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波動の見せる世界
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「ばかな……!?」
「ヴェルトが……!」
「おい、お前ぇ! ヴェルトをどうしたぁ!?」
リステルマを降し、ヴェルトを追って部屋へと足を踏み入れたアックスたちだったが、そこでは丁度ヴェルトが細長い光球に放り投げられるところだった。
ヴェルトの姿はそれきり消えたままだ。
「黒狼会の者たちですか。どうやらリステルマも敗れた様ですね」
「答えろ! ヴェルトをどうした!」
全員魔法の力を集中させる。
みんなヴェルトの力は分かっている。個人が振るうものとしては、汎用性も高いし純粋な戦闘力も上位に入る。
そのヴェルトが敗れたという事実は、黒狼会に少なからず衝撃を与えた。
周囲には氷の壁にいくつもの立方体、そして巨大な氷像が立っている。そしてレクタリア自身は無傷。部屋の状況から、フィンはおおよその事態を把握する。
「気を付けて。多分あの像、私たちが戦っていたものの比じゃない……!」
氷像は特に男性っぽくも女性っぽくもない。四肢が生えた塊という印象だ。だが決して気は抜けないと判断する。
「このタイミングで依り代も来ましたか。全ては波動の導きのままに。さぁアデライア。こちらに来るのです。共に次なる世界への扉を開けましょう」
「……! ディアノーラ、姫を連れて下がれ! ここは俺たちが……!」
「きっちり仕留めてやらぁ!」
アックスたちはレクタリア目掛けて駆けだす。だが10体の氷像はそれを迎え討つ様に動く。
その中の2体は部屋の両脇を通ってアックスたちの入ってきた入り口を塞いだ。
「しまった……!」
それは万が一にでもアデライアに逃げられない様にと、レクタリアが手を打ったものだった。
■
「う……」
光球に投げ込まれた俺だったが、意識は失っていなかった。俺はゆっくりと瞳を開ける。
「こ……ここは……!?」
どこかの屋敷……いや。見覚えがある。ここは。
「ヴェルト。お前たちのために新たに家庭教師を雇った。特にお前は次のディグマイヤー家当主だ。しっかり励むのだぞ」
目の前には父上……ダーグレイス・ディグマイヤーが立っていた。その瞳に射貫かれ、俺は思わず頷きを返す。
「は、はい。ありがとうございます、父上」
そうだ。俺はこのディグマイヤー領を背負っていく男だ。剣に勉学と、時期当主として恥ずかしくない実力を身に付けなければ……!
だが剣も勉学もクインには及ばなかった。その内剣もつまらないと感じる様になっていき。俺は当主だからこんなの必要ない、こういうのはクインに必要なことだと拗ねる様になった。
「兄さん。僕、将来強くなって、兄さんの力になるよ! そしてこのディグマイヤー領を一緒に守るんだ!」
クインは俺より優秀な弟だった。俺も拗ねはしたものの、クインを嫌うことはなかった。クインはいつも素直だし、俺にとても懐いていたからだ。
だから俺は、クインの前では特に意識して授業をサボる様にした。
クインが俺よりも優れているのは、俺が本気を出せしていないからだぞ。俺も真面目に取り組めば、お前以上に剣もできるし勉強だってできるんだ。
そういう……子供らしい見栄を張って、高く積みあがったプライドを守っていた。
「……何やってるんだ、俺」
この先に待ち受ける未来も知らないで。この平和で安全な日々がいつまでも続くと疑う事なく、屋敷という小さな世界で物事を完結させている。そうだ、俺は……。
「この時のお前はまるで勉学に励んでおらんかったな。正直な話、何度クインが先に生まれておればと思ったか分からんぞ」
「…………父……上……」
段々思い出してくる。そうだ、俺はレクタリアとの戦いに敗れ。あの不思議な光球の中へと放り込まれたんだ……!
「こ、ここは……!? どうして屋敷に!? それに父上が何故……!?」
「ヴェルトよ。私に何か言う事が……謝る事はないのか?」
父上は怒った様な表情を俺に向けてくる。俺は心の中でいろいろ考えたが、迷いのない視線を父上にぶつけた。
「ない。今日までの生に俺は何一つ後悔はしていないし、人様に胸を張れない生き方をしてきたつもりもない。幼少の頃の怠惰な俺。傭兵として人の死で飯を食っていた俺。商会を運営する俺。全て偽りなく俺自身だし、どれか一つでも欠けていたら今日この日に辿り着いていなかった。反省はする、省みる事もする。だが父上が怒ったところで、俺に謝る事は何もない」
きっぱりと言い切る。ここがあの世だとして。ゼルダンシア帝国を嫌っていた父上からすると、俺の生き方は我慢できるものではないだろう。何せ帝国で商売するばかりか、皇族まで守ろうとしてきたのだから。
だがそうなったのも、全て今日までの行動と選択の結果だ。既に選んだ結果について、今さらあの時ああしていれば良かった……なんて考えるだけ無駄だし、それは過去の自分を否定する事になる。
ならば今、選んだ結果をより良い未来にするため、俺は常に考えるのを止めない。
「……はぁ。私は悲しいぞ。仇敵であるローブレイト家を放置し、軟弱王であるランダイン・ルングーザも生きているのだからな。そして今や息子たちは帝国貴族で、お前は帝都でのうのうと商売をしている」
「…………」
「……だが。立派になったな。こうしてお前の成長した姿が見れて、私はうれしいぞ」
「父上……」
父上は俺の肩を力強く叩く。その眼には薄く涙が浮かんでいた。
「私はお前に……お前たちに謝りたかったのだ。あの時、私は冷静さを欠いていた。結果としてお前たちを危険な目に合わせてしまった。当主としてあるまじき行動だっただろう」
「そんな……」
父上と屋敷の中をゆっくりと歩く。本当に……記憶にある屋敷そのままだ。
「父上。ここはあの世なのか? 俺は死んだのか……? それにどうして成長した俺を見て、自分の息子だと判断できたんだ?」
「落ち着け。お前の事はある方から聞いていたのだ」
「ある方……?」
そう言うと父上は部屋の扉を開ける。そこにはローガがドカッとソファに座っていた。
「ろ……ローガ!?」
「おうヴェルト! 元気そうだな!」
「ど、どうしてここに!?」
訳が分からない。だがローガが懐かしい笑みを浮かべながら立ち上がる。
「…………!?」
次の瞬間。俺は森の中で立っていた。目の前には女性の死体、そして俺の手には血で濡れた長剣。
そうだ、これは……俺が初めて人を殺した時の事だ。
「……ミーシャ。俺は……」
女性の名はミーシャ。群狼武風が駐在していた村に住んでいた女の子だ。
群狼武風はもう半年ほどこの村に滞在していた。当時はまだ人数もそこまで多くなかったので、村の規模でも滞在できていたのだ。
そこで俺は村の女の子……ミーシャと仲良くなった。歳が近かったという事もある。互いに意識しだし、好きになるまでも早かった。思えば恋愛感情を抱いた女は、後にも先にもミーシャだけだろう。
群狼武風がその村を拠点にしていたのは、当時戦っていた貴族領に一番近い村だったからだ。
群狼武風はその時、普段は村を拠点に領地を守りつつ、時に正規軍に合流して敵領に攻め込んでいた。
俺はまだ戦場に立った事はなく、いつも戦場に出るみんなを見送っていた。
だがある日。みんな大怪我をして村へと戻ってくる。その日は死んだ奴も普段より多かった。
「そうだ……そしてこの時から疑問を抱くようになったんだ……」
群狼武風が強いという事は、側で見てきた俺がよく分かっている。そこらの傭兵団や賊とは違うのだ。
だがこの村に滞在する様になってからというもの、群狼武風の戦績は芳しくなかった。
そこまで敵が強いとは思えない。疑問を感じ、みんなに話を聞いたところ、敵はよく待ち伏せをしているとの事だった。
「……おかしい」
待ち伏せがやたらうまい敵という情報だけだったら、俺は指揮官が優秀なんだろうと思うにとどまっていただろう。
だがある日、群狼武風が所持している金の計算が合わない事に気付く。
この時の群狼武風はまだ小規模であり、会計係などは抱えていなかった。読み書き計算のできる俺がたまに会計の真似事をしていたくらいだ。
小さな違和感はいくつも積みあがっていく。そして俺の脳裏には嫌な予感が浮かんでいた。
まさかと思いつつ俺はローガにある提案をする。村で行う作戦会議はでたらめに話し、ちゃんとした会議は村から離れて行ってほしいと。
そしてその次の戦闘では、群狼武風の快勝に終わった。
「おいヴェルト。こりゃどういうことだ?」
「……多分この村は」
村まるごと敵領の工作員。そう断定し、その日からそれを逆手にとって敵に誤情報を流していく。
「元々他にも違和感があったんだ。敵領に近く、こうして傭兵団が駐留しているのに、どうしてここを襲撃しないのか。他にもおかしな点はあった」
そしてある程度戦の決着が着いた時。群狼武風は村人に対して報復に出た。
これまで村人の工作のおかげで何人もの仲間が死んでいたのだ、団員たちの怒りはローガも抑えきれなかった。そして俺も剣を渡される。
「ヴェルトォ! お前、いつまで無駄飯食っているつもりだぁ!?」
「相手は村人だ、お前でもやれんだろぉ!?」
「こういう時くらい役にたて!」
逃げる村人を追って、俺は森の中へと分け入る。そこでミーシャを見つけた。見つけてしまった。
「……この時、何を話したんだったか」
俺は何か甘いことを言っていたと思う。だがミーシャは終始罵詈雑言の言葉を俺に浴びせていた。それに群狼武風の金を奪っていたのも実はミーシャだったのだ。
「今思えば。ミーシャも親から言われてやっていたのかもしれないけど」
だが死んだ仲間の中には、俺によくしてくれた人たちもいたし、中には兄貴と慕っていた人もいた。かたき討ちという気持ちは、俺の中にもあったのだ。
そうして俺はそこでミーシャを殺し。以降、群狼武風の一員として戦場を駆ける事になる。
「お前には嫌な思いをさせたな。俺には後悔が多いが。この時の出来事も、その内の1つだ」
「ローガ……」
だがこの出来事があったから、俺は傭兵として生きていこうと踏ん切りがついた。それにローガのために戦えることにも誇りを感じていた。
「正直、お前がどうしようもないモヤシ野郎ならどっかの村に預けてお別れだったんだ。だがお前はよく身体を鍛え、強さに対して貪欲だった。実際、戦場に立つ前から剣の腕は相当だったしな。戦士としての才覚を感じて、手放すに手放せなくなったんだ」
この時は強くなる理由と環境がそろっていたからな。もう二度と悔しい思いはしたくなかったんだ。
「どうだ、元気でやってるか?」
「……ああ。あの後、シャノーラ殿下に……」
「元の時代に帰してもらったんだろ? 本人から聞いたぜ」
「そうか……」
ローガには帝都での出来事を話す。黒狼会を立ち上げたこと。そして今もみんなでローガの夢を追いかけていることを。
「言い切る前に死ぬんだもんな。結局ローガの夢ってなんなんだよ」
「あん? いや、あの時は死にそうだったから言おうと思ったんだがよぉ。今話すのは恥ずいわ!」
「なんだそりゃ……」
結局教えてくれないのかよ。
「あんたとシャノーラの間に生まれた子は、今もその血を繋いでいるぜ」
「おう、らしいな! しかも大帝国の礎を築いたって言うじゃねぇか! がはは、さすが俺の息子だ!」
ここがあの世だとすると。もしかしたらローガはここでアルグローガと会ったのかもな。
「……なぁ。やっぱり俺は死んだのか? ここはあの世なんだろ?」
その時、また景色が変わる。場所は再びディグマイヤー家の屋敷になっていた。
部屋の中にはローガに父上、それにアランとローグルもいる。父上は俺に視線を合わせながら静かに頷いた。
「ここは魂の河岸。いつか誰もが辿り着く場所。そして記憶の残滓が集う世界」
「魂の……河岸……?」
「そう。波動によって存在を捉えられた人が、その情報を処理するための空間。意思を持った思い出の残滓とでも表現できるかな?」
不意に部屋に響く女性の声。振り向くとそこには見覚えのない女性が立っていた。
「ようこそヴェルト。私の名はアディリス。かつて三女神とか言って、人種に崇められていた女の1人さ」
「ヴェルトが……!」
「おい、お前ぇ! ヴェルトをどうしたぁ!?」
リステルマを降し、ヴェルトを追って部屋へと足を踏み入れたアックスたちだったが、そこでは丁度ヴェルトが細長い光球に放り投げられるところだった。
ヴェルトの姿はそれきり消えたままだ。
「黒狼会の者たちですか。どうやらリステルマも敗れた様ですね」
「答えろ! ヴェルトをどうした!」
全員魔法の力を集中させる。
みんなヴェルトの力は分かっている。個人が振るうものとしては、汎用性も高いし純粋な戦闘力も上位に入る。
そのヴェルトが敗れたという事実は、黒狼会に少なからず衝撃を与えた。
周囲には氷の壁にいくつもの立方体、そして巨大な氷像が立っている。そしてレクタリア自身は無傷。部屋の状況から、フィンはおおよその事態を把握する。
「気を付けて。多分あの像、私たちが戦っていたものの比じゃない……!」
氷像は特に男性っぽくも女性っぽくもない。四肢が生えた塊という印象だ。だが決して気は抜けないと判断する。
「このタイミングで依り代も来ましたか。全ては波動の導きのままに。さぁアデライア。こちらに来るのです。共に次なる世界への扉を開けましょう」
「……! ディアノーラ、姫を連れて下がれ! ここは俺たちが……!」
「きっちり仕留めてやらぁ!」
アックスたちはレクタリア目掛けて駆けだす。だが10体の氷像はそれを迎え討つ様に動く。
その中の2体は部屋の両脇を通ってアックスたちの入ってきた入り口を塞いだ。
「しまった……!」
それは万が一にでもアデライアに逃げられない様にと、レクタリアが手を打ったものだった。
■
「う……」
光球に投げ込まれた俺だったが、意識は失っていなかった。俺はゆっくりと瞳を開ける。
「こ……ここは……!?」
どこかの屋敷……いや。見覚えがある。ここは。
「ヴェルト。お前たちのために新たに家庭教師を雇った。特にお前は次のディグマイヤー家当主だ。しっかり励むのだぞ」
目の前には父上……ダーグレイス・ディグマイヤーが立っていた。その瞳に射貫かれ、俺は思わず頷きを返す。
「は、はい。ありがとうございます、父上」
そうだ。俺はこのディグマイヤー領を背負っていく男だ。剣に勉学と、時期当主として恥ずかしくない実力を身に付けなければ……!
だが剣も勉学もクインには及ばなかった。その内剣もつまらないと感じる様になっていき。俺は当主だからこんなの必要ない、こういうのはクインに必要なことだと拗ねる様になった。
「兄さん。僕、将来強くなって、兄さんの力になるよ! そしてこのディグマイヤー領を一緒に守るんだ!」
クインは俺より優秀な弟だった。俺も拗ねはしたものの、クインを嫌うことはなかった。クインはいつも素直だし、俺にとても懐いていたからだ。
だから俺は、クインの前では特に意識して授業をサボる様にした。
クインが俺よりも優れているのは、俺が本気を出せしていないからだぞ。俺も真面目に取り組めば、お前以上に剣もできるし勉強だってできるんだ。
そういう……子供らしい見栄を張って、高く積みあがったプライドを守っていた。
「……何やってるんだ、俺」
この先に待ち受ける未来も知らないで。この平和で安全な日々がいつまでも続くと疑う事なく、屋敷という小さな世界で物事を完結させている。そうだ、俺は……。
「この時のお前はまるで勉学に励んでおらんかったな。正直な話、何度クインが先に生まれておればと思ったか分からんぞ」
「…………父……上……」
段々思い出してくる。そうだ、俺はレクタリアとの戦いに敗れ。あの不思議な光球の中へと放り込まれたんだ……!
「こ、ここは……!? どうして屋敷に!? それに父上が何故……!?」
「ヴェルトよ。私に何か言う事が……謝る事はないのか?」
父上は怒った様な表情を俺に向けてくる。俺は心の中でいろいろ考えたが、迷いのない視線を父上にぶつけた。
「ない。今日までの生に俺は何一つ後悔はしていないし、人様に胸を張れない生き方をしてきたつもりもない。幼少の頃の怠惰な俺。傭兵として人の死で飯を食っていた俺。商会を運営する俺。全て偽りなく俺自身だし、どれか一つでも欠けていたら今日この日に辿り着いていなかった。反省はする、省みる事もする。だが父上が怒ったところで、俺に謝る事は何もない」
きっぱりと言い切る。ここがあの世だとして。ゼルダンシア帝国を嫌っていた父上からすると、俺の生き方は我慢できるものではないだろう。何せ帝国で商売するばかりか、皇族まで守ろうとしてきたのだから。
だがそうなったのも、全て今日までの行動と選択の結果だ。既に選んだ結果について、今さらあの時ああしていれば良かった……なんて考えるだけ無駄だし、それは過去の自分を否定する事になる。
ならば今、選んだ結果をより良い未来にするため、俺は常に考えるのを止めない。
「……はぁ。私は悲しいぞ。仇敵であるローブレイト家を放置し、軟弱王であるランダイン・ルングーザも生きているのだからな。そして今や息子たちは帝国貴族で、お前は帝都でのうのうと商売をしている」
「…………」
「……だが。立派になったな。こうしてお前の成長した姿が見れて、私はうれしいぞ」
「父上……」
父上は俺の肩を力強く叩く。その眼には薄く涙が浮かんでいた。
「私はお前に……お前たちに謝りたかったのだ。あの時、私は冷静さを欠いていた。結果としてお前たちを危険な目に合わせてしまった。当主としてあるまじき行動だっただろう」
「そんな……」
父上と屋敷の中をゆっくりと歩く。本当に……記憶にある屋敷そのままだ。
「父上。ここはあの世なのか? 俺は死んだのか……? それにどうして成長した俺を見て、自分の息子だと判断できたんだ?」
「落ち着け。お前の事はある方から聞いていたのだ」
「ある方……?」
そう言うと父上は部屋の扉を開ける。そこにはローガがドカッとソファに座っていた。
「ろ……ローガ!?」
「おうヴェルト! 元気そうだな!」
「ど、どうしてここに!?」
訳が分からない。だがローガが懐かしい笑みを浮かべながら立ち上がる。
「…………!?」
次の瞬間。俺は森の中で立っていた。目の前には女性の死体、そして俺の手には血で濡れた長剣。
そうだ、これは……俺が初めて人を殺した時の事だ。
「……ミーシャ。俺は……」
女性の名はミーシャ。群狼武風が駐在していた村に住んでいた女の子だ。
群狼武風はもう半年ほどこの村に滞在していた。当時はまだ人数もそこまで多くなかったので、村の規模でも滞在できていたのだ。
そこで俺は村の女の子……ミーシャと仲良くなった。歳が近かったという事もある。互いに意識しだし、好きになるまでも早かった。思えば恋愛感情を抱いた女は、後にも先にもミーシャだけだろう。
群狼武風がその村を拠点にしていたのは、当時戦っていた貴族領に一番近い村だったからだ。
群狼武風はその時、普段は村を拠点に領地を守りつつ、時に正規軍に合流して敵領に攻め込んでいた。
俺はまだ戦場に立った事はなく、いつも戦場に出るみんなを見送っていた。
だがある日。みんな大怪我をして村へと戻ってくる。その日は死んだ奴も普段より多かった。
「そうだ……そしてこの時から疑問を抱くようになったんだ……」
群狼武風が強いという事は、側で見てきた俺がよく分かっている。そこらの傭兵団や賊とは違うのだ。
だがこの村に滞在する様になってからというもの、群狼武風の戦績は芳しくなかった。
そこまで敵が強いとは思えない。疑問を感じ、みんなに話を聞いたところ、敵はよく待ち伏せをしているとの事だった。
「……おかしい」
待ち伏せがやたらうまい敵という情報だけだったら、俺は指揮官が優秀なんだろうと思うにとどまっていただろう。
だがある日、群狼武風が所持している金の計算が合わない事に気付く。
この時の群狼武風はまだ小規模であり、会計係などは抱えていなかった。読み書き計算のできる俺がたまに会計の真似事をしていたくらいだ。
小さな違和感はいくつも積みあがっていく。そして俺の脳裏には嫌な予感が浮かんでいた。
まさかと思いつつ俺はローガにある提案をする。村で行う作戦会議はでたらめに話し、ちゃんとした会議は村から離れて行ってほしいと。
そしてその次の戦闘では、群狼武風の快勝に終わった。
「おいヴェルト。こりゃどういうことだ?」
「……多分この村は」
村まるごと敵領の工作員。そう断定し、その日からそれを逆手にとって敵に誤情報を流していく。
「元々他にも違和感があったんだ。敵領に近く、こうして傭兵団が駐留しているのに、どうしてここを襲撃しないのか。他にもおかしな点はあった」
そしてある程度戦の決着が着いた時。群狼武風は村人に対して報復に出た。
これまで村人の工作のおかげで何人もの仲間が死んでいたのだ、団員たちの怒りはローガも抑えきれなかった。そして俺も剣を渡される。
「ヴェルトォ! お前、いつまで無駄飯食っているつもりだぁ!?」
「相手は村人だ、お前でもやれんだろぉ!?」
「こういう時くらい役にたて!」
逃げる村人を追って、俺は森の中へと分け入る。そこでミーシャを見つけた。見つけてしまった。
「……この時、何を話したんだったか」
俺は何か甘いことを言っていたと思う。だがミーシャは終始罵詈雑言の言葉を俺に浴びせていた。それに群狼武風の金を奪っていたのも実はミーシャだったのだ。
「今思えば。ミーシャも親から言われてやっていたのかもしれないけど」
だが死んだ仲間の中には、俺によくしてくれた人たちもいたし、中には兄貴と慕っていた人もいた。かたき討ちという気持ちは、俺の中にもあったのだ。
そうして俺はそこでミーシャを殺し。以降、群狼武風の一員として戦場を駆ける事になる。
「お前には嫌な思いをさせたな。俺には後悔が多いが。この時の出来事も、その内の1つだ」
「ローガ……」
だがこの出来事があったから、俺は傭兵として生きていこうと踏ん切りがついた。それにローガのために戦えることにも誇りを感じていた。
「正直、お前がどうしようもないモヤシ野郎ならどっかの村に預けてお別れだったんだ。だがお前はよく身体を鍛え、強さに対して貪欲だった。実際、戦場に立つ前から剣の腕は相当だったしな。戦士としての才覚を感じて、手放すに手放せなくなったんだ」
この時は強くなる理由と環境がそろっていたからな。もう二度と悔しい思いはしたくなかったんだ。
「どうだ、元気でやってるか?」
「……ああ。あの後、シャノーラ殿下に……」
「元の時代に帰してもらったんだろ? 本人から聞いたぜ」
「そうか……」
ローガには帝都での出来事を話す。黒狼会を立ち上げたこと。そして今もみんなでローガの夢を追いかけていることを。
「言い切る前に死ぬんだもんな。結局ローガの夢ってなんなんだよ」
「あん? いや、あの時は死にそうだったから言おうと思ったんだがよぉ。今話すのは恥ずいわ!」
「なんだそりゃ……」
結局教えてくれないのかよ。
「あんたとシャノーラの間に生まれた子は、今もその血を繋いでいるぜ」
「おう、らしいな! しかも大帝国の礎を築いたって言うじゃねぇか! がはは、さすが俺の息子だ!」
ここがあの世だとすると。もしかしたらローガはここでアルグローガと会ったのかもな。
「……なぁ。やっぱり俺は死んだのか? ここはあの世なんだろ?」
その時、また景色が変わる。場所は再びディグマイヤー家の屋敷になっていた。
部屋の中にはローガに父上、それにアランとローグルもいる。父上は俺に視線を合わせながら静かに頷いた。
「ここは魂の河岸。いつか誰もが辿り着く場所。そして記憶の残滓が集う世界」
「魂の……河岸……?」
「そう。波動によって存在を捉えられた人が、その情報を処理するための空間。意思を持った思い出の残滓とでも表現できるかな?」
不意に部屋に響く女性の声。振り向くとそこには見覚えのない女性が立っていた。
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どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
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蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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