強引組長は雇われ婚約者を淫らに愛す

春密まつり

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05 彼の裏側

再来

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 家の近くに着くと、マンションの前をうろうろしている猫背の男が視界に入り、足を止めた。
「……あ」
「どうした?」
「……また、あの人が」

 今日は厄日だろうか。バイト先でも嫌な目に遭ったのに家に帰ってきても嫌な目に遭いたくない。でも虎将がいてよかった。彼がいるなら義父は前と同じように逃げるに決まっている。

「あいつこの前の……。春子の義父だよな」

 春子は黙ったままうなずいた。
 義父は春子たちに見られていることに気づくと、虎将の顔を見てくるりと背を向けた。先日のようにまた逃げる気だ。話をしないならそれはそれでいいと春子は思ったが虎将がそれを許さず、義父を追いかけてすぐに肩を掴み引き留めていた。春子も遅れて虎将に追いつく。

「おい逃げるな! あんた、何しに来た」
「……っ、ま、またお前か」
「春子とその母親を裏切った義理の父親が今さら何の用だ?」
 最初は虎将に怯えていた義父も、顔つきが変わっていく。
「……こんなマンションに住んでるならさぞ金を持ってるんだろうと思ってな」
「あんた、金に困ってるのか?」

 虎将に助けてもらえるとでも思ったのか、義父は二度三度とうなずく。義理の娘どころかその隣にいる見知らぬ人にまでお金を借りようとするその精神には飽きれる。

「それなら良い金貸しを教えてやるよ。ヒガシキャッシュサービス」
「……っ」
 義父の顔色が変わる。

「覚えがあるよな? お前が残した借金だ。今も春子は返済に追われてるんだよ。そんな春子にさらに金をせびろうと思うのか? むしろお前が春子に返すべきだろう」

 義父や母が作った借金はどういう経緯で膨れ上がったものか、春子には詳細不明だ。けれど、どんな理由があっても他に女を作って母を裏切った男であることに変わりはない。

「……お、お前には関係ないっ、春子はおれの娘だぞ!」
 義父はか細い声で声を上げる。身体を振り回し虎将の手を振りほどこうとするが、虎将は冷静に義父を睨んだままだ。
「俺は春子の婚約者だ」
 義父は信じられない顔で虎将を見て、それから春子に視線を向ける。春子は否定も肯定もせず、義父をまっすぐ見ていた。

「ストーカーで警察に行くか? それともヒガシキャッシュサービスに連れてってやろうか」
「や、やめてくれ」
 義父は大人しくなり、震える声で訴える。
「今後春子と話す時は俺を通せ。もう二度と顔を見せるな」

 虎将の鋭い視線に義父は黙ったまま何回かうなずくことしかできない。それを確認すると、虎将はようやく義父の手を解放する。義父はふらふらとしながら後ずさり、くるりとこちらに背を向けるととぼとぼと去っていく。

「……虎将さん、ありがとうございます」
「いや。春子に確認せず追い返してよかったか?」
「もちろんです。もう二度と会いたくありません」
「ああ。あれだけ言えばもう大丈夫だろうな。でも念のため、一人の時にあいつを見かけたら俺にすぐ連絡してくれ」

 今日は長い一日だった。
 バイト前もバイト中も、バイト終わりでもトラブルがあり、疲労困憊だ。
 虎将はファミレスで夕飯を済ませていたのに小春が夕飯の支度をしていると一緒に食べると言って、二人で一緒にパスタを食べた。金曜日の夜なので、焦ってベッドに入らなくていい。
 ゆっくりお風呂に入って考え事をしていた。この前、虎将と一緒にお風呂に入ったことを思い出していた。あの時も義父と会って、虎将が助けてくれた日だった。男性と一緒にお風呂に入ったことすら初めてだったのに、あんなことを――。

 思い出すだけでドキドキしてくる。逆上せそうになってお風呂から上がる。赤くなっている自分の顔、それから身体をまじまじと観察する。虎将を誘惑できるような身体ではない。節約ごはんのせいで不健康に痩せていた身体はようやく肉をつけ始めているけれど、女性的な魅力があるかは春子にはわからない。
 頭の中にふと琴の顔が思い浮かび、首を振る。彼女のようなスタイルの良さだったら虎将を誘惑できるのかな、と考えてしまった。
 今度こそちゃんと虎将にお礼をしたい。――それだけではなく、春子自身が虎将を求めていた。

 火照った身体のままベッドに戻り、虎将の隣にもぐり込む。するとすぐに彼は春子の身体を引き寄せた。
「なあ春子。夜のバイトは辞めてくれないか? 一日に渡す金額を増やしてもいい」
 今のままでも十分助かっている。これ以上贅沢をするわけにはいかない。だからこそ仕事もバイトも続けたかった。

「……でも……婚約者のフリが終わったあとのことを考えたらなかなか辞められなくて」
「それなら俺と本当に結婚すればいいだろう」
「……え?」
 驚いて虎将を見上げる。

「……いや、夜のバイトが心配なんだ。今日みたいに俺が毎回助けてやれるわけじゃない」

 さっきのセリフが冗談だとしても、虎将の神妙な顔に心が動かされる。助けてもらっている身なので我儘は言えない。でもこの先のお金のことが心配だ。迷うけれど、虎将の目を見ていたら気持ちが定まった。

「……わかりました、辞めます。でも、金額は増やさなくて大丈夫です。今でも十分もらってるんですから」
「ありがとな」

 虎将が安心したように笑い、春子の額にキスをした。
 そのまま唇にもキスをするかなと予想していたけれど、おとずれることはなく虎将は「おやすみ」と目を閉じた。
 いつものように虎将に腕枕されているが、それだけでは物足りなく、春子からぎゅっと虎将を抱きしめる。

「……ん、春子、どうした?」
「今日は二回も助けられちゃいましたね」
「気にするな」
 今日の出来事を思い返すほど、虎将への愛おしさが溢れてとまらなかった。
「……お礼、したいです」
「いいよ。当然のことをしたまでだ」
 今日に限って謙虚な虎将。春子はもどかしくなる。いつもだったら彼から求めてくる流れなのに。春子はこくりと息を飲む。
「じゃあいいです。……勝手にお礼しますから」
「ん?」
 春子は虎将の唇に自分の唇を重ねた。それだけで彼は表情を固める。

「……春子、どうした?」

 明らかに戸惑っている姿が少し可愛い。いつもとは逆の状態に春子は妙な高揚感に包まれていた。
 春子は起き上がり、布団をはいだ。ドキドキとうるさく鼓動が鳴らしながら虎将の下腹部をそっと撫でる。

「お、おい、春子」
 めずらしく虎将の戸惑う声が響く。
「……お礼ですからっ! 上手にできなかったらごめんなさい」

 前にできなかったことを、してあげたい。春子は恐る恐る、虎将の寝間着にしているスウェットの穿き口に手をかける。そっと下ろすと、彼の黒いボクサーパンツが目に入る。

「……春子、本気か?」
「当たり前です」
「急にどうしたんだ?」
 動揺したままの虎将は上半身を持ち上げ、春子を凝視している。

「……虎将さんにお礼がしたいんです」
「……それだけ?」
 春子は黙り込む。

 お礼がしたいという気持ちの裏側で他の感情があることを、彼は見抜いている。でも春子にはまだ言葉にする勇気が出ない。だからこそ『お礼』という理由をつけているのに。

「俺はうれしいけど無理はするなよ?」

 こくりとうなずくと、虎将は自らスウェットを脱いでくれる。膨らみかけているボクサーパンツにそっと手を置いた。
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