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06 平穏な時間
初デート
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翌日日曜日の昼前、二人は都内の動物園に来ていた。
昨日ゆっくりと休んだおかげで、今日は朝からシャキッとしていて支度をできた。隣の虎将も朝から元気そうだ。
動物園は日曜日だからか家族連れが多く、全体的に人も多い。だからこそ虎将の姿はあまり目立たなくて過ごしやすそうだ。そもそもみんなは動物を見るのに夢中で、虎将をじろじろと見る人もいない。むしろ虎将のほうが慣れない場所できょろきょろしている。ここに到着する寸前で、虎将も動物園に来るのは初めてだと知った。
良い歳をした大人の二人が初めての動物園に来たということになる。なので、動物園の入り口から順路を辿っていくことにした。サルやきりん、象にパンダなど、奥に行くにつれて人気動物を見ることができる。
そしてついに、春子が一番見たかったトラの登場だ。鮮やかなオレンジと黒の模様に、遠くからでもわかるほどの鋭い眼光。こっちに来ることはないとわかっていても、少し怖い。
「……すごいな」
虎将も呟くほどの迫力だった。象やライオンとは違った迫力がある。
「虎将さんなら勝てそうですね」
「まさか」
虎将が笑う。
「アレと同じものが俺の背中にもいるんだな」
「あ……刺青ですか?」
自然と小声になった。
ヤクザなのに刺青がないなと思っていたら、ちゃんと背中にあるらしい。一緒にお風呂に入った時も彼の身体はなるべく見ないようにしていたし、ベッドにいる時も、基本的に後姿を見ることはなかった。そしてやっぱり柄はトラらしい。
「今度、見せてやるよ。怖くなかったらな」
「……大丈夫な気はします」
もう今さら、虎将のことを怖いなんて思わない。
ぐるっと一周回ったところで、虎将は自分のお腹をさすった。
「そろそろ小腹が空いたな」
「お弁当の出番ですね!」
「ああ。楽しみにしてた」
動物たちがいるコーナーの奥には、爬虫類系の施設がある。さらに隣には、広々とした広場が見える。子どもたちが走り回っていたり、テントを立ててごはんを食べていたり、過ごし方は自由になっている。春子たちは端のほうにあるベンチに座り、お弁当を広げた。
作ってきたのはサンドイッチだ。食べやすく、また普段の食事とは違った種類のものを用意したかった。虎将はお米が好きなのでおにぎりとかのほうがよかったかと悩んだが、前日はお寿司をたっぷり食べたし、朝食もごはんだったのであえてパンを選んだ。レタスやキュウリ、トマトをたっぷりと挟んだハム、ツナ、たまごのサンドイッチだ。それからおやつ的にいちごジャムのサンドイッチも。それからスープジャーにコンソメスープを入れて持ってきた。
「……うまい。パンもいいな」
「よかったです。パンはあまり食べないですか?」
「……いや、食べることは食べるが、こういうのはあんまり」
サンドイッチの名称も出てこないらしい。春子と出会う前、彼はいったいどんな生活をしていたのか気になってくる。まさかカップラーメンとおにぎりだけで生活してきたのではないかと不安になる。
虎将は一口が大きく、ひょいひょいと口に放り、たっぷり作ってきたサンドイッチはすぐになくなった。食後のコーヒーを買い、ほっと息を吐く。
耳を澄ますといろんな音が聞こえてくる。
どこかから聞こえる動物たちの鳴き声、心地良い風の音、子どもたちの笑い声も。繁華街から聞こえてくる音とは全然違う。
「……こういうのもたまにはいいもんだな」
「本当ですね」
毎日朝から夜まで働き、お金のやりくりをして時には借金取りに追われていた日々からはまるで想像できなほどの穏やかな時間だ。きっとヤクザである虎将にとってもめずらしい休日だろう。
「虎将さんは普段休日何をしてるんですか?」
「……食って寝てるだけだな」
「じゃあ、趣味とかは?」
「……そういえば、無いな。たまに薫とバーでダーツをするくらいだな」
「東雲さんと仲良いんですね」
「まあ……兄弟だからな」
二人で話をしている時、虎将は本当の家族といる時みたいにリラックスをしているのが感じ取れた。春子や琴と話をしている時とはまた違った顔だ。
「薫は、組に入ったばかりの俺にいろいろと教えてくれたんだ」
「ということは、東雲さんのほうが先輩なんですか?」
「……先輩、まあそんな感じだな。立場も年齢も同じだから先輩って感じじゃなかったけどな」
くすりと笑う虎将は穏やかな表情をしている。
「虎将さんは、組長と仲間に恵まれてるんですね」
「……そうかもしれないな」
虎将は照れながらも認めた。それほど組長のことも、薫のことも大切なのだとわかる。話をするにつれて少しずつ虎将のことを知っていく実感に胸がいっぱいになった。
春子はとっくに虎将に惹かれている。でなければ身体を許したりはしない。だからこそ彼のことを知るたびに心が満たされていく。と同時に、このままでいいのかと迷ったりもする。いつかは別れることになる関係なのにさらに好きになってしまったら離れる時が苦しくなる。
最近よく思い出す、春子の小さい夢。けれど、虎将といたらきっとそれは叶えられない。でも今は、彼といることが何よりしあわせだ。迷いつつも、まだ虎将と一緒にいることを選びたい。
「春子、これからどうする? 帰るか?」
「あ……私どうしても行きたいコーナーがあるんです」
「ああ、わかった。そこに行こう」
春子は内心にやりと微笑む。到着するまで虎将には内緒の場所だ。広場の横にあるらしく、その場所はすぐに見つかった。人気コーナーらしく、人だかりができている。
「……ふれあいコーナー?」
虎将が怪訝な顔をしてポップなフォントで描かれた看板の文字を読む。
「はい! うさぎを抱っこできるみたいなんです!」
中には様々な種類のうさぎが走り回っている。人数制限があるらしく、人は多すぎることなくみんな笑顔でうさぎと戯れている。見ているだけで癒されるの空間だ。
「……春子だけ行ってこい。俺は待ってる」
予想通り、虎将は一歩引いた。
「嫌です。一緒に行きましょう!」
春子は虎将の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。今日はトラとこのために来たようなものだ。
「……しかたないな」
春子がいつまでたっても虎将の腕を離さないので、虎将は観念して息を吐いた。
中に入るとすぐにうさぎたちが駆け寄ってくる。うさぎはあんまり懐かないとどこかで聞いたことがあったが、ここのうさぎは人慣れしているのか人の周りを駆け回っている。座り込むと、近寄ってきて撫でることができる。ふわふわとした感触に、頬が勝手に緩む。
「かわいいですねえ……」
「あ、ああ」
虎将は少し離れた場所からそれを見ていた。
「ほら虎将さん、こっち来て。抱っこしてみてください!」
「お、俺はいい」
「なんで~可愛いのに」
動物にふれ合うのも小学生の飼育係以来。猫カフェなどが流行って、前よりも動物と簡単にふれ合えるようになったが、例のごとく春子にはそれよりも借金返済が第一だった。遊びや娯楽のことなど考えている余裕もなかったので動物とのふれ合いも十数年ぶりだ。
春子が一人でうさぎと戯れていると、虎将もいつの間にか隣に座っていた。うさぎがぴょんぴょんと跳ね、次々と虎将へ集まってくる。
「お、おい」
芝生にあぐらをかいている虎将の足の上をよじ登ろうとするうさぎ。周りを飛び回るうさぎ。他の人のところにいたうさぎさえも寄ってくる始末。明らかに歓迎ムードだ。
「懐いてますね」
「懐いてるって、これが?」
虎将は明らかに困惑していた。彼も動物とふれ合うことなどめったになさそうだから慣れてもいないのだろう。
「そうです。やさしーく撫でてみてください」
虎将は普通の力でも小動物には強いくらいだろうから、優しく、としつこいくらいに伝えた。すると虎将は怯えながらゆっくりうさぎの身体に手を添える。
「こ、こうか?」
あんなに強い彼が動物相手に怯えている姿がなんだかおもしろい。口元が緩んでしまうのを必死に我慢する。
「いいですね。うさぎもうれしそうですよ」
うさぎを撫でている虎将の姿にはギャップがありすぎて、園内の人の視線が集まっている。さすがに組長だと知る人もいないだろうから変に怖がられてはいない。むしろ、春子と同じようにギャップにときめいている女性すらいる。
残念ながら写真は禁止なので写真に収めることができないのが悔やまれる。
「……可愛いな」
虎将がぽつりと呟く。
「でしょう? 可愛いなぁ……癒されますよね」
春子もうさぎを抱き上げながら虎将に笑いかける。虎将はまだ抱っこできるほどではなさそうだが、ずっと手は無意識にもうさぎの身体を撫でている。
「……そろそろ帰るか」
「えっ」
虎将は急に立ち上がり、ふれあいコーナーを出て行く。春子は慌てて彼を追いかけた。
「……もしかして、怒りましたか?」
「いや違う」
「じゃあどうして急に帰るなんて」
明らかに機嫌が悪くなっている。やっぱり虎将をあの場所に連れて行ったのが間違いだったのか。確かにあの場所では虎将の存在は目立っていた。でも虎将も途中からは楽しんでいたのに。
「急に春子を抱きたくなった」
「え、え!?」
さっきまで穏やかな時間を過ごしていただけに、突拍子もない言葉に春子は目を見開く。
「いいから、早く帰るぞ」
手を握られ引っ張られる。春子もそろそろ帰ろうかと思っていたので動物園を出るのはいいけれど、そこまで慌てる必要もない。虎将は春子の手を握っている逆の手でスマホを操作し、電話をかける。
「陽太か? 迎えに来てくれ」
「わざわざ陽太さんを呼ぶんですか!?」
「ああ。念のために近場で待機するように伝えてある」
念のためって、なんのために?
春子は虎将のスピード感についていけない。
数分も経たないうちに、黒塗りの高級車が迎えに来る。
「組長、おつかれっす。デートは楽しかったですか」
「……ああ、俺の家まで頼む」
「了解でーす」
陽太はまったく気にする様子はない。部下とはいえ、もう少し気にしてもいいくらいだ。
昨日ゆっくりと休んだおかげで、今日は朝からシャキッとしていて支度をできた。隣の虎将も朝から元気そうだ。
動物園は日曜日だからか家族連れが多く、全体的に人も多い。だからこそ虎将の姿はあまり目立たなくて過ごしやすそうだ。そもそもみんなは動物を見るのに夢中で、虎将をじろじろと見る人もいない。むしろ虎将のほうが慣れない場所できょろきょろしている。ここに到着する寸前で、虎将も動物園に来るのは初めてだと知った。
良い歳をした大人の二人が初めての動物園に来たということになる。なので、動物園の入り口から順路を辿っていくことにした。サルやきりん、象にパンダなど、奥に行くにつれて人気動物を見ることができる。
そしてついに、春子が一番見たかったトラの登場だ。鮮やかなオレンジと黒の模様に、遠くからでもわかるほどの鋭い眼光。こっちに来ることはないとわかっていても、少し怖い。
「……すごいな」
虎将も呟くほどの迫力だった。象やライオンとは違った迫力がある。
「虎将さんなら勝てそうですね」
「まさか」
虎将が笑う。
「アレと同じものが俺の背中にもいるんだな」
「あ……刺青ですか?」
自然と小声になった。
ヤクザなのに刺青がないなと思っていたら、ちゃんと背中にあるらしい。一緒にお風呂に入った時も彼の身体はなるべく見ないようにしていたし、ベッドにいる時も、基本的に後姿を見ることはなかった。そしてやっぱり柄はトラらしい。
「今度、見せてやるよ。怖くなかったらな」
「……大丈夫な気はします」
もう今さら、虎将のことを怖いなんて思わない。
ぐるっと一周回ったところで、虎将は自分のお腹をさすった。
「そろそろ小腹が空いたな」
「お弁当の出番ですね!」
「ああ。楽しみにしてた」
動物たちがいるコーナーの奥には、爬虫類系の施設がある。さらに隣には、広々とした広場が見える。子どもたちが走り回っていたり、テントを立ててごはんを食べていたり、過ごし方は自由になっている。春子たちは端のほうにあるベンチに座り、お弁当を広げた。
作ってきたのはサンドイッチだ。食べやすく、また普段の食事とは違った種類のものを用意したかった。虎将はお米が好きなのでおにぎりとかのほうがよかったかと悩んだが、前日はお寿司をたっぷり食べたし、朝食もごはんだったのであえてパンを選んだ。レタスやキュウリ、トマトをたっぷりと挟んだハム、ツナ、たまごのサンドイッチだ。それからおやつ的にいちごジャムのサンドイッチも。それからスープジャーにコンソメスープを入れて持ってきた。
「……うまい。パンもいいな」
「よかったです。パンはあまり食べないですか?」
「……いや、食べることは食べるが、こういうのはあんまり」
サンドイッチの名称も出てこないらしい。春子と出会う前、彼はいったいどんな生活をしていたのか気になってくる。まさかカップラーメンとおにぎりだけで生活してきたのではないかと不安になる。
虎将は一口が大きく、ひょいひょいと口に放り、たっぷり作ってきたサンドイッチはすぐになくなった。食後のコーヒーを買い、ほっと息を吐く。
耳を澄ますといろんな音が聞こえてくる。
どこかから聞こえる動物たちの鳴き声、心地良い風の音、子どもたちの笑い声も。繁華街から聞こえてくる音とは全然違う。
「……こういうのもたまにはいいもんだな」
「本当ですね」
毎日朝から夜まで働き、お金のやりくりをして時には借金取りに追われていた日々からはまるで想像できなほどの穏やかな時間だ。きっとヤクザである虎将にとってもめずらしい休日だろう。
「虎将さんは普段休日何をしてるんですか?」
「……食って寝てるだけだな」
「じゃあ、趣味とかは?」
「……そういえば、無いな。たまに薫とバーでダーツをするくらいだな」
「東雲さんと仲良いんですね」
「まあ……兄弟だからな」
二人で話をしている時、虎将は本当の家族といる時みたいにリラックスをしているのが感じ取れた。春子や琴と話をしている時とはまた違った顔だ。
「薫は、組に入ったばかりの俺にいろいろと教えてくれたんだ」
「ということは、東雲さんのほうが先輩なんですか?」
「……先輩、まあそんな感じだな。立場も年齢も同じだから先輩って感じじゃなかったけどな」
くすりと笑う虎将は穏やかな表情をしている。
「虎将さんは、組長と仲間に恵まれてるんですね」
「……そうかもしれないな」
虎将は照れながらも認めた。それほど組長のことも、薫のことも大切なのだとわかる。話をするにつれて少しずつ虎将のことを知っていく実感に胸がいっぱいになった。
春子はとっくに虎将に惹かれている。でなければ身体を許したりはしない。だからこそ彼のことを知るたびに心が満たされていく。と同時に、このままでいいのかと迷ったりもする。いつかは別れることになる関係なのにさらに好きになってしまったら離れる時が苦しくなる。
最近よく思い出す、春子の小さい夢。けれど、虎将といたらきっとそれは叶えられない。でも今は、彼といることが何よりしあわせだ。迷いつつも、まだ虎将と一緒にいることを選びたい。
「春子、これからどうする? 帰るか?」
「あ……私どうしても行きたいコーナーがあるんです」
「ああ、わかった。そこに行こう」
春子は内心にやりと微笑む。到着するまで虎将には内緒の場所だ。広場の横にあるらしく、その場所はすぐに見つかった。人気コーナーらしく、人だかりができている。
「……ふれあいコーナー?」
虎将が怪訝な顔をしてポップなフォントで描かれた看板の文字を読む。
「はい! うさぎを抱っこできるみたいなんです!」
中には様々な種類のうさぎが走り回っている。人数制限があるらしく、人は多すぎることなくみんな笑顔でうさぎと戯れている。見ているだけで癒されるの空間だ。
「……春子だけ行ってこい。俺は待ってる」
予想通り、虎将は一歩引いた。
「嫌です。一緒に行きましょう!」
春子は虎将の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。今日はトラとこのために来たようなものだ。
「……しかたないな」
春子がいつまでたっても虎将の腕を離さないので、虎将は観念して息を吐いた。
中に入るとすぐにうさぎたちが駆け寄ってくる。うさぎはあんまり懐かないとどこかで聞いたことがあったが、ここのうさぎは人慣れしているのか人の周りを駆け回っている。座り込むと、近寄ってきて撫でることができる。ふわふわとした感触に、頬が勝手に緩む。
「かわいいですねえ……」
「あ、ああ」
虎将は少し離れた場所からそれを見ていた。
「ほら虎将さん、こっち来て。抱っこしてみてください!」
「お、俺はいい」
「なんで~可愛いのに」
動物にふれ合うのも小学生の飼育係以来。猫カフェなどが流行って、前よりも動物と簡単にふれ合えるようになったが、例のごとく春子にはそれよりも借金返済が第一だった。遊びや娯楽のことなど考えている余裕もなかったので動物とのふれ合いも十数年ぶりだ。
春子が一人でうさぎと戯れていると、虎将もいつの間にか隣に座っていた。うさぎがぴょんぴょんと跳ね、次々と虎将へ集まってくる。
「お、おい」
芝生にあぐらをかいている虎将の足の上をよじ登ろうとするうさぎ。周りを飛び回るうさぎ。他の人のところにいたうさぎさえも寄ってくる始末。明らかに歓迎ムードだ。
「懐いてますね」
「懐いてるって、これが?」
虎将は明らかに困惑していた。彼も動物とふれ合うことなどめったになさそうだから慣れてもいないのだろう。
「そうです。やさしーく撫でてみてください」
虎将は普通の力でも小動物には強いくらいだろうから、優しく、としつこいくらいに伝えた。すると虎将は怯えながらゆっくりうさぎの身体に手を添える。
「こ、こうか?」
あんなに強い彼が動物相手に怯えている姿がなんだかおもしろい。口元が緩んでしまうのを必死に我慢する。
「いいですね。うさぎもうれしそうですよ」
うさぎを撫でている虎将の姿にはギャップがありすぎて、園内の人の視線が集まっている。さすがに組長だと知る人もいないだろうから変に怖がられてはいない。むしろ、春子と同じようにギャップにときめいている女性すらいる。
残念ながら写真は禁止なので写真に収めることができないのが悔やまれる。
「……可愛いな」
虎将がぽつりと呟く。
「でしょう? 可愛いなぁ……癒されますよね」
春子もうさぎを抱き上げながら虎将に笑いかける。虎将はまだ抱っこできるほどではなさそうだが、ずっと手は無意識にもうさぎの身体を撫でている。
「……そろそろ帰るか」
「えっ」
虎将は急に立ち上がり、ふれあいコーナーを出て行く。春子は慌てて彼を追いかけた。
「……もしかして、怒りましたか?」
「いや違う」
「じゃあどうして急に帰るなんて」
明らかに機嫌が悪くなっている。やっぱり虎将をあの場所に連れて行ったのが間違いだったのか。確かにあの場所では虎将の存在は目立っていた。でも虎将も途中からは楽しんでいたのに。
「急に春子を抱きたくなった」
「え、え!?」
さっきまで穏やかな時間を過ごしていただけに、突拍子もない言葉に春子は目を見開く。
「いいから、早く帰るぞ」
手を握られ引っ張られる。春子もそろそろ帰ろうかと思っていたので動物園を出るのはいいけれど、そこまで慌てる必要もない。虎将は春子の手を握っている逆の手でスマホを操作し、電話をかける。
「陽太か? 迎えに来てくれ」
「わざわざ陽太さんを呼ぶんですか!?」
「ああ。念のために近場で待機するように伝えてある」
念のためって、なんのために?
春子は虎将のスピード感についていけない。
数分も経たないうちに、黒塗りの高級車が迎えに来る。
「組長、おつかれっす。デートは楽しかったですか」
「……ああ、俺の家まで頼む」
「了解でーす」
陽太はまったく気にする様子はない。部下とはいえ、もう少し気にしてもいいくらいだ。
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