泥々の川

漏洩

鹿島という若い男が、新宿龍神会の梁川とこの店で待ち合わせをし、何やら話をしている。

こんなチャンスはそうそう無い。

だが、カウンターからでは、ボックス席の話は全く聞こえない。


江藤は、彼らの様子を注意深く窺い、本題に入ったと判断出来たところで、トイレに行くという作戦に出た。

トイレに行くとき、ボックス席に最も近づける。

これしかない。



（ここだ！）


江藤は、三人の口が動いていると見るや、すぐに席を立ち、後藤に

「トイレってそこだよね？」

と、店の一番奥を指差した。

「そうです。」


後藤が答えると、江藤は小さく頷き、そのままゆっくりとした歩みで、三人の元へ近づいていった。


江藤の予想通り、話が漏れ聞こえて来た。



「梁川さん、また例のやつを分けてもらえませんか。」


「例のやつ？」


「コロンビア産の」


「ああ、アレか。」


「ちょうど、新しいのが入荷したところですよ。」

鹿島と梁川の会話に、もう一人も加わっている。


これが限界だった。

あまり長くここにいると、当然不審に思われ、気付かれてしまう。

江藤はトイレに入り、本当に用を足した。

次、席に帰るまでがラストチャンスだ。


江藤は鏡の前で気合いを入れ、トイレを出た。

少し酔ったという事にして、歩みをさらにゆっくりにした。



「坊ちゃん
使うのはいいが、アフターの対応までこちらに振るのはもうやめて下さいよ。」


「それは…」


「まあ、そういった事も含めて、お父様とも懇意にさせてもらってるんです。
依頼をされれば、ちゃんと受けますがね。」

梁川はそう言って笑った。


「すいません…」


「いやいや、こっちも商売ですからね。
アフターケアまで付ければ、それだけの利益も出せますから。
まあ、困った時は遠慮せずに言って下さい。」


ここまで聞く事が出来た。


江藤は、席に戻ると、水割りを一口飲んだ。


そして、今の会話を頭の中で咀嚼したのだった。