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17 一歩ずつ(終)

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 一応付き合うようになってから、陸はまた放課後は放送室で過ごすことが増えた。陸は、真広が放送担当の日は必ず放送室に来てくれる。とはわかっていても今日は特に、陸が放送室に来てくれてよかったと心底思った。
 デートの一件があっても陸の態度は変わらなくて安心した。ただ、あれ以来キスをしたりそういうことはしていない。

「真広、おつかれ」
「おつかれー」

 今日も放送室からグラウンドを眺めていたことは秘密だ。
 陸が来るまでになんて伝えようかとずっと考えていた。そして陸が放送室に現われた瞬間、鼓動が跳ね上がった。

「あれ、これなんだろ」
「ん?」
 陸の手には水玉模様のシュシュがあった。見慣れないものだけど、持ち主はすぐにわかった。
「あー……昼の忘れもんだ。返しとく」
 陸から受け取ってカバンの中に入れる。連絡先は知らないので明日にでも藍香のクラスに返しに行くしかなさそうだ。

「……誰か来たの?」
「え? あ、ああまあ」
「あの子? 大山さんだっけ」
 陸の口から彼女の名前を聞いただけで動揺する。藍香のことがきっかけで陸とこじれたことを思い出す。
「名前知ってるんだ」
「うん。調べた」
 堂々とした態度だ。どうして調べる必要があったのかなんとなく怖くて聞けない。
「大山さんと昼にここでなんかしたの?」
「話しただけ」

 陸の口調が怖くて、何か悪いことをしているようで目をそらした。陸の声のトーンが徐々に低くなっていくのがわかったので言い訳をしたほうがいいのかと考えをめぐらせる。

「まだあの子と話すことあるんだ」
「たまたまだよ」
 まさか陸とのことを相談していたとは言えない。だからこそなんて言い訳をすればいいかわからない。陸は明らかに嫌がっている。
「真広は俺が好きなのに大山さんと二人きりになったりするんだな」
 言い方にトゲがある。真広がどんな気持ちでいるのか当然のことながら陸は知らない。
「大山には相談に乗ってもらったんだよ」
「なんの相談? 俺には話せないこと?」
「話せるわけない。だって陸のことなんだから」
「俺のこと? なに?」
 質問攻めに呼吸が苦しくなってくる。自分ばかりどうして。陸だって。

「……陸だって、合コン行くんだろ」
「あー聞こえてた? まあね、断れなくてさ」
 平然と言い放つ陸には余裕を感じられて、悔しくなった。
「……行かないでよ」
 小さな声が震える。
「……ん? なんか言った?」
 陸はわかっているのかいないのか、聞き返してくる。真広は唇を噛んだ。

「ご、合コンなんか行くなって言ったんだよっ!」
 真広は息を荒く声を上げた。こんな言い方をするつもりはなかったのに。真広を煽ったのは陸だ。

「ふ」
「なに笑ってんだよ!」
「ごめん、うれしくて」
 笑っているのに陸の瞳からはきれいな涙が流れていた。
「でも泣いてるじゃん」
「真広だって」
「え、うわ」
 自分の頬にふれてみると、びしょ濡れだった。いつから泣いていたのかも自分ではわからない。それほど興奮していた。

「なんかもう心んなかぐちゃぐちゃだ……」
 陸の涙を見たら、次々と涙が溢れ始めた。手で拭っても拭っても溢れて止まらない。陸の顔も涙で滲んでよく見えない。
「真広っ」
 陸に引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられた。陸の着ている制服のシャツに涙がついてしまうのに強い力なので身体を離すことができない。

「俺は真広を苦しめてんのかな」
「違う。オレが勝手に……」

 陸の胸の中で首を振った。陸はずっと真広に対して全力で向かってきてくれているのに真広がそれに追いついていけてないだけだ。

「真広の気持ち、教えて。どんなのでも受け止めるから」
 陸の腕の力がぐっと強くなると同時に、優しい声が落ちてくる。
「……陸のことが、好きだ」
「よかった。俺も好きだよ」
 その言葉に安心し、真広は鼻を一度すすり息を飲んだ。

「ずっと片思いだと思ってたから、陸もオレのことす、好きって言ってくれて気持ちが追いついてない。キスとかも、うれしいのに、恥ずかしくて、どうしたらいいかわかんね……」
 涙が流れ続けているせいで途切れ途切れの言葉だ。本音を伝えているだけなのにどうして涙が止まらないんだろう。
「うん。恥ずかしがってる真広も好きだよ」
 真広は陸の背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめ返した。
「陸のことは好きだから、一緒にいてほしい。合コンだって行ってほしくない。……でもごめん。オレ慣れてないから、ゆっくり進みたい」

 これが真広の気持ちだった。
 告白をしたら胸がすっと落ち着いてくる。同時に涙が引っ込み始めた。背中を撫でる陸の手があたたかくて気持ちがいい。

「うん。そうしよう。俺こそごめん。うれしくて浮かれすぎた」
 首を横に振ると、陸の手がゆっくり真広の身体を離した。見上げた陸の頬は濡れていた。見つめ合って、同時に吹き出す。

「二人ともぐちゃぐちゃだ」
 二人とも泣き虫になってしまった。情けなくて笑うしかない。
 しばらく笑い合ったあと陸の瞳が愛おしげに細められる。
 陸の手が真広の頬を撫でゆっくり近づいてくる。キスだ、と思った時には手が動いていた。

「ま、待て」
 真広は二人の顔の間に手を差し込み、キスを制止する。
「嫌だった?」
 陸が切なげに眉を寄せるので真広は慌てて首を振った。

「そうじゃなくて……オレからキスしてみてもいいか?」
「え……うれしいけど、無理しなくてもいいからな」

 真広は緊張気味に硬い顔で頷いた。陸を傷つけたことがずっと気になっていた。すべてをさらけ出した今なら出来る気がした。

「する。したい」
「ありがと。じゃあお願いします」

 陸がわずかに腰を折って目を閉じてくれた。チャンスだと思って陸の顔をまじまじ見ると、整っていてかっこよすぎる。一瞬見とれてしまい、我に返った。キスをするぞ、と意気込むと緊張感が増す。形の良い唇に視線を向けるが鼓動は速度を増すばかりだ。深く考えてしまうといつまでたっても出来そうにない。
 覚悟を決めて手をぎゅっと握る。背伸びをして、陸の唇めがけて顔を近づけた。

「ん!」
 唇がふれたはいいが、体当たりのようになってしまって痛みを感じた。
「……いて」
 目を開けた陸が唇を手で押さえる。
「はは……ごめん」
 思い切ってみたはいいが結局うまくいかなかった。気持ちが勝手に沈んでいく。
「そんな顔するなよ。慣れてない真広が好きなんだから」
 陸の手が真広の頬を撫で、唇をなぞる。

「真広とやっと本当の両思いになれた気がする」
 陸が笑いながら泣いた。真広も、泣きながら笑った。
 真広もまさに同じ気持ちだ。

「少しずつ、俺たちらしく進もう」

 陸の優しい笑顔につられるように真広は微笑み頷いた。すると、優しく唇が重なった。自分がするよりも器用で優しいキスだ。
 甘い至福感で満たされていく。
 泣いた顔でも怒った顔でもない、陸の笑顔をずっと見ていたい。そのために今まで意地を張っていた分、少しずつでも素直に自分の気持ちを陸に伝えていきたい。

 二人で手を取り合って一歩ずつ前へ進むために。




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