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single prayer
しおりを挟む「石川先生、今俊斗くんのお父さんから電話があって、お迎えに来るのが遅くなるって。」
「あ、そうなんですか」
「後は私が引き受けるから、もう上がって。」
園長の四谷早紀がお残り用の部屋に入ってきて、遥かに声をかけたが
「いえ、ワタシは大丈夫ですので。」
遥は断り、父親が迎えに来ず不安な表情の俊斗と一緒にいることにした。
結局、迎えにきたのは夜七時を回り、延長預かり時間のリミットを大幅に過ぎてしまっていた。
「本当にすみません、遅くなっちゃいまして」
俊斗の父、岩見良太は、恐縮して遥に頭を下げた。
年齢は見たところ三十四、五といったところか。
優しげな目をした男前であったが、生活に疲れ切っているのか、髪はボサボサ、目の下にクマを作り、顔色もあまり良くなかった。
何故、ここまで彼が疲弊しているのか
岩見は昨年末、不慮の事故で妻を失い、突如として父子家庭となってしまったからだった。
遥は岩見の身なりを見て、その生活の苦労を垣間見た。
スーツのボタンが一つ取れている。
妻がいればすぐに縫い付けてくれるだろう。
いや、本当はそれくらい彼も出来るかもしれない。
ただ、時間的な余裕が無く、自分の身の回りのことまで手が回らないにちがいない。
多分、これから帰って子供のご飯を作り、食べさせて、洗濯物を取り入れて畳み、風呂に入れ…
寝かしつけと、休む間もなく動き回らなければならないだろう。
「先生、こんな遅くまでご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありません。」
「いえ、こちらは大丈夫ですよ。
お仕事ですか?」
「ええ。帰ろうとした時にクレームが発生しちゃいまして」
「大変ですね。」
「いえいえ、この子を一人で育てる事になり、色々調整はしたつもりなんですが、先生にご迷惑をかけてたんじゃ、意味ないですから。
今後はこのような事のないように気をつけます。」
「あまり無理をなさらないで下さい。
あ、岩見さん
こんな事を言うのは何なんですが、ウチのような私立の幼稚園より、公営の保育園の方がいいんじゃないですか。
多分、申請したら優先的に入れると思いますし、お迎えの時間はそう変わらないですが、早朝に預ける事もできて、お父さんご自身の時間も取れると思うんですが。」
遥は差し出がましいと思ったが、岩見にアドバイスをした。
「ええ、妻が死んでしばらくして、それも考えたんですが、ここは家からもすごく近いですし、俊斗も石川先生の事が大好きで、他には行きたくないって泣くもんですから」
岩見はそう言って笑った。
「石川先生
大好き」
俊斗も取ってつけたように言い、遥に縋り付いた。
遥はしゃがみ込んで、俊斗と同じ目線となり、笑顔で言った。
「俊斗くん、パパが来るまで泣かずによく頑張ったね。
それじゃあ、また明日ね」
「うん」
俊斗も笑って頷き、岩見に手を引かれて帰っていった。
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