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アックス 対 スラン

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「……お兄さん、誰だい?」

「そりゃこっちのセリフだぜ。物騒なガキだな。それ、どうなってんだ?」

 アックスは地面に倒れるリーンハルトたちと、ミニリスたちに視線を向ける。5人中2人が顔見知りという事にも驚いていた。

「アックス……さん……!」

 地に張り付きながらもリーンハルトは声を絞り上げる。だがその声色は助かったというものではなく、焦りの色が混じっていた。

「おうリーンハルト。久しぶりだな。それにそこの斧男も」

「…………!」

 ベインもアックスに気付く。2人は直接戦った訳ではないが、因縁の間柄なのは間違いない。そしてスラン同様、良い気がする相手ではなかった。

「ふーん。どうやら知り合いみたいだね」

「そう呼べるのは1人だけだがな。しかしこの状況。まさかガキ1人でやったってのか?」

「一応スランという名があるよ。で、地面にへばりついている3人は僕がやっている事で間違いないかな」

 スランは何でもないように、自然な口調で答える。アックスは表情は弛緩させながらも、状況を冷静に観察する。

(……斧男は俺たちならともかく、並の奴がどうにかできる手合いじゃねぇ。それをこうも完封している……!? それにリーンハルトの側に落ちている剣。ありゃなんだ……?)

 疑問は多いが、アックスは目の前の少年が子どもだからと油断はしない。そんな事で気を抜ける生は送ってきていない。

 そしてリーンハルトは、アックスは強力な援軍ではあるものの、スランに勝てるかはかなり怪しいと考えていた。

「アックスさん……! そい、つは……! 重力を……操るんです……!」

 どうにか言葉を絞り出す。その言葉を聞いてアックスは改めてリーンハルトたちに視線を向けた。

(リーンハルトたちの周囲に、僅かだが円形に何かの圧力が加えられている様な痕跡が見える……。有効範囲か……? しかし、こいつは……)

「はは。いきなり種明かしなんてしたら面白くないだろ。でも知ったところでどうにかできるものじゃないし、別に良いけどね」

 スランがリーンハルトの言葉を認めたことで、アックスは増々混乱する。

「……どういう事だ? まるで昔存在していたっていう魔法みたいな力じゃないか」

「そうだよ? 僕のこの能力はお母さまよりいただいた魔法なのさ。運がいいね? こうして失われたはずの魔法が見られるなんてさ」

 スランは動けないリーンハルトたちを無視し、身体をアックスへと向ける。その眼は獲物を見る眼であった。

「え、そんなばかなー。今の時代に魔法を使える奴なんていないはずだろ」

「ははは! まぁ何も知らなければそう思うだろうね! さて、おしゃべりもそろそろ飽きたし。お兄さんもぺしゃんこにしたら、さっさとミニリスを連れ帰らせてもらおうかな」

 そう言うとスランは横目にミニリスへ視線を向ける。それを見てアックスは2人のおおよその関係を感じ取った。

(あの子も魔法使いか……? 連れ帰るって事は逃げ出してきたのか。そこをリーンハルトたちが保護していた……? まぁいい、とりあえずこのガキが油断できないのは確かだ。……)

 ここからの行動をいくつか想定する。そしてベインに向かって口を開く。

「おい、斧男。お前がそのざまって事は、結構やばい相手なのか?」

「……。油断すればすぐこうなる。これまでの魔法を見ていると、おそらく自分の周囲にしか重力場を形成できないのだろうが、一度発動すればこうして長時間、複数個所で維持できるらしい」

「へぇ。おじさん、最初にやられた割に僕の能力を分析していたんだ? ま、それを知ったからといってどうにかできるものじゃないけどね」

 そう言うとスランはその足をゆっくりとアックスへと向ける。アックスは咄嗟に両手に小剣を握った。

「おいおい、そっちから来んのかよ!」

「言っただろう、そろそろ飽きたって。こっちも早く仕事を終わらせたいんだ」

「く、くそ!」

 アックスは焦った様な声を出しながらスランに向かって駆けだす。その様を見てスランはニィと笑みを浮かべた。

「っはは。せっかくの忠告もそれじゃあ無意味だよ?」

「おおおお!!」

 小剣を握りしめ、アックスはスランに迫る。あと一歩。そこでアックスに強い重力がのしかかった。

「ぐ!?」

 堪らずその場に倒れ込む。予想通りの光景にリーンハルトには焦燥感が募る。

(やっぱり……! いくらアックスさんでも、相手が悪い……! スランに勝つには、本人に気付かれない様に遠距離からの狙撃など、手段が限られる……!)

 リーンハルトなりにスランの攻略法の分析を進めていた。確かにスランに勝つにはその能力を把握した上で戦略を練る必要がある。しかし。

「が……! ガボ!?」

「っ!?」

 リーンハルトの目の前では突如現れた水球に頭部を包まれ、息ができずに苦しむスランの姿が見えた。アックスは相変わらず地面に倒れ込んでいる。

(な……にが……!? あの水はいったい!? いや、このままだと……!)

 いずれ窒息する。誰もが予測できる未来だ。ベインはその光景を見て小さく笑った。

「ふん……。わざとらしい野郎だ」

「はは。能力が分かっていたらいくらでも対策は立てられるしな。それにお前たちの様子を見るに、自分を巻き添えに重力場を形成するには難しいんだろうなと判断したんだ」

 倒れながらもアックスは笑顔で話す。その笑みは勝ちを確信した表情だった。

「おい、聞こえるか? そのままじゃお前は死ぬ。だがみんなの重力場を解くのなら、俺もその水をなんとかしてやる。どうする?」

 一瞬で互いの立場が入れ替わる。今やスランは苦しそうな表情を浮かべ、アックスの声には余裕があった。

 スランは地に伏せるアックスを見ながら強く睨みつける。そして。

「ぐっ!?」

「ああっ!?」

 アックスたちにのしかかる重力がさらに強くなった。狙いは明白。自分が窒息する前に、アックスたちを圧殺しようというのだ。

「ったく……! これでも手加減してやってたんだがな……!」

 アックスは動けない状態ながら水球をコントロールする。たちまちスランの頭部を包み込んでいた水球は、その耳や鼻、目や口からどんどん肺へと入り込む。

 水球はそのまま小さくなっていき……やがてアックスたちにのしかかっていた重力が完全に消えた。

「お……」

「重力場が……!」

 アックスとリーンハルト、それにベインとダームはゆっくりと立ち上がる。4人の前には息絶えたスランの死体が転がっていた。

「ま、戦場に立って力を振るう以上、結果は生か死のどちらかだ。そしてそこに年齢や性別などは存在しない。こうなったのもお前の選択だぜ、スラン」




 
 アックスを加えた一行は場所を移し、互いに情報交換を行っていた。

「フォルトガラム聖武国の施設で生まれた魔法を使う子どもたちねぇ……。で、リーンハルトはその大剣の主になったってか」

「はい。僕たちは何としても帝都に戻り、父上にこの事を話さなくてはならないんです。それにミニリスの保護もしたいし……」

 状況を聞いたアックスは一先ずリーンハルトが無事で安堵する。同時に、結社エル=グナーデ並に厄介な出来事が舞い込んで来たと予感を覚えていた。

「とりあえずここにリーンハルトたちと斧男がいる理由は分かったよ」

「あの……」

 ミニリスはリーンハルトの後ろからおずおずと尋ねる。

「アックス……さんも、魔法を使うのですか……?」

 ミニリスの問いかけは、ベイン以外全員が気になっている点であった。ダームも静かにアックスの言葉を待つ。

「おう、なんだか注目の的だな! だが俺の事を知りたければ、もう少し仲良くなってからだな~」

 話す気はないと分かりやすく遠回しに伝える。

 アックスとてできれば魔法は使いたくなかった。だが相手の実力を最大限に見積もった時、魔法無しでは余計な怪我人が出かねないと判断した。

 結果として魔法を使用して正解だったと思っている。そしてスランの能力の全貌が掴めていなかった以上、最後は勝負を決めにいく必要もあった。

 アックスとて戦乱の幻魔歴、その最前線を歩んで来た男だ。相手が少年だからといって、戦場で自分の命の価値を敵よりも低く位置づける様な事はしない。

「ま、困ってる女は年齢に関係なく見過ごせないのが俺のモットーだ。ここから帝都までは俺も一緒してやるよ」

「え! 本当ですか!?」

「おう。それにヴェルトの……あれだ。懇意にしている騎士様の息子でもあるしな!」

 そうして話の方向を無理やり変える。だがここで立ち上がったのはベインだった。

「……黒狼会最高幹部が護衛に付くんだ。俺はもういいだろ。ここでお別れだ」

 ベインの発言にダームたちは驚きの表情を見せる。

 ベインとしては元々帝都に行く気はなかったし、その事はあらかじめダームにも話していた。

 そして黒狼会の一員であるアックスと共に行動するのはどうしても抵抗がある。アックスもベインの気持ちを理解したのか、何も言わなかった。

「ベインさん……」

「ベイン。あんたにはガラム島で助けられたし、帝都に着いたら何か礼をしたいと考えていたんだが……」

「悪いな。言ったろ、帝都にはいかないと。それにそこの男とも因縁があるんだ」

 そういうとベインは改めて背に大斧を担ぐ。ミニリスはそんなベインに声をかけた。

「ベインさん……。私たちを助けてくれて、ありがとう」

「大陸を渡ってからはあまり良いところはなかったがな。ま、お前たちの無事を願っているぜ」

 そう言うとベインはその場から去って行った。一方、ベインの言葉を受けてダームは改めてアックスに視線を向ける。

(黒狼会最高幹部……この男が例の6人の内の1人か。俺は長いことガラム島に渡っていたから、あまり詳しく聞いている訳ではないが……)

 それでもいくつか聞いている話もあった。帝都に現れてから短期間で残した活躍の数々は、情報部にも報告が上がっているのだ。そして最高幹部の6人はその戦闘能力が特に高く評されていた。

(アックスも何かしらの能力を持っているのは間違いない。高い戦闘力の裏付けにもなっているだろう。だが上から必要以上の調査を止められているのも確かだ。それもそれで異常ではあるんだが……)

 どう考えても訳あり。そしてアックス自身に敵意を感じない以上、無暗に首を突っ込みにいく気はなかった。

 何より強力な護衛が付いたという事実に変わりはないのだ。しかしリーンハルトはやはり気になる様子であった。

「アックスさん。因縁って……?」

「ん? おお、前に帝都でちょっとな」

 それ以上はアックスも何も答えない。無論、この場で詳しく話せる内容でもないのだが。

 微妙な空気を変える様に、ビルツァイスはオホンと咳払いをする。

「魔法を使う少年にリーンの剣。俺はもうお腹いっぱいだよ。さっきも死にそうだったし……。早く帝都に戻ろうぜ」

「……そうだね。とにかく向かう先は1つだ。急ごう」

「ミニリスちゃーん。疲れたらアックス兄さんが背負ってあげるからね~」

 ミニリスはダームの衣服を掴む。ダームは苦笑しながら、一行はその足を帝都へと進めた。
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