1年間限定異世界講座

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7月

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 オリヴィアは何も言えなかった。何故なら、教会への道が整備され、そして教会があった場所が更地になっていたのだから。
 オリヴィアはあ然として、ポカーンという効果音が付きそうな顔をした。

「驚いた?」

 悪戯大成功、と言わんばかりの笑顔で、先生がオリヴィアに話しかける。オリヴィアは錆びついたブリキのように、ガチガチと顔を先生に向けた。

「せ、先生?これはいったい?」
「家を壊して場所を作っても、新しい家ができるまでの生活が困るだろう?その点、僕1人だけなら問題ないし、町長の家に住まわせてくれるって言うから。あれから町民で、色々考えたんだよ?」

 先生は得意気に言う。オリヴィアは納得がいっていないような表情だった。

「ここは教会があったところだからね、広さ的には申し分ない。それに、使っていたのは僕だけだから、住民の生活に支障もでないしね」

 オリヴィアは無理矢理納得したようにうなずいた。先生はオリヴィアの後ろの台車を見上げて、冷や汗を流す。

「それにしても、よくこれだけ持ってこれたね…………」

 台車の頂上を眺めるだけで、先生の首が痛くなるほどの高さ。山積みにされたパイプと杭、そして意外にも布が場所を取っていた。

「町についてからは住民の方が手伝ってくれましたわ。それまでは馬車ですから、馬が頑張ってくれましたの。人参をあげましたわ」
「あぁうん、そうなんだ……」

 先生は遠い目になった。

「さてと、じゃあ早速招集かけるか」

 先生は唯一残してあった教会の巨大な鐘の元へ向かい、思いっきり叩いた。
 かなりの音を立てた鐘に、オリヴィアは思わず顔をしかめて耳を塞ぐ。
 しばらくして、音が収まる。オリヴィアは耳を塞いでいた手を離すと、今度は数人の足音を捉えた。

「おっ出番か」
「よーしやるかー」

 足音の主は住民達だった。オリヴィアがたどってきた道を歩き、ここまで来たらしい。
 オリヴィアは目を丸くして、住民達を見た。その数、約30名。

「こ、こんなにたくさん…………?」
「おうよ!姫様が手伝ってくれるんだ、町を復興するチャンスは今しかねぇ!」
「私達皆、姫様に感謝してるんですよ。チャンスをくれたって」

 次々に、ありがとうという声が聞こえる。オリヴィアはなんだか泣きそうになった。

「こ、こちらこそ、ありがとうございますわ!それでは早速取り掛かりましょう!」

 オリヴィアは袖をまくった。住民達は驚いたようで、皆様々な反応を見せる。

「ひ、姫様もやるんですか!?」
「当然ですわ!あなた達に協力を要請しておいて私は高みの見物だなんて、性に合いませんもの!」
 
 住民達は感心したように声をあげた。
 オリヴィアは先生の方へ振り返る。

「さぁ先生、まずは何をすればよろしいですか?」
「まずは布を裁断するよ。皆定規とハサミ持ってきた?」

 住民達がうなずく。先生はパン、と手を叩いて、

「じゃあ、事前に配った設計図通りに裁断してくれ!わからないところがあったらいつでも聞いてね!」

 気合を入れて、その場の全員が応答した。




「これっ、相当なっ、肉体労働ですわ、ね!」

 作業を始めて3時間、オリヴィアは杭を打ちながら言った。

「頑張って、しっかり打ち込まないと壊れちゃうから」
「わかって、ますわ!」

 オリヴィアはまた杭を打ち込んだ。

「やるなぁ姫さん、女の子にゃあちとキツかねぇかぁ?」

 パイプを支えていた住民の男性が言う。オリヴィアは短時間で住民に好かれ、友人のような関係になっていた。

「キッツいですわよ!でもやりたいんですの!」
「まさか第二皇女様がこんなお転婆娘だったなんてなぁ」
「ちょっとそれどういう意味ですの!?」

 笑いが巻き起こった。





 5時間後、テントが15張り完成した。作業人数が多かったことと、テントの設営難易度が非常に低かったこともあり、少ない時間で完成することができた。

「壮観ですわ……!」
「なんだかもっと凝りたくなってくるなぁ。あ、あたしエリン、よろしくね姫ちゃん」

 オリヴィアの隣にいたエリンが話しかけた。エリンはオリヴィアと同い年で、少しボーイッシュな少女だ。

「はい!よろしくお願いしますわ、エリンさん!」
「エリンでいいよ、こっちもオリヴィアって呼ぶから」
「えぇ!……それで、凝りたいとは?」
「もっとオシャレにしたくない?」

 オリヴィアとエリンは無言で手を握った。

「エリンちゃーん!出番だよー!」

 遠くから、先生がそう言った。

「はーい!今行くー!!」

 エリンは大きな声で返す。オリヴィアは不思議そうに首を傾げた。

「あたし実は画家志望なんだ。この町出身じゃあって諦めてたんだけど、君のおかげで諦めなくてもよさそうになった。で、広告のイラスト描くことになったんだ」
「まぁ、そうなんですのね!頑張ってくださいまし!」

 エリンは手を上げて、先生の元へ駆けていった。

「皇女様」

 オリヴィアは後ろから、中年の男性に声をかけられた。後ろを振り向く。

「この町の町長、スミスと申します。この度はなんとお礼申したらいいか……」

 町長は頭を下げる。オリヴィアはいいえ、と首を振った。

「私がしたくてこうしたんですの。お礼なんて必要ありませんわ」
「おぉ……寛大なお言葉、感謝いたします」
「そんなに畏まらないでくださいまし」

 オリヴィアは困ったように笑う。

「それでは……姫様、もうそろそろお帰りになられた方がいいんじゃないですか?」
「へ?」
「もう薄暗いですよ」
「……まぁ!」

 オリヴィアは空を見上げて、驚きの声を上げた。

「た、大変ですわ!帰らないとバレてしまいます……!」
「オリヴィアちゃん待って!」

 先生が走って来た。オリヴィアのもとで膝に手をついて、息を調える。

「っ先生、そんなに走ったら……!」

 町長が焦ったように言った。

「はいこれ」

 先生はオリヴィアに紙切れを渡す。オリヴィアは受け取り、中身を見た。

「これは……!」
「帰ってからやってほしいことのリスト。要は課題一覧。オッケー?」
「オッケー、ですわ!それでは失礼いたしますわ!!」

 オリヴィアは走って馬車へ向かった。









「いいですの?我々が来月までに行うことを言いますわ」

 毎度のごとく隠蔽工作を無事に終え、自室に帰ってきたオリヴィアは、アリスに髪を整えてもらいながら課題一覧を見る。

「まず、東端の港町から王都に商売に来ている商店をリストアップします」
「はい、かしこまりました」
「次に制服を用意しますわ」
「はい、かしこまり……制服ですか?」

 アリスは聞き返す。オリヴィアはえぇ、とうなずいた。

「姫様、頭を動かさないでください」
「うっ…………デザインはメイド服をよりシンプルにしたものだそうです。これがデザイン画ですわ」

 オリヴィアは課題一覧をアリスに見せた。右下に小さく“エリン・ホワイト”と書いてあり、このデザイン画の作者がエリンであることを示している。

「これはこれは……素晴らしいデザインです」
「えぇ、私の友達の作ですから!」
「姫様にご友人が……!」
「それで、用意できますの?」
「それはもう、ご安心ください。オーダーメイドで準備いたします」

 オリヴィアはうなずいた。

「ですから頭を動かさないでください」
「うっ…………気をつけますわ」

 オリヴィアは目をそらす。

「それでですね、最後に、私に来客応対のマナーを教えてくださいまし」
「…………はい?」

 アリスは目を丸くした。









7月20日 晴れ

 今日はテントを設営しました。住民の皆さんの協力もあり、今日中にできたのは幸いでした。それに、友達もできました。エリンは画家志望だそうで、制服のデザインを考えたのもエリンだそうです。とても上手で、ぜひ私の肖像画を描いていただきたいです。エリンとは気が合うようで、次の授業のときにもっとテントをオシャレにしよう、と決めました。装飾品を色々持っていきたいと思います。お風呂はもう少し先延ばしにします。
 明日から来客応対マナーのレッスンがあります。アリスは何でもできますから、憧れてしまいます。明日も早いですから、今日はこのあたりで筆を置くことにします。
 それにしても、先生は走ってはいけないのでしょうか。わかりません。








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