或る実験の記録

フロイライン

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深海

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「ある日、ファイン製薬の営業が持ってきたんですよ
例の薬をどうしても使って欲しいって。

院で使用する医療器具や医薬品の選定は事務長の重要な仕事ですから、私のところには毎日色んな業者がやってくる。
ですが、そのときのファイン製薬の売り込みはこれまでとは比べ物にならないくらい熱くプレゼンしてきて、最終的には私が折れる形で承諾しました。

しかし、よくよく聞いてみるとそのクスリは未承認の薬だっていうんです。私も医師免許を持つ医者の端くれですからね。すぐに断りましたよ。

しかし、ファイン製薬の営業マンは諦めが悪くて執拗に頼んできたんです。
決して体に害を及ぼすような薬ではなく、栄養剤に毛の生えたようなものだと。

さらに、協力費として金まで用意してきたんです。


ご存知だと思いますが、私はギャンブルにのめり込んでしまって、多額の借金を抱えて苦しんでました。

ファイン製薬からの五百万の協力費に飛び付いてしまったんです。」


「なるほど」


「私はファイン製薬の指示通り、特定の患者に毎日使用していた薬をすり替えました。

ですが、その薬を服用した患者十七名全員が、次々に容態が悪くなり、亡くなってしまったんです。

私はすぐにそのファイン製薬の営業に連絡しましたが、何も心配はいらない、これは単なる偶然だとして取り合ってくれませんでした。

それだけの人間が死んだのですから、当然警察の捜査が入り、司法解剖もされたのですが、遺体からは何も不審な点は見つからず、単なる偶然の死という事で片付けられました。」


「大体の話は理解した。
よく話してくれたね、樋口君」


「あの日以来、私は夜も眠れず、毎日睡眠薬を服用しています。
汚れてしまったとはいえ、私も医療従事者です。
命を救うことがあっても、奪ってしまうような事に手を貸すのは…

良心の呵責に耐えられず、ずっと苦しかったんです。

高山さん、これから警察に自首してきます。」


「バカなことを言っちゃダメだよ。
私の話を聞いていなかったのかね?

君が自首したところで、捜査の手はファイン製薬には及ぶことはない
それどころか、君一人に全ての責任を押し付けてしまうだろうね。」


「そんな…」


「これは、ファイン製薬だけの話じゃない。
背後にあるものがあまりにもデカすぎるんだ。」

「では、私はどうすれば…」

「樋口君、私は君を告発しようと思ってここに来たわけじゃない。
君と取引したいと考えてるんだ。」

「取引?」

「そのファイン製薬からの薬についてだが、未使用のものが残ってないか?」


「…残っています。

全部で18個渡されたのですが、一つはすり替える際に割ってしまったと虚偽の報告をして、私が一つ隠し持っています。

最初から腑に落ちない事ばかりでしたので、何かあった時の証拠の品として持っておきたかったんです。」



「樋口君、それを私に売ってくれないか」


「売るって…?」


「今ここに一千万円持ってきてある。
どうだろうか?」


借金苦の樋口に、高山の申し出を断る余裕など無く、この取引はあっさり成立した。
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