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代理戦争編
不均衡
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その日も何の収穫もなく、事務所に戻ってきた多喜は、そこに多村がいた事で、忽ち緊張感に包まれた。
「社長、お疲れ様です。」
「おう、多喜、ご苦労だな。
今日も手ぶらか?」
「はい、申し訳ございません、」
「なあに、すぐに成功するなんてこっちも思っちゃいねえよ。
まあ、根気よく待てば必ず隙が出来るはずだ。
そのときにしくじらなければそれでいい。」
「はい。」
「俺は帰るぜ。
お前もこういう日は休んで英気を養うんだ。
早めに帰れよ。」
「ありがとうございます。
お疲れ様でした。」
多喜は出ていく多村に深々と頭を下げた。
「ここのところ精神的にキツイぜ… 帰って寝るか」
多喜は独り言を呟き、駐車場から車を出した。
その時である、窓をコンコンと叩く音がした。
ハッとして横を向くと、兄貴分の大西が立っていた。
「今帰りか?」
「あ、お疲れ様です、アニキ…
ええ。家に帰るところです。」
「多喜、悪いがちょっとそこまで車に乗せてくれや。」
「あ、はい。どうぞ」
「いや、助手席でいい。」
大西は車を降りて後部座席のドアを開けようとする多喜を制して、助手席のドアを開けて、車に乗り込んだ。
多喜も慌てて運転席に座り、ドアを閉めた。
「アニキ、どこまでお送りすれば…」
「ああ、そうだな。
別にどこでもいい。とりあえず車を出してくれ」
「はい。」
大西の返事に戸惑いを感じた多喜は車を走らせ、大通りに出た。
「なあ、多喜」
大西は前を見つめたまま隣りに座る多喜に話しかけた。
「はい。」
「お前、綾香さんを連れ出せって命令されてるんだよな?オヤジに。」
「はい。」
「その命令、受けちゃダメだ。」
「えっ?」
「綾香さんを連れ出すって事は、沢木と構えるってことだろ。今度こそ戦争になるぜ。」
「それは自分もわかっています。ですが、薫…
いえ、自分の女が人質にされてるんです。俺には選択の余地なんてありません。」
「だろうな。お前の性格からすれば、たとえ自分の身を犠牲にしても役目を果たす事だろう。
オヤジもそれをわかっててそれを命じてるんだからな。」
「…」
「次は垂水組が出てくる。」
「えっ、沢木の加勢に、ですか?」
「加勢じゃねえ。戦争にならねえために介入するんだよ。」
「どういう事ですか?
話が見えません。」
「この時勢に、暴力団の抗争なんてまともに出来やしねえ。
それは、わかるよな?」
「はい。だからオヤジも、見え透いた引退届なんて出して警察の目を逸らそうと必死に…」
「そのわりには、こっちで好き放題やりすぎた。
立正会の傘の下に入ろうが三宅組を使おうが、誰もが黒幕はウチのオヤジだってわかってんだからな。
垂水が介入したら、立正会も三宅組もこの多村組を見捨てることだろう。
誰も日本最大の広域暴力団と構えたくねえからな。
シナリオとしては沢木にオヤジをヤらせて幕引きってところが妥当だろ。
沢木は痛手を被るが、終わらせるにはそれしかねえ。
まあ、その過程で俺たち末端の構成員も危険にさらされ命を落とす奴も出てくるだろうがな。」
「しかし、アニキ
オヤジは悪人ですが、頭はキレます。
そんな無策で相手の術中にハマるでしょうか。」
「たしかに、オヤジの事だ。これくらいの事は読めてんのかもしれねえな。
だが、オヤジに策があるってことは、俺たちが駒として前線に出されるという事と同義だ。」
「多喜、今から俺が言うことをよく聞け。」
「はい。」
「お前の恋人は俺が救出する。」
「居場所を知ってるんですか!?」
「いや、知りはしねえが、だいたいの目星は付いてる。
お前は綾香さんを連れ出せ。だが、オヤジに渡しちゃダメだ。
亮輔と二人でどこかに身を隠すように伝えるんだ。」
「ですが」
「抗争の火種は少しでも減らしておくべきだ。」
大西は話を終えると、前方を指差し、多喜に言った。
「次の信号で降ろしてくれ。
時間がねえ。特にお前の恋人のな。
決行日は3日後の16時だ。おまえはそれまでに亮輔、綾香さんに連絡を取っておけ。くれぐれも他の連中にバレねえようにな。」
「わかりました。
アニキ、ありがとうございます。」
多喜は車を降り、歩き出した大西の背中に向かって
深々と頭を下げた。
「社長、お疲れ様です。」
「おう、多喜、ご苦労だな。
今日も手ぶらか?」
「はい、申し訳ございません、」
「なあに、すぐに成功するなんてこっちも思っちゃいねえよ。
まあ、根気よく待てば必ず隙が出来るはずだ。
そのときにしくじらなければそれでいい。」
「はい。」
「俺は帰るぜ。
お前もこういう日は休んで英気を養うんだ。
早めに帰れよ。」
「ありがとうございます。
お疲れ様でした。」
多喜は出ていく多村に深々と頭を下げた。
「ここのところ精神的にキツイぜ… 帰って寝るか」
多喜は独り言を呟き、駐車場から車を出した。
その時である、窓をコンコンと叩く音がした。
ハッとして横を向くと、兄貴分の大西が立っていた。
「今帰りか?」
「あ、お疲れ様です、アニキ…
ええ。家に帰るところです。」
「多喜、悪いがちょっとそこまで車に乗せてくれや。」
「あ、はい。どうぞ」
「いや、助手席でいい。」
大西は車を降りて後部座席のドアを開けようとする多喜を制して、助手席のドアを開けて、車に乗り込んだ。
多喜も慌てて運転席に座り、ドアを閉めた。
「アニキ、どこまでお送りすれば…」
「ああ、そうだな。
別にどこでもいい。とりあえず車を出してくれ」
「はい。」
大西の返事に戸惑いを感じた多喜は車を走らせ、大通りに出た。
「なあ、多喜」
大西は前を見つめたまま隣りに座る多喜に話しかけた。
「はい。」
「お前、綾香さんを連れ出せって命令されてるんだよな?オヤジに。」
「はい。」
「その命令、受けちゃダメだ。」
「えっ?」
「綾香さんを連れ出すって事は、沢木と構えるってことだろ。今度こそ戦争になるぜ。」
「それは自分もわかっています。ですが、薫…
いえ、自分の女が人質にされてるんです。俺には選択の余地なんてありません。」
「だろうな。お前の性格からすれば、たとえ自分の身を犠牲にしても役目を果たす事だろう。
オヤジもそれをわかっててそれを命じてるんだからな。」
「…」
「次は垂水組が出てくる。」
「えっ、沢木の加勢に、ですか?」
「加勢じゃねえ。戦争にならねえために介入するんだよ。」
「どういう事ですか?
話が見えません。」
「この時勢に、暴力団の抗争なんてまともに出来やしねえ。
それは、わかるよな?」
「はい。だからオヤジも、見え透いた引退届なんて出して警察の目を逸らそうと必死に…」
「そのわりには、こっちで好き放題やりすぎた。
立正会の傘の下に入ろうが三宅組を使おうが、誰もが黒幕はウチのオヤジだってわかってんだからな。
垂水が介入したら、立正会も三宅組もこの多村組を見捨てることだろう。
誰も日本最大の広域暴力団と構えたくねえからな。
シナリオとしては沢木にオヤジをヤらせて幕引きってところが妥当だろ。
沢木は痛手を被るが、終わらせるにはそれしかねえ。
まあ、その過程で俺たち末端の構成員も危険にさらされ命を落とす奴も出てくるだろうがな。」
「しかし、アニキ
オヤジは悪人ですが、頭はキレます。
そんな無策で相手の術中にハマるでしょうか。」
「たしかに、オヤジの事だ。これくらいの事は読めてんのかもしれねえな。
だが、オヤジに策があるってことは、俺たちが駒として前線に出されるという事と同義だ。」
「多喜、今から俺が言うことをよく聞け。」
「はい。」
「お前の恋人は俺が救出する。」
「居場所を知ってるんですか!?」
「いや、知りはしねえが、だいたいの目星は付いてる。
お前は綾香さんを連れ出せ。だが、オヤジに渡しちゃダメだ。
亮輔と二人でどこかに身を隠すように伝えるんだ。」
「ですが」
「抗争の火種は少しでも減らしておくべきだ。」
大西は話を終えると、前方を指差し、多喜に言った。
「次の信号で降ろしてくれ。
時間がねえ。特にお前の恋人のな。
決行日は3日後の16時だ。おまえはそれまでに亮輔、綾香さんに連絡を取っておけ。くれぐれも他の連中にバレねえようにな。」
「わかりました。
アニキ、ありがとうございます。」
多喜は車を降り、歩き出した大西の背中に向かって
深々と頭を下げた。
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