恋のゆくえ

春密まつり

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06.

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 実織は本当は、まだ迷っていた。

 彼に彼女がいなくてよかったと安堵していた。好きだと言ってくれてうれしかった。でもその感情に甘えて、自分は本当に彼のことを好きなのか、自信がなかった。
 この鼓動を信じていいのかどうかさえ。

 部屋に入るなり、行哉は後ろから実織を抱きしめる。我慢できなかった、というくらい強く。
「……行哉くん?」
「部屋に入れてくれた時点で期待するでしょう」
 苦しいくらいに抱きしめられる。首筋を、彼の息が這う。
「何もするなって言ったらしません。でも少しでも許してくれるなら、俺は……制御が効かない」
 耳元で囁かれて、実織は彼の手に手を重ねた。
 やさしい彼らしい言葉の中に欲情が滲んでいて、胸が高鳴った。単純だけれど、自分のこの鼓動を信じてみたくなった。それに、彼のキス以上のことも知りたくなった。
 返事をするために振り返ると、くちびるを塞がれた。歯列を割り、咥内に舌が入ってくる。実織は突然の激しさによろめいた。それを行哉の手が支え、ぎゅっと抱きしめる。
「や、やさしくするって言ったのに」
「これも俺のやさしさのうちです」
「意味がわからない……」
 彼は笑った。
 実織が嫌がっていないことを理解したみたいで、彼の手はそれから遠慮がなくなった。
 玄関で壁に押しつけられながら深いキスを繰り返したあと、手を引かれてベッドルームへと連れて行かれた。人の家なのに、そんな堂々と、と思わないでもなかったが、やさしい彼の強引な行動には惹かれるものがあった。

 ベッドルームに入ると正面から抱きしめられて、深いキスをしながら彼の手が背中を撫でた。温度の高い行哉の手は純粋に気持ちがいい。角度を変えながらキスをして、彼の手はどんどん実織の服を乱れさせていく。カットソーを脱がして、スカートをまくし上げる。下着姿をさらしてしまうのはあっという間だった。
「なんか……慣れてる?」
「慣れてません。必死なだけです」
 ベッドの上で、顔を赤くした彼が見えた。それを見られまいと、行哉は実織の胸に顔をうずめた。下着の上から双丘を撫で、手のひらで包む。実織の腰がピクリと反応した。
 下着を外すと行哉は実織の胸に吸いついて、荒い息を吐いた。先ほどから足に当たっている彼の熱はすでに熱く固くなっていて実織の身体を疼かせる。
「んっ」
 胸の先端を指で摘まれ、舌で舐められた時には我慢していた声が洩れ出てしまった。すると行哉は実織を見上げて、うれしそうに笑う。その顔がかわいくて、心がきゅうと締めつけられた。今日だけで、行哉のいろいろな姿を見ることができた気がする。
「なんですか、その顔。余裕ですか」
「え? んっ!」
 行哉の手が下腹部へと伸びた。スカートを捲くし上げ、太腿の内側を撫でて実織の熱がこもる場所にふれる。下着の上からなぞっただけで彼はまた、はにかんだ。
「よかった、濡れてる」
「い、言わなくていい」
 その場所を指でこするたびに実織の身体はビクビクと反応を見せた。強くこすられると声が洩れそうになって、必死でくちびるを噛み締める。声が出てしまうのは恥ずかしい。悔しいのに、そうなってしまうのは仕方がない。
「っ、や」
 遠慮がちに下着の端から入ってきた行哉の指を濡らしてしまう。嫌がって足を閉じようとしても、彼の手で押さえられた。秘部の中へと潜ってくる指は、実織の内壁を撫でる。嬌声と、荒い息が上がる。
「……っ……」
 行哉の、喉が鳴った。
「ま、待っ」
「無理です」
 行哉はきっぱりと言う。切羽詰った声だった。下腹部からは濡れた音がし始めて、彼が指を増やしたこともわかった。まるで挿入されているように指を動かされて、親指では隠れた突起を摘む。
「んっ、や……だめ……んん」
 彼のくちびるによって、言葉は飲み込まれてしまった。舌を絡められてそれに応える。彼のキスは全身をとろけさせる。気持ちがよくてなにも考えられなくなる。せりあがってくる快感に、首を振った。
「――んっ!」
 びくんと腰が跳ね、実織は達してしまった。激しい息をついていると彼の指が引き抜かれて、変わりにもっと熱く滾ったものが押し当てられる。
「いれても、いいですか」
 敏感なその場所は、熱がふれただけでじくりと蜜を洩らす。
 実織の身体はもう十分に、彼を受け入れる準備ができていた。行哉の熱もそそり立ち、はやく実織の中に入りたそうにしている気がした。やさしい表情からは想像もつかない行哉の隆々としたそれに、実織は自然と唾を飲み込んでいた。
「……ん」
 ぺろりと舌なめずりをする彼は扇情的だった。実織は素直にうなずいた。身体はもう彼を求めていた。
「……く、ぁ」
 腰を進める彼の苦しげに呻く声が聞こえる。見ると、額や頬に汗の玉があった。目が合うと恥ずかしそうに笑って、キスをする。
「先輩の、なか、だ」
 先の方を埋めたあと、行哉がつぶやいた。苦しそうに息を吐くのに、声はどこかうれしそうに聞こえる。実織も、内側に彼を感じて心の奥があたたかくなった。
 また「先輩」に戻っている。と口元が緩んだ。彼のどういうタイミングで呼び方が変わるのかわからない。
「また、笑った」
 行哉は実織の頬を撫でる。内側に入ってくる行哉の熱がびくびく震えている。ぐっと腰が押し入ってくると、彼のすべてが収まった。実織の蜜口は彼を受け入れて震えている。
「そういえば俺、まだ、答え聞いてないんですけど」
 こんなことをしている時点で、答えは決まっていると思うのだが、行哉はまだ不安そうだった。
 実織は、いまだに確信を持つことができないでいた。好きって、どうしたら自信を持って言えるのだろう。言葉にすることが実織にとっては大きなことだ。
「俺は好きです。先輩は?」
「好き、かな」
「かな?」
 彼は眉根を寄せた。それから収めたままだった熱を引いて、押し込めた。
「ちゃんと、向き合って、認めて」
 息荒くそんなことを言う。動かれてしまったらうまく言葉にできないというのに、彼はもう自信があるみたいだ。実織は彼に揺さぶられながら、言われた通りに自分の心と向き合った。
 じっくり考える必要もなく、答えが出る。
「やさしいところ、好きです」
 慰めてくれた手も、やさしく笑う顔も。好きじゃなかったら彼を呼び出すこともない。彼女がいたから、話を聞きたいからという口実で、傍にいたかっただけだ。
 それが答えだった。
「……っ」
「あっ」
 伝えた瞬間に行哉は余裕をなくし、動き出した。中をこする彼の熱が激しく行き来する。くちびるに、鎖骨に、胸にキスを落としながら実織を責める。実織は声を我慢することができなくて高い声を上げる。そのたびに律動は激しくなり、切羽詰った呼吸が聞こえる。
「先輩のそんな声、聴けるなんて思わなかった」
 そんなの、実織だって同じだ。
 行哉のそんな声、手、表情を感じることができるなんて夢にも思わなかった。それを見られるのは、あの彼女だけだと思っていた。
 彼は、なんて嘘をついていたんだろうと笑いたくなった。でも笑う余裕などなく貫かれる。
 もう笑うことも話をする余裕もなく、二人は荒々しく繋がって深く求め合った。
 肌がぶつかる音がする。水音が響く。彼の息が、耳元で響く。そのどれもが実織の刺激となり、彼を締めつける。そのたびに行哉は眉根を寄せた。それだけ苦しめている。そんな顔を見ることができてうれしいと思えるほど、もう彼のことを想っていた。彼の手が胸を掴んで先端をこねる。同時にされてしまったら、再び限界の淵が見えた。
 心臓はばくばくと脈打ち、その音がどちらのものかさえわからない。くちびるを重ねて舌を絡めると彼の熱がぐっと質量を増す。苦しくて息を吐き出すとそれをすくいとられてまたくちづけを交わす。
 行哉の目元は濡れていた。それは汗か、欲情でか、それ以外のなにかかはわからない。
「――っ!」
 最後の瞬間、行哉は、達する直前に実織の中から引き抜いて、熱を吐き出した。
.

 まどろみの中ベッドの上で抱きしめ合っていると、行哉がふと思い出したように言う。
「実織さん、前の彼氏ってどんな人だったの」
「い、今聞くこと?」
 空気が読めないというかなんというか。行哉は実織をじっと見て答えをまっている。
「やさしい人だよ」
「そう」
「……それだけ?」
 てっきり嫉妬を期待していたのに、あっさりとしたものだ。でも本当のことだ。やさしくて大人の人だった。どこに惹かれたかといえばそこだ。けれど深入りしなかったのはどうしてなのか自分でもよくわからない。
「本屋にいた人ですよね。俺の方がやさしいと思う」
「なにその自信」
 ふ、と笑ってしまった。
 一晩で、彼の印象が変わった。やさしくてあたたかくて、大人っぽい人だと思っていたら、時々子どもで心に熱を持っている人だった。そんな彼もいとおしい。
「俺の方が、実織さんにやさしいよ」
 甘い声が落ちる。
 それがどうしてかなんてどうでもいい。
 彼がやさしい人だということはよく知っている。委員が一緒だというだけの先輩を慰めることができる人だ。たとえ嘘をついていたとしても、傍にいてくれるための嘘ならよろこびもあった。
 ただ、少し遠回りしてしまったけれど。でもだから、自分の気持ちに気がつくことができた。
「行哉くんのやさしいところ好きだよ」
 彼を見ていたら素直に口から出ていた。彼は目をまるくしてから、頬を緩ませる。
「俺も、実織さんの弱くてあたたかいとこ、大好きです」
 両頬を手で包み込まれて、くちづけを交わす。

 それは彼が、彼女の好きなところをあげた時のセリフだった。



 終

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