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混迷の王国会議

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 いよいよ建国祭を明日に迎えた帝都であるが、数日前から毎日朝早くから遅くまで、多くの会議が行われていた。内容はフォルトガラム聖武国に対するものである。

 ウィックリンはあまり睡眠が取れていない中、難しい表情を作りながら今も会議に参加していた。外を見ればもうとっくに日は落ちている。

「ガラム島の蛮族どもめ……!」

「このまま奴らを調子つかせる訳にはいきませんぞ!」

「そうだ! 辺境の島国如き、叩き潰してやりましょうぞ!」

「落ち着け。事の経緯については不明な点も多い」

「落ち着けだと!? 私が家の後継が殺されているのだぞ!? これが落ち着いていられるか!」

「しかしフランメリア王女としても、あそこで帝国騎士を手にかける理由があるまい」

「ふん、それらしく着飾っていようと、所詮は蛮族だったということよ!」

「左様。そもそも潔白だというならば、そう言えばいいだけのこと。今もこうして逃亡している以上、怪しまれても仕方あるまい」

 騎士以外にも犠牲になった貴族は多い。そして容疑者であるフランメリアたちはその姿をくらませている。

 混乱に拍車がかかっていたが、帝国として何もしない訳にはいかない。そこでフォルトガラム聖武国の使節団は全員拘束される事になった。

 ゼルダンシア帝国としては、まずフォルトガラム聖武国に今回の件についてどういうつもりかと説明を求める使者を出そうとしていた。

 しかしフォルトガラム聖武国はそれより先に連絡を寄越してきた。その内容は帝国貴族たちの怒りに油を注ぐものであった。

 要約するとこうだ。

『国賓として送り出した我が国の使節団を拘束しているという報告が届いた。これは本当か。もし本当だったとして、どうしてこの様な真似をする? 帝国は国賓と偽って我が国の王族を招待し、おびき寄せたところを捕えるつもりだったのか』

 フランメリアたちに帝国貴族を殺されていると思っている者たちからすれば、ふざけるなと叫びたくなる内容である。そしてフォルトガラム聖武国からこの問い合わせが来るタイミングがあまりに良すぎた。

 帝都と王都はそれなりに離れているのに、帝国が使節団を拘束して直ぐに連絡がきたのだ。

「奴らめ……! 聖武国は帝国に対し、明確に挑発行為をしてきておる……!」

 この数日はすさまじい数のやり取りが両国で行われていた。両国とも事態を冷静に認識する事は難しく、話はさらに大きくこじれていく。今では互いの言い分にかなり食い違いが出てきていた。

 帝国からすれば、フォルトガラム聖武国の王女が自国の貴族を複数手にかけた……という立場だ。

 一方で聖武国からすれば「国賓として送り出した使節団が、帝都に着くなり訳の分からない罪状で拘束された」という認識になっている。

 聖武国の王であるアーランディスも、娘であるフランメリアがその様な事をする人物ではないと分かっている。そのため、帝国が謀略を仕掛けてきたと考えているのだ。

 聖武国側の貴族たちも帝国に対し、強い怒りを覚えていた。

「父上! 奴らは期日までに使節団を返さなかった場合、自国民を救うための行動に出ると言ってきております! これは我が国に対する宣戦布告と同義! こちらも強く出るべきです!」

「そうです! このままでは諸外国に帝国は舐められてしまいますぞ!」

「我が領からも兵を出しましょう! 今こそ妥当フォルトガラム聖武国の狼煙をあげる時!」

「おお! 英雄王アルグローガも成し得なかったガラム島制覇の偉業に臨む時ですな!」

 第二皇子のグラスダームは国内の交戦派貴族たちをまとめる立場に立っていた。

 元々軍閥系とは距離が近く、今も自身の発案で騎士団の再編成を進めているところだ。彼は殺された帝国騎士たちの親からも、息子の無念を晴らしてほしいと頼まれていた。

「んっんー。パパン、僕もグラスダーム兄上に賛成かなぁ。辺境の島民如き、サクッとやっちゃおうよぉ」

 グラスダームに賛同の意を示したのは、第三皇子であるゲイブリーク・ゼルダンシア。彼はヴィンチェスターの政変時に、流れに乗り損ねた地方貴族たちの後押しを受けていた。

 今回の戦にのっかることで、今度こそ甘い汁を吸いたいと考えているものたちだ。

 だがゲイブリークの発言を、ウィックリンは認めなかった。

「……ゲイブリーク。何故お前がこの会議に参加している?」

「何故って。僕もこの国の皇子だからねぇ。グラスダーム兄上と同じく、国の……」

「グラスダームは以前より国防を含めた政策会議に出ておるし、相応の役職にも就いておる。だが未だに何の役職にも就いていないお前が、この会議で口を挟む事は許さぬ。見学なら許可するが、これ以上何か話したいというのなら。即刻この部屋より出て行くがいい」

「…………」

 温厚なウィックリンの声色に僅かに混ざる苛立ちの色。これに部屋にいる貴族たちは若干の緊張を覚えた。

 ゲイブリークも引きつった表情のまま、黙って口を閉じる。

(肝心の騎士殺害の件について、分かっていないことの方が多いというのに……! どいつもこいつも戦に逸りおって……!)

 なるべく表情には出さない様にしていたが、ウィックリンは苛立っていた。まだ態度を明確にはしていないが、そもそも開戦には反対の立場である。

 しかし貴族の多くはフォルトガラム聖武国との戦争に肯定的であった。これにはいくつかの要因が重なっている。

 地方領主からすればヴィンチェスターの反乱鎮圧に乗り遅れた分、今回の戦を通じていくらかおこぼれが欲しいという考えがある。

 そして軍閥家系はこれを期に勢力の拡大を目指したいし、単純に帝国貴族に犠牲者が出ている中、黙っていられないという者たちも多いのだ。その代表格はグラスダームであった。

 何せ帝国貴族も聖武国貴族同様、プライドがとても高い。このまま辺境の島国に舐められたままでは終われないという者が多いのだ。

 一方で開戦には慎重路線の者もいる。帝国騎士殺害に関し、まだ何も事態が解明していないという者や、諸外国との商売で儲けを出している者たちだ。

 彼らはここで昔の帝国……要するに隣国であれば誰かれ構わず牙を剥く様な、好戦的な国であるというイメージがつくのを避けたかった。

 信頼ある商売というのは、互いの国の政情が安定しているからこその話なのだ。下手に警戒されても良い事は少ない。

 それに経済で隣国と結びつきが強い領主は、それほど軍備を整えていない。ここで警戒した隣国が軍備増強でもされたら、その備えにさらに金がかかるのだ。余計な出費は出したくないというものである。

 そしてそんな意見の者たちをまとめているのが、帝国四公カルガーム領の領主。ジャルバン・カルガームだった。

 彼は静かになった会議室で、長い付き合いであるウィックリンに対し声をあげる。

「……陛下。やはりまずはフランメリア王女に直接話を聞かねばなりますまい。可能な限りフォルトガラム聖武国とは話を長引かせ、その間に何としても王女を見つけるのです。いたずらに兵に犠牲を出したくないのは、フォルトガラム聖武国も同様でしょう」

 上位貴族である帝国四公の発言に、多くの貴族たちは口を閉じた。

 ジャルバン・カルガームも自領を訪れたフランメリアと直接会話を交わしている。そしてジャルバン自身、フランメリアが軽はずみな行動をとる貴族ではないと理解している。

 しかしジャルバンの発言に真っ向から対立する者がいた。

「はは。貴公はここ数年、フォルトガラム聖武国との取引が増えておったな。かなり儲けておるのではないか?」

 一同の視線が発言主に集まる。その男の名はブレンガイス・ロンドニック。同じく帝国四公の1人、ロンドニック領領主である。

 ブレンガイスの隣では、息子のウォレッグがやや緊張した表情を見せていた。

「……なにか、ブレンガイス」

「いや別に? カルガーム領領主としては聖武国との関係を無下にはしにくいだろうと、その苦労を思ったまでのことだが?」

 帝国と聖武国は仲が決して良い訳ではないが、カルガーム領とはそれなりに交易のやり取りがある。

 そもそもカルガーム領が王国だった時代から付き合い自体はあるのだ。聖武国への本格的な侵攻が行われたのは、カルガーム領が帝国領になってからの話である。

 カルガーム領領主には開戦を先延ばししたい理由がある。ブレンガイスは周囲の貴族たちにそう思わせる事に成功した。

 ブレンガイス自身は開戦に肯定的である。彼もやはり、ヴィンチェスターの反乱鎮圧の流れに乗り遅れたと感じているのだ。

 そして帝国四公の一角が沈んだとはいえ、ゼノヴァーム家が一歩リードしている今の状況を面白いとも感じていない。ここで開戦に向けて何とか主導権を握りたいと考えていた。

「ふん、いらぬ気遣いだ。もし聖武国が本格的に侵攻してくるというのなら、我が領地は最初に交戦する事になる。その時には死力を尽くして絶対に上陸は防いでみせるとも」

「ほう。随分と自信がある様だ」

「国境と面しておる分、内地でぬくぬくとしておる領主よりも精強な軍を抱えているという自覚はあるな」

「…………」

 再び会議室に沈黙が訪れる。帝国四公の2人が真っ向から対立する意見を交えているのだ。この2人の間に口を挟める者など限られている。

 その限られた1人であるゼノヴァーム領領主代行にウィックリンは視線を向けた。

「領主代行クライナードよ。そなたからは何か意見はあるか?」

「は……」

 今度はクライナードが全員の視線を受ける。だが当のクライナード本人は、額に汗をかいていた。

 レックバルトには強気な態度をとっていたが、ここは場所が違う。部屋には帝国中の上位貴族が集まっており、皇帝の他に帝国四公その人まで意見を戦わせているのだ。

 自分にも意見を求められるのでは。その予感はあったが、ここではどう答えるのが正解かは判断がついていなかった。

(どど、どうしろというのだ!? 俺はあくまで代行だぞ!? 何で意見が割れているんだ、そして何で皇帝陛下はこのタイミングで俺に意見を求められるのだ!?)

 とはいえ、このままクライナードだけ何も意見を言わなければ、帝国四公の一角として格好がつかないのは理解できている。ウィックリンなりの気遣いというのは感じ取っていた。

「事態は非常に深刻であります。そしてこの会議室で出た結論は、両国の関係に大きく影響をもたらす事になるでしょう」

 とりあえずどちら付かずの、当たり障りのない発言に逃げる。だがこれをブレンガイスは許さなかった。

「つまりどういう事だ?」

「へ……」

「クライナード殿の具体的な意見を聞きたい。仮にも帝国四公の名代としてこの会議に参加しておるのだ。貴公はこの事態に対し、どう挑むべきだと考えておるのだ?」

 ブレンガイスはクライナードに対し、分かりやすく圧をかける。同時に、時期ゼノヴァーム領領主としての器を今から試そうというものであった。

(やばいやばいやばいやばい! ここでブレンガイスの方に付けば、今度はジャルバンが何を言ってくるか分からん! 何より陛下がどちらのお考えなのか分からないのだ……!)

 ウィックリンは開戦派ではないが、それはまだ心の中に押しとどめている。自分が態度を表明するのは、ひとしきり意見が出そろった時だと考えていた。

 そうでなくては、クライナードの様に日和見の貴族たちはウィックリンの意見に賛同する可能性が高い。

 ただの貴族であればそれでも問題ないのだが、クライナードは帝国を代表する大貴族である。その発言には誰もが注目するところであった。

「え……と、です、ね……。わたしと……いたしまし、ては……」

「何と言っておるのだ。もっとはっきりと話せんのか?」

「え!? そ、その……」

 このままではまずい。だがここで助け舟を出したのは、隣に座るレックバルトであった。レックバルトは片手を上げる。

「発言してもよろしいでしょうか」

 レックバルトの発言に対し、ウィックリンは首を縦に振る。

「先の内乱で大活躍を見せたレックバルト殿か」

「は、恐縮でございます。……この度の件、そもそも不明な点がございます」

「ふん……?」

 ブレンガイスは改めてレックバルトを見る。肌の色から異民族の血を濃く引いているのは分かる。まだ年も若い。

 しかしこの若き貴族が、先の戦いでは大活躍を見せたのは周知の事実であった。

「まず見つかった騎士の遺体についてです。中には槍状の物で刺殺されたであろうものもございました。しかし現場からは槍に類する武器は見つかっておらず、目撃談でも護衛のアーノックが持っていたのは剣のみ。死体の状態と合わせてみれば、不可解な点もございます」

 まずは事の発端から話を進めていく。だがこれに対し、ブレンガイスは異論を述べる。

「死体の話は聞いておる。だがそれが何だというのだ? もしフランメリア王女に罪がないのであれば、皆の前で申し開きすれば済む話であろう」

「その通りです。その点はブレンガイス様とジャルバン様、お2人と意見を同じくしている点でございます」

「……………」

 ジャルバンは先ほど、まず王女をなんとしても見つけるべし……つまり最初に王女の話を聞くべきだという意見を述べた。図らずもその意見にブレンガイスも理解を示した形になる。

 これがレックバルトの誘導によるものなのかは判断がつかなかったが、ブレンガイスは心中でレックバルトの堂々たる話ぶりに感心していた。

「王女が姿を隠している理由ですが、いろいろ考えられます。あるいは本当に王女の指示によるものなのかもしれません。その場合、何百と連れて来た自国の使節団がどうなるか分かっていたでしょうが」

 暗にその可能性は低いと述べる。だからといって、王女がやっていないという話にもならない。

「また王女は、帝国貴族の中に開戦を望む者がおり、その者にはめられたと考えている可能性もあります。その場合、うかつに姿を見せれば身の安全は保証されないばかりか、聖武国との交渉に使われる可能性もありますからね」

「ほう。お前は帝国貴族の中に、その様な卑怯な振る舞いをする者がいるというのか? 身内を疑う様な……」

「……という様に、今は定まった情報が少ない分、憶測でいろんな事が考えられてしまう状況なのです。それこそ身内を疑うという、普段であればまず考えない様な事も……です」

 これにはブレンガイスも、暗に先ほど自分がジャルバンを口撃した事を突いてきていると気づいた。

 ブレンガイスに、自領の儲けのために開戦を意図して長引かせようとしているのではないかと言われたジャルバンも、今は黙ってレックバルトの話に耳を傾けている。

「我が兄クライナードはそうした点も鑑み、今一度慎重になるべきだと申したのです。ですがここで口論を交えている間に先手を打たれては不利。私見になりますが、帝都で情報の交通整理を行う部署を作りつつ、今はある程度の戦力をカルガーム領へ向かわせるべきだと愚考いたします」

 要するにいざという時に備えつつ、ぎりぎりまで事の真偽を追及すべきだという話だ。何が何でも戦いを避ける方向でもなく、徹底して交戦すべしという意見でもない。

 どっちつかずの上に中途半端とも取れるが、一時的とはいえこの場を沈める事には成功していた。

 ブレンガイスは今一度レックバルトに視線を合わせると、小さく笑みを浮かべる。

(ふん……若いのに胆の据わった奴だ。戦場での経験もある分、度胸もある。そして兄を立てるのも忘れていない。……この男が次代の四公でなくて、良かったかもしれん)

 一方でその能力の高さは確かに垣間見えた。ブレンガイスは自分の娘たちの年齢を思い出しながら、何とか手元に置けないだろうかと考え始めていた。

 グラスダームも感心した様子で声をあげる。

「さすがだな、レックバルトよ! だがお前の意見では後手になる可能性もある。……クインシュバイン殿はどうお考えか?」

 帝都の治安を一手に受ける正剣騎士団団長のクインシュバイン・ディグマイヤー。戦場での戦歴も十分であり、閃光の剣騎士の二つ名で呼ばれ、先の内乱でもその手腕を発揮している。

 ここでそのクインシュバインに意見を求めるのは、誰もおかしなことだとは考えなかった。

「私もレックバルト殿とほぼ同様の事を考えておりました。まだ聖武国がどこまでやる気なのかという、本気度も計り切れておりません。ですがいたずらに大戦力をカルガーム領に駐屯させれば、両国間のやり取りがより緊張したものとなりましょう。騎士団や協力いただける各領地の軍はカルガーム領近郊に止めておき、こちらはあくまで防衛に対する備えが主であると見せる必要はあるかと」

 この意見に怪訝な表情を見せたのは、徹底交戦派の貴族たちだ。彼らはガラム島の侵攻までを考えている。クインシュバインの意見はあくまで防衛に徹したもので、侵略の意図はない。

 だがこのタイミングで明確な反対意見を述べる者は誰もいなかった。

「ふぅむ。それではやはり先手を打たれてしまうと思うが……」

 グラスダームの意見に対し、ジャルバンは再び口を開く。

「どちらにせよ事が始まれば、最初に戦場になるのは我が領です。最後の最後まで、まずは我が領軍のみで防衛体制を構築いたしましょう。明日、私もまずは自領へと戻ります」

 自ら指揮を執り、もし戦端が開かれても援軍が到着するまでの間は持ちこたえる。その覚悟はこの場にいる誰もが感じ取っていた。

 ウィックリンも一通り意見が出そろった事を確認する。

「ジャルバン。くれぐれもこちらから先に仕掛ける……という事はしてくれるなよ」

「は。心得ております」

「では急ぎ戦力を整え、カルガーム領近郊に移動させよ。だがフランメリア王女の捜索及びあの日の出来事について、より詳細な情報を集めるのだ。何でもいい、少しでも怪しいと感じた情報は全て収集せよ。有益なものには報償も出す」

「は!」

 ウィックリンは少し瞼を閉じる。今夜も満足な睡眠時間は取れそうにないな。その予感に辟易としていた。
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