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14 初デート

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 ひとしきり抱きしめあったあと教室に戻ったが、もうみんな帰っていた。ホームルームまでさぼることになってしまった。陸がいなかったのは軽く騒ぎになったんじゃないかと心配になる。
「へーきへーき」と陸は笑うけれど、自分がどれだけ活躍したか全然わかっていない。
 真広は一人放送室に向かうと、部員がまだ残っていて、途中で抜けたことを酷く怒られた。それはもうこっぴどく。ひたすら謝って、これからしばらく昼の放送も週二日担当することでようやく許してもらえた。昼の放送となると、昼飯は放送室でとらなければいけないので陸とは一緒にできないかな……と考えて寂しい気もしたが陸のことだ。きっと遊びに来てくれるだろう。


「真広、終わった?」
「あーすっげー怒られた」
「やっぱりね」
 校門で待っていてくれた陸は苦々しく笑った。
「帰ろ」
「うん」

 気持ちを伝え合って、抱きしめられてキスまでした。これは「恋人」と呼んでもいい関係なのだろうか。そういえば、そんな話はしなかった。真広は思い至り、今さら確認できないよなあ、と眉をひそめた。
 ふと、手にぬくもりを感じる。

「お、お前っ」
 その正体は陸の手のひらだった。そっと、手をつないできた。
「だめ?」
「……べ、べべ別に、いいけど」
「よかった~」
 なんつーゆるい顔をするんだ。
 真広は下を向いたり、陸をチラりと見上げたり、忙しい。そのうちに手に汗が滲み始めて、焦った。人と手をつなぐって、こんなに緊張するものなのだろうか。

「……真広?」
「え、あ! なに!」
「……緊張しすぎ」

 隣でくくく、と笑い続ける陸の顔が憎たらしくて、でもやっぱり好きだと思った。なぜか一歩先をいっている気がするのは気に食わないが。
「緊張すんだろ、ふつー」
 うつむいて正直に告げると隣からは「かわいいなあ」というとんでもない言葉。かわいいなんて、小さい頃のままじゃないのに。子どもだって言われているみたいで腹が立った。

「いてっ」
 小さな仕返しに、陸の手をぎゅっとにぎってやった。
 べーと舌を出し睨むと、なぜか陸はうれしそうな顔をした。

「今度さ、デートしようよ」
「で、デート!? ……って何すんの?」
「ん? えーと映画観たり、カフェ行ったり買い物したり?」
「そんなのいつもしてんじゃん」
 映画に行きたいと思えば陸を誘うし、買い物だって一緒に行く。それは今までと何も変わらないことだ。でも『デート』という響きにドキドキする。
「意識が違うってこと。いつもとは違う遠くの駅に遊びに行こうよ」
「……うん、わかった」
 デートと言われると断れるわけがない。なんせ念願の両思いだ。
「じゃあ次の土曜日な!」
「さっそくじゃん」
「うん。楽しみだ」

 今日は体育祭だったので日曜だ。だから一週間もない。陸とこういう関係になって初めての土日にデートとは展開が早い。
 陸は女子が夢中になる爽やかな笑顔を見せる。真広ももちろんドキッとして魅入ってしまっていた。

「もうすぐ家かあ」
 陸がぽつりと呟く。
 昨日とはまったく違う二人になった奇跡を、真広はまだ信じられない気持ちでいた。あれだけ気持ちを伝え合ってキスだってしたのに。

「真広」
 ぼーっと考えていて名前を呼ばれた時もすぐに反応できなかった。その瞬間に、陸の顔が目の前にあった。
「ん」
 ちゅっと掠めるようなキスをされた。真広の顔は一気に熱くなり、落ち着いていたはずの鼓動がバクバクと鳴り響く。
「な、ななな!」
「家の近くだとできないからさ」
 照れた陸の顔。陸のこんな顔を見ることになるなんて、まだ夢を見ているみたいだ。

 陸と別れてからも、家に帰ってからも信じられなさ過ぎてぼーっとしていたらいつの間にか夜中になっていた。今日のことばかりをずっと考えていた。陸が走っている姿や、追いかけてくる姿が頭の中に映像として流れている。キスをされたことも、陸のくちびるの感触も、陸の赤い顔も一生の宝物だ。
 このまま眠ってしまって夢だったらどうしようと不安になる。
 久し振りに全力疾走した疲れからか、真広は自然と眠りについていた。



 待ちに待った土曜日の昼、いつも遊んでいる駅からかなり離れた駅で陸と待ち合わせをした。普段と違う駅と違う待ち合わせに真広は朝から緊張していた。駅前に着いてきょろきょろすると、身長の高い陸はすぐに見つかった。

「悪い、待った?」
「いーえ。全然」

 にこりと笑う陸はいつも通りなのに、風景が違うだけで別人のように見える。いつもは服装もジーンズとTシャツというラフな格好なのに、今日はジャケットなんか着てるせいでかっこよくて目をそらしてしまう。
「ていうか家から一緒に行けばよかったのに」
 どうせ家は隣なのだから、いつも家の前待ち合わせにしたり陸が真広の家に迎えに来たりしていた。
「デート感を味わいたかったんだ」
 確かに今真広はいつもと違う鼓動を感じている。両思いになって初めての休日だからだと思っていたけどこのシチュエーションがそう思わせているのもありそうだ。二人の関係性が変わったことに未だに慣れない真広は緊張を拭いきれない。

「じゃあ行こっか」
「うわっ」
 陸に手を掴まれて思わず声を上げていた。手はしっかりと繋がれている。
「手……繋ぐのか?」
「うん。だめ?」

 あまりに堂々とする陸に驚く。陸がそれほど周りを気にしない男だと初めて知った。泣く時は絶対真広と二人きりの時だけなのに。

「でも昼間だし……人多いし」
 学校の誰かに見られでもしたら、一気に噂は広がるだろう。
「人多いからこそわからないって。そのために遠い駅にしたんだし」
「……まあ、そうか……」
 都会の人混みは誰も真広たちのことなど気にも留めていない。手を繋いだって誰も見ていない。だからこんなところをデート場所に選んだのかと合点がいった。

「行こう」
「お、おう」

 手を繋いだまま歩き出す。街中を陸と手を繋いで歩いていると緊張して変な汗をかく。心臓はずっとバクバクうるさくて落ち着かない。
 とりあえず映画の前にカフェに寄って昼飯を食べた。それもファストフードではなくカフェだ。居心地の悪さを感じながらも少しリッチなハンバーガーを食べた。

「……うまい」
「な。おいしい。こっちも食べる?」
「うん。これも」

 陸が頼んだホットサンドとハンバーガーを交換してかじり合った。
 ファストフードよりは明らかに高い値段とおしゃれな見た目のハンバーガーやサンドイッチは美味しくて驚いた。
「うまっ」
 どうしてこんなに違うのかとまじまじ観察するが、さっぱりわからない。食材や作り方が違うんだろうけど料理のできない真広には理解できなかった。二人で感動していると、「男の子たちかわいー」という声がどこからか聞こえてきたので二人目を合わせて、それからは黙々と食べた。

「うまかったー! けどちょっと緊張した」
「居心地は悪かったな」

 陸も同じ気持ちだったことに安心した。食べ慣れないものを食べるのも緊張したし、なにより周囲の目が気になった。女性が多いカフェでは男子高生は居心地が悪い。
 気持ちを切り替えて映画館へ向かった。
 映画館も普段とは違う地元の映画館ではない。都会の大きな映画館に圧倒されつつ陸にすべて任せてしまった。

「あ、オレ払う」
「いいよ。デートだし」
「……ありがと」

 さっきのカフェ代も払ってもらっていたのに。今日は真広は一度も財布からお金を出していない。今までとは明らかに違う扱いをされるたびに二人の関係が変わったことを思い知らされる。うれしいのにむずがゆいような不思議な感覚だ。
 映画館に入り大きなスクリーンへ向かうと、隣の存在も気になるが純粋に映画も楽しみになってくる。前から観たいと思っていたアクション映画だ。しばらくすると真っ暗になり、画面に迫力のある映像が流れ始める。
真広は一気に引き込まれた。今日初めて陸のことが頭から離れてくれた。


 約2時間の映画に最初から最後まで夢中になっていた。エンドロールが流れる頃には熱くなりすぎて疲弊していた。人の波に押されるように映画館を出た。

「映画おもしろかったな」
「ほんと! カーチェイス迫力あったわー……手握りすぎてすごい汗かいた」
 映画がおもしろくて緊張は吹き飛び、興奮していた。ようやくいつもの自分になっていた。
「手? ほんとだ」
 陸に手を取られて、咄嗟に引こうとするがしっかりと掴まれていて逃げられない。
「汗、すごいから」
「全然気にならないよ」
 陸はにこりと微笑む。映画に夢中になっていた気持ちがすぐに引き戻される。鼓動はまた鳴り始める。
「こ、このあとどうする? 興奮したから腹減ったかも」
 動揺したまま話を切り替えた。
 実際空腹だった。カフェでハンバーガーを食べたし映画館ではポップコーンを食べたのに。
「一応予約したよ」
「え!?」
 店に行く時に予約をするのなんて初めてだ。昼にカフェだったから夜も行ったことのない店に行くのだろうとは思っていたけれど予想外が過ぎる。

「だって初デートじゃん。気合い入れたくて」
「そ、そっか」

 陸は何度も真広を意識させるようなことを言う。緊張するから忘れたいのに、陸がさっきからちょこちょこ思い出させてくる。
 真広は戸惑いつつもこの変化にいつか慣れるのかなと漠然と不安になる。これは自分が望んだ展開なのだろうか。それがわからなくなっていた。


 陸が予約してくれたレストランとやらに向かうことになった。詳しいことは教えてくれないので真広はただ陸についていくだけだ。

「萩くん?」
 店に行く途中、突然名前を呼ばれて反射的に振り返った。
「……あ」

 彼女の顔を見て陸の手をパッと離した。すっかり気が緩んでいた。まさかこんな場所で藍香に会うとは思わなかった。視線を横にずらしてみると、彼女も男と一緒だ。そのことに真広は内心ほっとしていた。
 藍香の視線は陸を見てから、真広に目を合わせる。その視線に嫌なものは感じなかった。

「こんなところで会うなんて珍しいから声かけちゃった。ごめんね」
「あ、ああ」
「じゃあね」

 藍香は真広に手を振り、陸に会釈をした。隣にいる真面目そうな男も会釈をして離れていった。すぐに去ってくれてよかったと安心しているのにまだ心臓がバクバクとうるさい。学校の人に見られてしまった。手をつないでいるところももしかしたら。

「……あの子、彼氏できたのかな」
「さあ? できてるといいな」
「本当。俺が安心する」
 陸がぽつりと呟いた。最初から心配する必要なんかないのに。いったい何年片思いしていたと思ってるんだ。

「行こう、真広」
 陸の手を握る力が強くなった気がした。
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