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嵐の前の静けさ エル=グナーデ総裁 レクタリア

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 エルヴァールの計らいで貴族院へ訪ねた翌日から、黒狼会は毎日貴族院へ衛士として派遣していた。

 誰が行くかはその時々によって変えている。だが俺たち6人だけではなく、時には覇乱轟の様な武闘派連中も向かわせていた。

 貴族と直接話す機会もほとんどないし、そこまで礼節を求められない環境だというのが大きい。そうでなくては、また俺とロイばかりが出向く事になってしまう。

 また帝都では本格的に黒狼会と影狼の住み分けが進んでいた。暴力を背景にしつつ、貴族とも取引のある商会として黒狼会が。

 そして犯罪者集団や旧来の裏組織のまとめ役としては影狼が。こうして両組織はそれぞれ台頭していた。

 黒狼会と影狼は一見対立している様にも見えるが、裏ではしっかりと手を握っている。当初の予定通り、アングラな世界でしか生きていけない様な連中は影狼に集めている。

 たまにいるどうしようもない犯罪者は、影狼と連携をとりながら騎士団に捕まえさせていた。冥狼が仕切っていた時に比べると、いくらか治安もマシになっているだろう。

 もっとも、これだけの人口だ。犯罪者なんて毎日いくらでも湧いて出てくるし、その全てがコントロールできる訳ではないのだが。

「ねぇヴェルト」

「ん?」

 呼ばれて視線を向けると、リリアーナが近くまで来ていた。

「この数ヶ月、平和ね」

「そうだな……どうしても相手の出方次第な部分が大きいからな。お前のとこの結社は何も言っていないのか?」

「定期的な連絡はとっているけど……」

 現場に派遣されている結社エル=ダブラスの戦闘員はリリアーナのみだ。だいぶ人数が少なくなったと話していたし、仕方がない部分もあるのだろう。

 それに総主とやらはフェルグレット聖王国王族の血筋との事だし、ある程度護衛にも戦力が割かれているはずだ。

「俺たちの事について、何か言っていただろ?」

「私も何か反応があると思っていたんだけど。それが何もないのよね……」

「何も?」

「うん。なにも」

 興味がない……という訳ではないよな。少なくとも驚きなり疑いなり関心は向けてくるかと思ったんだが。

 ま、面倒がないのであれば何でも構わないか。

「ヴェルトは今、何しているの? 衛士の派遣に結社に対する備えとか、いろいろ考えているとは思うんだけど……」

「ああ……今は帝都南部の商業区と、城壁外西部に新しく出店する店の届け出について、いろいろ資料をまとめているところでな……」

「え……」

 城壁外西部には新たに倉庫管理の商会を立ち上げ、酒類の管理配送業務などを一任させる。取引先とスムーズなやり取りを進めるのと同時に、在庫管理の効率化を狙ってのことだ。これが上手く機能すれば、城壁内でも同じ様に展開させる。

 これは規模の大きくなった黒狼会を、より効率的にミスなく運営していくためダグドが発案したものだ。本当にあいつは役に立つ。

 そして帝都南部には新たに大衆居酒屋を立ち上げる。黒狼会はお姉ちゃんがいる様な店とも取引は多いが、そういう系統の店ではない。純粋に仕事終わりに軽く立ち寄れる店だ。

 これまで黒狼会は自らこうした商いをするのは最低限にしていたが、最近は積極的にその経営規模を拡大していた。

 噂を聞きつけて黒狼会で働きたいという者が増えたのと、俺自身この帝都で新たな雇用を産出したいと思ったからだ。

 それに新たに黒狼会に入った者の中には、肉体労働だけではなくある程度学のある者もいた。これにはライルズさんの紹介で知り合った商人の子たちが含まれている影響もある。

 それにいくらか健康な奴隷を買ったのも大きい。彼らは購入金額といくらかの費用を上乗せした分を稼ぐまでは無給で働いてもらうが、以降はちゃんと従業員として雇いなおす。

 数年かかるが、その頃には仕事に対するノウハウも身に付けているからな。黒狼会としても一から金をかけて人を育てるという手間を省けるのだ。

 こうした大胆な人員の増加も、帝都での影響力が強くなった黒狼会ならではの事だった。

「かつての傭兵が、帝都で真っ当な商いをしているなんて……」

「お前とは初対面の時から、黒狼会は真っ当な商会だったがな。少しでも帝都の発展や庶民の役に立てるなら、それで構わん」

「そういう思いきりがあるから、暴力組織としても商会としても短期間で大きく成長したのかしら……」

 一理あるかもな。無駄に稼いだ金をため込むという様な事はしていないし。それに商いで失敗しても、また最初の頃の様に暴力を背景とする裏組織になるだけだ。

 もっとも、今は増えた従業員の雇用を守るためにも下手なバクチを打つつもりはないが。

「そういえば。最近ロイとあの女騎士。ちょっといい雰囲気じゃない?」

「アリゼルダの事だな」

 アリゼルダもエルセマー領から帰ってからというもの、ヴィローラと黒狼会の橋渡し役として何度か屋敷を訪ねてきていた。この辺りはロイに一任し、その対応のほとんどを任せている。

「相手は貴族だが、さてどうなるか……」

「ほっといてもいい訳?」

「ああ。群狼武風は誰もが天涯孤独みたいな奴らの集まりだったが。黒狼会は群狼武風とは違うし、何より時代も時代だ。みんなの好きにやらせるさ」

「ふーん……」

 まとまるべき時はきっちりと結束するし、特に俺が気にするところではないだろう。

「お前も今のうちに遊んでおけよ。いずれ結社は仕掛けてくるからな」

「……来ると思ってるんだ?」

「当たり前だろう。貴族を使って魔法の研究だなんて言っているが、時間稼ぎが見え見えだ。しかもどういう準備を整えているのか、その気配を掴ませない。怪しいにもほどがある」

 連絡がつかなくなった情報部の件もあるしな。問題はいつ動くのか……という事だが。これは分からないな……。

「……と。そろそろリーンハルトが訪ねてくる時間だな」

「あの子もよく来る様になったね」

「叔父としては嬉しい限りだ」

 リーンハルトもよく顔を見せる様になった。要件は剣の稽古と、クインとの橋渡し役だ。こうして黒狼会は、騎士団や貴族と綿密なやり取りを繰り返していた。
 



 
 帝国には大領主と呼ばれる貴族が幾人かいるが、その中でも代表格は帝国四公と呼ばれている。

 かつて五国会談において、アルグローガに忠誠を誓った4人の王族たち。彼らの血筋が帝国を代表する四大領主として、今も皇帝に仕えている。テンブルク領はその四大領主の一角として名を連ねていた。

「おお……こうしてお目にかかれるのはいつぶりでしょう……」

「久しいですね、ジョナード。……いえ、今はガリグレッドでしたか」

 テンブルク領の領主であるガリグレッド。彼は結社エル=グナーデの総裁であるレクタリアと顔を合わせていた。

「依り代の件は聞いております。なかなか想定外の事が起こったようで……」

「はい。今の時代では本来あり得るはずのない、完璧な依り代。早い段階で手に入っていれば、苦労はなかったのですが……」

「七殺星に閃罰者。彼らの力をもってしても勝てなかったという黒狼会。その情報はこの数ヶ月で可能な限り集めております」

 レクタリアはその赤い片目で、渡された資料にさっと目を通す。そして結論を出した。

「……間違いないですね。本物でしょう」

「なんと……まさか……」

「そうであれば今の時代に、ゼルダンシアの地で依り代が発現したことに説明ができます。ですが気になるのは、どうやってこの時代に迷い込んだのか……です」

「それについても気になる噂を聞きました」

 そう言うとガリグレッドはレクタリアに対し、皇族と一部の貴族が知る情報を話す。それはシャノーラ王女と6人の群狼武風の伝説についてだった。

「特に秘されている話ではないので、中央貴族や皇族と距離の近い騎士なんかはよく知っている様です。それが仇となって、私は今回調べるまで知り得なかったのですが」

「未来に送られた6人の群狼武風に、黒狼会の6人……時同じくして発現した依り代……そういう事ですか」

 レクタリアはガリグレッドの話を聞き、どうして今になってゼルダンシアの血筋に依り代……アデライアが生まれたのかを理解した。同時に目だけを細めて静かに笑う。

「ふふ……まさかこうして時を超えた贈り物をいただけるとは。おかげで扉を開く手間も省けるというものです」

「依り代に関しては僥倖でしたな。しかし反面、黒狼会という障害も現れました。彼らは既に、皇族を含む一部貴族と関係ができております。おそらく……」

「黒狼会幹部の正体は、今の世に魔法を使う群狼武風。皇族にはもう知られていると」

「はい。そしてこれまであからさまに依り代を狙い過ぎました。相当な警戒をしているでしょう」

 結果論ではあるが、ここは唯一のミスであるとガリグレッドは考えていた。

 だが仕方がない。過去の英雄たちが時を超えて今の世に現れるなんて、誰にも想像できない。想像できないものに対し、計画に組み込むことなど不可能だ。

 後悔があるとすれば、よく調べもしないで事を急いだ点だろう。

「手は考えているのでしょう?」

「ええ。エルクォーツの暴走変異体……レヴナントを投入します。市街地での消耗戦に持ち込むのですよ」

「……聞きましょう」

 ガリグレッドは現在進めている計画を明かしていく。元々人員や物資といった計画のハード面はガリグレッドが整え、そこにレクタリアが魔法などのソフト面を臨機応変に加えていく手はずで進んでいた。 

「帝都での混乱と、それに乗じた派兵で帝都そのものを直接抑える……ですか」

「はい。既にルングーザとそれに類する貴族、ハイラント派閥の一部は抱き込んでおります。後詰めにはテンブルク領の領軍もおりますからな。帝都の防衛戦力を考えると、十分と言えるでしょう」

「しかし帝国四公で事情を知っているのはお前だけ。あまり時はかけられませんよ?」

「はい。しかし扉さえ開けば、全てに決着がつきます」

「扉を開く場所はどこでも良かったのですが。今となってはゼルダンシアの地がもっとも望ましい。依り代との相性もありますしね」

 そう言うとレクタリアは目を閉じる。そうして思いを馳せるのは、幻魔歴よりもさらに昔。魔法がごく当たり前だった時代、幻想歴だった。

 ガリグレッドはそんなレクタリアを見ながら口を開く。

「獣より進化せし我ら人。次に扉が開いた時、果たしてどの様な進化を遂げるのか……。いずれにせよ私は、この選択が人類のためになると信じております」

「生ある者に進化を促すは我が使命。文明を育む人はその中でも特別だと言えます。ですが競い争い、時に同族をも殺すのも人の業。扉を開くことでその苦しみから解放できると信じています」

 それは嘘偽りない、レクタリアの想いだった。半端とはいえこの時代に依り代となる身体を手にできたのは、幸運ではなく運命だと考えている。

 レクタリアは数年前、片目が赤い少女の願いに応え、今の時代に君臨したのだ。

「ヴィンチェスターはどうするのです? アレにそこまで説明はしていないのでしょう?」

「はい。彼は今の人という種の醜悪さをよく体現しております。そんな彼だからこそ、今回の計画に組み入れる事にしました。どの様な者であれ、祝福を得た者は正しく進化できると信じて」

「ふ……。次のステージに相応しくない者には、相応の報いがあるでしょう。聖魔の波動とは、そういうものなのですから」

 そう言うとレクタリアは決意を新たに、強い眼差しをガリグレッドへと向ける。

「先に帝都で待っています。我が同志、ジョナードよ」

「は……女神シルヴェラよ。我らが道行きにその加護があらん事を」

 ガリグレッドはこれまで進めてきた計画について考えを深める。

 自分の立場を考えれば、強硬な手段など用いずとも、もしかしたらレクタリアをアデライアの前まで連れていく事もできたかも知れない。だがあえてその道は選ばなかった。

 それにはかつての五国会談……そしてアルグローガに奪われた妹の存在が関係していた。

(幾星霜の時を経ようと、怨嗟から逃れられない私はやはり人という種から先へは進めないのだろう。だが女神シルヴェラの導きにより、こうして今に生を繋ぐ事ができた。私は人としての感情を胸にゼルダンシア皇族に立ち向かう。願わくば次の時代では、私も解放されたいものだ……)
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