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変化の兆し 割れ始めた帝国

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 王宮に戻り、急ぎヴィオルガとテオラール、それにアロムントが会合を行っていた部屋へと向かう。幸い三人はまだそこに残っていた。部屋に入ってきた俺の隣にいるアメリギッタを見て、ヴィオルガは怪訝な顔を作る。

「どうしてその女がここにいるのかしら?」
「後で説明する。今はこれを確認してくれ」

 俺はアメリギッタからもたらされた、パスカエルの研究に関する資料をその場で広げる。三人とも初めは何の資料かと訝しんでいたが、その表情はみるみるうちに驚愕のものへと変わっていった。

「これは……!」
「パスカエル氏の研究資料……! しかもこの内容は……!」
「なんと……。この様な悪逆非道な振る舞い、許されるものではない……!」

 アメリギッタはパスカエルの屋敷の地下にある、秘密研究室の存在も話す。三人はパスカエルのこれまでの行いを資料を通して目の当たりにし、憤慨している様子だった。あのテオラールでさえだ。

「王族だからじゃない。人として、パスカエル氏の所業は見過ごす事ができない……!」
「資料のよると、最大規模の犯罪組織であると目されている幻魔の集い。どうやらそことの取引も多いようですな。……な⁉︎ パスカエル本人が幻魔の集いの頭目だと……!?」
「……で、そこの女はこの資料と引き換えに命乞いでもしてきたのかしら?」
「うふふ、そうよヴィオルガ様。お兄さんからは私の命の保証を約束されているわ」

 どこか勝ち誇った様子でアメリギッタは話す。こちらに確認の視線を送ってくるヴィオルガに対し、俺は短く頷いた。

「いろいろ言いたい事はあるけれど。あなたがそれで良いのなら、一先ずそこの女の処遇は置いておくとしましょう。それよりも今は……」
「急ぎ陛下にこの事をお伝えせねばなりませんな」
「それに監察官にもだね。急ぎ地下の研究室へ行ってもらう様に、父上に掛け合ってみよう」

 三人の動きは早かった。政敵を追い落とすきっかけを得られた事は大きいが、合わせてパスカエルの研究をこれ以上進ませる訳にはいかないという使命感も感じている様であった。




 
 次の日。皇帝はヴィオルガ、テオラールを自室に呼んだ。俺はヴィオルガから特別にという事で、その場に同席させてもらう。

 パスカエルの研究資料を持ち込んだのは俺だからな、関係者枠という事にでもなっているんだろうか。

「陛下。パスカエルの件、どうなったでしょうか」
「うむ。それが奇妙な事になってな……」
「奇妙な事、ですか?」

 アメリギッタからの情報を基に、パスカエルの屋敷へ再度赴いた監察官達は秘密の地下研究室を発見した。だがそこは資料含め、主だった実験器具の類も何もない、もぬけの殻だった。

 「もぬけの殻……」
「おそらくは協力者のアメリギッタ嬢から情報が洩れたと考え、重要な器具や資料などの場所を移したのだろう」
「あれだけの資料を持ちだしたのだもの。当然、気づかれているわよね」

 それはそうか。パスカエルもバカじゃないんだ、自分の研究内容が露呈したとなれば、当然何か対策はするだろう。

 だがこちらにはこれだけの物証があるんだ、今さら対策したところで打てる手などない。

「パスカエルがどこへ姿を消したのかは依然として不明だ。元々公の場に出てくる事が稀だからな。しかしグライアンも今、連絡が取れない状況なのだ」
「兄上も……?」
「本来ならばこの場にはグライアンも招いておった。パスカエルの件に加え、次期皇帝指名についてもお前たちの前で話しておこうと思ったのだ」

 そう言うと皇帝は一瞬俺を見たが、軽く咳払いして言葉を続けた。

「次期皇帝にはテオラールを指名する。何故かパスカエルの件については、既にいろんな貴族に話が回っておるようだからな。既に西国魔術協会が擁立するグライアンに、そこまでの勢いはない」

 そう言うと皇帝はヴィオルガに視線を向ける。きっとヴィオルガがパスカエルの事を良く思っていない貴族達に、昨日の事を広めたのだろう。

「貴族達の耳の早さには驚かされるわね。でもこれで次の皇帝はテオラール兄様に決まりだし、皇国との話し合いも円滑に進めていけるでしょう」
「例の幻獣に対抗するための秘策だな。パスカエルの策が使えぬ以上、そちらについては改めて話を聞くとしよう。気になるのはパスカエルとグライアンの行方だが……」

 その時、部屋にノックが響いた。今の時間に皇帝の部屋を訪ねてくるなど普通ではない。ここまで通されたという事は、よほど急ぎの要件なのだろう。

「誰か」
「陛下、失礼をお許しください。ですがパスカエル殿より書状が届きまして……!」
「なに……。良い、入れ」
「はっ!」

 部屋に入ってきた文官は、ヴィオルガに書状を渡す。ヴィオルガはそれを皇帝に渡した。一同が見守る中、皇帝は書状に目を通していく。

「………………」
「陛下? 書状にはなんと?」
 
 皇帝は一度溜息を吐くと、それをヴィオルガに渡した。ヴィオルガとテオラールもその書状に目を通すが、二人ともその瞳を驚きで大きく開ける。

「おい、何が書いてあるんだ?」

 ヴィオルガは俺にも書状を回してくる。文官は何故異国人がここに居るんだ、と怪訝な視線を送ってきているが、気にしない。

「これは……」
「やられたわ。まさか開き直ってくるなんて」
「陛下、こちらの書状ですが。同様のものが主だった魔術師派閥や、上級貴族の皆様にも送られている様です」

 パスカエルからの書状には、自身の研究について明記されていた。

 曰く、自分の研究は帝国の未来のためのものである事。既に大きな成功をしており、近くくるであろう幻獣の大侵攻に対抗できるものである事。グライアンには先見の明があり、早い段階で自分の研究を後押ししてくれた事などが明記されている。

「アメリギッタによって自分の研究が表沙汰になる前に、自分から公表してきたのか」

 書状には続きがあった。西国魔術協会の中にも将来の帝国を憂う、忠義厚い者が多いという事。自らの手で帝国の未来を勝ち取りたいと願う者は、自分の元に集まる様にと呼びかける一文もあった。

「志同じくする同志はアンベルタ家当主、メネジルド・アンベルタの治める領地に来い。自分とグライアンは今そこにいる、か」

 要するにパスカエルは帝都から一旦離れ、外からこの状況を動かしにきたのだ。グライアンという王族を手中に収めて。

 おそらく昨日の内に行動を開始していたのだろう。さすがにアメリギッタの裏切りには直ぐに気付くか。

「誕生祭も近いこの時期に、よくこれだけ堂々と仕掛けてきたものね……」
「だからこそ、だろう。今の帝都には帝国各地の領主達が集まっておるからな。少しでも帝都を混乱させられれば儲けものと考えたのではないか。まったく、皇帝として俺は頭が痛いぞ」

 文官の話によると、実際幾人か姿を消した魔術師もいるそうだ。おそらく親パスカエル派の者は、パスカエルの研究を知った上でパスカエル側に付くと決めたのだろう。

 シュドさんからの訴えに端を発した騒ぎは今、さらに大きくなろうとしていた。テオラールは思案顔で眉をひそめる。

「最悪、帝都とアンベルタ領で帝国は二つに割れるね。パスカエルの研究こそが真に帝国を救うと考えている魔術師も多いはずだ。一方で私には、帝国を幻獣の脅威から救うというヴィジョンが示せていない。この差は大きいだろう」
「皇国と協力する案があるとはいえ、こちらも具体的なものは示せていないものね……。具体案について知っているのが私だけという事情もあるのだけれど」

 パスカエルの研究内容が暴かれたとはいえ、未だ天秤はどちらに傾くか予断は許さないといったところか。だが皇帝は自身の考えを固めてあるのか、強い口調で意見を述べた。

「パスカエルの行動は帝国に対し、明確に叛旗を翻したものだ。確かにその研究は帝国の未来を救う可能性があるものなのかもしれん。しかしそのために、幻魔の集いといった犯罪組織と取引するのはもちろん、皇国に被害を出した事も許す訳にもいかぬ。そして今、グライアンを擁立し、帝国を二分しようとしておる。皇帝としてこれは断じて認める訳にはいかん」

 それはそうだろうな、と考える。ここでパスカエルの台頭を許せば、皇帝はパスカエルに屈したのだという姿勢を周囲に見せる事になる。逆にここでパスカエルを抑える事に成功すれば、王族にいくらか強い権威が戻ってくるだろう。

 上手くいけば魔術師の最大派閥である、西国魔術協会の影響力も奪えるからな。しかしパスカエルを認める訳にはいかないと言っても、具体的にはどうするつもりなのか。俺は黙って皇帝の続きを待つ。

「帝国軍をアンベルタ領へと差し向ける。こちらの要求はパスカエルとグライアンの身柄引き渡し。それを拒否するというのなら、アンベルタ領に集う貴族達を反逆者として断罪する」

 しかしここで待ったをかけたのは、パスカエルの書状を持ってきた文官だった。

「お言葉ですが陛下。アンベルタ領には既にかなりの魔術師が流れていると予想されます。帝国軍は魔力を持たぬ平民を中心に構成された軍隊。これを差し向けても素直に従うとは思えませぬ。下手をすれば軍に被害がでます」
「分かっておる。それでもやらぬ訳にはいかぬ。皇帝として、パスカエルに対する態度をはっきりとさせておかねばならぬのだ」

 皇国軍と同じく、帝国軍も多くは平民なのだろう。確かにそれでは、魔術師一人を倒すにも大きな損害がでる。

 今まで黙って話を聞いていたが、ここで俺は一歩前へと出た。

「ヴィオルガ。俺に仕事を依頼する気はないか?」
「……仕事?」
「そうだ。今、俺はお前の護衛として雇われている。パスカエルの動向はお前の安全にも関係があるだろう。ここで俺に依頼しろ。帝国が完全に割れてしまう前に、パスカエルを捕えてこいと」

 もちろん実際に捕えるつもりはない。見つければ必ず殺す。だが今は、俺がパスカエルの元へ赴くという大義名分が必要だった。

「私の使いとして、アンベルタ領へ赴くと?」
「そうだ。皇帝もパスカエルを明確に反逆者と断定したんだ。方法はどうあれ、捕える事には変わりないだろう?」

 俺とヴィオルガのやり取りに、テオラールが入り込んでくる。

「待ってくれ。君は確かに強い。それは認めるとも。だがパスカエルは我が帝国最強の魔術師。西国魔術協会トップの名は伊達ではない。それにパスカエルの元には、他にも多くの優秀な魔術師が集っているんだ。いくら君でも、魔力を持たない身ではどうしようもない」

 テオラールの反応は一般的なものだろう。だが俺はかつて群島地帯で誓っている。相手が誰であれ、必ずこの刀を奴に届かせてみせると。 

 回り道はしたが、今の俺にはあの時に無かった力もある。ここまで奴を追い詰めたんだ、この機を逃す訳にはいかない。俺はテオラールの隣に立つヴィオルガへ視線を向ける。

「いいだろう、ヴィオルガ?」
「……陛下。オウス・ヘクセライに命じて下さい。アンベルタ領へ赴き、パスカエルを捕えよと」
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