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因縁の戦い 偕と六角
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六角は自分の身体を見渡す。心臓に杭が刺さっている以外は以前と変化がない。いや。大きく変化があった。霊力だ。
先ほどまでより爆発的に増えている。今も心臓を中心に霊力がどんどん溢れてきている。
「ははは……! どうやら成った様だなぁ!」
およそ人の身に収まる霊力ではない。偕たちは緊張で表情が強張っていた。
「な、なに……あの霊力……!」
「ありえねぇ……! あんなの見た事がねぇぞ!?」
「誠臣さん、雫。……いけそうですか?」
誠臣は偕の静かな問いかけの意味を察する。偕はまだ諦めていない。突然現れた化け物相手でも戦う意思を失っていないのだ。年下から武人としての決意を見せられ、誠臣は己を奮起する。
「当たり前だ! 賀上家長男、賀上誠臣! あの程度の妖相手に引き下がる足は持ってねぇぜ!」
「わ、わたしも……! でも、私の雷術が効果ないなんて……」
「うん。何が起こったのかは分からないけれど、もう一度雫の術が効くか試すには危険が大きいと思う。それに次もう一度あの術を放てば、雫の霊力は無くなるだろ? なら雫には残った霊力で、僕たちを援護して欲しい」
「わ、わかった! 頑張る!」
「相談は終わったかぁ、雑魚どもぉ!」
六角は真っすぐに偕たちを見る。その表情は自信に満ち溢れていた。
「……あなたは何者ですか。どうしてここに?」
「あん? んなもん、この力を得るためだよぉ!」
「……え?」
「破術士の間ではなぁ! こんな風に爆発的な霊力を得る手段があるのさ! てめぇら武人や術士を圧倒する様な霊力がなぁ!」
爆発的な霊力を得る手段。それは心臓に刺さったあの杭の事だろうという事は、容易に想像がついた。だが分からない事はそれだけではない。
「雫の雷術をまともに受けたのに無傷だったのも、その杭の力という訳ですか」
「あああん? ああ、そういやさっき、すげぇ術を食らったな。ありゃ俺も死んだと思ったぜ。生きてた上にこうして成った訳だけどなぁ! うは、うははは、うはははははははは!」
どういう事だ、と偕は考える。男自信も何故無傷で済んだのか、どうしてここまでの霊力を得られたのか理解していない様に思えた。
「ま、当初の予定通り俺はこのまま好きに暴れるさ! まずはてめぇらだ! さっきの礼をしないとなぁ!」
霊力は妖の姿だった時よりも強いのに、さっきまでと違い妙に会話ができる事に違和感を感じつつも、偕は質問を繰り返す。気になっている事があるのだ。
「……さきほど破術士と言いましたね。という事は、あなたは破術士ですか? ですがこれほどまでに強い破術士の名は聞いた事がありません。……名前を伺っても?」
「おお、いいぜ? 俺の名は六角! 今までは霊影会に属していたが、この力があれば今日から俺が霊影会を支配する事もできる! ああ、そうだ! 俺は霊影会の長、六角だ! 覚えておけ!」
「六角……」
やはり聞いた事がない名だと偕は思った。犯罪者だろうとそうでなくとも、破術士の中でも有名な者はそれなりにいる。だが六角という名に聞き覚えはない。
今確かな事は、六角は間違いなく強いという事。偕は一度息を整えると懐から短刀を取り出した。
「偕! お前……!」
「……神徹刀を抜きます。それで止められる相手かは分かりませんが……!」
「……分かった。俺も手伝う」
「気をつけて……!」
偕は一歩前へ出る。そこで二刀構え、名乗りを上げる。
「聞け! 僕は皇都陸立家が次男、陸立偕! いずれ近衛となりこの国の未来を守る者! これなるは月御門歴督様より賜りし神徹刀「羽地鶴」! この邪を斬る破邪の霊刀の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」
ここから先は一歩も通さない。その強い決意を高らかに叫ぶ。だがそれを聞いた六角の反応は予想していたものとは随分と違った。
「く。くふ。くはは。うははははははははは! マジかよ! お前! お、お前ぇ! そうかそうか、陸立家の次男かぁ! うははははははははは!」
異様。そう呼ぶに相応しい笑い声。誠臣は六角のその様子に強い警戒心を抱く。
「お、おい偕。お前、知り合いか……?」
「いえ、まさか」
「だよな……」
「うははははははははは! いや、いや! こんな事ってあるんだなぁ!」
「何がおかしい!」
「う、ひ、ひ……! なぁお前。兄貴がいるだろ?」
「え……」
不穏な単語がありえない人物の口から飛び出す。偕は自分の心臓の鼓動が異様に早くなるのを感じていた。
「な、にを……」
「あー、確か名は……そう! そうだ! 理玖! 理玖っていったよなぁ!」
「……! 咎人となった兄の名を知っているからといって、なんだというんだ!」
偕は強い苛立ちを覚え、声を荒げる。理玖が罪人となった事は貴族なら誰もが知っているし、平民の間でも知っている者もいれば知らない者もいる。陸立家と聞けば罪人の長男がいるという事は、ちょっと調べれば誰でも分かる事。
例え六角が兄の名を知っていてもおかしな事ではない。だが何か違う。明らかに個人的に兄の事を知っているかのように、六角は理玖という名を叫ぶのだ。
「いやなぁ? お前の兄を殺したのは俺だからよ? まぁさか兄弟そろって俺の手にかかるなんて、陸立家ってのは因果な家系だなぁって思ったのさぁ! うははははははははは!」
「え……」
理玖が群島地帯から西大陸を目指した時。あの日嵐の甲板で理玖と戦ったのは六角であった。
「お前の兄貴は皇都を出て直ぐに群島地帯に渡っていたのさぁ! 俺は理玖暗殺の仕事を受けてなぁ! 見つけるのに苦労したぜぇ! いやぁ、あいつの死に様ときたら! 無様なもんだったぜ! 小便漏らしながら泣いて俺に命乞いしてきたのさ! みっともないったらなかったぜ! お願いします、六角様ぁ! 何でもしますから助けてくだちゃいぃ~ってなぁ! あまりにも無様だったんで、全身細かく切り刻んで海に流してやったよ! おかげで首はとり忘れちまったがな! いやぁ、武家の生まれとは思えねぇくれぇのみっともなさだったなぁ! お前の兄貴には随分笑わせてもらったよ! うっははははははははは!」
突然語られる兄の死。偕の意識に空白が生まれる。六角はそこを見逃さず、絶影もかくやの速さで偕に迫る。
「偕っ!」
「お兄ちゃん!」
六角からの強烈な一撃を受け、偕は真後ろへ吹き飛ばされた。
「くそ! 雫ちゃん、偕を!」
叫び、誠臣は刀を振るう。これまでの年月で練られてきた剣術は既に達人の領域に入りかけており、そう簡単に捌ける様な剣筋ではない。それを六角は全て腕で雑に払っていた。
「う、ひ、ひ! どうやら肉体の強度は前と変わらない……いや! 前よりさらに固くなってんなぁ! 当然か、これだけ霊力があれば、な!」
その余りある霊力をそのまま放出する。何の術にも昇華されていない、ただの霊力の塊。だが大きすぎるその塊を、誠臣は避ける事ができなかった。
「強硬身! うおおおおおお!」
両腕を前方に交差させ、得意の強硬身で受けて発つ。両腕に、そして全身に広がる鋭い痛みと熱。意地でも倒れないと心奮わせ耐え凌ぐが、六角から十馬身は離されていた。
「ほう! まともに受けて倒れねぇとはなぁ! だがやはりこの身体は最高だぜ! これだけ派手に霊力を使っても全く無くならねぇ!」
「ぐぅ……! てめぇが……! 理玖をやったなんて、俺は信じねぇ!」
「ああ? なんだ、てめえも知り合いかよ。 ざぁ~んねん、あいつが死んだのは確かさ! もう四、五年も昔の話だぜぇ? お前、そんな昔に死んだ奴を、今も生きてるって信じてたのかよ! うひゃ! こりゃいい!」
六角は更に誠臣に殴りかかる。もはや誠臣はその場で身を硬くする事しかできなかった。何度も何度も強烈な腕撃が誠臣を襲う。
「あの日確かに! 俺は嵐の船の甲板で! 理玖とやりあったのさ! いや、やりあったってのは嘘だな! ずっと俺の一方的な展開だったよ! 神徹刀が海に落ちた時はさすがに残念だったがよぉ!」
「う……そ、だ! てめぇみたいな三下破術士に、理玖がやられるかよぉ!」
「……あぁ? なんだそれ、興ざめだわ。もういい、てめぇも死ね」
六角は両腕を誠臣に向けて構える。そこから大出力の霊力を放射しようとしたところで、偕の叫びが届いた。
「ああああああああ!! 羽地鶴絶刀!!」
羽地鶴の御力は絶刀。神徹刀開放によって上昇した身体能力を、さらに強化する能力だ。
この状態の時のみ、偕は絶影を極の段階まで引き上げられる。神速の領域に達した偕は、勢いそのままに六角に斬りかかった。
「おあ!?」
偕は二刀を絶え間なく繰り出す。絶刀の御力は疑似的ではあるが、常に絶影、強硬身、金剛力が発動している様な状態だ。六角といえども偕に対応せざるを得ない。
「しつけぇよ弟くん! いてっ!」
通常の刀では六角の皮膚に傷を付けられなかったが、羽地鶴ではその肉体に傷を負わせる事ができた。切られた箇所から六角は血を流す。
「いてぇっつってんだろうがっ!」
叫びと共に口から霊力を放射する。突然の、それも予想もつかない攻撃に偕は為すすべがなかった。
だが眼前に結界が張られ、六角の攻撃を防ぐ。雫だ。雫は手の空いた楓衆と協力し、偕の眼前に結界を張る事に成功した。偕は手を休めず切りかかる。
(この状態は長くは維持できない! 絶刀を維持する霊力が無くなると、しばらくまともに立てなくなってしまう! 誠臣さんは限界、雫の術もどこまで通用するか未知数! 僕が! ここで! やるんだ!)
「ああああああああ!!!!」
雫が適切なタイミングで結界を張り、偕は己の身を省みずただただ腕を振る。
脇腹が、肩が。あらゆる箇所から熱を感じる。どこか深手を負っているのかもしれない。足にも熱を感じる様になった。身体の動きに足がついていけていない。それでも両手に握った刀は離さない、動きを止めない。とにかく振るい続ける。
「すげぇ……!」
誠臣は偕の戦いぶりに見入っていた。全身はボロボロ、いつ倒れてもおかしくない怪我。なのにその瞳はまったく力を失っていない。
いや、むしろ。長い付き合いである誠臣でさえ見た事のないほど、強烈な感情が偕の瞳には宿っていた。恨み、殺意、怨、憎しみ。絶対に相手を許さない。そんな強い思いが誠臣にも伝わってくる。理由は明らかだった。
(理玖……! 嘘だよな、お前があいつに殺されたなんて……!)
「ああああああああ!!!!」
「しっつけぇ!」
六角はしつこく食い下がる偕に苛立ちを抑えきれなかった。霊力を持たない理玖とは違い、神徹刀を持つ本物の武人。その姿に心が暗いものに支配されていく。
(どうしてこいつら武家はこうなんだ! 俺とお前ら、何が違うってんだ! 同じ霊力持ちなのに、貴族に生まれついたからってそんなに偉いのか!? それだけで神徹刀なんて玩具まで与えられてよぉ! 俺とお前は同じ力を持って生まれた人間だ! 自分たちの霊力の使い方が一番正しいなんて決めやがって……! 今の! 俺の! この力を!)
「よぉく見やがれええぇぇぇぇぇ!!!!」
全身から全周囲に向けて無差別に霊力を放射させる。回避は不能。偕、誠臣、少し距離を開けていた雫たちにまで霊力は放射された。
巻き上がる土煙が晴れた時、立っていたのは六角だけだった。六角周辺の地面は大きく抉れている。
「はぁ、はぁ! は、ははは! そうだ、武人がなんだ、貴族がなんだってんだ! 俺の方が強い! 俺の方がお前らなんかより優れた霊力を持っているんだ!」
「……ゆる……せない……!」
「ああん!?」
既に満身創痍。足は震え、刀を地に刺して身体を支えなければ、まともに立ってもいられない。だが、それでも。偕は立ち上がった。
「今、この瞬間だけは……! 民や皇国の安寧、未来のためではなく……! 兄さまを侮辱したお前への怒りで、刀を振るうっ……!」
「本っ当にしつけぇ……! まだ分からねえのか! てめえじゃ俺には勝てねぇんだよぉ! そんなに兄が恋しいなら、兄の元へ送ってやるよぉ! うおおおおおおお!」
再び高まる六角の霊力。だが。
「おおおおおお……! あ、あぁ!? うおおおぉぉぉぉおおお!?」
何の予兆もなく、六角は苦しみの声を上げる。その様はかつて群島地帯でリクと戦ったベックの様であった。
「うげええぇぇぇえ! な、なんだ、身体がぁ……!?」
偕は静かに呼吸を整える。もう羽地鶴絶刀は使えない。霊力は身体に残っていない。だが兄は。もしかしたら今の偕と同じく、全く霊力を持たない身にも関わらず、六角と戦ったのかもしれないのだ。
霊力が全くない状態で霊力を持つ相手に相対する事がこれほど怖い事だったのかと、偕は今さらながらに兄の気持ちを理解できた様な気がしていた。
その足に、その手に、その目に再び活力が宿る。目の前には急に苦しみだした六角の姿。理由は分からない。だが今は理由なんて分からなくて構わない。大事なのは、六角が苦しんでいるという事実。
偕は刀を強く握りしめ、六角に向かって駆ける。その足は普段のものとは比べ物にならないくらい、遅々としたものだった。だが速さは関係無い。足さえ進めれば確実に六角へと近づけるのだから。
「ああああ!」
倒れもがく六角の胸部……杭の刺さった心臓付近目掛けて刀を突き入れる。その瞬間、杭はボロボロと崩壊し、その姿を消した。六角を覆っていた乳白色の輝きも失われていく。
「お……あ、ああ……」
再び六角の姿を見た時、その姿は老人の様に枯れたものになっていた。全身はやせこけ、髪は白髪に変化している。放っておいても死ぬ。誰がどう見てもそう分かる姿だった。
「……死ぬ前に答えろ。本当に兄さまと戦ったのか……?」
「ひ……ひひ……。し、ねよ……」
「答えろ」
「ひひ……。ああ、そうだとも……。多少……誇張はしたがなぁ……? ひ、ひひ……確かにあの日、俺は理玖と戦ったぁ……。西大陸行きの船の甲板でなぁ……。丁度嵐の時だったぜ……」
「…………」
「もう四、五年前の話さぁ……! 残念だったな、愛しの兄貴が……もう何年も前に死んでたなんてよぉ……」
「誰からの依頼だったんだ?」
「さぁ、な……。そういう……依頼は。よっぽどのお抱え術士でもなきゃ、いろんな奴を……仲介して紹介される……。あれも入念に依頼主の足が……つかねぇ様に紹介されていた……。よっぽど突き止められたくなかったんだろうよぉ!」
「……最後の質問だ。兄さまは最後に……何か言っていたか……?」
「へ……」
「…………」
「んな昔の事……おぼえて……ねぇよ……」
「………………」
偕の胸中には様々な思いが駆け巡る。それらをグッと飲み込み。偕は六角の首を斬った。
先ほどまでより爆発的に増えている。今も心臓を中心に霊力がどんどん溢れてきている。
「ははは……! どうやら成った様だなぁ!」
およそ人の身に収まる霊力ではない。偕たちは緊張で表情が強張っていた。
「な、なに……あの霊力……!」
「ありえねぇ……! あんなの見た事がねぇぞ!?」
「誠臣さん、雫。……いけそうですか?」
誠臣は偕の静かな問いかけの意味を察する。偕はまだ諦めていない。突然現れた化け物相手でも戦う意思を失っていないのだ。年下から武人としての決意を見せられ、誠臣は己を奮起する。
「当たり前だ! 賀上家長男、賀上誠臣! あの程度の妖相手に引き下がる足は持ってねぇぜ!」
「わ、わたしも……! でも、私の雷術が効果ないなんて……」
「うん。何が起こったのかは分からないけれど、もう一度雫の術が効くか試すには危険が大きいと思う。それに次もう一度あの術を放てば、雫の霊力は無くなるだろ? なら雫には残った霊力で、僕たちを援護して欲しい」
「わ、わかった! 頑張る!」
「相談は終わったかぁ、雑魚どもぉ!」
六角は真っすぐに偕たちを見る。その表情は自信に満ち溢れていた。
「……あなたは何者ですか。どうしてここに?」
「あん? んなもん、この力を得るためだよぉ!」
「……え?」
「破術士の間ではなぁ! こんな風に爆発的な霊力を得る手段があるのさ! てめぇら武人や術士を圧倒する様な霊力がなぁ!」
爆発的な霊力を得る手段。それは心臓に刺さったあの杭の事だろうという事は、容易に想像がついた。だが分からない事はそれだけではない。
「雫の雷術をまともに受けたのに無傷だったのも、その杭の力という訳ですか」
「あああん? ああ、そういやさっき、すげぇ術を食らったな。ありゃ俺も死んだと思ったぜ。生きてた上にこうして成った訳だけどなぁ! うは、うははは、うはははははははは!」
どういう事だ、と偕は考える。男自信も何故無傷で済んだのか、どうしてここまでの霊力を得られたのか理解していない様に思えた。
「ま、当初の予定通り俺はこのまま好きに暴れるさ! まずはてめぇらだ! さっきの礼をしないとなぁ!」
霊力は妖の姿だった時よりも強いのに、さっきまでと違い妙に会話ができる事に違和感を感じつつも、偕は質問を繰り返す。気になっている事があるのだ。
「……さきほど破術士と言いましたね。という事は、あなたは破術士ですか? ですがこれほどまでに強い破術士の名は聞いた事がありません。……名前を伺っても?」
「おお、いいぜ? 俺の名は六角! 今までは霊影会に属していたが、この力があれば今日から俺が霊影会を支配する事もできる! ああ、そうだ! 俺は霊影会の長、六角だ! 覚えておけ!」
「六角……」
やはり聞いた事がない名だと偕は思った。犯罪者だろうとそうでなくとも、破術士の中でも有名な者はそれなりにいる。だが六角という名に聞き覚えはない。
今確かな事は、六角は間違いなく強いという事。偕は一度息を整えると懐から短刀を取り出した。
「偕! お前……!」
「……神徹刀を抜きます。それで止められる相手かは分かりませんが……!」
「……分かった。俺も手伝う」
「気をつけて……!」
偕は一歩前へ出る。そこで二刀構え、名乗りを上げる。
「聞け! 僕は皇都陸立家が次男、陸立偕! いずれ近衛となりこの国の未来を守る者! これなるは月御門歴督様より賜りし神徹刀「羽地鶴」! この邪を斬る破邪の霊刀の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」
ここから先は一歩も通さない。その強い決意を高らかに叫ぶ。だがそれを聞いた六角の反応は予想していたものとは随分と違った。
「く。くふ。くはは。うははははははははは! マジかよ! お前! お、お前ぇ! そうかそうか、陸立家の次男かぁ! うははははははははは!」
異様。そう呼ぶに相応しい笑い声。誠臣は六角のその様子に強い警戒心を抱く。
「お、おい偕。お前、知り合いか……?」
「いえ、まさか」
「だよな……」
「うははははははははは! いや、いや! こんな事ってあるんだなぁ!」
「何がおかしい!」
「う、ひ、ひ……! なぁお前。兄貴がいるだろ?」
「え……」
不穏な単語がありえない人物の口から飛び出す。偕は自分の心臓の鼓動が異様に早くなるのを感じていた。
「な、にを……」
「あー、確か名は……そう! そうだ! 理玖! 理玖っていったよなぁ!」
「……! 咎人となった兄の名を知っているからといって、なんだというんだ!」
偕は強い苛立ちを覚え、声を荒げる。理玖が罪人となった事は貴族なら誰もが知っているし、平民の間でも知っている者もいれば知らない者もいる。陸立家と聞けば罪人の長男がいるという事は、ちょっと調べれば誰でも分かる事。
例え六角が兄の名を知っていてもおかしな事ではない。だが何か違う。明らかに個人的に兄の事を知っているかのように、六角は理玖という名を叫ぶのだ。
「いやなぁ? お前の兄を殺したのは俺だからよ? まぁさか兄弟そろって俺の手にかかるなんて、陸立家ってのは因果な家系だなぁって思ったのさぁ! うははははははははは!」
「え……」
理玖が群島地帯から西大陸を目指した時。あの日嵐の甲板で理玖と戦ったのは六角であった。
「お前の兄貴は皇都を出て直ぐに群島地帯に渡っていたのさぁ! 俺は理玖暗殺の仕事を受けてなぁ! 見つけるのに苦労したぜぇ! いやぁ、あいつの死に様ときたら! 無様なもんだったぜ! 小便漏らしながら泣いて俺に命乞いしてきたのさ! みっともないったらなかったぜ! お願いします、六角様ぁ! 何でもしますから助けてくだちゃいぃ~ってなぁ! あまりにも無様だったんで、全身細かく切り刻んで海に流してやったよ! おかげで首はとり忘れちまったがな! いやぁ、武家の生まれとは思えねぇくれぇのみっともなさだったなぁ! お前の兄貴には随分笑わせてもらったよ! うっははははははははは!」
突然語られる兄の死。偕の意識に空白が生まれる。六角はそこを見逃さず、絶影もかくやの速さで偕に迫る。
「偕っ!」
「お兄ちゃん!」
六角からの強烈な一撃を受け、偕は真後ろへ吹き飛ばされた。
「くそ! 雫ちゃん、偕を!」
叫び、誠臣は刀を振るう。これまでの年月で練られてきた剣術は既に達人の領域に入りかけており、そう簡単に捌ける様な剣筋ではない。それを六角は全て腕で雑に払っていた。
「う、ひ、ひ! どうやら肉体の強度は前と変わらない……いや! 前よりさらに固くなってんなぁ! 当然か、これだけ霊力があれば、な!」
その余りある霊力をそのまま放出する。何の術にも昇華されていない、ただの霊力の塊。だが大きすぎるその塊を、誠臣は避ける事ができなかった。
「強硬身! うおおおおおお!」
両腕を前方に交差させ、得意の強硬身で受けて発つ。両腕に、そして全身に広がる鋭い痛みと熱。意地でも倒れないと心奮わせ耐え凌ぐが、六角から十馬身は離されていた。
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「ぐぅ……! てめぇが……! 理玖をやったなんて、俺は信じねぇ!」
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通常の刀では六角の皮膚に傷を付けられなかったが、羽地鶴ではその肉体に傷を負わせる事ができた。切られた箇所から六角は血を流す。
「いてぇっつってんだろうがっ!」
叫びと共に口から霊力を放射する。突然の、それも予想もつかない攻撃に偕は為すすべがなかった。
だが眼前に結界が張られ、六角の攻撃を防ぐ。雫だ。雫は手の空いた楓衆と協力し、偕の眼前に結界を張る事に成功した。偕は手を休めず切りかかる。
(この状態は長くは維持できない! 絶刀を維持する霊力が無くなると、しばらくまともに立てなくなってしまう! 誠臣さんは限界、雫の術もどこまで通用するか未知数! 僕が! ここで! やるんだ!)
「ああああああああ!!!!」
雫が適切なタイミングで結界を張り、偕は己の身を省みずただただ腕を振る。
脇腹が、肩が。あらゆる箇所から熱を感じる。どこか深手を負っているのかもしれない。足にも熱を感じる様になった。身体の動きに足がついていけていない。それでも両手に握った刀は離さない、動きを止めない。とにかく振るい続ける。
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(理玖……! 嘘だよな、お前があいつに殺されたなんて……!)
「ああああああああ!!!!」
「しっつけぇ!」
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(どうしてこいつら武家はこうなんだ! 俺とお前ら、何が違うってんだ! 同じ霊力持ちなのに、貴族に生まれついたからってそんなに偉いのか!? それだけで神徹刀なんて玩具まで与えられてよぉ! 俺とお前は同じ力を持って生まれた人間だ! 自分たちの霊力の使い方が一番正しいなんて決めやがって……! 今の! 俺の! この力を!)
「よぉく見やがれええぇぇぇぇぇ!!!!」
全身から全周囲に向けて無差別に霊力を放射させる。回避は不能。偕、誠臣、少し距離を開けていた雫たちにまで霊力は放射された。
巻き上がる土煙が晴れた時、立っていたのは六角だけだった。六角周辺の地面は大きく抉れている。
「はぁ、はぁ! は、ははは! そうだ、武人がなんだ、貴族がなんだってんだ! 俺の方が強い! 俺の方がお前らなんかより優れた霊力を持っているんだ!」
「……ゆる……せない……!」
「ああん!?」
既に満身創痍。足は震え、刀を地に刺して身体を支えなければ、まともに立ってもいられない。だが、それでも。偕は立ち上がった。
「今、この瞬間だけは……! 民や皇国の安寧、未来のためではなく……! 兄さまを侮辱したお前への怒りで、刀を振るうっ……!」
「本っ当にしつけぇ……! まだ分からねえのか! てめえじゃ俺には勝てねぇんだよぉ! そんなに兄が恋しいなら、兄の元へ送ってやるよぉ! うおおおおおおお!」
再び高まる六角の霊力。だが。
「おおおおおお……! あ、あぁ!? うおおおぉぉぉぉおおお!?」
何の予兆もなく、六角は苦しみの声を上げる。その様はかつて群島地帯でリクと戦ったベックの様であった。
「うげええぇぇぇえ! な、なんだ、身体がぁ……!?」
偕は静かに呼吸を整える。もう羽地鶴絶刀は使えない。霊力は身体に残っていない。だが兄は。もしかしたら今の偕と同じく、全く霊力を持たない身にも関わらず、六角と戦ったのかもしれないのだ。
霊力が全くない状態で霊力を持つ相手に相対する事がこれほど怖い事だったのかと、偕は今さらながらに兄の気持ちを理解できた様な気がしていた。
その足に、その手に、その目に再び活力が宿る。目の前には急に苦しみだした六角の姿。理由は分からない。だが今は理由なんて分からなくて構わない。大事なのは、六角が苦しんでいるという事実。
偕は刀を強く握りしめ、六角に向かって駆ける。その足は普段のものとは比べ物にならないくらい、遅々としたものだった。だが速さは関係無い。足さえ進めれば確実に六角へと近づけるのだから。
「ああああ!」
倒れもがく六角の胸部……杭の刺さった心臓付近目掛けて刀を突き入れる。その瞬間、杭はボロボロと崩壊し、その姿を消した。六角を覆っていた乳白色の輝きも失われていく。
「お……あ、ああ……」
再び六角の姿を見た時、その姿は老人の様に枯れたものになっていた。全身はやせこけ、髪は白髪に変化している。放っておいても死ぬ。誰がどう見てもそう分かる姿だった。
「……死ぬ前に答えろ。本当に兄さまと戦ったのか……?」
「ひ……ひひ……。し、ねよ……」
「答えろ」
「ひひ……。ああ、そうだとも……。多少……誇張はしたがなぁ……? ひ、ひひ……確かにあの日、俺は理玖と戦ったぁ……。西大陸行きの船の甲板でなぁ……。丁度嵐の時だったぜ……」
「…………」
「もう四、五年前の話さぁ……! 残念だったな、愛しの兄貴が……もう何年も前に死んでたなんてよぉ……」
「誰からの依頼だったんだ?」
「さぁ、な……。そういう……依頼は。よっぽどのお抱え術士でもなきゃ、いろんな奴を……仲介して紹介される……。あれも入念に依頼主の足が……つかねぇ様に紹介されていた……。よっぽど突き止められたくなかったんだろうよぉ!」
「……最後の質問だ。兄さまは最後に……何か言っていたか……?」
「へ……」
「…………」
「んな昔の事……おぼえて……ねぇよ……」
「………………」
偕の胸中には様々な思いが駆け巡る。それらをグッと飲み込み。偕は六角の首を斬った。
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