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皇城内の動乱

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「なんだ……何が起こっておる……!?」

 ヴィンチェスターの元に急報がもたらされてからというもの、混乱はまったく収まっていなかった。

 信じられない事に、たったの6人に兵士たちが手も足も出ないというのだ。そしてとうとう城まで侵入を許してしまった。今も次々と報告が上がってきている。

「ば、化け物です! たった1人の大男に、何人もの兵士が吹き飛ばされました!」

「全員仮面で顔は見えないのですが……! 皇帝陛下の秘密部隊を自称しています……!」

「敵は不思議な力でこちらを翻弄しています! ほとんど一撃でみんな倒れていきます!」

 当初はさっさと終わると思っていた。だがここにきてようやくヴィンチェスターは相手が尋常な存在ではないと感じ始める。

(ウィックリンの秘密部隊だと……!? アルフォース家以外にも隠し玉があったのか……!)

 では何故今の今までその部隊が出てこなかったのか。その疑問は直ぐに解消された。

(そうか……! 誰が敵で誰が味方なのか、確実に見極められるタイミングを見計らっておったのか……!)

 今であれば軟禁されている貴族が味方であり、自由に出歩いている貴族はハイラント派……つまり皇族の敵という事になる。

 そしてその選別が終わったところで行動に移したのだろうと、ヴィンチェスターは考えた。

「おのれ……! だが領軍の中にも強者はいるだろう! いかな豪傑といえど、体力にも限りはある! 数の有利で押し切れ!」

「ほ、報告します! 今、ルングーザ領軍の指揮官、ガイツが敵と交戦したのですが……!」

「おお、剛剣の使い手として帝都にまで名をとどろかせているガイツか!」

「そ、そのガイツが、まるで赤子の様に両腕の骨を折られました……! しかも敵はまったく本気を出しておりません……!」

「なんだとぉ!?」

 いよいよ現場に混乱が大きく広がる。だが悪い報せはまだ続いた。

「も、申し上げます!」

「なんだ!」

「敵は城内で分かれ、それぞれ別行動をとり始めているのですが……!」

「おお、各個撃破のチャンスではないか!」

「い、いえ、敵は1人で無数の味方をなぎ倒す無双の豪傑! 誰も敵わず、そればかりかミドルテア派の貴族たちが解放されていきます!」

「なにぃ!?」

 自分の意向に従わない貴族たちは、監視しやすい様に一か所に固めていた。そこを解放されたという事は。

「大変です! 解放されたディナルドとクインシュバインが騎士団を率い、指揮を執り始めました!」

「はぁあ!?」

「徐々に城内各所を占領されつつあります! このままでは外からの援軍が城に入ることも難しくなるかと……!」

 6人の秘密部隊……おそらく特殊な訓練を受けた皇帝の懐刀により、城内の戦局は大きく傾きつつあった。それもヴィンチェスターにとって悪い方に。

「こんな……! こんな隠し玉があったとは……! おのれ、だからあの時! 余裕の態度だったのか……!」

 皇宮でウィックリンと会話をしていた時の事を思い出す。自分と話しながら、その頭では何も知らない愚かな男だと笑っていたのだろう。

「おのれ……! おのれおのれおのれおのれ! ええい、結社の連中は何をしている! 魔法の復活はまだか……!」

「ヴィンチェスター様」

 焦るヴィンチェスターにガリグレッドは声をかける。この状況を見て、レクタリアの向かった帝都地下で何が行われたのかを察した。

「ガリグレッド……! 結社は何をしている! 魔法の復活はまだか!」

「……結社の者たちですが。城に侵入した6人にやられたみたいです」

「な……は……へ……? な、にを……!」

 ヴィンチェスターとて結社の人間の力は知っている。この目でグナトスの異常な強さも見たのだ。

 その結社の者たちが敗れるなど、到底信じられなかった。

「そ……! それほどの者を……! ウィックリンは隠し持っていたというのか……!?」

 前皇帝とは違い、温厚で争いを嫌うウィックリン。元々軍閥と距離が近かったヴィンチェスターは、武力という面でウィックリンを侮っていた。

 だがその優し気な仮面の下で、強力なカードを手にして笑っていたのだ。

「いや……! その余裕があるからこそ、普段の温い振る舞いをしていたのか……!?」

 基本は温厚だが、それで調子付く者が出ても無理やり黙らせられる事のできるカードを持っていたのだ。

 しかも今の今までその影を微塵も見せてこなかった。カードの切り時をよく分かっていたのだろう。

「私も予想外でした。まさか結社の閃罰者、そして七殺星以上の実力者がそろっていたとは」

 ガリグレッドとしても、黒狼会の実力を見誤っていたという自覚はある。

 今城に侵入している6人は、黒狼会最高幹部の6人だろうと予想できた。そして何より。

(誰も死ぬ事なく、シルヴェラ様を……倒したというのか……!? 魔法の力を取り戻したシルヴェラ様を……!)

 そんな連中が暴れているのだ。自分たちの領兵如きでは、足止めすら務まらないだろう。

 このままでは遠からず、ヴィンチェスターを含む主導者たちは捕えられるに違いない。

(ヴィンチェスター如きどうでもいいが。……せめて最後に嫌がらせをしてやるか)

 ガリグレッドもここで覚悟を決める。元よりシルヴェラがいなくなった時点で、自身の存在意義は失われたも同然だった。

「ヴィンチェスター様。ここは完全に城が押さえられる前に、裏口からお逃げ下さい」

「なに……」

「外にはまだ領軍が控えておりますし、直ぐに後詰めの部隊が帝都近郊に到着します。一度外で体勢を整えるのです」

「だが……!」

「私はヴィンチェスター殿が逃げきれる様に、もう少しここで頑張らせていただきます。テンブルク領軍の指揮を私に代わってお執りください……!」

 ヴィンチェスターなど初めからどうでも良い。その野心を燃えあがらせ、こうして皇族に対する意趣返しをする事ができた。

 予想外だったのは黒狼会の6人。自分が考える以上に、魔法を成長させていた。

「さぁお早く……!」

「く……! お前の忠義、忘れんぞ!」

 そう言うとヴィンチェスターとその取り巻きたちは、奥の扉から駆け足で出て行く。そこには王の錫杖が投げ捨てられていた。

 1人になったガリグレッドはその錫杖を拾い上げる。

「……やれやれ。もっと大事に扱ってほしいものだ」

 その錫杖は遥か昔……ゼルダンシアが王国だった時代から伝わるものだった。

 中心部の水晶には大幻霊石の破片が使われている。魔法が復活すれば、しばらくはアデライアの身体を手に入れたシルヴェラがこの錫杖を用いて、魔法の祝福を行う予定だった。

「もっとも、波動の規模によっては祝福など与える必要もなかったでしょうがね」

 城は一旦取り戻されるだろうが、ヴィンチェスターとルングーザが反乱を起こした事実はもはや消えない。

 ここから内乱が長引き、さらに国を割るほどの戦火となるかは未知数だったが、ガリグレッドとしては今日を起点に帝国各地で内乱が起こって欲しいと考えていた。

「私の最後の嫌がらせですよ。アルグローガの血を引く皇族に対するね……!」




 
 城に入った俺たちは分かれ、それぞれ行動に移る。

 エルヴァールを始めとする軟禁されている貴族の解放及び、クインとディナルドの救出。この2人を救出したら騎士団を動かしてもらい、敵の抵抗をより限定的なものにしていく。

 後は各々目的の貴族を見つけるまで暴れ回るだけだ。

「っらぁ! 俺こそは皇帝陛下の秘密部隊の1人ぃ! さぁ反逆者ヴィンチェスターを出せい!」

 ……何だか仮面を付けてからというもの、少し性格が変わった様な気がする。不思議と気持ちを変に高揚させてくれるというか。なんだ、この仮面は……!

「待てぃ! 俺はテンブルク領の騎士、戦撃の……」

「邪魔だぁ!」

 黒曜腕駆を纏った拳の一撃でダウンさせる。相変わらずまだ腕部しか纏えなかったが、この程度の相手であれば何も問題ない。

 そうして階段を駆け上がり、適当に扉をぶち破いている時だった。広いホールに行き当たり、そこに1人の豪華な服を来た男が立っていた。その手には錫杖が握られている。

「ヴィンチェスター……ではないな。てめぇは誰だ?」

「ふふ……。特徴から見て黒狼会のボス、ヴェルトかな?」

「……! ほぅ……どこの特徴でそう断定した?」

 仮面を付けた俺を、黒狼会のボスだと断定したのはこいつが初めてだ。それにこの状況で焦っている様子も見られない。目にも強い力を感じる。

「私の名はガリグレッド・テンブルク。テンブルク領領主と言えば分かるかな?」

「てめぇが……!」

 ガリグレッド・テンブルク。前にテンブルク領へ行ったアックスから話を聞いた貴族だ。領主としては中々の者という評判だったはず。そして。

「かつて五国会談で、アルグローガに忠誠を誓った王の1人。その末裔か……!」

「ほう。まさか幻魔歴から来た君が、その事を知っているとはね。歴史の勉強は十分している様だ」
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