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15 一方通行

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 空が暗くなり始めていて、真広はほっとした。
 手をつないでいるのが見えづらいからだ。手を繋いだまま駅から十分ほど歩いただろうか。見慣れない町並みをキョロキョロしつつ陸について行った先には、洒落たレストランがあった。店内が外から見えてカジュアルな雰囲気はありつつも、レンガ造りで間接照明の温かい雰囲気の良い店だ。真広はこんな店入ったことがない。

「……ここ? 高いんじゃねえの?」
「大丈夫だって。いつものファミレスよりは少しするくらいだから」
 店先にはメニュー黒板がある。聞いたことのない料理名やカクテルの名前がオススメとして書かれていた。
「酒もある店じゃん」
「飲むわけないだろ。酒ならファミレスにだってあるし」
「それはそうか……」

 店に入る時、陸の手が離れて行った。さすがに狭い空間では手を繋いでいるのは目立つだろうからほっとした。
「予約している前田です」
 陸は今日最初からずっと真広をリードしてくれている。真広がキョロキョロしているなか堂々と店員と話すその姿には目を見張った。泣き虫になった陸を引っ張っていたのは自分だと思っていたからだ。陸が急に大人に見えて、遠い存在にすら感じる。
 個室に案内されるとそこにはアンティーク調のテーブルにイスが向かい合って配置されていた。周りの目が気にならない個室は安心して過ごすことができそうだ。外観のイメージとそのままの内装で、慣れない空間なのになぜか落ち着く。

「いい店だな」
「だよね。すっごい調べた」
 カフェといい、今日のことをそんなに考えてくれていたのか。真広はただ『デート』という響きに緊張していただけなのに。

「なに食べたい?」
「ええと……」

 メニューを見ても何がいいのかよくわからない。パスタやピザがあるくらいだからきっとイタリアンレストランなのだろう。よく行く格安のイタリアンのファミレスと似たようなメニューがあるだけでほっとする。
「陸は?」
 困った結果、陸に助けを求めた。
「うーん……じゃあサラダとパスタとピザとステーキ一緒に食べようよ」
「そんなに? オレ金大丈夫かな」
 ちょっと高いくらいと言っていたのにいつものファミレスの三倍くらいの値段だ。バイトもしていない真広にとっては財布がキツイ。

「俺が出すから心配しないで」
「え、さすがにこんな店奢ってもらえないって」
「だめ。俺が店決めたんだし。かっこつけさせてよ」

 真広は呆然と正面の男を見つめる。
 陸が陸じゃない。今までの陸だったら言わないセリフに戸惑う。陸にじっと見つめられ、目をそらしたいのになぜか目を離せない。笑って誤魔化す隙もなかった。

「失礼いたします。ご注文はお決まりでしょうか?」
 おかしな雰囲気が店員の声によって助けられた。
 陸が料理を注文してくれた。飲み物はもちろんソフトドリンク。
少し待ってテーブルの上に次々と並べられていく料理を見てテンションが上がった。

「すごいうまそう」
「ほんと。はやく食べようよ」

 真広と同じく陸も興奮気味だ。普段と違う食事はこんなに心を躍らせてくれるのか。個室のおかげか、素直な反応をすることができる。
「うま」
 ただのシーザーサラダでさえ美味しくて声が洩れる。新鮮なレタスのシャキシャキ感とコクのあるドレッシングが絶妙に合ってあっという間に大皿のサラダがなくなっていた。大皿に乗ったパスタもピザもステーキも食べるのが楽しみで喉が鳴る。
「こんなにうまいの初めて食べた」
 きらきらした目で陸を見ると、陸も同じような瞳で頷いた。

「俺も感動してる。また二人で来ようよ」
「……お、おう」

 金額的に躊躇ってしまうが、絶対にまた食べたい気持ちはあるので曖昧に頷いていた。
 出された料理すべてが感動的に美味しくて、明日からまたいつもの食生活に戻るのが怖かった。ファミレスやファストフードも大好きだが、どうしても味を比較してしまいそうだ。
 二人は時間をかけて、普段とはまったく違う食事を思う存分堪能した。量的にあいにく腹は満たされなかったが、心は満たされ、大満足だ。

「すごいうまかったなあー。でも興奮して最初のほう味がわかんなかった」
「俺も」
 店の外に出ると、空には星がちらほらと舞っている。時間を確認すると8時を過ぎていた。

「でもほんとに大丈夫か? 陸もバイトしてないだろ」
「うん。こういう時のために貯めておいたから。逆に使えるチャンスがあってよかった」

 胸がぎゅっと締め付けられる。
 陸はいったいいつからこういうことを考えていたんだろう。真広が、陸が好きだと苦しんでいる間にも陸は先のことを考えていたのだろうか。真広には想像できなかったことで驚くばかりだ。
 駅までゆっくり歩いて、電車に乗る。さすがに帰りは家まで一緒みたいだ。

「公園寄ってから帰ろうよ」
「んー」

 陸と遊んでいたら時間はあっという間だ。家に帰るのが9時過ぎるのは茶飯事なので親も不思議には思わないだろう。二人は家の近所の公園に寄ることにした。都会から地元へ帰ってきた感が真広をほっとさせる。
 ベンチに座ると、真広は財布だけを持って立ち上がった。自販機でコーラを二本買う。

「これ、奢ってくれたお礼。こんなもんで悪いけど」
「……ありがと」
 プシュ、と小気味良い音をさせてフタを開け、陸はさっそくごくごくと飲んだ。真広も続けて飲み下す。レストランでも水分は取ったし喉は渇いていないはずなのに、喉が欲していたのか一気に三分の一飲んでしまった。
「あー落ち着く味」
 陸も緊張していたのだろう。深く息を吐いた。

「今日はありがとな」
 陸がやわらかい笑顔で真広を見つめる。
「……こっちこそ」

 いつもと違う雰囲気になんだかむずがゆくなる。お礼を言わなければいけないのは真広のほうだ。すべてリードしてくれて、すべて奢ってくれて、真広は何も返せていない。陸のように格好良いこともできていないし、いつもみたいに一日中を純粋に楽しむことはできなかった。

「真広、ひとつお願いがあるんだけど」
 これだけいろいろしてもらったのだから陸の願いを叶えたい気持ちがあった。そのひとつで今日のことを挽回できるのなら。
「お願いってなに」
 そっと真広の手に陸の手が重なる。鼓動が鳴り動揺しつつも見つめてくる陸から目を離せない。

「真広からキスしてほしい」
「はぁ!?」
 想定していなかったお願いに、真広は素っ頓狂な声を上げる。

「だって、俺からしかしたことないだろ。真広からもされてみたい」
「それは、そうだけど」

 できれば叶えたいと思っていた陸の願いを、叶えてあげられそうにない。それほど真広にはハードルが高いことだった。つい先日初めてのキスをしたばかりなのだ。人にキスをするなんて、羞恥心に勝てない。それに、うまくできる自信もなかった。

「む……無理。ごめん」

 真広は陸から目をそらし、項垂れた。観念の意味も込めて。優しい陸なら許してくれるんじゃないかと甘い考えもあった。
「そっか。わかった」
 陸の手がゆっくり離れていく。温もりがなくなり妙な寂しさがあった。手を繋ぐだけで緊張していたのに。

「なあ、真広は俺とどうなりたい?」
 陸は真広を見ず、うつむきながら聞いてきた。真広は陸の横顔を眺める。

「どうって?」
「今日だっていつもと変わらないし、俺ら付き合ってるんだよね」

 陸の言葉に、真広はドキリとした。いつもと変わらないのは、いつも通りにしようと必死だったからだ。逆にいつもとは違う陸に戸惑い、落ち着かなかった。不穏な雰囲気に、真広も俯いて両手を握り指先を弄る。

「真広、もしかして付き合うとかは考えてなかった?」
「そんなこと……」

 ない、とは言い切れずに口をつぐんだ。
 まさか両思いになれるとは思っていなかったせいだ。展開が突然すぎてそんなことを考えている余裕がなかった。

「俺は、告白して終わりにはしたくないよ。真広とずっと一緒にいたいからキスもしたいししてほしい。その先のことだって……。真広は考えてる?」
 陸の責めるような言い方に真広は居心地が悪くなる。今だって精一杯なのに先のことなんて考えていられない。

「……考えてなかった」

 嘘を吐いても陸にはバレてしまいそうなので大人しく認めた。
「そっか」
 静かな陸の声が静かな空間に響く。
 恋愛経験なんてない真広にはこれ以上どう言えばいいかわからない。しばらく無言の時間が続いたが、陸がコーラを飲み干し立ち上がった。

「帰ろう」
 追いかけるように真広も立ち上がり、ゴミ箱にペットボトルを捨て並んで歩き始める。
 最後まで、陸と目が合うことはなかった。
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