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馬上の二人 領都で出迎える者
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馬上で俺は、涼香とこれまでの経緯を改めて話していた。
「そう。帝国で目的は果たせたんだ」
「ああ。まぁ新たに厄介ごとを抱え込む事にもなったが」
復讐は終えた。だが新たに結んだ第三の契約がある。見方を変えれば、万葉の旅路に集中して取り組む事ができるとも言えるか。
「それで。帝国でも多くの人たちの未来を繋いだのかしら?」
帝国へ行く前に涼香が俺に話した事は、今でも俺の中に深く刻まれている。自信あり気な物言いに反発したくなるのは、いつもの変な意地なんだろうか。
「さて、ね。随分死んだ奴も多かったと思うが」
だがもし俺が帝国へ行っていなければ。魔人と化したパスカエルがどう振る舞っていただろうか。いや、俺がそもそも行かなければ、事はあの様な大ごとにまで発展していなかったかもしれない。
だがそんな事、俺の都合には関係ない。俺は長く奴への復讐を糧に生を繋いできた。今更その生き方を変える事なんてできなかった。
それに帝国での問題を片付け、テオラールが次期皇帝に決定した事で、帝国は万葉の旅路にも肯定的になった。得られた成果を考えると、結果的に俺の復讐は将来の大陸のためになったとも言えるだろう。
「ああそうだ。お前に土産があるんだった」
「え……?」
そう言うと俺は、懐から一つの首飾りを取り出す。それは鳥を模ったものだった。群島地帯で購入したものだ。馬上という事もあり、腰にしがみつく涼香の腕に握らせる。
「これは……?」
「群島地帯で買ってきたものだ。向こうでは、鳥は自由の象徴として様々な修飾品が売られている。……落とすなよ」
涼香は一度腕を引くとそれを懐にしまう。
「あ、ありがとう……。でもどうしてこれを私に?」
「ん……」
そういやなんでだろう。俺は偕たちではなく、何故か涼香に土産を買ってやろうと思ったのだ。
……いや。なんとなく理由には気づいている。再会してから今日この日まで、いつでも自分の気持ちに正直で。真っすぐに感情をぶつけてくるこいつを、少なからず好ましく思っているからだろう。
「葉桐の中にいると、いろいろ柵も多くて大変だろ? 自由な鳥はお前に対するあてつけだよ」
「なによ。籠の中の鳥だとでも言いたいわけ?」
「お前がそんなたまかよ……」
少なくともこいつが大人しく飼われている姿は想像できない。自分の定める正義に反する事があれば、いつでもその枠組みを壊すために動く。そういう手合いの奴だろう。
「それよりお前、腕が鈍ったんじゃないか? あの程度の奴らに手こずりやがって」
「仕方ないでしょ! 最近、連戦続きで霊力も十分に回復していないのよ!」
涼香から改めて話を聞く。各地で突発的に起こる襲撃に、武人たちの対応はどうしても後手に回ってしまいがちになっている様だった。
「しかし領都に戦力を集中させる事なく、各個撃破される様な暴れ方をしているとは。敵側の頭目は考え無しなのか? ……いや、そうか。別に左沢領を占領してやろうとは考えていないのか」
「どういう事?」
「敵の狙いは間違いなく皇都だろう。そこで騒ぎが起こるまで、ここに武人たちを引き付けておければそれで良いんだ。各個撃破されようが、その間はお前や皇国七将といった、主だった武人術士の足止めができる」
「そんな……!」
まず間違いない。羽場真領みたいに領都を占拠するつもりなら、相手が誰であれ初めから戦力を固めて戦っているはずだ。多数の破術士に妖までいるんだからな。
だが敵の頭目は、それができる相手ではないと判断した。彼我の戦力差をよく理解できている者だろう。
妖どももそれに従っている様子を見るに、よほどの実力者でもあるのか。それとも単に暴れたい奴らを上手く使っているのか。
「だが裏を返せば、ここで早く事を収めることができれば、それだけ皇都に戦力を戻せるまでの時を短縮できる」
「それはそうだけど。でも敵はいつどこに現れるのか分からないのよ」
「それがこの戦略をとる側の利点でもあるからな……」
決して相手に勝ちにいく方法ではないが、目的が時間稼ぎであればこれ以上はない戦略だ。
「まぁ領都にいる将軍もそれくらいは分かっているだろ」
そうして進むことしばらく。目の前に左沢領領都が見えてきた。
■
毛呂山領武叡頭、南方狼十郎の到着の報せを受けた黒霧紗良は、直ぐに面会に応じた。俺と翼も狼十郎の後に続く。さらに涼香と雫、誠彦も付いてきた。
「涼香はまだ分かるが。お前たちも来るのか?」
「当たり前だ! 紗良様に村での事を報告しなくちゃいけないんだ! むしろお前がいる方が不自然だ!」
誠彦はさも当然の事だと話す。涼香がどこか呆れた顔で見ているが、察するに紗良に自分にとって不都合な報告がされるのを防ぐためか。相変わらず武家というのは面倒だな。
左沢領領主の邸宅、その奥。そこでしばらく待っていると、部屋に一人の女が入ってきた。
「……!」
その姿を見て、様々な点で驚く。手に持つ刀が神徹刀な事から、間違いなくこいつが第一皇国軍の将、黒霧紗良だろう。
第一軍の将になるほどだ、もっといかつい奴かと思っていたが、予想に反して華奢な印象を覚えた。そして見た目年齢が若過ぎる。
狼十郎の話では、近衛頭の天倉朱繕と同世代という話だった。だがどう見てももっと若く見える。涼香と同世代と言われた方がまだ納得できる。
そして何より。俺は天倉朱繕や親父をも凌ぐ強者の気配を、この女から感じ取っていた。
真正面から戦えば負けるつもりはない。だが一度その刀を抜かせてしまえば。次の瞬間には俺は両断されているかもしれない。そんな錯覚すら覚える。
確か居合を得意とする異色の武人だという話だったが。間違いなく異色も異色、多くの武人とは違う方向に突き抜けて、武の頂に至った者だろう。
挨拶はそこそこに、狼十郎と涼香はこれまでの経緯を黒霧紗良と話していた。
「そうですか。しかし羽場真領から急ぎ駆け付けてきてくれた事。感謝します。それに涼香さんも。よく無事で帰ってきてくれましたね」
「は、はい! 理玖や翼さんと……まぁ、そこの男の……お、かげ……です」
涼香はめちゃくちゃ悔しそうに狼十郎のおかげだと話す。そこまで悔しいなら言わなけりゃいいのに。なんだか前にもこんなことがあったな……。
自分の感情はともかく、いつでも正直でややこしい方向に真っすぐなのが、こいつの良いところでもあるか。
「理玖……。あなたが噂の……」
そう言うと黒霧紗良は、静かに俺に視線を移した。俺はそれを正面から見返す。俺の実力を伺う様な、探る様な目だ。こういう風に見られるのは随分久しぶりな気がする。
「紗良様! こいつは罪人で……」
「なるほど。どうやら本物のようですね」
誠彦の叫びを無視して紗良は言葉を続ける。その目は獲物を見るかの様に、楽し気に細められていた。しかも微かだが淡く輝いている。そしてそれを受けて黙る俺ではない。
「なんだ? 随分と挑発的な目を向けてくるじゃないか」
「ふふ……失礼。強者を見ると、どれほどの手合いなのか探りたくなってしまうのは武人の性。お気を悪くされたのなら謝罪しましょう」
「自分の性格の悪さを、武人だから仕方ないと言い訳するんじゃねぇ。物騒な女だな」
俺の物言いに涼香はちょっと! と声をかけてくる。しかし近衛頭が天倉朱繕だから、第一軍の将軍もあれくらいかと思っていたんだが。
近衛頭が皇国最強の武人を名乗れるのなら、第一軍の将軍も皇国最強の武人を名乗れる。何しろ将軍職に就く時点で、その武は近衛と同等だからだ。
だが二人を見た上で、俺は黒霧紗良に軍配が上がると判断した。おそらく多くの武人と同様の修練を積み、最強となったのは天倉朱繕の方だ。
しかし黒霧紗良は居合に符術と、並の武人とは違う方向から武を極めてきた。本人の気質とも合っていたのだろう。
しかし武家において異端な道を選べるという事は、それだけこの女が常軌を逸した存在だと言える。
「指月様が直々にお雇いになられた、万葉様の護衛。陸立理玖。この様な時期でなければ、一度試合いたいものです」
「やめとけ。恥をかくだけだ」
「私に対してその様に言える者も、随分と懐かしい」
そう言うと紗良は薄く笑みを浮かべた。自分が今の皇国において、最強であるという自覚があるのだろう。
そしてこいつは自分よりも弱い奴を相手に武をぶつけるより、強者にぶつけて自分の力の程を再認識したい手合いと見える。俺とやり合いたいというのも本心だろう。もちろんわざわざそれに付き合うつもりはないが。
「力をお貸しいただけるという事でよろしいのですね」
「ああ。大陸の将来のためにも、さっさと鎮圧した方がいいだろう」
「あなたにはそれを成せる力があると。ふふ、良いですね。信じましょう」
こうして俺は左沢領に留まる事になった。狼十郎は紗良の副官として領都に留まる。
しかし散発してしかけられると、いつまで対処し続ける事になるか分からない。早く片付けたいが、それができるのならとっくに終わっているだろう。後手後手でも対応していくしかないか。
「そう。帝国で目的は果たせたんだ」
「ああ。まぁ新たに厄介ごとを抱え込む事にもなったが」
復讐は終えた。だが新たに結んだ第三の契約がある。見方を変えれば、万葉の旅路に集中して取り組む事ができるとも言えるか。
「それで。帝国でも多くの人たちの未来を繋いだのかしら?」
帝国へ行く前に涼香が俺に話した事は、今でも俺の中に深く刻まれている。自信あり気な物言いに反発したくなるのは、いつもの変な意地なんだろうか。
「さて、ね。随分死んだ奴も多かったと思うが」
だがもし俺が帝国へ行っていなければ。魔人と化したパスカエルがどう振る舞っていただろうか。いや、俺がそもそも行かなければ、事はあの様な大ごとにまで発展していなかったかもしれない。
だがそんな事、俺の都合には関係ない。俺は長く奴への復讐を糧に生を繋いできた。今更その生き方を変える事なんてできなかった。
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涼香は一度腕を引くとそれを懐にしまう。
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そういやなんでだろう。俺は偕たちではなく、何故か涼香に土産を買ってやろうと思ったのだ。
……いや。なんとなく理由には気づいている。再会してから今日この日まで、いつでも自分の気持ちに正直で。真っすぐに感情をぶつけてくるこいつを、少なからず好ましく思っているからだろう。
「葉桐の中にいると、いろいろ柵も多くて大変だろ? 自由な鳥はお前に対するあてつけだよ」
「なによ。籠の中の鳥だとでも言いたいわけ?」
「お前がそんなたまかよ……」
少なくともこいつが大人しく飼われている姿は想像できない。自分の定める正義に反する事があれば、いつでもその枠組みを壊すために動く。そういう手合いの奴だろう。
「それよりお前、腕が鈍ったんじゃないか? あの程度の奴らに手こずりやがって」
「仕方ないでしょ! 最近、連戦続きで霊力も十分に回復していないのよ!」
涼香から改めて話を聞く。各地で突発的に起こる襲撃に、武人たちの対応はどうしても後手に回ってしまいがちになっている様だった。
「しかし領都に戦力を集中させる事なく、各個撃破される様な暴れ方をしているとは。敵側の頭目は考え無しなのか? ……いや、そうか。別に左沢領を占領してやろうとは考えていないのか」
「どういう事?」
「敵の狙いは間違いなく皇都だろう。そこで騒ぎが起こるまで、ここに武人たちを引き付けておければそれで良いんだ。各個撃破されようが、その間はお前や皇国七将といった、主だった武人術士の足止めができる」
「そんな……!」
まず間違いない。羽場真領みたいに領都を占拠するつもりなら、相手が誰であれ初めから戦力を固めて戦っているはずだ。多数の破術士に妖までいるんだからな。
だが敵の頭目は、それができる相手ではないと判断した。彼我の戦力差をよく理解できている者だろう。
妖どももそれに従っている様子を見るに、よほどの実力者でもあるのか。それとも単に暴れたい奴らを上手く使っているのか。
「だが裏を返せば、ここで早く事を収めることができれば、それだけ皇都に戦力を戻せるまでの時を短縮できる」
「それはそうだけど。でも敵はいつどこに現れるのか分からないのよ」
「それがこの戦略をとる側の利点でもあるからな……」
決して相手に勝ちにいく方法ではないが、目的が時間稼ぎであればこれ以上はない戦略だ。
「まぁ領都にいる将軍もそれくらいは分かっているだろ」
そうして進むことしばらく。目の前に左沢領領都が見えてきた。
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毛呂山領武叡頭、南方狼十郎の到着の報せを受けた黒霧紗良は、直ぐに面会に応じた。俺と翼も狼十郎の後に続く。さらに涼香と雫、誠彦も付いてきた。
「涼香はまだ分かるが。お前たちも来るのか?」
「当たり前だ! 紗良様に村での事を報告しなくちゃいけないんだ! むしろお前がいる方が不自然だ!」
誠彦はさも当然の事だと話す。涼香がどこか呆れた顔で見ているが、察するに紗良に自分にとって不都合な報告がされるのを防ぐためか。相変わらず武家というのは面倒だな。
左沢領領主の邸宅、その奥。そこでしばらく待っていると、部屋に一人の女が入ってきた。
「……!」
その姿を見て、様々な点で驚く。手に持つ刀が神徹刀な事から、間違いなくこいつが第一皇国軍の将、黒霧紗良だろう。
第一軍の将になるほどだ、もっといかつい奴かと思っていたが、予想に反して華奢な印象を覚えた。そして見た目年齢が若過ぎる。
狼十郎の話では、近衛頭の天倉朱繕と同世代という話だった。だがどう見てももっと若く見える。涼香と同世代と言われた方がまだ納得できる。
そして何より。俺は天倉朱繕や親父をも凌ぐ強者の気配を、この女から感じ取っていた。
真正面から戦えば負けるつもりはない。だが一度その刀を抜かせてしまえば。次の瞬間には俺は両断されているかもしれない。そんな錯覚すら覚える。
確か居合を得意とする異色の武人だという話だったが。間違いなく異色も異色、多くの武人とは違う方向に突き抜けて、武の頂に至った者だろう。
挨拶はそこそこに、狼十郎と涼香はこれまでの経緯を黒霧紗良と話していた。
「そうですか。しかし羽場真領から急ぎ駆け付けてきてくれた事。感謝します。それに涼香さんも。よく無事で帰ってきてくれましたね」
「は、はい! 理玖や翼さんと……まぁ、そこの男の……お、かげ……です」
涼香はめちゃくちゃ悔しそうに狼十郎のおかげだと話す。そこまで悔しいなら言わなけりゃいいのに。なんだか前にもこんなことがあったな……。
自分の感情はともかく、いつでも正直でややこしい方向に真っすぐなのが、こいつの良いところでもあるか。
「理玖……。あなたが噂の……」
そう言うと黒霧紗良は、静かに俺に視線を移した。俺はそれを正面から見返す。俺の実力を伺う様な、探る様な目だ。こういう風に見られるのは随分久しぶりな気がする。
「紗良様! こいつは罪人で……」
「なるほど。どうやら本物のようですね」
誠彦の叫びを無視して紗良は言葉を続ける。その目は獲物を見るかの様に、楽し気に細められていた。しかも微かだが淡く輝いている。そしてそれを受けて黙る俺ではない。
「なんだ? 随分と挑発的な目を向けてくるじゃないか」
「ふふ……失礼。強者を見ると、どれほどの手合いなのか探りたくなってしまうのは武人の性。お気を悪くされたのなら謝罪しましょう」
「自分の性格の悪さを、武人だから仕方ないと言い訳するんじゃねぇ。物騒な女だな」
俺の物言いに涼香はちょっと! と声をかけてくる。しかし近衛頭が天倉朱繕だから、第一軍の将軍もあれくらいかと思っていたんだが。
近衛頭が皇国最強の武人を名乗れるのなら、第一軍の将軍も皇国最強の武人を名乗れる。何しろ将軍職に就く時点で、その武は近衛と同等だからだ。
だが二人を見た上で、俺は黒霧紗良に軍配が上がると判断した。おそらく多くの武人と同様の修練を積み、最強となったのは天倉朱繕の方だ。
しかし黒霧紗良は居合に符術と、並の武人とは違う方向から武を極めてきた。本人の気質とも合っていたのだろう。
しかし武家において異端な道を選べるという事は、それだけこの女が常軌を逸した存在だと言える。
「指月様が直々にお雇いになられた、万葉様の護衛。陸立理玖。この様な時期でなければ、一度試合いたいものです」
「やめとけ。恥をかくだけだ」
「私に対してその様に言える者も、随分と懐かしい」
そう言うと紗良は薄く笑みを浮かべた。自分が今の皇国において、最強であるという自覚があるのだろう。
そしてこいつは自分よりも弱い奴を相手に武をぶつけるより、強者にぶつけて自分の力の程を再認識したい手合いと見える。俺とやり合いたいというのも本心だろう。もちろんわざわざそれに付き合うつもりはないが。
「力をお貸しいただけるという事でよろしいのですね」
「ああ。大陸の将来のためにも、さっさと鎮圧した方がいいだろう」
「あなたにはそれを成せる力があると。ふふ、良いですね。信じましょう」
こうして俺は左沢領に留まる事になった。狼十郎は紗良の副官として領都に留まる。
しかし散発してしかけられると、いつまで対処し続ける事になるか分からない。早く片付けたいが、それができるのならとっくに終わっているだろう。後手後手でも対応していくしかないか。
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