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守護者再び 理玖 対 レイハルト

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「万葉様っ……!」
「あっはははははははは!」

 少女が笑う中、切断された万葉の左腕が宙を舞う。切断部からは血が噴き出ていた。偕が、ヴィオルガが。目の前で起こった出来事に表情を大きく歪める。

「ははははははは……は……は?」

 だが少女が笑いを止めてしまう出来事が、万葉の身に起こった。宙を舞う腕も、血も。時が止まった様にピタッと止まったのだ。

 そこからさらに時間を巻き戻すかの様に、腕と血が万葉の左腕に戻っていく。やがて切断されたはずの左腕は切断部にピッタリとくっつき、何事もなかったかの様に万葉は元の五体満足の状態へと戻った。

「え……え?」
「なにが……?」
「ま、マヨ……。う、腕。腕は大丈夫なの!?」

 普段感情を表に出さない万葉も、自分の身に何が起こったのか理解できておらず、いつもよりやや大きく目を開けて左腕を動かす。指の先まで違和感なく動かせ、切断される前と何も変わっていない様子だった。

「ま、さか……。マヨ、時に干渉できるの……?」

 ヴィオルガの問いに万葉が口を開けかけた時、いつからそこに立っていたのか、背後から万葉の頭を軽く叩く手があった。

「何事かと思ったら……。あの時、保険をかけておいてよかったぜ。というか万葉。大ごとになってんじゃねぇか、もっと早く俺を呼べ」
「理玖……様……!」

 一体いつ現れたのか。そもそも大地のリングで覆われたこの場へどうやって駆け付けたのか。そこに立っていたのは万葉の守護者である理玖だった。

「あ、あなた……! クガタチの兄の……!」
「ああ……。お前もいたのか。あと偕も。そっちの男も下町で一緒だった奴だな。他にも見た顔があるが」

 そう言って理玖は大地のリングに立つ少女にも視線を向ける。少女は万葉の身に起こった事も理解できていなかったが、この場に理玖が現れた事でさらに混乱する。

「え……お兄さん、いつそこに……? というか、どこから……?」
「目の前の大型幻獣といい、状況が分からん。説明してくれ」

 万葉の身に起こった事は気になるが、この窮地を打破できるのは兄だけである。そう確信している偕は、レイハルト達が混乱している間に状況を説明する。

「帝国聖騎士の裏切りです。ヴィオルガ様を亡き者にしようと。あの大型幻獣も元は人間、杭の力であの様な姿に。頭上の少女はあちら側の人間です」
「要は帝国の内紛に巻き込まれた訳か」
「はい。ですがヴィオルガ様は皇国のお客人であり、万葉様のご友人。我らはヴィオルガ様に付く事を決めた次第です」

 偕は簡潔に要点のみを理玖に伝える。少なくともこの場の誰が敵で誰が味方かは、先に伝えなければと意識する。

「あの、兄さま。相手は西大陸でも最強と呼ばれている、ドラゴンという種の大型幻獣です。しかも術まで使えます」
「そりゃまた厄介な奴だ。……なるほどな。確かに俺が今まで戦ってきた中でも最強だろうな」

 そう言う理玖の声からは焦りも恐怖も感じられなかった。突然の闖入者に驚いていたヴィオルガだが、理玖の認識の低さに声を荒げる。

「あ、あなた、本当に分かっているの!? 相手は軍隊でなければ太刀打ちできない大型幻獣なのよ!? あれ一体で東大陸に住む人、全員を滅ぼす力があるのよ!?」
「あいつにそこまでの力はねぇよ」
「……はぁ!? 霊力を持たないあなたには分からないでしょうけれど、あれは……!」
「ヴィオルガ姉様」

 ヴィオルガの言葉を遮る様に万葉が口を開く。

「理玖様は……。私たちとは異なる理の中で生きられる方。そして……指月兄さまが雇われた、私の護衛です」
「は……? 皇族が雇った、マヨの護衛……?」
「はい。……理玖様。この様な場にお呼び立てしてしまい、申し訳ないのですが。…………また、私を。私たちを。護ってほしいのです」

 いつか理玖に言われた事を意識し、万葉は素直に自分の望みを理玖に伝える。理玖とて帝国人の前でその力を振るうのは抵抗があるだろう。そこまで考えた上であえて万葉は話した。

「言ったろ。何かあれば俺を呼べと。……お前の兄は金払いが良いからな。大切な商売の種を、こんなしょうもないところで失う訳にはいかねぇよ」

 そう答えると理玖は横目にヴィオルガに視線を向ける。

「東大陸の住人全員を滅ぼす力がある、か。それはねぇよ。何せ東大陸には今、俺がいるからな」




 
「さて……」

 俺は万葉の未来視を封じた時、同時にある術を仕込んでおいた。その術は万葉の身に何かあった時、元の状態に戻るまで時を巻き戻すというものだ。術の発動を感知し、俺は万葉の元へ跳ぶ事ができた。

 基本的に万葉が強く左腕に念じれば俺は察知できるが、不意の出来事もあるかもしれないと考えての事だった。強力な術ではあるが、時に干渉するにはいくつか条件もあり、術として行使できるのは万葉だけなのが欠点だ。

 偕の話を整理する。帝国にも事情があるんだろうが、とりあえずの敵は頭上の女と目の前の大型幻獣か。

 まずは鬱陶しい女から片付ける。この前とは違う、本気の実力でな。そう決めた矢先、大型幻獣から声がかかった。

「誰だ、貴様は……。さきほど皇国の姫の身に起こった事。あれは貴様か……?」
「おいおい、その形でしゃべれんのかよ。どうなってんだ一体」
「話す気はない、か。どうやってこの場に現れたのかは知らぬが、自ら逃げ場のない処刑場にやってくるとは不運な奴よ」

「思ったより円滑な交流ができるな。ところでお前、パスカエルの友人か何かか?」
「……何故皇国人である貴様がパスカエル様の事を聞く?」
「知っているが友人という訳でもなさそうだな。まぁいい、俺の稼ぎのためにそこの女諸共死んでくれ」

 大精霊の力を開放していき、右目に刻印が浮かび始める。異様な気配を察知したのか、女魔術師は宙に浮くと大型幻獣の向こう側へと飛んでいった。

「残念だけど。今回の私はお目付け役なの。ここでお兄さんたちの最後を見届けてあげるね。あ、首はちゃんと持って帰って飾ってあげるから安心して?」
「……あいつをやるにはまずは大型幻獣を片付けてからか」

 俺は大型幻獣の前に立ちふさがる様に前に出る。退く気がないのを理解したのか、ヴィオルガも足を前に進める。

「く……! 魔術を使う大型ドラゴンなんて敵いはしないのに……! でも逃げ場はないし、このまま座して死を待つよりはいいわ。残り少ない魔力だけれど、私も最後まで抵抗を……!」
「おい偕。こいつ邪魔だから万葉と一緒に下がらせろ。そこの男もだ」
「ちょっと……!?」
「ヴィオルガ様、すす、すみません!」

 ヴィオルガは皇国でいう皇族みたいなもの。未婚の皇族の女に触れるなんて、武家の者からすれば死にも等しい行為だ。

 だが今は偕以外に頼める奴がこの場にいない。この間もヴィオルガから俺を庇ってくれたし、今度食事くらいおごってやってもいいだろう。

 目の前の大型幻獣はどこから声を出しているのか、口に当たる部分を全く動かさずに言葉を発する。

「魔力を持たぬ身で分不相応な相手に挑むか! おとぎ話ではドラゴンに挑む勇者と称されるであろうが、貴様のそれは愚者の行いと同義よ! 金のために死ぬ事、後悔するがいい!」

 そう言うと大型幻獣は片足を上げ、大地を踏み抜く。そこから無数の岩槍が形成され、俺に向かって迫ってくる。

(数が多いな。下手に砕くと後ろの万葉達も危ない。……これでいくか)
「理術・霊魔無為法・静振天抄」

 俺に向かって飛んで来た岩槍は、ある程度近づいてきたところでその動きを止め、地に落ちて行った。

「なに……? 貴様、何を……?」

 これは俺の周囲に展開される結界術の一つ。結界内に入った飛来物は慣性を含めたあらゆる力を失う。実体をもたない術相手には相性が悪いが、地術の類であればこの通りだ。

「さすがにその図体をいちいち切り裂くのは面倒だからな! 接近戦は無しだ!」

 左目が疼きだし、右目からも熱を感じる。だがこれは心地の良い熱だった。

 万葉が近くにいる今、俺は大精霊の代行者としての力が振るえる。つまり地形や環境に捕らわれず、強力な術が使えるという事。

「理術・騰豪烈敢法・流爆球破」

 俺は人差し指と親指で環を作ると、そこに息を吹きかけた。息が環を通り抜けると小さな球体が大量に現れ、勢いよく大型幻獣に向けて飛んでいく。

「術だと!? だがなんだ、その小さな泡は! 吹き飛ばしてくれる!」

 大型幻獣は背に生えた翼をはためかせ、風を巻き起こす。だが俺の作った球体は風の影響を受けず、なおも大型幻獣に向かって飛んでいく。

 当初は密集していた無数の球体も、大型幻獣の元へたどり着く頃にはその巨体を覆う様に散らばっていた。その中のいくつかが大型幻獣の巨躯に触れる。瞬間、大爆発が起こった。

「おおおおお!?」

 大爆発はさらに続く。あの巨体だ、無数に迫る小さな物体を避ける事は難しいだろう。

「はっははははは! いつまで食らってんだ! うるさくてかなわんぞ!」
「おのれぇ!」

 遠距離攻撃は効果がないと思ったのか、大型幻獣は土煙の中から俺に目掛けて突撃してきた。
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