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大聖堂の戦い

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 連日の獣騒ぎに対して、リリアーナはいつも屋敷で待機していた。

 エル=グナーデとの戦いを黒狼会だけに任せるのは憚られたので、何度か自分も現場に行くとヴェルトに言った事がある。

 しかしリリアーナが獣相手に立ち回ろうとすると、流聖剣ロンダーヴの使用は必須だ。さすがに不思議武具を街中で振り回すのはどうかという事で、リリアーナは有事の時の遊撃戦力として温存されていた。

 しかしこの日、フィンからヴェルトが貴族院へと向かったと聞き、自身も向かう事を決意する。

「エル=グナーデが仕掛けてくるとしたら、おそらくもうそろそろのはず……! そうなれば貴族院には確実に姿を現す……!」

 いつまでも居候として屋敷に閉じこもっているというのは、リリアーナからするとあり得ない話だった。

 そうしてヴェルトの後を追って貴族街へと向かっていたのだが、その途中で騒ぎを聞きつける。それは貴族街の中に現れた獣や怪人が原因だった。

「やっぱり……! 狙いは貴族院のアデライアね……!」

 ここまでは貴族院へ向かっていたヴェルトも分かっていた。

 しかしヴェルトは目の前の獣に襲われる人たちを無視できなかったのに対し、リリアーナは迷いなく貴族院へと駆けた。

 どちらが正しい正しくないというより、帝国に対する向き合い方の違いが出た点だろう。

 そうして混乱が広がる貴族街を駆け抜け、貴族院に着いた時。リリアーナは確かに閃罰者の気配を感じていた。

「…………っ!」

 嫌な予感を感じながらも敷地内へと足を踏み入れる。そして戦闘音と気配を感じ、その方向へと走った。

「あそこ……!」

 敷地内において、一際大きな建物が見える。その入り口の前では、覇乱轟の4人が血を流して倒れていた。

 破壊された扉の奥には、今まさに戦っている騎士たちとディアノーラの姿が見える。 

「はっ!」

「くぅ……!」

 騎士たちの何人かは倒れていたが、エル=グナーデの戦闘員も2人が既に床に伏せていた。

 リリアーナも駆けながら流聖剣ロンダーヴを取り出す。意図せず挟撃という形になり、リリアーナは背後からリニアスに向けて剣を振るった。

「はぁ!」

「な……!」

 突然の事にリニアスは驚いた表情を作るが、その身体をリリアーナに向けると胸元で光るペンダントに軽く触れる。その瞬間、リニアスの目の前に不可視の障壁が展開された。

 障壁はリリアーナの振るった流聖剣ロンダーヴの金属片を完璧に防ぎきって見せる。

「お前……第八獅徒のリリアーナかい!」

「そういうあなたはリニアス……! この裏切り者……!」

 大聖堂の中はめちゃくちゃになっていた。各所に備え付けられていた机や椅子は大きく損壊し、中心部には巨大な穴まで開いている。

 予想していなかった援軍の到着に、ディアノーラは声をあげた。

「リリアーナ殿! 来てくれたか!」

「ディアノーラ……! 気を付けて、そいつは元エル=ダブラスの第三獅徒! 断壁のリニアスよ! 高熱のチェーンウィップ、灼閃鞭 《アレクルト》と障壁を展開する絶空断 《ハーティア》、エルクォーツの組み込まれた2つの武具の使い手よ!」

 やはり結社はこのタイミングで仕掛けてきた。その場に居合わせた幸運にリリアーナは心の中で感謝を捧げる。

「はぁ、めんどくさ。アルフォース家の剣士も思っていた以上にやるし、私もそろそろルードの後を追いかけたいところなのに……」

 リニアスの口から出てきた人名に、リリアーナは両目を見開く。

「ルード……! 七殺星の頂点にして閃刺鉄鷲の長、その1人……!」

 壊腕のルードの事はリリアーナも知っていた。

 常人はエルクォーツ2つ宿すのが限界だ。リニアスはその2つを用いて2つの特殊武具を操るが、ルードは2つのエルクォーツで身体能力を強化している使い手だった。

 特殊な能力は持たないが、自身も常に鍛えているため、中途半端な能力持ちよりも単純に強い。

 実際、暗殺組織のボスなのに、1対1では獅徒の誰よりも戦闘力が高いと判断されていた。

 そのルードとリニアスの2人がそろって貴族院に来ている。エル=グナーデがどれほどアデライアに注力しているのかがよく理解できた。

 ディアノーラは焦りを隠さない声色で叫ぶ。

「アデライア様はルードにさらわれた……! あいつは部屋の中心部に大穴を開け、そこからアデライア様を連れて地下へと行ったのだ……!」

「……! 既に目的は果たされていたって訳ね……! で、あなたはリニアスに足を止められていたと!」

 巨大な穴はルードがその異常な腕力で開けたもの。

 だがその先に広がる地下空間に降りて行ったという事は、あらかじめそこが別の場所に繋がっていると知っていたのだろう。

「分かったわ! ディアノーラ、あなたは先に行って! リニアスは……! 私が相手する!」

「……! かたじけない、リリアーナ殿! リーンハルト、すまないが……!」

「分かってる! 行ってくれ!」

 ディアノーラは後退し、穴の中へと入って行く。その様子を見てリニアスは溜息を吐いた。

「あら。行ってしまったわね」

「……随分余裕じゃない?」

「まぁね。あの小娘が行ったところで、ルードに勝てる訳ないでしょ?」

 それはリリアーナにも分かっていた。だがその足を止められる可能性はある。

 ここでリニアスを素早く撃破し、自分が追い付けば。2対1でルードと戦えるかもしれないのだ。

(……というか、ヴェルトはどこで何してるのよ!? 貴族院に向かったんじゃないの!?)

 後から追いかけてきた自分の方が何故早く到着しているのか。疑問ではあったが、今は余計な事に思考を割いている場合ではない。

 リリアーナは流聖剣のコントロールに意識を向けながら、もう一つのエルクォーツで自身の身体能力も強化していく。

「あら? やる気ね、リリアーナ。でもあなたと私では実力差が明らかだと思うけど?」

「言ってなさい……! ロンダーヴよ!」

 リリアーナは流聖剣ロンダーヴを再びリニアスに向けて放つ。

 無数の金属片が迫る中、リニアスは落ち着いて障壁を展開させる。しかし金属片はリニアスの真横を通過し、その奥にいた結社の戦闘員に襲い掛かった。

「ぐぎゃあああ!」

「!?」

 戦闘員の1人はまともに金属片による攻撃を受けてしまい、その場に倒れる。初めからリリアーナの狙いはこっちであった。

 エル=グナーデの戦闘員の多くは、エルクォーツが1つ埋め込まれている。騎士といえど常人では手ごわい相手だ。

 まずは少しでもその数を減らし、騎士の負担を軽くする。

 最終的にリニアスがリリアーナだけではなく、多数の騎士にも意識を向けざるを得なくなれば、ロンダーヴを当てる隙も生まれるはず。そう考えての行動だった。

「ふぅん、そういうコト。1対1では私に敵わないって分かっているんだ」

「うるさい……!」

 師徒の番号は戦闘能力だけで判断される訳ではない。だがかつての第一獅徒と第二獅徒、それに第三獅徒の三人は特に高い戦闘能力を有していた。

 そしてリリアーナの獅徒としての経歴が浅いのは事実。だがこの数年、エル=グナーデに抗するために力を磨いてきた事実に変わりはない。

 リリアーナはエル=グナーデの戦闘員たちを巻き込みつつ、リニアスにロンダーヴを振るう。しかしリニアスの障壁を破る事はできなかった。

「生意気な小娘ね……!」

 リニアスも高熱のチェーンウィップである灼閃鞭 《アレクルト》を振るう。

 一度でもその鞭に打たれると、生身では熱したナイフでバターを斬る様に、簡単に切断されてしまう。対抗するには対熱素材の防具で身を固める必要がある。

「くぅ……!」

 だがリリアーナはそんな防具など身に付けていない。咄嗟に躱すが、リリアーナの背後にある椅子や柱は大きく切り裂かれていた。

 そんな人知の理解を超えた武具を振るう戦いを目にしながら、リーンハルトも仲間たちと協力しながら残った戦闘員と戦いを繰り広げる。

「はあああああ!!」

 相手は確かに強い。1対1では負けていただろう。

 だが騎士は常に連携を意識した訓練を積んでいるし、協力しながらでなければ勝てない相手だという事は分かっている。

 この場を任せてくれたディアノーラのためにも、リーンハルトは決意と覚悟を乗せた剣を振るう。

「がはぁ! ば、かな……!」

 肉体がリーンハルトの思いに応え、相手の攻撃よりも僅かに早く当てる事ができた。

 これで戦闘員は全員片付いた。残りはリニアスのみ。そう考え、身体をリニアスに向けようとしたところで。

「危ない!」

 仲間の騎士が突然リーンハルトを突き飛ばす。

 姿勢を崩して倒れ込むが、そんなリーンハルトの目に映ったのは、胴体を切断された仲間の姿だった。

「…………!」
「……あら。2人まとめて仕留めるつもりで振るったのだけど」

 声のした方に視線を向ける。そこにはリリアーナの方には障壁を展開させつつ、自分たちに向かって鞭を振り抜いたリニアスが立っていた。

「……! そ、んな……!」

「リニアス……! よくも……!」

「あなたも私の仲間をやったでしょう? 戦場にそういう感情を持ち込むの、やめてくれる?」

 リニアスは諭す様に、かつ呆れを隠さない声色で話す。だがこれに答えたのは別の男の声だった。

「そういう訳にはいかないな。戦いの場は常にいろんな感情で溢れている。そして感情と感情のぶつかり合いを否定した戦闘は、虐殺行為と大差ない」

 新たに現れた声の主。その男は部屋の入り口に立っていた。

 そしてリーンハルトはその男をよく知っていた。

「ヴェルトさん……!」
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