強引組長は雇われ婚約者を淫らに愛す

春密まつり

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組長の婚約者(終)

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「……完済した……」
「毎度。またよろしく~」
「もう絶対にここには来ません!」

 春子は清々しい気持ちでヒガシキャッシュサービスを出た。
 古びたビルを出た青空が、いつも以上に晴れやかに目に映る。

「虎将さん、お待たせしました」
「ああ。おめでとう」
「ありがとうございます。虎将さんのおかげです」

 あの騒動のあと、いろいろなことがあった。

 まず鳳会長との会合があった。
 相原の行動は神代会では大きな問題になった。
 結果、相原組は壊滅状態。組員は新たな組を作ることになったらしい。相原自身は破門とはならず、他の組の組員として、預かり状態とのことだ。次に何か起こしたら破門になるだろうと虎将が言っていた。
 次の神代会若頭も急遽選ばれた。虎将ではない。
 今回の件には虎将も絡んでいるということで、ごたごたが収まるまでかなりの時間を要した。せっかく思いが通じ合ったのに、一緒にいる時間は減る一方だった。
 東雲に聞いた話によると、義父は傷害罪で逮捕されたらしい。虎将を刺した張本人なのだから仕方が無い。相原組にすら、見捨てられたようだ。けれど同情は一切しない。自業自得でしかない。

 その間春子は結局、仕事を見つけることができなかった。
 キャバクラで働くことも虎将に反対されたので無職だ。虎将の婚約者のフリをしている限り、収入はある。けれど、働かない自分はどうも落ち着かない。そう虎将に相談すると、吾妻組事務所の手伝いをすることになった。
 男性しかいない事務所だ。掃除もろくにできていないし、書類等は散らかり放題。やりがいがある仕事だった。
 でもしばらくは虎将と顔を合わせることはないほど、彼は忙しかった。

 あれから三か月が経過し、ようやく落ち着いた。
 春子も無事借金は完済しマイナスからゼロ地点にたどり着いた感じだ。お世話になったヒガシキャッシュサービス。東雲にお詫びとして借金はゼロにすると言われたが、きちんと返したいと断った。

 完済した今日、デートがてら虎将と出かけていた。
 まず借金を返し、ショッピングを楽しんだあと、虎将に連れていきたいところがあると言われ、レストランに連れてこられた。
 そこは高級ホテル内にあるレストランで、場違いなのは明らかだった。けれど虎将堂々と中へ入っていく。こんな場所に足を踏み入れたのは、虎将の婚約者のフリをした時に行った和食レストランくらいだ。

「どうしたんですか。急にこんなところ」
「ようやく組のほうが落ち着いたからな。それに、借金完済の祝いにな」
「ありがとうございます。でもなんだか落ち着かないですね」

 案内されたのは、夜景が見える窓際のテーブルだ。
 広い空間には等間隔にテーブルが並び、見るからに品のある人たちが食事をしている。自分たちにはふさわしくないのではないかと思ったけれど、虎将を見ていると、そうでもない気がしていた。
 今日の虎将はきっちりスーツを着ていて少し雰囲気が違う。髪型も、セットがいつもと違うのか、すっきりまとめられている。
 朝から一緒にいるのでずっと違和感はあったが、ようやく気付いた。

「なんだ?」
 虎将をじっと見ていたら、
「いえ。もうすっかり傷もよくなりましたね」
「ああ」

 虎将の顔にあった傷は、すっかり良くなっている。跡は残っているが痛々しさはもうない。お腹の傷も、今では痛みもないみたいでほっとする。
 ワインと料理を注文し、食事を楽しむ。久しぶりの、二人きりで穏やかな時間だった。春子はこの時間を噛みしめている。
 デザートまで楽しんだあと、虎将は姿勢を正した。いつもと違う雰囲気なのはすぐに察した。

「春子」
「……はい」
 虎将はどこからか取り出したリングケースをテーブルに置いた。

「……結婚しよう」
 突然のプロポーズに、春子は息を飲む。

「一応、借金完済まで言うのを我慢してた。受け取ってくれ」
「……あ……」
 春子は唖然として、うまく言葉が出てこない。

「前も話したが、俺は極道だ。ついてくるには苦労もあると思う。でもその分、春子を守るし一生愛することを誓う」
 まっすぐ目を見つめられ、いやでも虎将の気持ちが伝わってくる。緊張や、深い愛。
「……返事を、頼む」

 春子に身内はもう一人もいない。結婚をする相手の職業が極道だと反対をする人もいない。
 返事など、決まりきっている。

「……はい。虎将さん、お願いします。私を本物の結婚相手にしてください」
 春子は指輪を手にした。キラキラと輝く、ダイヤのリングだ。
「そうか。……よかった」
 虎将が深く息を吐く。額にはじんわりと汗が滲んでいた。
「前にも話したじゃないですか。ずっと一緒にいさせてくださいって」
「ああ。だから自信はあったが……さすがに緊張した」

 こんな虎将の姿は初めて見た。この顔をさせているのが借金がたくさんあった平凡な自分だと思うと、たまに信じられなくなる。

「指輪、つけてくれるか」
「……虎将さんがつけてくれないんですか?」
 春子は指輪を、彼に渡した。どうせなら、虎将につけてもらいたい。

「……わかった。手を」

 虎将は照れくさそうに目を泳がせながら、リングケースから指輪を取る。春子は彼のほうへ左手を伸ばした。虎将はその手を取り、そっと薬指に指輪を通す。やけに慎重な指の動きに、口元が緩んでしまう。

「すごくきれいです。ありがとうございます」
 春子は手の甲を虎将に見せた。

「よく似合ってる」
「この指輪、虎将さんが選んでくれたんですか?」
「もちろん。だが一応……東雲たちにも聞いた」
「やっぱり」

 なんとなく想像がつく。虎将はそれほど女性の扱いに慣れていないだろうから、何を選べばいいかもわからないだろう。サイズの測り方だって誰かに聞いたのだろう。

「嫌だったか?」
「いいえ。考えてくれたことがうれしいですから」
 春子は何度も指輪を眺めては、一人で口元を緩める。

「春子、一生離さないから覚悟しておけよ」
「虎将さんもですよ」

 二人は照れながらも微笑み合った。何度も愛を伝えあっているのに、何度だって伝えたい。十分わかっているけれど、言葉にしたくなるほど愛おしい。

「……ああ。俺は幸せ者だな」
「それは私のセリフです」

 あの時、虎将が春子を見つけてくれなければ、春子はずっと一人だった。
 借金に埋もれヤクザに脅され、どうなっていたかもわからない。
 同じヤクザなのに、この人は違う。優しくて温かくて、愛情深い極道だ。
 虎将のことを知れば知るほど、春子の愛も深くなっていく。

 二人は愛を囁き合い、永遠を誓った。




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