異世界マンションの管理人

ゆざめ

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ただいま日本、そしてさようなら

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 気が付くと俺はベッドの上にいた。
 そして体を激しく揺すられ、叩かれている。
 なんだか懐かしい感覚だ。

「学校遅刻しちゃうよ! 早く起きて!」

 この声は間違いなく……えーっと……あれ……?
 名前が出そうで出てこない。
 この不思議な感覚はいったい……。

「お兄!」

 あ、そうだ。
 ようやく思い出した。
 この呼び方は妹のさやだ。
 最強クラスのルックスを持っている上に、黒髪ボブという要素、人当たりがとても良いという自慢の妹だ。

「彩おはよう。
 なんかすごい夢を見てた気がする」

「やっと起きた……でどんな夢?」

「それが……思い出せないんだよね」

「はぁ……早く支度してよね」

 部屋から出ていこうとする彩に俺は一言

「ありがとな」

 と声をかけた。

「いつも大変なんだからね」

 いつもそう言って部屋を出ていくが、階段を降りる時の足音がルンルンしている。

 俺は慣れた手つきで身支度を済ませ、リビングへ向かう。

「あら、今日は随分簡単に起きたのね」

 この声は母の由美子だ。
 妹は間違いなく母に似たのだろう。
 なぜなら、たまに大学生と間違われるくらいに全てが整ってるからだ。

「おう、起きたか夢」

 この声は父の竜美たつみだ。
 俺は間違いなく父に似たのだろう。
 なぜなら、少し茶髪がかった髪色に顔がそっくりとよく言われるからだ。

「うん。
 父さん、母さんおはよう」

「朝ごはん出来てるから、チャチャッと食べちゃって」

「ありがとう」

 バターが塗られた食パンに、コンソメスープ。
 いつもの朝ごはんだ。

「美味しい」

「そう、よかったわ」

 家族みんなで食べる朝ごはん。
 幸せの形。
 ……待てよ。
 俺は確か、一人暮らしだったはず。
 なぜ俺は家にいるんだ……。
 朝ごはんを食べた俺は、先にご飯を食べ終わり玄関にいる妹にお願いした。

「あのさ、学校まで案内してくんない?」

 もちろんこうなる。
 だって、家から高校へ通ったことが一度もないんだから。
 そして妹は同じ高校に通っている。
 これが最後の望みなのだ。

「お兄どうしたの?
 頭おかしくなっちゃった?」

 これはどうやら煽りではないようだ。
 本気で心配してくれている様子である。

「あ~悪ぃ。
 頭が回ってなくてな」

「しょうがないな~、今日だけだよ」

 これでこそ自慢の妹だ。

 俺と彩は二人で学校へ向かった。
 そして半分くらい来たところで、とあることを思い出した。

「待って……あの人私タイプかも」

「私もありかも」

 これは女子高生二人の会話だ。
 そう。
 俺は少しモテるのだ。
 別に容姿に自信がある訳では無いが、なぜか女の子の間で人気があるらしい。

「お兄っ! 」

「はいっ!」

「私がはぐれるといけないから、腕掴んどくね」

「はいはい、お好きにどうぞ」

 思い出した。
 彩は中学生の頃まで俺にべったりだった。
 高校に入ってからは、少し距離が空いてしまったが。

「なんだ、あの隣の人彼女だったんだ」

「妹かなって思ってたのに、残念」

 しめしめと笑う妹は、とても満足そうな顔をしている。
 学校へ着くと、見覚えのある顔がいた。

「おっす! 
 今日は妹と仲良く登校ですか?」

 思い出した。
 こいつは秀也、俺の唯一の友達であり親友だ。
 小学校からずっと一緒で、親同士もすごく仲がいい。
 秀也は高校の規則を破り、堂々と金髪で登校してくる少し外れたタイプだ。

「黙れ秀也。
 なんか頭が回んなかったから道案内頼んだだけだ」

「なんだそれ」

 秀也はとても笑っている。

「じゃあ私はもう行くね」

 ここで彩とは別行動になる。
 本当に助かった。

「ありがとな、助かった」

「次は無いからね」

「うん」

 お互いに手を振り別れたあと、俺は秀也と教室へ向かった。
 その道中のこと。

「あのさ夢、一つ聞いてもいいか?」

「ああ、いいよ」

「お前妹と付き合ってんの?」

「はぁ? 
 まさかお前がそこまでバカだとは思わなかった」

「だってさ、腕を掴まれて登校っておかしいだろ?」

「あいつが勝手にそうしたんだ」

「へ~、罪なお兄ちゃん」

「しばくぞ」

「ごめんちゃい」

 こんなやり取りをしていると教室の前に着いた。
 俺は扉に手をかけたが、開けることが出来ない。

「今夢が考えてること当ててあげよっか。
 俺の席どこだっけ? でしょ!」

 こいつはすごい。
 心の中を覗かれている気分だ。

「さすがは俺の親友だな。
 で、俺の席はどこだ?」

「ふっふっふ。
 実は昨日席替えをさせたんだ」

「はぁ? また勝手なことを」

「席は窓際一番後ろ、男のロマン席だ。
 そして隣は……もちろん俺だ!」

 俺はピースをしている秀也を無視し、教室へ入った。

「お、夢じゃん!」

「本当だ、おはよう!」

 みんなから挨拶される。
 なんだか人気者みたいだ。

「みんなおはよう」

 席に着いた俺は窓の外を見た。
 見れば見るほど鮮明に思い出されてくる記憶。
 俺はもしかして記憶喪失になっていたのかもしれない。
 そう思った時、初めて聞く声が脳に直接語り掛けてきた。

「キミが今考えたことは全て間違い。
 さあ戻ろうか、異世界に」

「異世界……?」

「おい夢、一人言か?」

 思わず声に出てしまった言葉に、秀也が反応した。

「悪ぃ、なんかおかしいんだよ」

「いつもだろ」

「うっせえ」

 当たり前の日常のはずなのに、なにか物足りない。
 片付けの出来ない人、偉そうな人、世話焼きな人、大胆な人、お姫様に何かの王。
 そんな知り合いがいた気がする。
 それだけじゃない。
 みんなに……会いたい。
 その時、またあの声が脳に直接話しかけてきた。

「その気持ちだよ、その気持ち!
 さあ帰ろうよ、キミがキミでいられる場所へ」

 秀也が開けた窓から、三匹の蝶々が入ってきた。
 蝶々は何かを俺に渡そうとしているように見えた。
 俺がその蝶々に手を伸ばすと、蝶々は一通の手紙に変わった。
 内容はこうだ。

「我に遺書を残すなんて、百年早いのである。 スラ
 私はまだどこかで夢さんが生きていると信じています。イム
 これから部屋の片付けは、一体誰に任せればいいのかしら。 ソフィ
 いつかまた夢さんのご飯が食べられますように。ヴェントス
 私に生きる意味をくれたのに、先に死なれたら困る。キース
 俺の親友なら笑顔で帰ってこい。待ってるからな。水月」 

「これは間違いなく本人たちが書いたものだよ。
 さあどうする?」


「ごめん、秀也。俺行かなきゃ」

「おい突然どうしたんだよ。
 行くってどこに?」

「俺を待ってくれてる、みんなの所に!」

「……ったく、夢は本当に不思議なやつだな」

「いつ帰って来れるかもわからない」

「大丈夫だって、心配すんな。
 俺はお前の親友だからな!」

 親指を立て、にっこりと笑ったその顔はどこか水月に似ていた。

「さあ、心の中でこう祈るんだ!
 クルル様の仰せのままに、と」

「クルル様の仰せのままに……」

 俺が心の中で祈ると、とあるマンションの一室にいた。
 とても見覚えのある部屋だ。

「てことはこの辺りにボタンが……あった!」

 俺はどうなるのかわかった上でボタンを押した。
  雲一つない快晴。
 一人の少年がすごいスピードで落ちていく。
 マンションの外にあるゴミ捨て場に向けて。

「ただいま、異世界!」 
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