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陰翳礼讃
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智は自宅に戻ると、早速、ケイコに会ったこと、仕事を紹介してもらったことを奈々に話した。
奈々も一度は喜んでくれたが、その後
「智、職業に貴賎はないって言うけど、それでもなんかもったいないって思っちゃう。
智は資格もいっぱい持ってるし、英語も堪能だし、焦らずに探せばきっと良いとこ見つかると思うんだけど。」
「ワタシも前の仕事辞めてから長いこと探してきたんだけどね、やっぱりムリだったし、資格なんて何の役にも立たなかったわ。」
「そうなんだね。わかったよ、ありがとうね智。私と莉愛の事気にして早目に決めてくれたんだよね。」
「いつまでも遊んでるわけにはいかないし、仕事を貰えるだけでありがたいと思って頑張るよ。」
「私も、莉愛がもう少し大きくなったら働くね。一度も仕事した事ないし、働いてみたいのよね。」
「ごめんね、学生結婚なんてワタシが求めなければ、今頃バリキャリだったのに。」
「気にしないで、智と別れた後、私ね、働くつもりだったんだ。
でも、あの男が嫉妬深くて、私を外に出す事を拒んだのよ。」
奈々はまたあのときの悪夢を思い出して、少し表情が暗くなった。
「ダメだよ、奈々。その人が探してるかもしれないんでしょ。しばらくはこのまま家の近くだけにした方がいいよ、行動範囲は。」
「うん。そうだね、ごめんね、智。変な事に巻き込んじゃって。」
智と奈々、そして娘の莉愛にとって、今の生活は心に充足感をもたらすものであった。
しかし、あのDV男の魔の手がいつ迫るとも限らないこの状況は恐怖以外の何ものでもなく、頭をよぎるだけで二人の表情は忽ち暗くなっていった。
時を同じくして‥
「桐山さん、ようやく見つかりました。」
興信所の男は、向かいに座る桐山の前に資料を並べた。
「奥さんは今、須佐野市東町にあるマンションに身を寄せています。」
奈々と莉愛がマンションのエントランスから出てくるところを撮った写真を提示しながら言うと、桐山はそれを手に取りながら見つめ、尋ねた。
「妻はここで誰かと生活してるんですか?
たとえば新しい男とか」
男はもう一枚、写真を提示しながら言った。
「奥さんは今、この人と同居しています。」
智の写真だった。
「女性?ですか‥」
新しい男といるのではないかと疑いをもっていた桐山は意外な表情を浮かべた。
「いえ、この写真の人物は男性です。それも、奥さんが元々結婚していた人です。」
「ちょっと待ってください。仰ってる意味がよくわかりません。」
「今は性転換されて女性として暮らしているようですが、紛れもなく奥さんの元のご主人で間違いありません。」
「本当ですか?」
桐山は戸惑いながらも、若干気持ちが楽になった。
新しい男と住んでたら厄介だったが、戸籍上は男とはいえ、見た目が女の智が一緒に住んでいるということは、容易に、そして強引に奈々を取り返す事が可能だということを意味した。
(待ってろよ‥)
桐山は二枚の写真を見つめながら、奈々の奪還を強く誓った。
奈々も一度は喜んでくれたが、その後
「智、職業に貴賎はないって言うけど、それでもなんかもったいないって思っちゃう。
智は資格もいっぱい持ってるし、英語も堪能だし、焦らずに探せばきっと良いとこ見つかると思うんだけど。」
「ワタシも前の仕事辞めてから長いこと探してきたんだけどね、やっぱりムリだったし、資格なんて何の役にも立たなかったわ。」
「そうなんだね。わかったよ、ありがとうね智。私と莉愛の事気にして早目に決めてくれたんだよね。」
「いつまでも遊んでるわけにはいかないし、仕事を貰えるだけでありがたいと思って頑張るよ。」
「私も、莉愛がもう少し大きくなったら働くね。一度も仕事した事ないし、働いてみたいのよね。」
「ごめんね、学生結婚なんてワタシが求めなければ、今頃バリキャリだったのに。」
「気にしないで、智と別れた後、私ね、働くつもりだったんだ。
でも、あの男が嫉妬深くて、私を外に出す事を拒んだのよ。」
奈々はまたあのときの悪夢を思い出して、少し表情が暗くなった。
「ダメだよ、奈々。その人が探してるかもしれないんでしょ。しばらくはこのまま家の近くだけにした方がいいよ、行動範囲は。」
「うん。そうだね、ごめんね、智。変な事に巻き込んじゃって。」
智と奈々、そして娘の莉愛にとって、今の生活は心に充足感をもたらすものであった。
しかし、あのDV男の魔の手がいつ迫るとも限らないこの状況は恐怖以外の何ものでもなく、頭をよぎるだけで二人の表情は忽ち暗くなっていった。
時を同じくして‥
「桐山さん、ようやく見つかりました。」
興信所の男は、向かいに座る桐山の前に資料を並べた。
「奥さんは今、須佐野市東町にあるマンションに身を寄せています。」
奈々と莉愛がマンションのエントランスから出てくるところを撮った写真を提示しながら言うと、桐山はそれを手に取りながら見つめ、尋ねた。
「妻はここで誰かと生活してるんですか?
たとえば新しい男とか」
男はもう一枚、写真を提示しながら言った。
「奥さんは今、この人と同居しています。」
智の写真だった。
「女性?ですか‥」
新しい男といるのではないかと疑いをもっていた桐山は意外な表情を浮かべた。
「いえ、この写真の人物は男性です。それも、奥さんが元々結婚していた人です。」
「ちょっと待ってください。仰ってる意味がよくわかりません。」
「今は性転換されて女性として暮らしているようですが、紛れもなく奥さんの元のご主人で間違いありません。」
「本当ですか?」
桐山は戸惑いながらも、若干気持ちが楽になった。
新しい男と住んでたら厄介だったが、戸籍上は男とはいえ、見た目が女の智が一緒に住んでいるということは、容易に、そして強引に奈々を取り返す事が可能だということを意味した。
(待ってろよ‥)
桐山は二枚の写真を見つめながら、奈々の奪還を強く誓った。
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