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代理戦争編
逡巡
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大西と亮輔は鷹村の事務所を出て、三宮の人混みの中を歩いていた。
「アニキ、俺にはよくわからなくなってきましたよ。」
「何がだ?」
「最初は綾香への嫉妬から始まったんでしょうけど、ここまで事が大きくなっちまうと、それだけ危険度も増すわけで…
いくらオヤジでも、こうして垂水組を敵に回して、どう足掻いても勝てるようには思えないんすよ。」
「亮輔、オヤジは今まで小せえ抗争から大規模なものまで、一度だって負けた事がねえ。
まあ、運が良いと言えばそれまでだが、オヤジはどんな戦争でも、驚くくらいに用意周到に準備をしてから戦いに臨む。」
「それは俺も間近で見ていたからわかります。
ですが、今回はさすがに分が悪いんじゃないですかね。」
「まあ、俺たちは与えられた役目を果たせばそれでいい。
多喜さえ奪還出来れば、こっちはかなり有利になる。
その前に…」
「どこか寄るんですか?」
「ああ。多喜の恋人の様子を見に行こう。」
「えっ、薫さんですか」
「そうだ。
さっき知り合いの病院に入れたって言ったが、それも垂水組の口利きがあってのものだ。
浅村の叔父貴を通じてな。
ここからそれほど遠くねえ。」
「そうだったんすね。
薫さんは何の関係もない人なのに、俺たちのせいで…」
「そのためにも早くオヤジを止めねえとな。」
「はい。」
亮輔と大西は灘区にある藤井クリニックという個人経営の病院を訪れた。
大西は受付で
「大西と申します。
先日、ハーバー交易の倉野さんのご紹介で入院させた新田薫さんの面会に来ました。」
と、言うと、受付の女性は全てを察したように二人を待合室のようなところに案内し、医師を呼びに消えた。
「亮輔、多喜の女を見ても驚くんじゃねえぞ。
何日もの間、致死量に近いくらいのシャブを体に入れられて、ようやく救い出したのが一昨日だ。
まだ意識を取り戻したのかどうかもわかんねえ。」
暫くすると、この病院の医師らしき男がやってきた。
「お待たせしました。
私はこの医院の医院長をしている藤井といいます。
こちらへどうぞ」
藤井は大西と亮輔を通路の扉を開錠して案内すると、突き当たりまできて、また分厚い扉の鍵を取り出しながら、二人に言った。
「今朝、意識を取り戻しまして、禁断症状が出て暴れ出しましたので、拘束具を付けております。」
「それで、健康面はどうなんですか?」
「いや、何日も致死量に近いほどの薬物を体に入れられ、ロクに食べてなかったようで、かなり衰弱しています。
まだ経口での食事は不可能ですので、点滴をしておりますが、いつ亡くなってもおかしくない状況です。」
「そんなに…」
藤井は開錠すると、ドアの取手を持ち
「さあ、どうぞ」
と、二人をベッドに横たわる薫の元へ案内した。
「!!」
亮輔は絶句し、思わず目を反けた。
薫と思しきその患者は、手足をベッドから直接出た拘束具に繋がれて仰向けになっていた。
異常なまでに全身が痩せ細り、まるで生気を失った老婆のようであった。
「薫さん!」
亮輔は呼びかけたが、全く反応せず、ボーッと天井を見つめているだけだった。
頬がこけ、目の瞳孔も開きっぱなしで、人間の尊厳を失ったその表情に、大西もまた直視出来ず、視線を外した。
「薫さん、必ず多喜を連れてきます。
待っていて下さい。」
亮輔の口から多喜という言葉を聞いた瞬間、薫は僅かであるが、反応を示したような気がした。
「アニキ、俺にはよくわからなくなってきましたよ。」
「何がだ?」
「最初は綾香への嫉妬から始まったんでしょうけど、ここまで事が大きくなっちまうと、それだけ危険度も増すわけで…
いくらオヤジでも、こうして垂水組を敵に回して、どう足掻いても勝てるようには思えないんすよ。」
「亮輔、オヤジは今まで小せえ抗争から大規模なものまで、一度だって負けた事がねえ。
まあ、運が良いと言えばそれまでだが、オヤジはどんな戦争でも、驚くくらいに用意周到に準備をしてから戦いに臨む。」
「それは俺も間近で見ていたからわかります。
ですが、今回はさすがに分が悪いんじゃないですかね。」
「まあ、俺たちは与えられた役目を果たせばそれでいい。
多喜さえ奪還出来れば、こっちはかなり有利になる。
その前に…」
「どこか寄るんですか?」
「ああ。多喜の恋人の様子を見に行こう。」
「えっ、薫さんですか」
「そうだ。
さっき知り合いの病院に入れたって言ったが、それも垂水組の口利きがあってのものだ。
浅村の叔父貴を通じてな。
ここからそれほど遠くねえ。」
「そうだったんすね。
薫さんは何の関係もない人なのに、俺たちのせいで…」
「そのためにも早くオヤジを止めねえとな。」
「はい。」
亮輔と大西は灘区にある藤井クリニックという個人経営の病院を訪れた。
大西は受付で
「大西と申します。
先日、ハーバー交易の倉野さんのご紹介で入院させた新田薫さんの面会に来ました。」
と、言うと、受付の女性は全てを察したように二人を待合室のようなところに案内し、医師を呼びに消えた。
「亮輔、多喜の女を見ても驚くんじゃねえぞ。
何日もの間、致死量に近いくらいのシャブを体に入れられて、ようやく救い出したのが一昨日だ。
まだ意識を取り戻したのかどうかもわかんねえ。」
暫くすると、この病院の医師らしき男がやってきた。
「お待たせしました。
私はこの医院の医院長をしている藤井といいます。
こちらへどうぞ」
藤井は大西と亮輔を通路の扉を開錠して案内すると、突き当たりまできて、また分厚い扉の鍵を取り出しながら、二人に言った。
「今朝、意識を取り戻しまして、禁断症状が出て暴れ出しましたので、拘束具を付けております。」
「それで、健康面はどうなんですか?」
「いや、何日も致死量に近いほどの薬物を体に入れられ、ロクに食べてなかったようで、かなり衰弱しています。
まだ経口での食事は不可能ですので、点滴をしておりますが、いつ亡くなってもおかしくない状況です。」
「そんなに…」
藤井は開錠すると、ドアの取手を持ち
「さあ、どうぞ」
と、二人をベッドに横たわる薫の元へ案内した。
「!!」
亮輔は絶句し、思わず目を反けた。
薫と思しきその患者は、手足をベッドから直接出た拘束具に繋がれて仰向けになっていた。
異常なまでに全身が痩せ細り、まるで生気を失った老婆のようであった。
「薫さん!」
亮輔は呼びかけたが、全く反応せず、ボーッと天井を見つめているだけだった。
頬がこけ、目の瞳孔も開きっぱなしで、人間の尊厳を失ったその表情に、大西もまた直視出来ず、視線を外した。
「薫さん、必ず多喜を連れてきます。
待っていて下さい。」
亮輔の口から多喜という言葉を聞いた瞬間、薫は僅かであるが、反応を示したような気がした。
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