Two seam

この一球に賭ける

初球から危険な香りがする。

だが、外すのはもったいない。

敷島は、山東のサインを覗き込んだ。


（内角高めストレート）
　

山東もストライクゾーンで勝負を選んだ。

敷島は、自分の球威がまだ落ちていないと、山東が判断した事に、自信を取り戻した。

三塁ランナーを目で制しつつ、敷島は優里に対し、サイン通り、渾身の力を込めたストレートを内角高めに投じた。

（よしっ！）

球威、軌道共に申し分ない。この球をズバリ予測していないかぎりは、絶対に手が出ないコースだ。
後は、球審がストライクと取るかどうか…
それくらい際どいコースに来ている。

山東は、ボールがミットに届く僅かな時間で、そのような事を思った。

しかし…

優里は完全に読んでいた。

内角いっぱいのストレートを、腕を器用に折りたたみ、鋭く振り抜いたのだった。

「！！」

山東は、我が目を失った。

何故なら、読んでいたとしても当てられない、それくらいのコースに球が来てたからだ。


優里のバットは敷島のストレートにミートさせたが、内角厳しいところに来ていたために、やや詰まり気味となった。

だが、振り抜いていただけに、打球はセンターの前にポトリと落ちたのだった。

三塁ランナーが生還し、あっという間に咲聖が同点に追いついた。

一塁で両手を上げ、喜びを爆発させる優里とベンチ

そして、何より球場全体が異常なまでの大歓声に包まれた。

だれもが咲聖に勝たせたがっている。
この優里という美少女が奇跡を勝ち取るドラマを目撃したがっている。

観客の思いが、守る高島大附属ナインに重くのしかかってきた。


再度、マウンドに集まる内野陣と伝令。

敷島は、帽子を取って額の汗を拭い

「すまん。
少し中に入ってしまった…」

と、詫びた。


「いや、良い球だった。
水谷が上手く打ったよ。
まだ同点だ…切り替えていこう」

山東がそう言うと、伝令が監督の言葉を告げた。

「四番は敬遠。五番以降で確実に三つアウトに取ること。」

さすがにこの場面では、バッテリー任せには出来ないと思ったのだろう。
この試合、初めて明確な指示が飛んできた。

七回と同じ作戦が取れないと、山東は嫌な予感がしていた。

四番の富田を歩かせても、まだ一二塁と、さっきの無死満塁より、少しだけマシだ。

しかし、連続ヒットを許したということは、敷島の球威が落ちていると捉える事ができる。

いや、落ちていないのかもしれないが、打たれたのは事実だ。

山東は足下を見ながら頭を悩ませた。