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10 走る姿

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 練習に練習を重ねた体育祭当日がやってきた。とはいえ真広が出るのは一競技だけなのでそっちはどうってことはない。ただ、放送部の方がバタバタしていた。いろいろな準備に忙しく、走り回り、開始直前ようやく落ち着いたところだった。

「それでは、開会式を行います。まず……」
 盛り上がる音楽とともに、真広の声が響く。

 校庭全体を見渡せる端に放送部のブースがあり、競技の熱を感じながら実況ができる状態だ。
 たくさんの人が見に来てはいるが、緊張などはない。だって主役は生徒たちなのだ。放送部はそれを冷静に盛り上げるだけ。しいて言うならば、クラス対抗リレーくらいだ。陸の走る姿を見るのはいつ振りだろうか。走っているところを見ながらうまく実況ができるのか、それだけが気がかりだった。


 体育祭はバタバタと、数々の種目を終えていく。
 放送部は交代で実況をする。たくさんの生徒が懸命に汗を流している姿は、同じ生徒としても見ていてすがすがしかった。時折燃えてしまってしゃべらなかったりうまく言えなかったりもあったが、真広たちはプロじゃない。これも楽しむべきだろうと開き直ることにした。一緒にはしゃいで、一緒に盛り上がっていく楽しみを知った。お昼の時間も放送部のブースで慌しく食べ、次の準備に取り掛かった。お昼になると陸がブースに来たが、かまうこともあまりできないほどだった。

 そしてあっという間に最終種目だ。
 クラス対抗リレー。

 みんなが一番気合いの入れていた競技だ。バトンの練習を重ね、個人的に走りまくり練習を繰り返す生徒もいたくらいだった。みんな体育祭で優勝する、というよりもクラス対抗リレーで活躍することを目標にしているようにも見える。
 真広にとっても、緊張の時間がやってきた。

「いよいよ始まりましたクラス対抗リレーです!」

 もうすぐ終わってしまうという妙な高揚感から声は高くなる。けれど始まる前よりも心臓がバクバクしていた。陸が走るのは、アンカーだ。しかも二周。短いようで長い時間、真広は見続けなければいけない。もちろん他のクラスについても見なくてはいけないのに、そんな余裕などないだろうということは想像できた。
 一人一人、走って、真広は実況する。

 走っている生徒も、走り終えた生徒も、これから走る生徒も、もちろん観客もみんながみんなリレーに注目していた。歓声はすごく、盛り上がっている。走者が減っていくにつれて真広の心臓はバクバク、ドクドクと高鳴っていた。走っているわけでもないのに息が切れる。一人が走る時間なんて大概数秒だ。
 あっという間に時間は過ぎる。

「っ、アンカー二番手は1組です。陸上部の前田陸くんが、颯爽と走り出します!」

 なんとか、言葉にできた。けれど自分がいま何を発言しているのかはあまり把握できていない。バトンを受け取って、前を睨むようにして走り出した陸に、想像していた通り、釘付けになっていた。大会でも成績を残しているし、足が速いことはちゃんと知っていた。フォームがきれいなことも。
 でも目をそらしていた数年間の間に、陸は大きく変わっていた。なにがどうと聞かれても真広の語彙ではうまく説明なんかできっこないが、とにかく数年前とは全然違うのだ。きらきら輝いていて、まぶしい。なのにじっと見ていたくなる。真広の好きな人は、いつからあんなにもかっこよくなったんだろう。

「はやいはやい、あっという間に一周……」
 抑揚のない口調のあと真広はやがて、言葉をなくした。
 スピードは落ちることなく加速し、一位との距離を縮めていく。あと少し、あと少し。

「……抜いた」

 独り言のように小さな声が出た。これではきっと盛り上がっているグラウンドには届いていないだろう。見ているだけで精一杯だった。
 いや、違う。目が離せなくて、それ以外のことはなにもできなくなってしまった。一位になった陸は、さらに二位との距離を離していく。圧倒的な速さだった。陸上の大会ではあるまいし、そんなに本気にならなくていいのに、とかすかに浮かんだ思考はやはりすぐどこかへいってしまった。
 陸が高らかにガッツポーズをした。

「おい、萩!」
「……あ、ああ」
 他の部員に肩を叩かれて、ぼんやりとした思考からほんの少し立ち直る。

「ご、ゴール! 一位は、1組……です!」

 慌てて告げたが、順位は明らかだった。一位はダントツだった。陸の一人勝ちだ。
 大きな歓声。それから次々とゴールしていく生徒たち。しゃべらなければいけないのに、どうしても言葉が出なかった。見かねた部員が、慌ててマイクを取る。

「つ、次にゴールしたのは2組、4組!」
 全員の生徒が走り終え、みんなそれぞれ喜んだり、残念がったりしているのが視界の端に見えた。真広の視界にはもう、陸しか見えていない。額に汗を滲ませて、女の子から受け取ったタオルでぬぐっていた。誰かを探しているように視線をさまよわせていて、ふと目が合った。大きく手を振ってくる。すがすがしい笑顔で。真広はただ呆然と見ていることしかできなかった。

 真広の大きく見開かれたひとみからは、涙が自然とこぼれていた。
 なんで、泣いてんだオレ。
 自分で自分がわからなくて、ただ泣いている自分が恥ずかしくてたまらない。でも、一度出てしまったらとまらなかった。慌てて席を立ち、その場から逃げる。

「ま、真広っ!」
 遠くから陸が名前を呼ぶ声が聞こえたが、かまっていられなかった。それに陸の周囲にはたくさんの人が集まっている。特に女子だ。
「前田くん、すごくかっこよかったね!」
「え? あ、ありがと……」
 女の子の声に紛れながれ陸の声は遠ざかっていった。
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