そんな目で見ないで。

春密まつり

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5 片時の欲望

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「……糸井さん、どうかしました?」
「な、なにが?」

 さすがに気づかれてしまったか、と真子は司との時間に集中しようとする。けれど彼が原因でぼーっとしているので結局は変わらなかった。
 初めて身体を重ねた日以来、真子は司を見ることができなかった。
 今まで気づかなかっただけか、ああいう時にだけなのかはわからないけれど、司のひとみは真子をひどく動揺させた。
 今が仕事中だということも忘れ、司と一緒にいるとあの目を思い出してしまっていた。一度身体を重ねただけでしばらく反芻していられるほど若くはないというのに、しかも後輩に、翻弄されているなんて認めたくない。

「しばらく新プロジェクトも手伝うことになりましたので、すみませんがよろしくお願いします」
「了解、がんばってね」
「ありがとうございます」

 司が、企画を提案したプロジェクトが動き出し始めて、さすがに企画を出した本人がまったく関わらないわけにはいかないということになったらしい。真子のチームの仕事サポートをしつつ他のチームではメインで動くため、忙しくなりそうなので教育係である真子に伝達事項を報告するため、二人でミーティングをしていた。

「伝達は以上になります」
「うん、わかった……っと」
 腕時計を確認すると、予定よりも早く終わってしまった。もともと司にはチームでの補佐をやってもらっていたのでそこまで伝えることもなかったみたいだ。
「時間余りましたね」
「会議室の予約一時間とっちゃったからあと三十分もあるね」
 早く終わったとしても会議室にいる理由はなくなったので真子が立ち上がると、司も立ち上がった。けれど出て行こうとする真子の手を掴む。

「……君島くん?」
 見上げて、胸がどくんと鳴った。

 司の顔は仕事の時とは違う、目をしていたからだ。せっかく忘れかけていたのにまた思い出してしまった。あの夜の顔を。
 背中にまわってきた司の手が腰を撫でて、真子を引き寄せる。

「ん……ちょっと、ここ会議室」
「でもあと三十分あります」
 司の胸を手で押しても、びくともしない。男女の差か、司の力が強いせいか。結局、強く抱きしめられてしまった。
「会社では、だめだってば」
 今は就業時間だ。休み時間でもない。会議のために会議室を使っている。みんなは仕事をしているのに二人でこんなことをしている罪悪感は拭いきれない。

「せっかく恋人になれたのに、俺も糸井さんも忙しいから」
「私は君島くんほどじゃないけど……仕事大事でしょ? 君島くんががんばってるの見てるとうれしくなるよ」

 彼の仕事をしている姿はかっこいい。こういう関係になって初めて意識したことではあるが、スーツの着こなしや、所作がいちいち様になっている。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだった。けれどまわりの女性社員は気づいていないらしく、やっぱり不思議な人扱いのままだ。
 司の息が首元にかかり、くすぐったさにびくんと震えた。
「ちょっと、君島くん?」
「……すみません、もう少しだけ」
「あ……」
 ぎゅう、と力を込めて抱きしめられていた。少し苦しいくらいだ。年下だけど真子よりもかなり身長の高い人がこうやって甘えるように抱きついてくると、愛おしくなってきてしまう。真子も司の背に手を回して、背中をぽんぽんと叩いた。

「……舐めてます?」
「え?」
 低く力強い口調が聞こえて顔を上げるとじっとりと見つめる視線があった。真子は、また痺れるような感覚が全身を走った。慌てて視線をそらしうつむいた。

「ガキ扱いはやめてください」
「そんなの、してな……あっ」
 腰にあった大きな手が真子のお尻を撫で、内腿を撫で、タイトスカートの中へと入ってくる。スカートの中でもぞもぞと動く手は、ストッキング越しにお尻を撫でた。
「君島くん……んんっ」
 制止しようと開いた口を、司のくちびるで塞がれてしまった。リップがとれてしまう、と思っても司は止まらなかった。荒い息づかいが、会議室という場違いな場所で響く。お尻をまさぐられながら深い口づけが続く。
 思考がぼんやりとしてきた頃、彼の指先が秘部にふれ、目が覚めた。

「だ、だめ! これ以上はだめだよ」
 司の胸を押し返す。ようやくくちびるが離れると、真子は荒い息を吐いて、時計を確認した。危ない、流されるところだった。
「ほら、もう三十分。行くよ」
「……うす」
 司は少しうなだれていた。

 なんとなく彼のことがわかってきたような気がする。口数は少ないけれどストレートで、彼が今なにをしたいのか、ということが見えてきた。案外わかりやすいのかもしれない。単純に可愛いと思うことも増え、真子は司に惹かれている自覚があった。
 ただ、キス以上のことは少し怖い。
 司に見つめられた時の、不思議な感覚を思い出してしまうからだ。



 予想通り、司の忙しさは加速していた。夜遅くまで残業をしているんだろうとわかる連絡頻度なので、真子も気を遣って連絡を控えていた。週に一回のデートも彼は疲れているか、眠そうか、仕事のことを考えているかだったので会えない日もあった。司が一時的に抜けたことにより、真子の仕事も増えることになる。こういう時、彼のサポートはなんて有能だったのだろうと思う。

「お疲れ様です」
 低く静かな声に名前を呼ばれて見上げると、司がトレイを持って立っていた。
「君島くん……久しぶりだね」
 お昼に社内食堂で司の姿を見るのは最近ではめずらしいことだ。前までは毎日のように見ていた顔なのに、ここ数週間、昼食をゆっくりとる時間もないほど忙しいらしい。久しぶりだからか、司は真子の正面に座った。
「どう? 仕事」
「……まあ、ぼちぼち」
 司の反応がいまいちなのは慣れていたはずだけど、こんな状況でも仕事の話をされないのは悲しいものがある。一応、彼女なのだし。
「もっと話してくれてもいいのに」
「……え?」
「あ、ごめん。なんでもない」
 愚痴のようについ口にしてしまったけれど、彼からしたら迷惑な話だろう。仕事のことを話すタイプでもないし無理やり聞き出すのも違う。一応先輩としてもそうだけれど、彼女として、忙しい彼の気持ちを少しでも癒したいのに。
「カレーおいしい?」
 司は恋人に仕事の話をしたくない人なのかもしれない、と強引に話題を切り替える。司は目を見開いたあと口を開く。
「少し落ち着いたので、今日飲みに行きませんか」
「……え」
 想像していた答えとは違うものが返ってきた。
「糸井さんは忙しいですか」
「私は大丈夫だけど……君島くんしばらく忙しいんじゃない?」
 違う仕事をしていても、司が動いているチームの評判は聞こえてくる。残業を遅くまでやっているとか、会議や外出ばかりでなかなか掴まらない、という声が多い。今回のプロジェクトに部門全体気合いが入っているだけに仕方のないことかもしれないけれど、さすがに見ていて心配になる。そんななかで、水曜日の夜に飲みに行っていいのか判断がし難い。

「大丈夫です。今クライアントの返答待ちが多いので」
「本当に?」
「はい」
 司が力強くうなずく。

 仕事人間の彼がそこまで言うならそうなのだろうと素直に受け取り、真子は微笑んだ。会う時間があるということは純粋にうれしい。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
 微笑むと、司がぽかんとした目で真子を見たまま動かない。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも」
 ふ、と目をそらした司は、カレーをいつの間にか食べ終わっていて、トレイを持ち立ち上がる。
「じゃあ、夜に」
「うん」
 少し口角を上げていた司に真子は小さく手を振った。

 告白されてから数週間。二人の時間はそこまで多くはないけれど、興味だけだった真子の気持ちは、司に傾いていた。告白するほどの好きなのだと自信を持っていえるほどではないが一緒に過ごしたいと思うくらいには好きになっていた。
 水曜日だし、きっと泊まりになったりはしない。だからこそ心から楽しめそうだと、真子は夜を楽しみに仕事に励んだ。
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