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1ヶ月ぶりの皇都 指月の分析

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 次の日。早朝に万葉に呼ばれる気配を察知し、俺は皇国へと跳んだ。跳んだ先はいつもの部屋で、目の前には万葉と指月が座っていた。

「理玖様。お変わりないようで」
「久しぶりだな。万葉、指月」
「帝国からも跳んでこられるなんて、便利な能力だね」

 それは俺自身もそう思う。しかも万葉からの呼び出しに限り、俺は血を消失する事もない。通常であれば数日の道のりでも、何の代償も無しに移動できるのだ。誰もが羨む能力だろう。

「帝国での暮らしはどうかな?」
「まぁそれなりだ。まだ目的は果たせていないが。ああ、万葉。ヴィオルガがよろしくと言っていた」
「……ありがとうございます」

 俺達はこの一ヶ月で見聞きした、互いの情報交換を行う。指月はいよいよ将来のため、本格的に動き始めた様だった。

「全地方領主、貴族への情報開示か」
「ああ。皇国として万葉の旅路を支援する仕組みを作っているところさ。皇国の命運がかかっているんだ、皆積極的に協力してくれているよ」
「……私と共に幻獣領域へ挑む者の選別も行う予定です。家柄には捉われず、有能な者であれば積極的に採用するつもりだと聞いております」
「精鋭の選抜は誠臣も話していたな。幻獣の領域では途中から食料や水は自給自足、常に気を張り詰める日々が続く。少数の強い精神を持つ者が理想だろうな」
「ああ。その事も考え、東の幻獣領域で自給自足の訓練も積ませる予定だ」

 この分だと万葉と指月に任せておいて大丈夫そうだな。万葉と大精霊の交渉次第では、幻獣の脅威から恒久的に開放されるかもしれないんだ。まともな神経の持つ主なら協力するだろう。

「国内もまだ不安要素がない訳ではないが。やれる事を着実に進めていくつもりだよ。……理玖殿の方はどうだい? 帝国の話を聞かせてくれるとありがたいのだけれどね」
「ああ、いいぜ」

 指月は帝国の内情を知りたがっていたからな。俺は連日のヴィオルガとの同行で見聞きした事を万葉と指月に話す。

「次期後継者について、まさかそこまで具体的に情報を得ているとはね」
「ヴィオルガの立場あってこそだが。まぁそんな訳で、グライアンとテオラールのどっちが次の皇帝になるのかはまだ分からない」
「王族の権威失墜も相当進んでいるね……」
「ヴィオルガ姉様……」

 帝国の現状は、皇族としても気になるところだろう。皇族には今も神徹刀を作れる霊力を持つ者が生まれているし、政治体制が皇族中心の枠組みで組まれているので、帝国とはまた事情が異なるのだろうが。

「ヴィオルガ殿が男であれば、と皇帝陛下は考えているのではないかな」
「ヴィオルガが皇帝に……ていうのは難しいんだろうな」
「その場合は伴侶の男が皇帝に就く事になるだろうね。過去もそうだったのだろう?」
「そう聞いている」

 王族で最大の魔力を誇るヴィオルガなら、もしかしたら目が無い訳ではないかもしれないが。今から動くには、遅きに失しているだろう。

「帝国において強い権勢を誇る西国魔術協会、そこと距離の近い第一王子。一方で強い魔力を持ちながら、派閥に対して繋がりの薄い第二王子。国内貴族の台頭を食い止めるのなら第二王子だが、今の王族はそれも難しい、か」
「……ヴィオルガ姉様と……次の皇帝はどうなるのでしょう?」
「あくまで私見だが。このままいけば、まず間違いなく第一王子が次期皇帝に内定するだろう。皇帝位を引き継ぐまでの間、どれだけ今の皇帝陛下が置き土産を残せるかという戦いになってくるだろうね。皇帝陛下はすでにそこを見据えた戦略を練っているのではないかな。ヴィオルガ殿は今の地位や立場を失う事になるだろう。第二王子を推す貴族の代表格みたいなものだ。第一王子がそのまま放置しておくはずがない」

 こういう話題は指月が得意とするところだな。俺ではここまで分からない。

「そしてそれは第二王子も同様だ。私なら二人とも、自分と繋がりの深い地方領主の血族と婚姻させ、帝都から追い出すね。そして二度と表舞台に上がれなくする。過去に似た様な王族もいたのではないかな」

 指月の話を聞き、万葉は悲し気に眉を寄せた。普段無表情な万葉にしては珍しい表情だな。ヴィオルガの事を想っての事だろうが、皇族たる身ではできる事は少ない。

「だが鍵を握る人物が二人いる。一人は第二王子。もう一人は君さ、理玖殿」
「……俺?」

 どういう事だろうかと、指月の続きの言葉を待つ。

「第二王子に関しては言わずもがなだね。彼が派閥との接点が薄いのは利点でもあるんだ。何も帝国貴族の全てが西国魔術協会と懇意にしている訳ではないだろう? 中には正面から対立している派閥もある」
「ヴィオルガの所属するオウス・ヘクセライの様にか」
「そうだね。まぁオウス・ヘクセライに関しては皇帝直属の魔術師組織という立ち位置だから、その立場は移ろいやすくもあるのだけど。帝国には魔術師ほど目立ってはいなくても、その規模は決して馬鹿にできない者達もいる」
「……聖騎士か」

 魔術師と聖騎士は折り合いが悪い。それは帝国にいても感じる事ができた。

「だが皇国に来た聖騎士は、パスカエルと繋がりがあった。西国魔術協会と聖騎士はそれなりの距離感ではないのか?」
「そうとも言えないよ。パスカエル氏は利用し易い人物であれば、聖騎士でも魔術師でも良かったのではないかな。現にレイハルト殿に真っ向から立ち向かった聖騎士の少年もいたのだろう?」
「……確かにな」
「折しもヴィオルガ殿は聖騎士の実力に注目している。他の誰でもない、帝国において特別な意味を持つヴィオルガ殿が、だ。聖騎士全員の総意を得られれば、また違った景色が見えてくるはずさ。最もそれにはテオラール殿の頑張りが必要な訳だが」
「積極的に動く様な奴には思えなかったがな」
「あるいはそう見せていたのかもしれないよ」

 指月はふふ、と小さく笑う。

「話を聞くに、対立を好む人柄ではないのだろう。不必要に自分を担ぎ上げる人物が増えない様に、次期継承者に無関心を装っている可能性もある。しかしこのままグライアン殿が皇帝になっても、碌な未来が待っていないのは目に見えている。何とかしたくとも西国魔術協会はグライアン殿についているため、打てる手がない」
「……自分に活路があると認識すれば、動き出すというのか?」
「あくまで可能性の話だけどね。そこでもう一人の鍵を握る人物、理玖殿が出てくる訳だ」

 どういう事かと指月を見る。気づけばすっかり指月の話の先が気になっていた。

「これも簡単な話さ。誕生祭までに理玖殿が目的を遂行すれば、話は大きく変わってくる」

 俺の目的。それはパスカエルへの復讐だ。だが帝国に渡れた俺は、復讐を行う時期について決めたものは考えていなかった。

「西国魔術協会が帝国における、最大規模の魔術師派閥だというのは分かる。だがその影響力の強さは、全てパスカエル氏に由来したものだ。上級貴族、天才魔術師、研究者。様々な顔を持つパスカエル氏だからこそ、西国魔術協会を皇帝陛下のご裁可に影響を与えられるまで大きくできたと言える。その彼がいなくなればどうなるか。今の情報ではそこまでは予測できないが、大きく混乱するのは確かだろうねぇ」
「……なるほどな。だがそんな時期に奴をやれば、疑われるのは第二王子陣営だろう」
「証拠がなければ追求できないのは、この間の件でもよく分かっただろう? グライアン殿を推しているから。皇国で謀略にはめられそうになったから。ヴィオルガ殿には強い動機がある。まず間違いなく理玖殿と共に疑われるだろうけど、証拠がなければ強くは言ってこられないさ」

 やるなら証拠は残すな、か。確かにこのままでは、ヴィオルガの指示を受けた俺がパスカエルを殺したと思われかねない。

 既に魔術師に勝てる実力があるとことを皇帝の前で示しもしたからな。ヴィオルガはこうした危険性も考慮して、なるべく俺を戦わせたくなかったのかもしれない。

「……理玖様。どうか、ヴィオルガ姉様のお力になっていただけませんか……?」
「君には君の思惑もあるだろうけど。彼女は万葉の旅路を帝国として全面的に協力すると申し出てくれた。皇国としても、彼女が今の立場を失うのは損失が大きい」

 万葉は自分の感情から、指月は皇国としての利益を考え、俺に動いてほしいと話す。何故俺がお前たち皇族の言う通りに動かなきゃならんのだ、と言おうとした時に、また涼香の呪いの言葉が脳裏に蘇った。……くそ、あいつ。

「俺の行動次第、か……」
「まぁもう一つ、無理筋な手が無い訳ではないが……」
「そんな手があるのか?」
「万葉の事を大々的に帝国に公表し、ヴィオルガ殿との約束をさっさと国家間の約束に変えてしまうのさ。こうなると帝国としてもヴィオルガ殿を放置できなくなる。何しろ確実に万葉の旅路についていける、数少ない人材の一人だからだ」

 万葉の旅路に帝国が同行しなかった場合、大精霊との交渉時に帝国にとって大きな不利益を被る可能性がある。それを懸念したヴィオルガは、万葉と共に幻獣領域を進む事を決意した。

 これを皇国として正式に帝国に申し出る事で、公にその支援を引き出そうという話か。

「皇国では既に地方領主に情報を開示したし、いずれ帝国の耳にも入るだろう。ヴィオルガ殿の身辺が落ち着いたら皇国として帝国との交渉に乗り出す予定だったが、それを少し早めるのさ。ヴィオルガ殿に新たに付加される価値に、帝国は無視できないだろう」
「間接的にヴィオルガの背後に皇国が付く様なものか? だがそれなら早くそうすればいいんじゃないか」
「万葉の旅路に同行できるのは、一部の選別された者のみ。その中に帝国の天才魔術師であるパスカエル氏も入ってくる可能性があるのではないかな」
「…………」
「この話が出てから氏が消えるか、出る前に氏が消えるか。どちらが君や皇国にとって良いかは、非常に判断が難しい。一つ言えるのは、氏がいる間にこの話が出たら、間違いなく西国魔術協会は何らかの形で干渉してくるという事だ」
「……わかったよ。誕生祭までにさっさと奴を殺す。それで良いんだろ?」
「あくまでそれが無難、と言う他ないが。これは何が正解なのか、私にも結論が出せない話だ」
「だが皇国が情報を開示した以上、遅かれ早かれ帝国に万葉の重要性は知られる。奴が何もしてこないはずもない。いいさ、あいつを殺すのは確定事項なんだ。それが早いか遅いかの話だ」

 俺の復讐に時限が設けられた形だ。だが別に構わない。俺は今すぐにでも奴を殺したいのだから。
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