドさんの余裕は!?
 僕は痴漢だと勘違いされたくなくて両手を上げてバンザイしてるのに、アーノルドさんは腕を組んで平気な顔だ。
 明らかにこういう状況を受け入れ慣れ親しんだ末、悟りの境地を開いた修験者のオーラを醸し出している!
 中学の頃、満員電車をイヤで避け続けて遅刻していた僕とは年季が違いすぎる…。
 さすがですアーノルドさん!

「シャブ田キメ郎さん。妊娠機関さん……あと何人か思い浮かびましたけど、どれも下ネタが入った規制ギリギリの際どい名前なので口にするのも憚れますね」

 前のゲームのギルドで一緒だったPCの名を口にするアーノルドさん。
 話に乗ってきてくれたことが嬉しくて僕は話を続けた。

「あと普通にローマ字読みの名前とか、シンプルな名前も上手い人多いってイメージありますよね。daiとかkenとか」
「ああわかります。そういう名前の人って一緒にプレイして安心できる優秀なプレイヤーが多い気がします」
「あと文章系のセンスある名前のPCはリア充多いですよね。そういうヤツはプレイ中に「リア充は爆発だああ!」って襲いかかって即PKしたり」

 ゲームの中までリア充な思いはさせん!そういうヤツらは現実リアルの中だけにしとけよクソが…!
 
「ごめんファントムさん…。それはちょっと同意しかねます…」
「ええー!?PKしたあとに「左クリックで弾出るよ。知らないの?」とか「雑魚すぎwww無能www」とか言って普通煽るじゃないですか?」
「しませんよ…。病んでますねファントムさん…(苦笑)」
「やだなあ安心してくださいアーノルドさん。そういうのはPK推奨のFPSでしかやってないですから」
「そういう問題じゃないような…」

 冒険者組合に着くまでの間、狭苦しい馬車の中で僕はアーノルドさんとの雑談を楽しんでいた。





 冒険者組合に着くとここもPCで溢れていた。
 クエストが張られているボードには大勢のPCが集まってクエストを見ていた。
 三つの受付カウンターは出入り口付近までPC達が並んでいた。

「混んでますね」
「二階も受付ありますから二階も見て見ましょう」
「あ、はい」

  僕らは左にある階段のほうへ歩き始めた。
  行列の横を通って階段へのぼると、二階も予想通り混んでいた。
 一階と同じ間取り、同じ配置、似たような冒険者PCの行列。
 うーん…これはストレスだな。ていうかクエスト受けるのになんで並ばなきゃいけないの?メニューでポチ。はい受注。みたいなのないの?

「仕方ありませんね…。ファントムさんとりあえず並びましょうか?」
「そうですね…並びますか」

 そう言って僕らは一番行列が少なそうな左側の列に並んだ。
 10分後。
 遅々として進まない…。いい加減イライラしてきた。
 これは要改善だろ?運営にクレーム入れてやる。
 ていうかPCにも問題がある。
 こんだけ混んでるんだから周りの人のことも考えて手早くクエ受けろよ。
 まだ初日でみんな低ランクなんだし、選り好みとかしてんなよ。
 普通に受付嬢のお姉さんに任せておけばいいと思う。
 あれはヤダこれもヤダとか子供か?効率よく回りたいんだろうけど逆に悪いから。
 並んでいる間、そんなようなことをアーノルドさんに愚痴る僕。
 アーノルドさんは僕の愚痴をイヤな顔ひとつせず聞き役に徹してくれていた。
 
「なんかすみません…。なんか愚痴っちゃって…」
「いえ、気にしないでください。それにしても進みませんね…」

 アーノルドさんはカウンターの方に視線を向けた。
 たしかにさっきから進んでいない気がする。
 他の列は少しずつだけど進んでいるのに、こちらは一ミリも進んでない気が…。
 僕もカウンターの方に視線を向けてみた。

「それでさー、こうゴブリンの攻撃をかわしたわけ。神回避だよ俺すごくね?」
「そうですね(微笑)」
「わかる?わかっちゃう俺のすごさ?まあ受付嬢やってるんだからわかるよね。俺のこの達人的なオーラ。リアルでもチャンバラやってたし、ネトゲでも【剣聖】やってたから剣は超得意なんだよ。こうゴブリンを一刀両断的な(ドヤ顔)」
「そうですね(微笑)」
「まあ俺にかかればこんなクエ余裕っしょ」
「そうですね(微笑)」
「で、アリサは仕事何時であがるの?終わったら飲み行こうよ?」
「そうですね(微笑)」
「えっ!マジで!やったー!」

 ………受付嬢のお姉さんを口説いてるPCがいた。

「な、なんすかあの人…」
「受付嬢がいいともの客になっていましたね…」
「?いいともってなんですか?」
「ああ、ファントムさんの年代には分かりづらい比喩でしたね。そこは気にしないでください」
「はあ…?(気になる。いいともってなんだ?)それにしてもなんか受付嬢の受け答えがですね。このゲームのNPCって表情とか受け答えとかもっとしっかりしてたじゃないですか?」

 本当の人間かと思ってしまうくらいリアルなNPCなのに、口説かれてる受付嬢のお姉さんの表情は固く受け答えも「そうですね」としか言っていなかった。

「まあ…彼女の気持ちはわかる気がしますが…」

 そう呟いて苦笑いを浮かべるアーノルドさん。
 そうこうしているうちに受付嬢のお姉さんを口説いていたPCがカウンターから離れた。
「それじゃあとでねー!」とか言って、受付嬢のお姉さんに手を振ってる。
 対する受付嬢のお姉さんはガン無視で次のPCに眩しい笑顔で対応していた。
 受付嬢を口説いていたPCバカがこちらに歩いてきた。
 僕はさっと目を逸らし、通り過ぎるのを待つ。
 強張る身体。速まる鼓動。視線をよそに固定したままバカが通り過ぎるのを待っていたんだけど………

「あれ?あれあれあれ?」

 何故か僕を見るなりこちらへ近づいてきた。
 ええー!?なんで?どうして?僕なにもしてないよ!?
 フリーズしていた僕の肩に手を置いたPCバカ

「ねえねえ、もしかしてだけどさきみ【TB】のファントム?」

 前やってたゲームのギルドの名前を言われた僕は、びっくりして思わずPCバカを見てしまった。
 金髪のイケメン。チャラい雰囲気を醸し出していて、ニヤニヤ笑みを浮かべているその表情が、イケメン顔を台無しにしていた。
 頭上に浮かぶHPゲージの上には【ドンペリキング】という名前。  
 誰?某RPGのモンス兼召喚獣?
 ていうかこんなヤツ僕知らないんですけど???

「そうですけど、どちら様ですか?」
「おっマジでー!?当たっちゃったよさすが俺!そのキョドッた態度と名前でピンときちゃった俺すげー(ドヤ顔)つか俺のこと忘れちゃったのか?俺だよ俺俺」

 昔からあるなんとか詐欺系の常套句を言いながら、僕の肩に手を回した。
 なにこの人?馴れ馴れしすぎる…。そして何気に失礼だ。

 「【TB】でギルマスやってる【ホスト王に俺はなる!】だよ」
「ええー!?」
 
 まさかの人物の登場に僕は驚きの声をあげるのであった………。
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