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フロイライン

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錆びついた刀

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放課後、すみれ達より少し遅れて優里がグランドに現れた。

それも制服のまま、帰るための鞄を持って。


「あっ、水谷さん!」

下級生の部員達が優里の元に集まってきた。


「辞めてそんなに経ってないのになんか久しぶりな感じがするね」

優里が笑顔でそう言うと

「先輩、体の具合とかは大丈夫なんですか?」

現在は、優里に代わってエースナンバーを付けている中村まどかが心配して質問した。

「うん。おかげさまでね。

まどかはどう?調子は」


「はい。先輩のようなボールは投げられないけど、自分に出来ることを精一杯やるだけです。」

「その意気よ。
まどかなら大丈夫よ。」

優里は中村まどかの肩に手を置いて言った。


「今日は特別に優里に来てもらったのよ
まどかもピッチングの事とか聞きたいことがあったら何でも聞くんだよ。

とりあえず、キャッチボールしようよ、優里」

すみれが言うと、優里は頷き、鞄をグランドの脇に置いた。


「優里、ホントにその格好でする気?」

「うん。キャッチボールだけでしょ?」

「革靴でするかなあ、もう」

通学用の靴のままの優里に思わず笑ってしまったすみれは、仕方なく優里にボールを渡した。

ゆっくりとしたフォームから緩やかなボールを投げる優里

すみれはそれを両手でキャッチすると、また投げ返した。

何球もそんなやり取りが続き、ようやく肩が出来てきた優里を見て、すみれはグランドの奥を指差した。

「優里、座ってもいい?」

「えーっ、本格的なのは」

「いいじゃん、久しぶりに捕ってみたいのよ。
優里のボールを。」

「何回も言うけど、もう速いボールは投げらんないよ、ワタシ」

「いいから、いいから」

そう言って投球練習をするスペースまでやってきた二人は、あの日以来の18.4mの距離を挟んで対峙した。

優里はセットの構えから、ゆったりとしたフォームでストレートを投げ込んだ。

ボールは糸を引くような軌道ですみれのミット
に収まった。

すみれは立ち上がってボールを優里に戻しながら

「今の、何分くらいの力で投げた?」

と、聞いた。

「八分かな」

優里はそう答えたが、イマイチ腑に落ちないような表情を浮かべた。

いや、それはすみれも同じであった。

スカート姿で制靴を履いた状態からの投球だったので、当然速いボールを投げられないのはわかっている。
ウォーミングアップもそこそこだったので尚更だ。

しかし、優里の球を数多く受けてきたすみれには、このフォームならこれくらいのスピードが出る、というような感覚が体に染み付いている。

だからこそ、優里の投げたボールの力の無さに若干の驚きがあったのだ。

優里はボールを受け取ると、二球目は気合いを入れようと、さらに大きなフォームから体重移動に気をつけながら、力を込めて投じた。

パンっという乾いた音がグランドに響き渡った。

すみれは突き出したミットをしばらく動かさなかったが、少し頷いてボールを優里に戻した。

「今のは?」


「目いっぱい投げたよ」

優里の言葉に、すみれは頷いて笑った。

一度切れてしまった糸はもう繋ぐ事は出来ない。

天才少女優里をもってしても、希望を失って心のこもらないボールは並のボールに成り下がるのだ。

すみれは、大人達によって下された残酷な裁定によって才能を潰された優里の運命に、深い悲しみと同情を禁じ得なかった。
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