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04 自分の気持ち
しおりを挟むデートの土曜日はあっという間にやってきた。
前日の金曜日になると陸の様子はなんだかおかしくて、本当にゲームを買いに行かないのかと何度も確認された。けれど休む予定だった部活にしかたなく参加することにしたみたいで、わずかに安堵した。
藍香も前日にわざわざ真広のクラスにまで来て、しつこいくらいに時間と場所を確認してきた。電話番号を聞かれたが、連絡取りづらいことはわかっていても断ってしまった。それも、近くに陸がいたからだ。陸が嫉妬するとも思えないが、誤解されるようなことはできるだけ避けたかった。
まあ、もう遅いかもしれないけど。
「……あ、萩くん!」
「ども」
約束だった11時の5分前に駅に到着すると、すでに藍香が待っていた。
「来てくれてありがとう」
うれしそうにはにかんだ藍香は女の子らしい淡いピンク色のワンピースを着ていた。白いカーディガンを羽織り、髪はお団子にしている。可愛い、と思うけれどそれだけだ。
「で、どこ行くんだ?」
「えっとね、映画見て、お買い物して、カフェに行きたいな」
「はいはい」
どうせ自分はしたいことなんてない。真広はしかたなく、彼女の言う通りついて行くことにした。
藍香は元気がよく、感情表現が豊かでずっと笑顔だった。真広は振り回されるようだ。真広にとっては寒くなるような甘い恋愛映画を観て、興味のない女ものの服を見たり雑貨を見たりして、ようやく落ち着いてカフェに入ったと思ったら女が多い店で、疲れ切ってしまった。休日のせいかカフェも混雑していて座れるかもわからない。
「大山の分も注文しとくから座っててよ」
「あ……ありがとう。じゃあイチゴのパンケーキとアイスティーをお願い」
藍香の分のパンケーキと、自分の分のハンバーガー。それから二人分のドリンクを注文して藍香を探す。ドリンク以外はあとで運んでくれるらしい。
「お待たせ」
「ありがとう。いくらだった?」
「別にいいよ」
罪悪感もあるが、女子に払わせるのは格好悪い。きっと陸ならそうするだろう。
「……ありがとう。ご馳走さま」
ドリンクを飲みながら待っているとすぐに料理が運ばれる。お腹がすいていた真広はすぐにハンバーガーにかじりついた。藍香は小さいのに生クリームがたっぷり乗っかったパンケーキを食べている。見ているだけで口の中に甘いものが広がり、胸焼けしそうだ。でも藍香はうれしそうに頬張っていた。
「萩くん、今日どうだった?」
「なにが?」
「楽しかった? 私、もっと萩くんのこと好きになっちゃった」
「……そう」
ストレートに言われ、返事に戸惑う。
どこがどう好きになってもらえる要素があったのか自分にはわからなかった。終始テンションは低かっただろうし、好かれるような行動をしていない。むしろ最低なことをしている自覚があった。藍香がうれしそうに笑うたびに、惹かれるどころか苛立っていた。彼女に対してじゃない。自分に対してだ。
真広は、恋愛感情を持っていない女子とデートをして自分がどうなるのかを試したかった。藍香は可愛い子だと思うし、好意を持ってくれているから、もしかしたら真広も好きになれるんじゃないかと、希望を持っていた。
――でも。
「映画、泣いてたでしょ?」
「え」
真広が思考の奥深くまで落ちそうになった時、藍香の明るい声が真広を引き留めた。言われるまで忘れていたことだった。
「ああ……そういえば」
真広は誤魔化すことも忘れ肯定していた。
映画は真広たちと同じ高校生の、の男女の恋愛ストーリーだった。男の親友がいた。映画内でははっきりと語られなかったけれど、その親友はメインの男のことが好きなのだとすぐにわかった。親友は一番近くで男を応援し続けていた。作中で描かれていないのなら真広の勘違いの可能性もある。けれど真広にはどうしてもそう見えた。
だから主人公たちの気持ちが通じ合った時、その一方で気持ちを伝えられない親友に感情移入して、涙が流れた。気付いた時にはすぐに拭ったつもりだったのに、見られてたのか。
「学校で見かける萩くんはいつも怒った顔してるから、恋愛映画で泣くんだってなんかびっくりしちゃった」
「……そんな奴なんで好きになったの?」
普通に考えて、いつも怒ってる男なんて嫌だろうから純粋に不思議だ。陸と違って女子に優しいわけでもないし背も低いしかっこいいわけでもない。
……自分で考えて虚しくなってきた。
「怖い人なのかなって思ってたけど前田くんと話してる時の笑顔見たらなんかときめいちゃって。それから放送も好き。優しい声」
「そ、そっか」
真広が聞いたことだけど面と向かって理由を話されると照れくさい。しかも陸と話をしている時、自分はいったいどんな顔をしていたのか気になるところだ。まさか映画の中の親友のように、わかる人にはわかる顔をしているのだろうかと不安になってくる。
「それで、どう?」
いつの間にかパンケーキを食べ終えている藍香は前のめりになって真広の目を覗き込む。真広の心を見透かしてしまいそうな大きな瞳にドキリとする。
「オレはまあ……デートってこんな感じかって勉強になったよ」
「……それだけかあ」
藍香は困ったように笑った。どうしても気を持たせることなどは言えない。だからモテないんだろう。でも気持ちはずっと一人へ向いたままでよそ見をしている余裕もない。
気まずい気持ちのままカフェを出ると、空はオレンジ色に染まっていた。遅い時間まで遊ぶつもりはなかったので自然と足は駅前へ向かう。
「大山の家はどこらへん?」
駅に到着して聞くと藍香は真広とは反対方向の駅を告げた。立ち止まり、
「……萩くん、ちょっとは前向きに考えてくれる?」
藍香の目が窺うように真広を見つめる。真広はその視線から逃げたくても逃げられず、正直に答えることにした。これほどまっすぐ気持ちを伝えてくれる人に自分もきちんと答えなければいけないと思った。今日一日でよくわかった。彼女はいい子だ。
「……ごめん。あの時は言えなかったんだけど、好きな奴がいるんだ」
「そっか。クラスの子?」
迷ったが、まさか相手が陸だとは思わないだろうと正直に頷いた。
「付き合ってるっていう感じじゃないんだよね?」
「違う、けど……そいつのこと以外は考えられそうにない」
今日藍香とデートをして痛感した。真広は陸以外は好きになれそうにない。たとえ気持ちが叶わなかったとしても
「その子が羨ましいなあ」
感情豊かな彼女はそう言いながら大きな瞳を潤ませる。でも涙を我慢して笑った。
「うん、わかった。好きな人がいるのに遊んでくれてありがとう。良い思い出になった」
彼女は自分を納得させるように、何度も頷いた。
「ごめん」
真広は放送室で告白された時よりも罪悪感に押しつぶされそうだった。真剣に気持ちに向き合った結果だった。
「もう謝らないで。……じゃあ、帰るね」
「……うん。気をつけて」
藍香が反対側のホームへの階段を上っていくのを見送ってから、真広もホームへ向かった。ちょうど来た電車に乗り込んで小さく息を吐いた。
藍香とデートをして結局感じたことは、「陸とは違う」という当たり前のことだけだった。
自分は普通の人間なのだという希望は、砕かれてしまった。
やっぱりどう考えても、他の誰より陸が好きだ。陸以外を好きになれる気がしない。今日のことで明確になってしまった。
最寄り駅に着いたがまっすぐ家に帰る気にはなれず、近所の公園のベンチに座っていた。まだ夕方だ。女の子を一人傷つけた状況なのに真広の頭には藍香のことではなく陸のことが浮かんでいるのが問題だ。
どうせ伝えることができない、実ることのない想いなんてさっさと捨てればいいのにどうしてもできなかった。それならずっと抱えて生きていく? それでもいいと思ったが、けっこうしんどそうだ。今だって十分しんどいのに。
「……真広?」
「あ」
陸のことを考えていたら、陸が現れた。
大きなカバンを持って、ジャージ姿のまま。部活帰りだろう。もうそんな時間か。陸は公園内を通って近道をしていたらしく、見つかってしまった。そのまま帰ればいいのに、陸は真広の隣に座る。カバンは地面にどかっと置いた。
「どうしたの? デートは?」
「……終わって、その帰り」
「デートどうだった?」
どうと聞かれると、陸にはどう答えたらいいかわからない。陸じゃなきゃだめなんだと再確認した。なんて言えるわけがない。
「陸、デートしたことある?」
「え? えー……まあ、一応あるかな……」
陸は途端に動揺して、やけに言いづらそうだ。そういえば陸とこんな話はしたことがなかった。女子に告白されているのはよく見ていたし知ってもいたけれど、傷つきたくないので深く追求はしなかった。それでも毎回暇そうに真広を誘うので、付き合った女子はいないと思っている。
「まあ、陸ならうまくやるか」
「なに、うまくいかなかったの?」
「うるさい」
うまくいったかなんてそれ以前の問題だ。もともと真広は自分の確認のためにデートに行ったのだ。その点でいったら結果は変わらない。改めて思い知っただけだ。
「真広はかっこいいから大丈夫だって」
どの口が言うか。陸に比べれば真広なんて全然だ。なんせ女子に告白されたのもこの前が初めてだったくらいだ。
「怒りっぽいけど?」
「なにそれ。女の子に言われたの?」
「まあな」
ニュアンスは少し違うけれど嘘ではないので認めた。そう思われていることに傷ついたりはしていない。
「真広は照れ屋だからな~」
「は? なにそれ」
「昔は泣き虫で可愛かったのになあ」
「な、何言ってんだよ」
うれしくもなんともないのに顔が熱くなっている気がして、腕で顔を隠した。
「陸は怒ってばっかで面倒だったけどな!」
「……ははっ」
反撃のはずだったのに陸は声を上げて笑った。今では怒っている顔なんて見ることがない。だいぶ変わったものだ。
「……ていうか陸はなんでわざわざ公園寄ってんの?」
わざわざ公園に寄る必要があった? 近道をしなくてもすぐ家に着くだろうに。
「うーん。真広に呼ばれた気がして?」
「嘘つけ。呼んでねーし。ただの偶然だろ」
「まあね~本当はコーラ飲みたかっただけ」
小銭を取り出しベンチ近くの自販機に数枚入れていく。ピ、という高い音の次にはガコンと低い音がした。陸はペットボトルを手に、真広の隣に座った。キャップをひねるとプシュッとさわやかな音がする。夕方の公園はもう子どもたちも一人もいなくて、静かだった。それらの音がやけに響く。
「っあー……うま」
ごくごくと喉仏を震わせて炭酸を飲んでいた。真広はそんな陸をじっと見つめてしまいそうで、慌てて目をそらす。
「なんか悩んでる?」
「は?」
ドキリとした。
「いや、なんか落ち込んでるから」
「んなこと……ねーよ」
陸が心配してくれているのはうれしいのに、素直になれず視線をそらした。
別になにもない。それは嘘じゃない。嘘じゃないけど、落ち込んでる。
陸はなにも言わずに隣にいた。真広は、帰れよと言えなかった。この空気が好きなのだ。ただ隣にいるだけの空気が。きっと陸は真広になにかあったと思っているんだろう。なにも言っていないのにわかってくれる。
そういうとこが好きなんだよ、ばかやろー。
お前のせいで女の子のことが好きになれないんだ。どうしてくれるんだよ。真広のことはよくわかっているくせに、一番大事なことをわかってくれない。いや、わからなくていいんだけど――。
これ以上好きになりたくない。
でも傍にはいたい。
なのにこの気持ちが叶う気はしない。
この矛盾はどうしたら解決できるんだろう。
隣にいるのに冷たくするなんて、そんな幼稚なことしかできない。
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