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因果の巡る時 五陵坊と本堂親子

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「五陵坊……!」
「おお……! その姿、杭の噂は本当だったのか……!」

 あらかじめ打ち合わせていた通り、五陵坊は自分たち側の楓衆たちと合流していた。その漲る霊力に誰もが目を奪われる。敵であれば脅威だが、味方であればこれほど心強い事はない。

「みな、今日までよく俺に協力してくれた。礼を言う」
「何を言うのだ、五陵坊」
「そうだ。我等は栄六たちとは違い、お前についていく事はできなかった」

 楓衆たちにも個々の事情がある。その事をよく理解している五陵坊は落ち着いた表情のまま、首を横に振った。

「だがこうして皇都からいつも我等を支援してくれた。お前たちの気持ちに、俺の全身全霊を以て応えよう……!」

 そのための今日、そのための杭。そして新たに得た力。五陵坊は本堂親子の場所を聞き、楓衆たちと足を進める。

「大型幻獣の出現を前にし、自ら出向いていなかったとは」
「いろいろそれらしい名目を述べて、自分たちは軍舎から出ない構えだ」

 五陵坊は半ばあきれていたが、これは好機でもあった。少なくともこれから起きる事に邪魔は入らないだろうと考える。

「ここからは俺だけで十分だ。お前たちには引き続き仲間を支援してほしい」

 そう言うと五陵坊は一人、本堂親子のいる建物へ向けて歩き出す。
 



 
「父上。よろしかったので?」
「かまわぬ。ここでいたずらに武人を減らす必要はあるまい」

 軍舎では本堂親子が話し合っていた。大型幻獣への対処を迫られた時、本堂親子は配下の軍勢の約半数を南方虎五郎に付け、自らは後方へと引いた。

 後方からでもしっかりと指揮を執れる者が必要だ、大型幻獣は陽動、まだ本命の襲撃があるやもしれぬ、と様々な理由を述べた。

 虎五郎は若干あきれながらも問答している時間も惜しかったため、本堂親子の言い分を大人しく呑んだ。

「それに我が配下の平民どもも、最近は随分と調子付く者も出てきていた。こうした機会に適当に間引きしておかなくては、な」
「ふ……。確かに。それに我等の血は平民よりも尊い。父上の言う通り、いたずらに減らすべきではありまねぬな」

 本堂親子は、典型的な選民思想の強い武人だった。これにはいくつか理由があるが、大きなものとしては、やはり長く皇国軍を補佐してきた名門としての実績があるからだ。

 本堂に連なる者は軍内において大きな発言力、そして影響力を持っている。武家の棟梁は葉桐家だが、皇国軍においては一番に名が上がるのは本堂であるという自負もあった。

 そして本堂諒一は、武家の中でも特別な意味を持つ本堂家の者が、大型幻獣との前線に立つ必要はないと考えている。

「善之助殿は何か言ってくるかもしれぬが、我等がいなければ軍の運用に困るのは指月様も同様だ。結局どうする事もできまいよ」
「まさに本堂だから成せる事ですね」

 そんな善之助が今まさに前線で自分たちの代わりに指揮を執っている事など、露ほども知らぬ二人である。遠くで大型幻獣の暴れる音を聞きながら、二人はいつも通りに話していた。

「しかしさっきから静かだな……」
「確かに。軍舎内にも武人は控えているはずですが……っ!?」

 二人が立ち上がり、腰の神徹刀に手をかけたのは同時だった。二人とも全身に強い悪寒が走ったのだ。

「…………!?」

 二人は部屋の入り口に視線を向ける。そこに人影が現れたのは同時だった。

「な、何奴!?」

 叫びながら桃迅丸は、自分が相手を恐れている事に気付いた。明らかに目の前の人物は皇族の姫、万葉を上回る霊力を持っている。

 これほど強大な存在に、ここまで近づかれるまで気づかなかったのかと、自らのうかつさに驚いた。

「何奴、か……。お前にそう言われるとはな」

 人影はゆっくりと二人に近づく。その顔に明かりが当たり、浮かび上がった顔は見覚えのあるものだった。

「ご!? 五陵……坊!?」
「なに……」

 桃迅丸は記憶にある五陵坊の顔を思い起こす。間違いなく目の前の人物は五陵坊本人だった。

 しかしその目は一部の皇族同様、金色に輝いており、胸部には黒い杭が刺さっている。報告で聞いた事のある妖である事は疑い用が無かった。

「何故ここに……!」
「何故? ……ふふ。何故、か」

 桃迅丸に問われて、五陵坊は改めて自分が何故ここに来たのかを考える。

 ずっと目の前の二人に復讐するつもりだった。時には新たな国造りよりも、自分の復讐の方を優先したいと考えた事もあった。しかし。

 新たな力を得て五陵坊の感情は今、驚くほどの平静さを保っていた。例えるなら全く波紋の起きない水面の様なもの。冷静になった思考で、ここに来た意味を考える。

「そうだな……。おそらくは過去の自分へのけじめ、という奴だろう。それにお前たちのおかげで、俺の仲間が今日まで苦労してきたのも事実だ。今は自分自身のため、というよりも。仲間たちの苦労に報いるためという方がしっくりくる」
「なにを……なにを言っている?」

 五陵坊も話しながら自分の考えを整理しており、元より会話を成立させようという気もなかった。

 今はただ、自分の復讐でも何でもなく。仲間への義理と過去の自分へのけじめとして、目の前の二人を屠ると決める。

 そう考え、手に持つ錫杖を僅かに上げた時だった。

「……っ! 神徹刀、徳富! 御力解放!」

 桃迅丸は明らかに異様な霊力を持つ五陵坊を、先制攻撃で制しようと即座に神徹刀を抜く。徳富の能力は刀身に御力を纏う絶破。炎を纏い、五陵坊に斬りかかる。

「せぇいっ!」

 桃迅丸とて皇国七将の一人。その実力は近衛と同等。武人において上位の実力者である事は間違いない。将軍職というのは、決して家柄だけで就ける位ではないのだ。

 そして本堂家は代々多くの将軍職を輩出してきた、皇国においてまごう事なき名門。家には代々将としての英才教育を施すノウハウも伝わっている。

 そしてそれらは代を重ねる事でより洗練されてきた。桃迅丸はその最先端の教育を受けてきた。資質はともかく、実力があるのは間違いない。その桃迅丸の太刀を。

「え……」

 五陵坊は左手で受け止めていた。刀身に触れている部分からは微かに肉の焼ける匂いが漂うが、当の五陵坊本人は気にした素振りは見せない。それどころか左手が焼けている様にも見えなかった。

「……残念だ、弟よ」

 右腕に掴んでいた錫杖を、力強く桃迅丸の胴に目掛けて突きだす。錫杖は桃迅丸の胴を砕き、当人を爆散させた。

 辺りに桃迅丸の肉片が飛び散り、至近距離にいた五陵坊の全身を血で汚す。

「……やはりうまく調節できんな」

 五陵坊の持つ、十六霊光無器の一つである神天編生大錫杖。これは使い手の霊力を外に放出する媒体としての能力を持つ。様々な使い方ができ、その汎用性は高い。

 五陵坊は桃迅丸の胴体に錫杖が触れた瞬間、そこから霊力の波動を放射しようとした。だが実際には、錫杖による一撃は桃迅丸の胴体を砕きながら貫き、中から直接霊力波動を放つ事になってしまった。結果、人の身では耐えられる訳もなく、桃迅丸は文字通り爆散してしまったのだ。

 かつて桃迅丸と牢屋で話していた事を思い出す。だがやはり今の五陵坊には「復讐を遂げた」「積年の恨みを晴らした」という感情は湧き上がってこなかった。仮にも血縁者ではあったが、その事にも何の感慨も湧かない。

「な……」

 あまりにもあっさりと息子が殺され、諒一は一瞬思考が止まってしまった。そしてその一瞬で、五陵坊と自分の実力差を理解してしまった。

 ただの霊力が強いだけの怪物ではないのだ。長く皇国に仕えていただけあり、その力の振るい方をよく理解している。

「はじめまして、でいいのか。我が父」
「誰か! 誰かおらぬのか! ここに敵の首魁がおるぞ!」

 諒一の叫びを静かに聞き流し、五陵坊は口を開く。

「無駄だ。軍舎にいた武人は全員殺した。残るはお前だけよ」
「ぐ……!」

 諒一は一度距離をとると刀を抜く。諒一の刀も他の皇国七将と同じく、神徹刀だ。武器の格で言えば、決して十六霊光無器に劣る物ではない。

「あの日。お前たちが平蔵団と組んだ時から、こうなる事は決まっていたのだろう」

 五陵坊はゆっくりと足を前に進める。

「長く皇国南部に身を潜め、今日まで仲間たちには苦労させてきた。もはや俺に恨みはないが。仲間たちの今日までの苦労に、お前の命を以て報いるとしよう」
「……神徹刀、御力解放! 絶空・喜久盛!」

 諒一の一振りで、刀身から御力が放射される。喜久盛の絶空は洗練された太刀筋をなぞり、五陵坊にとって避けようのない一撃が放たれる。しかし。

「な……」

 その一撃は確かに五陵坊を斬ったが、薄く傷を付けたのみであった。さらに血が滲む前に、傷は瞬時に癒えていく。

「かつて俺を謀略にかけるために平蔵と手を組んだ本堂親子。その二人がこうして平蔵の持っていた神天編生大錫杖によって、命を奪われる事になるとは。自分の行いが時を経てどう返ってくるのか、人生とは不思議なものだとは思わんか? 父……いや。皇国の将、諒一よ」
「おのれぇ……! 貴様の様な混じりものに……!」
「お前が死ねば、皇国七将の半分以上がいなくなる。皇国七将を始めとした実力者たちを失った皇国は、民からその強さに対する信頼をいくらか失うだろう。まだまだ課題は多く、理想の実現は数年先になるだろうが。それでもこれは。永き理想への第一歩になるに違いない」

 より五陵坊と諒一の距離が縮まっていく。五陵坊は桃迅丸、諒一の実力を測り終えた事で、今の自分は近衛よりも強いと確信を得ていた。

 武人の中にも妖を屠る強さを持つ者がいる事は分かっている。しかしより性能が改良された杭を使ったからか、今の自分は過去に死刃衆が成った妖よりも強いという自覚があった。そして。

「ではさらばだ。本堂諒一」

 諒一を屠った後も、やはり何の感情も湧いてこなかった。
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