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1 通りすがりの告白
しおりを挟む「好きです」
「……え?」
「俺とつき合ってください」
「ええっ!」
ここで問題点がふたつ。
まずひとつ、今は昼休み明けの仕事中で、職場の廊下で、糸井真子は会議室へ向かう途中だ。しかも真子は昼食後にお昼寝をしすぎてしまったので昼休みが終わるギリギリに起きてしまった。一時ちょうどから始まる会議に遅刻しているため、廊下を走っていたところだ。
そしてもうひとつ。
彼――君島司は、真子の後輩であり、真子は彼の教育係でもある。ちなみに、そんな素振りなど一切見せたことのない仕事に真面目な、好青年だった。
これは、冗談?
「返事は?」
司は淡々として答えを求めてくる。
真子は腕を上げて時計に目を落とす。もう五分は過ぎていた。やばい、と顔を上げた。
「え、えっと、わかった。じゃあ私急いでるから!」
適当な返事をし、黙ったままの司を置いて、真子は走り出した。
「遅くなってすみません!」
「さっさと席つけ」
「はいっ」
上司にじろりと睨まれ、一番近くの席に座った。事前に配布されていた資料を慌てて広げる。十分ほど経過してしまっている会議はすでに話が進んでおり、理解をするのに時間がかかった。
数十分経過し、用意されていたコーヒーを一口飲んで、ようやくさっき起こったことを思い出す余裕もできてきた。
「あれ?」
「ん、どうした糸井」
「いえ、なんでもありませんっ」
「集中しろー」
上司の厳しい声音に真子は口をつぐむ。会議に集中しなければいけないのはわかっているが、先ほどのことも気になっていた。
さっき、「好きだ」って言われた?
しかも「つき合って」とも言われたような気がする。
さらには、「わかった」と答えたような気も――。
「っ!」
思わず立ち上がってしまい、上司の冷たい視線が突き刺さった。
「……おい、糸井」
「……すみません」
真子に意見がないとわかると鋭い眼光で睨まれ、真子は腰をおろした。口元を手で覆う。先ほどの司とのやり取りをはっきりと思い出していた。
司は、二年前に中途入社した後輩で、真子と同じ企画制作部、さらには同じチームだ。彼の成長を一番近くで見てきた真子だから彼の仕事ぶりはよくわかっている。真剣に取り組んでいて、仕事に一生懸命だ。基本的には口数が少なめで、たまに話したとしても淡々とした口調で、飲み会などには滅多に参加しない。参加したとしても二次会には参加したことは見たことがなく、まっすぐ帰宅する印象だった。仕事と私生活を割り切っていて、きっと彼女がいるんだろうなあなんて考えたこともあった。
そんな彼に、告白をされた?
いやまさか。あんな職場の廊下で、しかも会議に向かう真子を呼び止めてまで。やっぱり真子の勘違いだろう。
うんうん、と頷いた。
「糸井、わかったか?」
「っ、あ、はい!」
思わず答えていたけれど、結局会議での決定事項は理解していなかった。
会議が終わり自席に戻る。まるで集中できなかったので会議の資料を見返していると、パソコンにぴょこんと通知が現れた。社内チャットの通知だ。
メールや電話をするほどでもない場合はチャットでやり取りをしたりすることもある。なにも考えずにチャット画面を立ち上げると、ドキリとした。
司だ。
同じフロアの、目の届くところにいる彼からチャットが飛んできた。仕事でたまにチャットをすることはあるけれど、あんな出来事のあとなので身構えてしまう。
――お疲れさまです。今日の夜あいてますか?
彼が、夜誘ってくるなんて初めてのことだ。やっぱり先ほどの告白は勘違いではなかったのだろうか。
いやでもまさか。
――お疲れさま。夜あいてるよ。
真子は正直に答えていた。嘘は好きではないし、何より先ほどのことをはっきりとさせたかった。あれは告白だったのか、雑談の一種で勘違いなのか。もし告白だったのならさっきは勢いで答えてしまっただけなので、断らなければいけない。
――終わったら下で待ってます。
――了解。
彼の見た目通りの、簡素なチャットだ。画面を閉じて、一息つく。まだ胸はドキドキと鳴っていた。
「君島、ちょっと」
「はい」
返事をした司の声が聞こえてきて、さらに心拍数が上がる。
「また君島くん部長に呼ばれてる」
隣の席の加奈がこっそりと真子に話しかける。彼女は、真子が社内で一番仲のいい同期だ。心を許している存在でもあるが、さすがにまだ司とのことは話すことはできない。
「君島くんがんばるねえ」
「……うん」
司は企画部に配属された時から、新人研修を受けながらも様々な企画を部長に提案してきた。もちろん通常のプロジェクトはしっかりと進行しながら、だ。それほど意欲のある後輩が入ってきたということは部内でも話題になっていた。真子は司の教育係だったが、教育しているのは日常的な雑務であったり、電話対応などの基本的なことだけだ。企画部の仕事内容については、彼は積極的に学び、一人でもかなり成長してしまったので真子としては助言程度しかできていない。しかも、企画を自分から提案しているくらいだから、もしかしたら真子以上かもしれない。
そのクールな見た目に反して、仕事熱心でバイタリティが凄い。そのことから部内では注目の存在だった。
「彼、真面目だし仕事すごくがんばってくれるけど、仕事のこと以外はあんまり話してるところ見たことないな」
「……そういえば、そっか」
加奈がぽつりとつぶやいた言葉に真子もうなずいた。
司とは一緒に仕事をしているけれど、仕事以外の会話をした覚えはない。飲み会でも口数は少なく、無口だという印象さえあった。
だから余計に、「好き」だと言われたことはどうしても信じられなかった。
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