泥々の川

after爪痕

スタジオから程近い、新宿なある焼き鳥屋にやってきたのは、久美子に窪田正夫、それに司会者の金村ジローだった。

「大将、こんばんはー

三人いける？」


窪田は常連らしく、店の主人に親しげに語りかけた。


「あ、こんばんは、窪田さん
ジローさんもご一緒で…

そちらのお嬢さんは初顔ですね。」


「こちらは友谷久美子ちゃん。
俺のカノジョ」

窪田はそう言うと、下品に笑った。


「こんな汚いところで申し訳ないんだけど、俺もジローちゃんも、昔からここに通っててね。
なあ、ジローちゃん」


「そうだよね。
もう二十年くらいになるかな」

ジローはそう言って笑った。


ただ、久美子は少し不安な気持ちになっていた。

窪田は自分に親しげに話しかけてくれるが、ジローは口をきかないどころか、目すら合わせなかった。


しかし、そんな事を気にしていても始まらないので、久美子は二人向かい側に座り、給仕に専念した。


二人にビールを注いだり、空いた皿を片付けたりと、ろくに食べずに、忙しく動き回る久美子を窪田が咎めた。


「久美子ちゃん、そんな事しないでいいから。
もっと食べなよ」


「はい。
ちゃんといただいてます。
すごく美味しいですね。」


「そうだろ？
ここの店、味が良いから通っちゃうんだよね。」


窪田が隣のジローに言うと、ジローはただ頷き、ビールを口にした。


「それにしても久美子ちゃんて美人だねえ。
男だった名残なんてどこにもないよ。」　　　


「いえ、そんな事ないです。」


「彼氏はいるの？」


「いません」


「なんだ、いないのか。
ジローちゃん、こんなに可愛いのに恋人の一人もいないなんて、寂しいと思わない？」

窪田はノリが悪いジローに、構わず話を振った事から、多分普段のジローはこういう感じなのだと、久美子は思った。

しかし、話を振られたジローは、久美子をジロッと見て

「所詮はオカマだしな。
どれだけ綺麗でも抵抗あるわ、普通はな」


と、吐き捨てるように言った。


「そうなんです。
やっぱりオカマにはなかなかハードルが高くて」

そんなジローの態度にも、久美子は臆することなく、笑ってそう答えた。
やはり、ドMの為せる業なのか、久美子にとっては言葉責めを受けているように感じ、ジローに対し、少し気分が高揚していくのがわかった。


「ごめんね、久美子ちゃん。
この人、酒癖悪くてね。いつも悪態ばっかつくのよ。
テレビの司会の時は善人でございますーみたいな面構えしてるでしょ？
アレは商売用だからね。」


窪田はそう言って、場の空気を変えようと必死だったが、一向に変わりそうになかった。