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帝都に来訪した王女

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「ふぅん……ここが帝都ゼルダスタッド……」

「ですです。フォルトガラム聖武国の王族では、姫さまが最初に足を踏み入れたことになりますね!」

 フォルトガラム聖武国の王女、フランメリア。彼女たち使節団は長旅を経て、ついに帝都ゼルダスタッドへと到着した。

 貴族街まで続く広く整備された道を馬車が進む。帝都に住む住民たちは歓声をあげながらフランメリアたちを歓迎し、方々から花が投げられていた。
 
「よく帝国民たちをしつけているみたいじゃない。……あら?」

 フランメリアたちが乗る馬車は少し窓が開けられていた。そこからいつの間にか1つの花が入り込んできている。

 エルナーデはそれを拾い上げ、花びらに仕込まれた紙片を取り出した。

「んふふ~。帝都に潜入している諜報部からですねぇ」

「……我が諜報部ながら、能力の高さに恐れいるわ」

「姫さまに褒められたとあっては、きっと大喜びですよぅ! ……どうやら帝国側に姫さまを害するつもりはないようです」

「当たり前でしょ……」

 エルナーデは紙片を見ながら簡単にフランメリアに報告を行う。

「例の黒狼会についても記載されていますね。どうやら高級ラウンジ経営者として、いくらか取引を始めたみたいです。黒狼会の本拠地も分かっているため、接触自体は可能との事です」

「そう。そのために少し早く帝都に来たようなものだものね」

「あとは姫さまが貴族街を上手く出られるかですが……」

「そんなのはどうとでもなるわよ。でもラウンジの方は私との繋がりを疑われても面倒だから。ヴェルトと会うにせよ、場所は慎重に用意して欲しいわね」

「伝えておきます」

 いよいよ馬車は貴族街へと入る。そして多くの貴族たちに見守られながら、とうとう皇宮の前へと到着した。

 先にエルナーデが降り、フランメリアの手を引いてエスコートする。帝都の地に足をつけたフランメリアの前では、多くの皇女たちが出迎えで立っていた。

「ようこそフランメリア様。私は第一皇女ニアリィゼ。歓迎いたしますわ」

「……ご丁寧にありがとうございます。今日からしばらくお世話になりますわ」

 さすがに何百といる使節団全員を皇宮に入れる訳にはいかない。一部の護衛騎士や従者がフランメリアに付き従い、残りは貴族街の一角に住まいが用意されていた。

 フランメリアたちはニアリィゼの先導に従い、皇宮の中へと入る。 

「……さすがに皇女の数も多いのね」

「はい。今の陛下は特に妻の数が多いですから」

 前皇帝が大きく帝国の版図を広げた影響もあり、当時皇太子だったウィックリンは国内外を含む様々な家と婚姻を結ぶことになった。

 ほとんど前皇帝が決めた縁談であり、ウィックリン自身が望んだものは少ない。だが子を成さない訳にもいかない。結果、ウィックリンの子は歴代皇帝の中でも多い方だった。

 フランメリアには皇宮の中でも特に広い部屋に通される。さすがに皇族が住まうだけあって、調度品1つとっても豪華なものだった。

「滞在中、ご要望がありましたら何でも言ってください。建国祭はまだ少し先ですが、それまで退屈なさらないように、様々な催しを用意しております。楽しみにしてください」

「お気遣いいただきありがとうございます。……あら? あなた……」

 フランメリアは皇女の中の1人、アデライアに視線を向ける。その赤い瞳が特徴的であり、フランメリアの気を引いたのだ。

「……アデライアと申します」

「そう。とても魅力的な瞳だったから思わず見入ってしまったわ。気を悪くしたなら謝りましょう」

「いえ……」

 アデライアはやや緊張しながらもフランメリアと言葉を交わした。その後もニアリィゼから、建国祭までの簡単なスケジュールを話される。

(……しばらくは帝国の文化とやらが見られそうね。どうにかしてウィックリンの秘密部隊を引きずりだしたいところだけれど……)

 どうせ建国祭まで何度かウィックリンと会う機会はある。それに通商条約の話を前に進めたい以上、向こうもいくらか譲歩してくるだろう。 

(……いえ。主導権はこちらにあると思わせる時点で、既にウィックリンの術中にはまっている可能性もあるわ。もう戦いは始まっている。何がウィックリンの罠か分からない以上、慎重にいかねば……!)

 権謀術数渦巻く宮中にあって、多くの貴族たちを出し抜く頭脳に確かな武力。謀略を得意とする冷徹な皇帝ウィックリン。

 ここでもウィックリンの誤解が解かれる事はなかった。




 
「……で、シャルニエ様。ここに居てよろしいので?」

「構わん。そういうのは向いている者がやれば良いのだ。私が他国の姫を出迎えたところで、外交問題が起こる可能性が上がるだけというもの」

「はぁ……」

 今日も俺は城の資料室に足を運んでいた。アルフレッドからは今日、フォルトガラム聖武国の王女一行が到着すると聞いている。

 だというのに皇女の1人であるシャルニエは今日も資料室に居た。

「それよりヴェルト。お前には感謝しているぞ。お前のおかげで多くの資料が読み解けた」

「とはいえ、完全に理解できたものはありませんし、どれも憶測混じりの解読になっていますけどね」

「それでも大きな進歩には違いない。それにお前の斬新な発想には何度か衝撃を受けた」

 さすがに古い時代の資料を数日で読み解けるはずもない。これらを完全に訳せる日など何年かかるか分からない一大事業だ。

 だが俺もこの数日はとても刺激的で楽しく思えていた。それだけに残念ではある。

「シャルニエ様。明日からはしばらくここには来れません」

「なに……そうなのか?」

「はい。建国祭に向けて日々帝国中の貴族が集い、他国の王女も来られたのです。これから多くの者たちが多忙な日を迎えるでしょう。これらが落ち着くまでは、私も自由には動けないのです」

「そうか……アルフレッドもいろいろ役目があるだろうし、お前も忙しいという訳か。致し方あるまい、お前にはお前の責務があろう」

 シャルニエの眼光は相変わらず鋭かったが、言葉自体は理性的であった。 

「ザラークについては私の方でも引き続き調べておこう。何か分かればアルフレッドを通して連絡する」

「ありがとうございます。この数日、大変有意義な日が過ごせました」

「それは私とて同じこと。お前の様に見識溢れる者がこの帝都に居たこと、嬉しく思うぞ」

 そう言うとシャルニエは右手を指し出してきた。俺も右手を指し出し、互いに握手をする。

「しかし惜しいな。お前が一角の貴族であれば、我が夫として迎え入れたいところだが」

「ははは。ありがたいお言葉ですが、私は本来ならシャルニエ様とは言葉も交わせぬ身分ですから」

 もし俺が幻魔歴に飛んでいなければ、そんな未来も……いや、ないな。

 そもそも幻魔歴に飛んでいなければ、俺は今ごろ43歳のまぁまぁなおじさんだ。シャルニエとは年齢差もある。

 それにクインのすねをかじる生活を送っていただろう。というか、歴史資料漁りが趣味にもなっていない。

「ふん、まぁ良い。仮に結婚したところで、歴史資料に対する解釈の違いから毎日口論が止まず、離婚するまでも見えているからな」

「え、えぇ……?」

 だが実際にありそうで思わず笑いそうになってしまった。

 それはそれで刺激的な毎日が送れそうではあるが、俺の本分は学者ではない。黒狼会のボスこそが俺の立場だ。

 これはあくまで趣味。俺には黒狼会の経営者としての責任がある。

「どうもいつも縁談がまとまらなくてな。いい加減、父上や他の姉妹たちからも呆れられているところだ」

「シャルニエ様もメガネを外せば……」

「ん? 私のメガネがなんだ?」

「……いえ、何でもありません」

 絶対曰く付きのメガネだと思うんだがなぁ……。

 とにかく長く趣味に没頭し過ぎた。明日からはまた仕事に取り組む事になる。建国祭が終わるまでは黒狼会も忙しいし、俺もいろいろ足を運んで手伝うとするかな。




 
 帝都近郊にて。そこには2人の少年少女が丘の上から帝都を見ていた。

「見て、ディン。あれ、フォルトガラム聖武国の王女ご一行の馬車じゃないかしら?」

「よく見えるねアニス。僕の目には全く見えないよ」

 ディンとアニス。2人とも世界新創生神幻会に所属する駆者と顕者のコンビである。

 2人は帝都に向かいながらエル=グナーデの残党狩りを行っていたが、さすがにここまで帝都に近づくと誰にも遭遇できていなかった。

「で、帝都に着いたらどうするんだっけ?」

「しっかりしてよ、アニス。ブラハード様からの依頼なんだからさ」

 ディンは細い目をさらに細くしながら頭をかく。

「ここで大きな火種を点火させて、僕たちはそのままメニアの能力で本拠地に帰るのさ」

「ああ、そういえばそうだったわね! メニアもその内来るのかしら?」

「今来たところよ」

「わぁ!?」

「メニア!?」

 後ろを見ると、そこにはメニアが立っていた。

 メニアの能力はいくつかあるが、その中の1つが空間移動である。この能力は限定的ではあるが、条件さえそろえば任意の場所へ一瞬で移動が可能であった。

「あぁ、びっくりした……」

「悪いわね。何故か対象の後ろに出がちなのよね……」

 驚く2人をよそに、メニアは人差し指を立てる。

「そんな事より。帝国領で問題が発生したわ」

「問題? なによ?」

「スランが死んだわ」

「……へ」

「な、んだって……?」

 突然語られる仲間の死。それも子どもたちの中では上位の実力者として数えられるスランが死んだというのは、2人を大いに動揺させた。

「リークはこの間、帝国領の外で死体が発見されたって話だったけど……」

「今度は帝国領内……それもスランが……!?」

「ええ。しかも戦闘が行われた痕跡もあった。その死因は溺死。近くに水場なんてない場所でね」

「!!」

「それって……」

 全員魔法とは距離が近い。状況を聞いた瞬間、エル=グナーデ残党の中に水の能力を扱う者がいたのではないか。そう考える。

「はっきりとした事は分からない。でも帝国領内にスランを倒せる者がいるのは確かだし、相変わらずミニリスの行方も掴めていない。グリノはあなたたちの心配をしているのよ」

「……僕たちもその何者かにやられると?」

「そこまでは言わないけど、得体の知れない者が近くにいる可能性もある。場合によっては多少前倒しにしてでも、あなたたちには計画を遂行してもらい。私の能力でさっさと帰った方がいい。グリノはそう判断したわ」

 メニアは改めて2人よりも前に出る。そして丘の上から帝都を見下ろした。

 

「ここからは私も2人に同行するわ。期待しているわよ、駆者ディン。そして顕者アニス」
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