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建国祭の裏で進む陰謀
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「ヴェルト……。まずはお礼を伝えるべきかしら」
「フランメリア様とは既に知己の仲ですから。あの状況ではお助けするのは当然ですよ」
しかしまさか本当にフランメリアたちと会えてしまうとは。正直、会える可能性の方が低いと思っていた。
エルナーデはやや警戒しながら俺に問いかけてくる。
「ヴェルト様。助けていただいて疑うような事はしたくないのですが。こちらも余裕がないので、できれば正直に答えていただきたいのですよ。……どうしてここに?」
端的かつ分かりやすく俺の目的を聞いてきたな。お祭り騒ぎの中、わざわざここまで足を伸ばす者は誰もいない。
いるとすれば先ほどのクソガキ同様、フランメリアたちに用がある者だ。エルナーデは俺が敵かどうかの判断材料が欲しいのだろう。
「黒狼会もそれなりの情報収集力を持っていましてね。お察しの通り、ここに来たのはもしかしたらフランメリア様たちに会えるかもしれないと踏んでのことです」
「……私に会ってどうするつもりかしら?」
「さて……。恥ずかしながら、そこまで深く考えていなかったのですよ。ただ貴族街の壁の中で何があったのか、噂で聞き及んでおります。私にはフランメリア様がそこまで短慮な方とは思えなかったので、事情をお伺いしたかった……という気持ちはありますね」
国家間のやり取りに、一商会如きが割り込める余地など何もない。しかしなにがあったか話は聞きたい。……これじゃ野次馬だな。
だがこのまま戦争が始まると、帝国民の生活に影響が出るのは確かだ。それにローガなら。この状況で自分になにができるのか、考えるに違いない。いや、考える前に動いているか。
「噂と言うと、私が帝国騎士たちを残忍に殺した事かしら?」
「はい。あの日フランメリア様とお会いしていなければ、そういう人なのか……で、聞き流していた噂です」
「少なくともあなたは私がやったとは考えていない。その認識で間違いないかしら?」
「加えて言えば、このまま事情を聞かずに帝国貴族に突き出す……ということも考えておりません。どうやら先ほどの少年たちと何やら因縁がある様子。いかがでしょう、一度私の屋敷で互いに情報交換をしませんか」
もし噂通り、フランメリアが帝国と戦争したくて騎士を殺したというのなら。その時は拘束すれば良い。
だがもしその裏で何らかの陰謀が働いているのなら。そしてそれが帝国民を巻き込むというのなら。黒狼会として、事態を前にしながらなにもしないという選択肢はない。
「……いいわ」
「姫様……」
「どのみちヴェルトから逃げる事は不可能よ。それにディンたちがまた突然襲撃を仕掛けてくる可能性もある。何らかの手段でこの潜伏先も把握していたみたいだし。それならリスクを負っても、このままヴェルトを護衛として扱った方が良い」
少なくとも俺が近くにいれば、またあいつらが来ても撃退は可能だからな。4人は互いに視線を交わし、ローブを身に纏う。
「それにしても。レイグさんはやはり聖武国の関係者でしたか」
「あの時点である程度察せられているとは思っていましたよ。このままぼやかした関係を築いていこうと思っていたのですが……」
「この場で出会ってしまっては……ですね」
レイグも黒狼会にとっては大きな取引先だし、別に帝都でテロを考えている訳でもない。向こうがその気なら、俺もラインを超えるまではなぁなぁの関係を続けていたかもしれない。
だがここで出会ってしまった以上、聖武国との決定的な関係を見せたも同義だ。
「ではこちらに。屋敷まで案内します」
■
屋敷に戻り、俺はフランメリアたちを執務室へと通した。マルレイアも屋敷に残っていたので、ついでに声をかける。
ロイたちは外に出ているし、ミュリアも今は屋敷にいない。俺はマルレイアに簡単に事情の説明をした。
「なるほど……。世界新創生神幻会の子どもたちが現れましたか……」
「ああ。直接見たが、ありゃ魔法で間違いないだろう。大幻霊石とは違う方法でその力を得た様だが……」
しかも1人ではない。まさかまた魔法絡みの厄介事に巻き込まれるとはな。フランメリアも城で何があったのか、その一部始終を聞かせてくれた。
「それじゃ帝国騎士をやったのは……」
「あのディンという少年よ。彼はあの時は私を生かしたけど。事情が変わったらしく、今度は私の命を狙ってきた」
「今の状況でフランメリア様の死体が帝都内で見つかると……」
戦争は避けられなくなる。つまりクソガキどもは、帝国と聖武国で戦争を起こす事が目的なのだ。
「世界新創生神幻会とやらは、戦争を起こして何か得するのか……? それとも、他に得する誰かが裏で糸を引いている……?」
「…………」
俺の呟きに対し、フランメリアたちは押し黙ってしまう。妙な反応だ。
「フランメリア様。何かご存じなので?」
「……そう、ね。あなたには恩もあるし、話しても良いのだけれど。いくつか条件があるわ」
「伺いましょう」
「1つ。私たちを帝国貴族に引き渡さない。2つ。あなたの力の正体を教えて」
交換条件にしてはえらく曖昧な要求だな。フランメリアなりにいくらか譲歩しているつもりなのだろうか。
「理由を伺っても?」
「彼らの裏で糸引く者と、帝国貴族の関係が読み切れないのよ。そしてあなたの力はディンと同様……いえ。明らかにそれ以上だった。それにあなた自身、相当な修羅場をくぐってきている。あなたの事は会談までにいくらか調べたけど。どれだけ調べても、帝都に来る以前の情報が洗えなかった。それだけの力の持ち主が、無名なはずないもの。気にはなるし、警戒もするわ」
帝都に来る以前の情報が洗えないのは当然だな。俺たちは突然この時代に現れたのだから。
しかしフランメリアの懸念は納得のいくものではある。話を円滑に進めるために、ある程度の情報開示は仕方がないか。
「1つ目については一先ず了承しましょう。ですが2つ目については、こちらも条件がございます」
「なにかしら?」
「私たちの過去を調べても出てこなかったのは、それなりの理由がございます。フランメリア様の懸念を払しょくするために話すのはやぶさかでもないですが、もし他言すれば……」
いかんいかん。これでは脅しているように聞こえる。
だがなんと言ったものかな。悩んでいたが、フランメリアは真剣な表情で頷いた。
「あなたにとっても切り札でしょう。分かったわ。アーノック、エルナーデ、レイグ」
「はい」
「決して他言いたしません」
貴族にとって平民との口約束がどれほどのものなのかはかなり怪しいが。今は本題を進める事を優先しよう。
「ある程度察してはいるでしょうが。俺の使う力も魔法です」
「……やっぱり。でもどうやって? ディンたちと仲間……というわけではないのでしょう?」
「ええ。そもそも俺の魔法はかつての貴族同様、大幻霊石の祝福を受けたことによって発現したものです。ゼルダンシア王国の王族、シャノーラ殿下による祝福でね」
フランメリアは俺の言うことの意味を真剣な表情で考えている。俺が嘘を話している……とは考えていなさそうだな。
「どういうことかしら。ゼルダンシア王国といえば幻魔歴時代の帝国。幻魔歴に祝福を受けたあなたは、何らかの理由で今の時代にやってきたと?」
「そういうことです。詳細は省きますが、シャノーラ殿下がこの時代へと送ってくださいました」
そこまで話したところで、エルナーデはあっと声をあげる。
「どうしたの、エルナーデ」
「ひ、姫様。ヴィローラ殿下とアデライア殿下の話を思い出してください……!」
「あの2人の……?」
おや。どうやらアデライアたちと面識がある様だ。元々国賓として招いたフランメリアを歓待するって話していたし、そりゃそうか。
「幻魔歴のゼルダンシア王国において、最後まで王族に付き従った傭兵団。群狼武風の話ですよ……!」
「……っ! あ、あなた、まさか……! ほ、本物の、聖剣砕きのヴェルト……!?」
「……随分懐かしい二つ名ですね。まさかフランメリア様の口から、その名が出るとは思いませんでした」
その名はゼルダンシア帝国にも伝わっていないと思っていたのだが。どうしてフォルトガラム聖武国の王女様が知っているのかは興味ある。
「俺がその名で呼ばれる様になったのは、国宝と言われていたとある剣を、手甲で砕いた事に由来するのですが……」
「その聖剣ガラテイルは、ガラム島の一級鍛冶師が己のプライドをかけて打ったものだったのよ。それが折られた状態でガラム島に渡ってきたの。あなたの名は一部の鍛冶師たちにとって、不吉の象徴として今も伝わっているわ」
「そりゃなんと言うか……」
どうやら職人の魂に喧嘩を売ってしまっていたらしい。勝手に不吉の象徴にしてほしくはないが。
「とにかくあなたは過去に大活躍を見せた群狼武風であり、魔法の力を持ったまま今の時代にやってきたと。そういうことね?」
「ええ」
「道理で帝都に来る前の情報が洗えなかった訳ね……。それに歴戦の戦士が組織を結成したんだもの。冥狼もはだしで逃げ出す訳だわ……」
俺の戦闘経験や力についてはこれで納得できただろう。思っていたよりすんなりと信じてくれて話が早い。
「……なるほど、いろいろ見えてきたわ。政変時、皇帝ウィックリンの秘密部隊として戦ったのもあなたたちかしら? という事は、ウィックリンもヴェルトたちの事は把握している……?」
「何の話をしているのかは存じませんが。それは2つ目の条件と関係がない事でしょう」
「……そう、ね。今のは忘れてちょうだい」
さすがに断片的とはいえ、情報がそろえばいくつか推察の幅は広げられるか。
知られてまずい……という訳ではないが、こちらからあえて情報を与える意味もないだろう。
「何にせよあの聖剣砕きとこうして相まみえたのだもの。ガラム島の住民としては、喜ぶべきなのかしら?」
「ヴェルト殿が折った聖剣は、今も王都の博物館に飾られていますよぅ」
「はぁ……」
聖剣の持ち主とは結構な激戦を繰り広げたが、その聖剣がどんな剣だったのかは記憶にないな。
だがローガやじいさんも昔はガラム島にも行ったというし、群狼武風とは少なからず縁がある様だ。
「しかし驚きましたな。ヴェルト殿が過去から来た戦士であり、聖剣砕きその人なのですから」
「まさかガラム島にその名が残っているとは思いませんでしたが、そのおかげで納得いただけたのなら良しとしましょう。次はフランメリア様からお話を伺いたいのですが」
俺の事は名前だけでも知っていた事もあり、いくらか衝撃を与えた様だが。納得できたのなら本題を進めたい。
「そうね。私たちがディンから聞いた話を共有するわ」
ディンは俺が来る前、フランメリアたちと言葉を交わしていた。その中で気になるものがあったという。
「裏で糸を引くのは聖武国の貴族……?」
「まだ確証はないわ。でも聖武国の貴族の中にも、帝国と戦争を始めたい者がいる。その誰かと繋がっている可能性はあるけど、そこに同じく開戦を望む帝国貴族が協力している可能性もある」
可能性の話をしだすとキリがない。だからこそ確証が欲しいのだが、現状では難しいな。
「仮に帝国貴族が関係なくとも、帝国貴族の中にも聖武国との開戦を望む勢力はいるはず。彼らは今回の事を皮切りに、開戦の理由を探しているはずよ」
「間接的にせよ聖武国の貴族に協力する可能性がある、か。厄介だな……」
俺としては戦争に対して否定的だ。己の矜持がかかった戦いなら絶対に逃げないが、帝国と聖武国の間でその様な矜持があるとは思えない。
これがもし両国の譲れないものを賭けた戦争であれば、まだいくらか納得はしただろうが。世界新創生神幻会なんていう怪しい組織が裏についているんだ。そんな信念めいた何かは感じない。
「それに戦争になれば、ディンたちは自分たちも戦うと話していたわ。つまり聖武国の誰かは、ディンたちの戦力を計算に入れ、必勝と考えて帝国に戦争を仕掛けようとしている。そしてそれに帝国貴族ものっかっている……」
「開戦の理由にフランメリア様のお命を狙った訳ですね。分かりやすいが、分かりにくい……」
分かりにくいのは世界新創生神幻会の狙いについてだ。貴族に利用されているのか、貴族を利用して戦争を起こし、何かを得ようとしているのか。
いずれにせよフランメリアを帝国貴族に引き渡すのは止めた方が無難か。それ以前に今は誰も貴族街に入れないため、連絡を取る手段もないのだが。
「ヴェルト殿。よろしいでしょうか」
これまで静かに話を聞いていたマルレイアが柔らかい口調で口を開く。俺は黙って頷いた。
「本日、帝都から騎士団がカルガーム領へ向けて出立いたしました」
「…………!」
「他にも地方の領軍が加わるみたいです」
相変わらずすさまじい情報収集力だな。感心する俺の隣でフランメリアは焦った様に声をあげる。
「まさか……! 帝国は開戦するつもり……!?」
「いいえ。まだ様子見の段階です。騎士団もカルガーム領へ向かっていますが、領地には入りません。あくまで演習という名目です。おそらくですが聖武国に攻め込まれた時を考え、防衛のための戦力派兵でしょう」
マルレイアによると、まだ両国から宣戦布告は出されていないという。向かわせた戦力もあくまで演習目的で、ガラム島に攻め込むためのものではない。
きっとウィックリンたちが全面衝突しない様に、うまく話をまとめたのだろう。
だがそれがいつまで続くかは分からない。とにかくこのまま訳の分からない組織の手のひらの上で、戦争が始まるのは反対だ。
「何とか世界新創生神幻会が裏で暗躍している証拠を掴みたいところだが……」
「彼らは大陸中で目撃情報があります。本拠地を特定するのは困難でしょう」
「そうだな……」
フランメリアはしばらく屋敷で匿う事になった。まだ情報が足りないし、このままガラム島を目指してもまたクソガキどもが襲撃してくる可能性がある。そうなれば誰もフランメリアを守れない。現状ではこの屋敷にいるのが、フランメリアたちにとって最も安全だった。
そうして騎士団が帝都を出立し、建国祭もピークとなる5日目を迎える。だが例年と違い、皇族を乗せた馬車のパレードは開かれなかった。
「フランメリア様とは既に知己の仲ですから。あの状況ではお助けするのは当然ですよ」
しかしまさか本当にフランメリアたちと会えてしまうとは。正直、会える可能性の方が低いと思っていた。
エルナーデはやや警戒しながら俺に問いかけてくる。
「ヴェルト様。助けていただいて疑うような事はしたくないのですが。こちらも余裕がないので、できれば正直に答えていただきたいのですよ。……どうしてここに?」
端的かつ分かりやすく俺の目的を聞いてきたな。お祭り騒ぎの中、わざわざここまで足を伸ばす者は誰もいない。
いるとすれば先ほどのクソガキ同様、フランメリアたちに用がある者だ。エルナーデは俺が敵かどうかの判断材料が欲しいのだろう。
「黒狼会もそれなりの情報収集力を持っていましてね。お察しの通り、ここに来たのはもしかしたらフランメリア様たちに会えるかもしれないと踏んでのことです」
「……私に会ってどうするつもりかしら?」
「さて……。恥ずかしながら、そこまで深く考えていなかったのですよ。ただ貴族街の壁の中で何があったのか、噂で聞き及んでおります。私にはフランメリア様がそこまで短慮な方とは思えなかったので、事情をお伺いしたかった……という気持ちはありますね」
国家間のやり取りに、一商会如きが割り込める余地など何もない。しかしなにがあったか話は聞きたい。……これじゃ野次馬だな。
だがこのまま戦争が始まると、帝国民の生活に影響が出るのは確かだ。それにローガなら。この状況で自分になにができるのか、考えるに違いない。いや、考える前に動いているか。
「噂と言うと、私が帝国騎士たちを残忍に殺した事かしら?」
「はい。あの日フランメリア様とお会いしていなければ、そういう人なのか……で、聞き流していた噂です」
「少なくともあなたは私がやったとは考えていない。その認識で間違いないかしら?」
「加えて言えば、このまま事情を聞かずに帝国貴族に突き出す……ということも考えておりません。どうやら先ほどの少年たちと何やら因縁がある様子。いかがでしょう、一度私の屋敷で互いに情報交換をしませんか」
もし噂通り、フランメリアが帝国と戦争したくて騎士を殺したというのなら。その時は拘束すれば良い。
だがもしその裏で何らかの陰謀が働いているのなら。そしてそれが帝国民を巻き込むというのなら。黒狼会として、事態を前にしながらなにもしないという選択肢はない。
「……いいわ」
「姫様……」
「どのみちヴェルトから逃げる事は不可能よ。それにディンたちがまた突然襲撃を仕掛けてくる可能性もある。何らかの手段でこの潜伏先も把握していたみたいだし。それならリスクを負っても、このままヴェルトを護衛として扱った方が良い」
少なくとも俺が近くにいれば、またあいつらが来ても撃退は可能だからな。4人は互いに視線を交わし、ローブを身に纏う。
「それにしても。レイグさんはやはり聖武国の関係者でしたか」
「あの時点である程度察せられているとは思っていましたよ。このままぼやかした関係を築いていこうと思っていたのですが……」
「この場で出会ってしまっては……ですね」
レイグも黒狼会にとっては大きな取引先だし、別に帝都でテロを考えている訳でもない。向こうがその気なら、俺もラインを超えるまではなぁなぁの関係を続けていたかもしれない。
だがここで出会ってしまった以上、聖武国との決定的な関係を見せたも同義だ。
「ではこちらに。屋敷まで案内します」
■
屋敷に戻り、俺はフランメリアたちを執務室へと通した。マルレイアも屋敷に残っていたので、ついでに声をかける。
ロイたちは外に出ているし、ミュリアも今は屋敷にいない。俺はマルレイアに簡単に事情の説明をした。
「なるほど……。世界新創生神幻会の子どもたちが現れましたか……」
「ああ。直接見たが、ありゃ魔法で間違いないだろう。大幻霊石とは違う方法でその力を得た様だが……」
しかも1人ではない。まさかまた魔法絡みの厄介事に巻き込まれるとはな。フランメリアも城で何があったのか、その一部始終を聞かせてくれた。
「それじゃ帝国騎士をやったのは……」
「あのディンという少年よ。彼はあの時は私を生かしたけど。事情が変わったらしく、今度は私の命を狙ってきた」
「今の状況でフランメリア様の死体が帝都内で見つかると……」
戦争は避けられなくなる。つまりクソガキどもは、帝国と聖武国で戦争を起こす事が目的なのだ。
「世界新創生神幻会とやらは、戦争を起こして何か得するのか……? それとも、他に得する誰かが裏で糸を引いている……?」
「…………」
俺の呟きに対し、フランメリアたちは押し黙ってしまう。妙な反応だ。
「フランメリア様。何かご存じなので?」
「……そう、ね。あなたには恩もあるし、話しても良いのだけれど。いくつか条件があるわ」
「伺いましょう」
「1つ。私たちを帝国貴族に引き渡さない。2つ。あなたの力の正体を教えて」
交換条件にしてはえらく曖昧な要求だな。フランメリアなりにいくらか譲歩しているつもりなのだろうか。
「理由を伺っても?」
「彼らの裏で糸引く者と、帝国貴族の関係が読み切れないのよ。そしてあなたの力はディンと同様……いえ。明らかにそれ以上だった。それにあなた自身、相当な修羅場をくぐってきている。あなたの事は会談までにいくらか調べたけど。どれだけ調べても、帝都に来る以前の情報が洗えなかった。それだけの力の持ち主が、無名なはずないもの。気にはなるし、警戒もするわ」
帝都に来る以前の情報が洗えないのは当然だな。俺たちは突然この時代に現れたのだから。
しかしフランメリアの懸念は納得のいくものではある。話を円滑に進めるために、ある程度の情報開示は仕方がないか。
「1つ目については一先ず了承しましょう。ですが2つ目については、こちらも条件がございます」
「なにかしら?」
「私たちの過去を調べても出てこなかったのは、それなりの理由がございます。フランメリア様の懸念を払しょくするために話すのはやぶさかでもないですが、もし他言すれば……」
いかんいかん。これでは脅しているように聞こえる。
だがなんと言ったものかな。悩んでいたが、フランメリアは真剣な表情で頷いた。
「あなたにとっても切り札でしょう。分かったわ。アーノック、エルナーデ、レイグ」
「はい」
「決して他言いたしません」
貴族にとって平民との口約束がどれほどのものなのかはかなり怪しいが。今は本題を進める事を優先しよう。
「ある程度察してはいるでしょうが。俺の使う力も魔法です」
「……やっぱり。でもどうやって? ディンたちと仲間……というわけではないのでしょう?」
「ええ。そもそも俺の魔法はかつての貴族同様、大幻霊石の祝福を受けたことによって発現したものです。ゼルダンシア王国の王族、シャノーラ殿下による祝福でね」
フランメリアは俺の言うことの意味を真剣な表情で考えている。俺が嘘を話している……とは考えていなさそうだな。
「どういうことかしら。ゼルダンシア王国といえば幻魔歴時代の帝国。幻魔歴に祝福を受けたあなたは、何らかの理由で今の時代にやってきたと?」
「そういうことです。詳細は省きますが、シャノーラ殿下がこの時代へと送ってくださいました」
そこまで話したところで、エルナーデはあっと声をあげる。
「どうしたの、エルナーデ」
「ひ、姫様。ヴィローラ殿下とアデライア殿下の話を思い出してください……!」
「あの2人の……?」
おや。どうやらアデライアたちと面識がある様だ。元々国賓として招いたフランメリアを歓待するって話していたし、そりゃそうか。
「幻魔歴のゼルダンシア王国において、最後まで王族に付き従った傭兵団。群狼武風の話ですよ……!」
「……っ! あ、あなた、まさか……! ほ、本物の、聖剣砕きのヴェルト……!?」
「……随分懐かしい二つ名ですね。まさかフランメリア様の口から、その名が出るとは思いませんでした」
その名はゼルダンシア帝国にも伝わっていないと思っていたのだが。どうしてフォルトガラム聖武国の王女様が知っているのかは興味ある。
「俺がその名で呼ばれる様になったのは、国宝と言われていたとある剣を、手甲で砕いた事に由来するのですが……」
「その聖剣ガラテイルは、ガラム島の一級鍛冶師が己のプライドをかけて打ったものだったのよ。それが折られた状態でガラム島に渡ってきたの。あなたの名は一部の鍛冶師たちにとって、不吉の象徴として今も伝わっているわ」
「そりゃなんと言うか……」
どうやら職人の魂に喧嘩を売ってしまっていたらしい。勝手に不吉の象徴にしてほしくはないが。
「とにかくあなたは過去に大活躍を見せた群狼武風であり、魔法の力を持ったまま今の時代にやってきたと。そういうことね?」
「ええ」
「道理で帝都に来る前の情報が洗えなかった訳ね……。それに歴戦の戦士が組織を結成したんだもの。冥狼もはだしで逃げ出す訳だわ……」
俺の戦闘経験や力についてはこれで納得できただろう。思っていたよりすんなりと信じてくれて話が早い。
「……なるほど、いろいろ見えてきたわ。政変時、皇帝ウィックリンの秘密部隊として戦ったのもあなたたちかしら? という事は、ウィックリンもヴェルトたちの事は把握している……?」
「何の話をしているのかは存じませんが。それは2つ目の条件と関係がない事でしょう」
「……そう、ね。今のは忘れてちょうだい」
さすがに断片的とはいえ、情報がそろえばいくつか推察の幅は広げられるか。
知られてまずい……という訳ではないが、こちらからあえて情報を与える意味もないだろう。
「何にせよあの聖剣砕きとこうして相まみえたのだもの。ガラム島の住民としては、喜ぶべきなのかしら?」
「ヴェルト殿が折った聖剣は、今も王都の博物館に飾られていますよぅ」
「はぁ……」
聖剣の持ち主とは結構な激戦を繰り広げたが、その聖剣がどんな剣だったのかは記憶にないな。
だがローガやじいさんも昔はガラム島にも行ったというし、群狼武風とは少なからず縁がある様だ。
「しかし驚きましたな。ヴェルト殿が過去から来た戦士であり、聖剣砕きその人なのですから」
「まさかガラム島にその名が残っているとは思いませんでしたが、そのおかげで納得いただけたのなら良しとしましょう。次はフランメリア様からお話を伺いたいのですが」
俺の事は名前だけでも知っていた事もあり、いくらか衝撃を与えた様だが。納得できたのなら本題を進めたい。
「そうね。私たちがディンから聞いた話を共有するわ」
ディンは俺が来る前、フランメリアたちと言葉を交わしていた。その中で気になるものがあったという。
「裏で糸を引くのは聖武国の貴族……?」
「まだ確証はないわ。でも聖武国の貴族の中にも、帝国と戦争を始めたい者がいる。その誰かと繋がっている可能性はあるけど、そこに同じく開戦を望む帝国貴族が協力している可能性もある」
可能性の話をしだすとキリがない。だからこそ確証が欲しいのだが、現状では難しいな。
「仮に帝国貴族が関係なくとも、帝国貴族の中にも聖武国との開戦を望む勢力はいるはず。彼らは今回の事を皮切りに、開戦の理由を探しているはずよ」
「間接的にせよ聖武国の貴族に協力する可能性がある、か。厄介だな……」
俺としては戦争に対して否定的だ。己の矜持がかかった戦いなら絶対に逃げないが、帝国と聖武国の間でその様な矜持があるとは思えない。
これがもし両国の譲れないものを賭けた戦争であれば、まだいくらか納得はしただろうが。世界新創生神幻会なんていう怪しい組織が裏についているんだ。そんな信念めいた何かは感じない。
「それに戦争になれば、ディンたちは自分たちも戦うと話していたわ。つまり聖武国の誰かは、ディンたちの戦力を計算に入れ、必勝と考えて帝国に戦争を仕掛けようとしている。そしてそれに帝国貴族ものっかっている……」
「開戦の理由にフランメリア様のお命を狙った訳ですね。分かりやすいが、分かりにくい……」
分かりにくいのは世界新創生神幻会の狙いについてだ。貴族に利用されているのか、貴族を利用して戦争を起こし、何かを得ようとしているのか。
いずれにせよフランメリアを帝国貴族に引き渡すのは止めた方が無難か。それ以前に今は誰も貴族街に入れないため、連絡を取る手段もないのだが。
「ヴェルト殿。よろしいでしょうか」
これまで静かに話を聞いていたマルレイアが柔らかい口調で口を開く。俺は黙って頷いた。
「本日、帝都から騎士団がカルガーム領へ向けて出立いたしました」
「…………!」
「他にも地方の領軍が加わるみたいです」
相変わらずすさまじい情報収集力だな。感心する俺の隣でフランメリアは焦った様に声をあげる。
「まさか……! 帝国は開戦するつもり……!?」
「いいえ。まだ様子見の段階です。騎士団もカルガーム領へ向かっていますが、領地には入りません。あくまで演習という名目です。おそらくですが聖武国に攻め込まれた時を考え、防衛のための戦力派兵でしょう」
マルレイアによると、まだ両国から宣戦布告は出されていないという。向かわせた戦力もあくまで演習目的で、ガラム島に攻め込むためのものではない。
きっとウィックリンたちが全面衝突しない様に、うまく話をまとめたのだろう。
だがそれがいつまで続くかは分からない。とにかくこのまま訳の分からない組織の手のひらの上で、戦争が始まるのは反対だ。
「何とか世界新創生神幻会が裏で暗躍している証拠を掴みたいところだが……」
「彼らは大陸中で目撃情報があります。本拠地を特定するのは困難でしょう」
「そうだな……」
フランメリアはしばらく屋敷で匿う事になった。まだ情報が足りないし、このままガラム島を目指してもまたクソガキどもが襲撃してくる可能性がある。そうなれば誰もフランメリアを守れない。現状ではこの屋敷にいるのが、フランメリアたちにとって最も安全だった。
そうして騎士団が帝都を出立し、建国祭もピークとなる5日目を迎える。だが例年と違い、皇族を乗せた馬車のパレードは開かれなかった。
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2023/08/14……連載開始
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
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「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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